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2005年 01月 15日

阪神大震災回想4~住宅再建

◆生活のほうはだんだんと回復してきたものの、さて壊れたままの住宅をどうするか。あちこちに大きな亀裂が走ったままで、とくに各階のエレベータ・ホールがひどかった。
 復興作業に着手する前、罹災証明のことでひと悶着があった。「一部損壊」だ、いや「半壊」だの主張が対立して喧々諤々になったのである。「半壊派」には後々の見舞金や各種減免措置で不利は被りたくないという考えがあり、「一部損壊派」はマンションの資産価値を落としたくないという考えである。大半が居住しており、一部損壊が客観的にも妥当なところであったろうが、多忙な市当局は消耗論議に参加する気はなく匙を投げてしまい、自治会でもとうとうまとめきれなかった。その結果、同じ建物同じような被災で2種類の罹災証明書が発行される事態になった。このような事例は他の団地でもたくさんあったようだ。こと阪神大震災における罹災証明はいい加減なものである。これまで例のなかった大災害であり、つじつまのあわない決着はいくらでもあるということだろうか。そういえば持ち家復旧費用への公的支援は否定された、まあそのことで今さら文句不平があるわけではない。私有財産云々の理屈が持ち出されたが、実際の判断としては対象住戸があまりに多すぎて現実的に無理だということなんだろう。
 さて、住宅復旧である。戸建住宅ならば所有者の一存で決められるが、区分所有の集合住宅はそうもいかない。何度も理事会があり、区分所有者への説明会があった。被災状況の詳細把握、具体的な修繕の範囲、工事業者の選定、監理委託の要否、修繕積立金の改定、臨時徴収金額。棟毎の被災状況も区々であるから、各棟毎の意見もいろいろである。管理委託会社も頼りにならず、議論が錯綜してなかなかまとまらない。何より基礎杭の被災状況が気にかかるところであったが、検査にかかる費用、仮に結果を知りえたとしてそれでどうするのか、もうどうにもならないよということで、目をつぶる結果になった。おそらくいずこの団地も同じことだったろう。もう一度同規模の地震があれば、傾くかもしれないということである。そこはもう祈るしかないということだ(その辺の事情は市街地のビル復旧でも同じことだろう。表面は小ぎれいに修復しているが、果たして震災前の耐震性まで復旧したかどうかである)。修繕積立金も明らかに不足していた。販売業者が売らんがために低めの金額で設定しているからである。販売時の積立金設定については基準なりルールが必要だろうが、行政は今でもそれを放置したままである。このほか施工会社の瑕疵責任を問うべきとの意見や区分所有者が出来ることは自前でやろうという声まであった。もはや新築とはいえないし、素人が修繕できる範疇ではないのにである。さらに共用部分のみならず、自分の専用部分の修繕もしなければならなかった。
 今になって振り返れば、議論が沸騰し長引いたのは、震災が区分所有者の事業あるいは仕事や商売を直撃していたということの反映だったのだろう。人によって程度の差はあろうが、家の復興どころか事業の再建でたいへんな人もいたのである。誰でも生活の糧が優先である。復興論議もいいが、その資金のあてがなければどうにもならない。
 いろいろ疲れまくるほどの議論を経て、工事契約を発注、共用部分の修繕に着手したが、すでに震災から1年以上経っていた。専用部分の修繕はそれが終わってからになる。なんとか最終的にまとまったのは、まだ働き盛りの区分所有者が多かったからではなかったろうか。年代進行で老人世帯が多くなっておれば、どうなっていただろう。
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by chaotzu | 2005-01-15 14:08 | 身辺雑記


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