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2005年 01月 16日

阪神大震災回想5~「被災者」もいろいろ

 一般に被災者=気の毒な人というくくり方がある。ほとんどはそのとおりだろうが、なかには震災を食いものにする悪い連中もいる。残念ながら事実だ。阪神大震災を契機に、多くの市民グループ、NGOが結成された。そのなかには、震災関連の融資の「仲介」で手数料をとったり融資金を詐取するような輩も出てきた。「阪神生活再建の会」のメンバーを警察が摘発したのは、震災後5年以上経ってからであり、それまで甘い汁を存分に吸っていたことになる。このような連中までも震災当時のマスコミはヒーローのごとくもちあげていた。暴力団崩れが一夜にして市民運動のリーダーとしてもてはやされ、それが示威行為の源泉になったのである。混乱していたとはいえ、後で振りかえると報道もいい加減なものであった。
 震災における兵庫県の緊急災害復旧融資の実績は約33千件、4200億円に上っているが、このうち約3900件、340億円は「倒産等」のため、既に信用保証協会が代位弁済している。いくら震災があったとはいえ、異常に高いこげつき率である。火事場泥棒のように融資金をくすねた「被災者」もいるのだろう。このほか、小さなことであろうが、仮設住宅の不正使用もみられた。物置としての占有である。借りとけるなら借らねば損という心理かもしれない。それから救援物資の私物化などの噂もあった。とかくマスコミは当座のムードで報道しがちであるが、被災者もいろいろなのであって、すべてがきれい事で型にはまるものではない。まさにそれらをも含めて「震災」なのである。
 ボランティアもさまざまであった。一部には物見遊山の批判もあったが、見に来てくれるだけでもいいと思う。食料持参ゴミ持ち帰りの被災地見学ツアーであっても大いにけっこうじゃないか。そして、帰って被災地の実情を伝えてくれればよいのである。
個人的には通勤途上で暖かい焼き芋を分けてくれたひと、仮設住宅の引越し応援隊、なんでも御用聞き隊、いろいろ忘れがたい思い出もある。b0036803_11135036.jpg
 さて、明日で震災後ちょうど10年になるが、「震災はまだ終わっていない」と云っておきたい。お金をもっともっと出してくれというふうにとられるかもしれないが、けっしてそういう意味ではない。復興住宅に転居した高齢者の方たちの孤独問題である。いわば震災によって、人生の後半をくるわされた人々である。何ごともなければ、夫婦でつつましく下町に住みつづけていたかもしれない、それが配偶者が亡くなったうえ避難所や仮設に移動、さらに復興住宅に転居と、それまでの生活基盤を根こそぎなくした状態での生活を余儀なくされている。地方の災害であるならば、先祖代々の土地に住みつづけたい、帰りたいといった声が報じられる。たしかに当然の要求なのであろうが、阪神大震災における被災者はそのような声すら上げられない人があまりに多いのである。なんの基盤もなく誰一人縁者知人のいない場所への転居であっても有り難いと思わざるをえない状況におかれている。あまりに気の毒で不公平だといったら、云いすぎだろうか。
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by chaotzu | 2005-01-16 11:20 | 身辺雑記


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