2005年 01月 04日

“TSUNAMI”についてあれこれ想う

◆本日より仕事始めなり、うっとうしい気分もあるが、体調のためには生活のリズムも早めに戻さなければいけない。いつまでも遊んでられないし。
◆実際のところ、正月気分はあまりない。ここ数日来、インド洋の“TSUNAMI”についてあれこれとりとめもない思いが交錯する。過去に三陸沖の大津波があったといっても旧いことで教科書一行程度の知識であった。昨年末、クリスマス翌日の災害初報時は、年末年始それも早めの年末から遊びにいける人なんてけっこうな身分だよな、だからバチがあたるんじゃないのといった不謹慎な発想がアタマをかすめたことを吐露しなければならない。自分よりも不運な人をみつけて安心するといった下卑た考えでもある。それが直近の報道では「犠牲者は少なくとも15万人以上」となり、まさに顔色をなからしめる事態になっている。
 医者から「もう有効な治療手段はありません、ホスピスの手配も考えておいてください」と云われた自分がまだ生き粘って、何ごともなく平和に暮らしていた万単位の人々が突然に生命を奪われている。これってなんて不条理なんだろうなと思わざるをえない。もしかすると有史以来最大規模の自然災害による惨禍に直面しているかもしれない。しかも初めて見るという映像付だ。「ノアの洪水」の再来ではないかしらと粛然たる思いになる。
 おりしも阪神大震災からまもなく10年になる。あの震災について自分なりの回想をこのブログに残しておこうかと思う。それでどうなるものでもないが、自分の気持ちを落ち着かせる意味ぐらいはあるかもしれない。
 さて現実世界の対応であるが、日本の救援活動が素早かったことや5億ドルの無償支援声明、素直によかったと思う。しかし政治のリーダーシップによるものではない、みんな役人のお膳立てである。阪神大震災以降の経験が生きているのだろうが、首相が映画見物したり高輪のホテルで休んでいても、行政はそれなりに機能している。なんだかんだ云っても日本の役人は基本的には有能である。社会保険庁をつぶしてしまえとかやれ大阪市役所はどうしょうもないとか批判はあるが、それは一部のことであろうし、不眠不休で仕事しているひともいる。やはりいいことは認めねばならない。国際的にみても清廉なほうであるといったら誉めすぎかな。中国の官吏なんてひどいものだし。日本の問題は天下りにみられるような政官の癒着と行政組織そのものの制度疲労だろう。例えば予算使いきりの無駄とかであるが、それはまたいずれ。
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by chaotzu | 2005-01-04 23:59 | 身辺雑記


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