2004年 12月 21日

がん患者の寂寥感

◆いわゆる「病気自慢」の母親である。会えば「どこが痛いここが悪い」、電話でも同じだ。毎月健康雑誌を買ってきては自分にあてはまりそうな症状を懸命に探している。年齢相応の老化で足腰は弱くなっているものの、食欲も旺盛で傍からみるとどこも悪いところはみられない。だから周りの誰もまともに相手にしない。当の母親はそれが不満げで、始終からだの不調を訴えている。こういうのを医者からみると「不定愁訴」というそうだが、つまるところ誰も相手にしてくれないという寂しさゆえのものだろう。訴えは父親が亡くなって数年後にはじまっており、初期の段階で、こちらがきちんと向きあってじっくりはなしを聞いてやればよかったのだろうが、忙しさにとりまぎれてしまったことが悔やまれる。
 そしていま、自分自身が病人になって、他人とのコミュニケーション・ギャップを痛感しているのだから皮肉なものである。病人にとりいちばん辛いのは肉体的な苦痛ではなく、精神的なストレスである。この世界でひとり取り残されるような寂寥感といってもいいかもしれない。「ただのぼやき」であっても、誰かにはなしを聞いてほしい気持ちはある。別に同情されたいということではない。現実には母親の例を挙げるまでもなく、病人のはなしを聞いてくれるひとはそういない。逆に「元気を出しなさい」なんて説教されかねない。だから堅牢なバリアーを築いて立てこもることになる。もともと宗教心が薄い性分であるが、いまそのことを悔やまぬこともない。
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by chaotzu | 2004-12-21 23:59 | 病気


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