2005年 01月 27日

国籍条項訴訟について思う

◆昨日の最高裁「都管理職試験国籍条項訴訟」判決、原告の敗訴となったが、現状では妥当なところだろう。永住資格のある外国人だからふつうの外国人と異なる事情は理解できる。それでもあえて申し上げる“日本に帰化すればいいじゃないの”
 “なぜそこまで国籍にこだわるの”“帰化すれば埋没するような個人のアイデンティテイってあるのか”なんて問うことは野暮で失礼なことだろうか。ユダヤの人がどこの国でもユダヤ人でありつづけるのは、国籍ではなく個人の意志がそれを規定しているからだろうし、それは日本人がアメリカ市民権を得たとしても同じことだろう。
 帰化して選挙権をどんどん行使する、そして韓国系日本人の人たちが地域や社会における存在感を増していけば、自ずと原告が主張する方向に流れていくだろう。迂遠かもしれぬが、革命でもないかぎり世のなかの物事は一瀉千里にはなかなか動かない。
 新聞報道のとおり、原告の保健婦さんが記者会見で「日本は哀れな国」「(外国人に)日本に来るなと言いたい」など云ったとすれば、かえってマイナス・イメージになるなと心配する。「裁判には負けたけど問題提起の意義はあった」ぐらいにしとけばいいのに、惜しいことだ。
 ジョン・レノンの「イマジン」の世界は理想だろうが、現実はまだ夢物語~文字通り“イマジン”だと思っている。
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by chaotzu | 2005-01-27 22:21 | 時事


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