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2005年 02月 03日

地方分権と「失敗する自由」

◆過日の朝日朝刊一面は、市町村合併でマンモス議会誕生の記事。「平成の大合併」で、この6年間に誕生した合併新市町306団体のうち183団体までが議員の在任特例を適用しており、約6割もの高率である。
 例えば、この3月に発足予定である秋田県大仙市(約9万8000人)の新市議は146人、東京都議会(定数127)を上回り全国最大規模になるが、法定の定数は30人である。こういった地方議員の居座り事例が全国あちこちにあって、朝日の試算によれば、合併後直ちに法定数による選挙を実施した場合に比べて、少なくとも220億円の議員報酬が余分にかかっているそうだ。
◆しかし、地方議員の貪欲さにはあきれつつも、この在任特例制度という飴玉があってこそ、市町村合併が進んでいることも事実である。地方交付税特別会計の累積赤字はもう40兆円を超えており実質破綻している。補助金のない総務省(旧自治省)が交付税の特別措置を濫用したことがそれに拍車をかけた。
 引き合いに出して申しわけないが、愛知県富山村の人口は224人、村役場の職員が21名いるが、村の歳入総額6億8500万円(2003年度)のうち村税収入は3%にすぎず、残り97%は地方交付税(42%)と補助金それに借金である。3割自治どころではない。役場のほか消防署や小中学校に郵便局、駐在所があり、おそらく村民世帯の相当部分が公務員関係だろう。冷徹な見方をすれば先行きどこかと合併しなければとてももたない。
 これは極端な例だろうが、交付税や補助金でなんとか延命しているミニ公共団体がかなりある。竹下内閣がやったふるさと創成事業全国一律1億円など馬鹿げたことはもう出来ない。そういう視点でみると居座り議員にかかる報酬も企業の希望退職勧奨に伴う特別損失みたいなもので、しゃくにさわるが前向きにとらえるしかない。
 どうしても許せなければ、当該地域の有権者がリコール運動を起すことだ。現に長崎県の五島市はそうなった。
◆金銭的な問題は一時的出費で済むとしても、新しい市町の名称はずっとつきまとう。この間から再三報道されているが、愛知県の「南セントレア市」、千葉県の「太平洋市」など、まさにご冗談でショといったところだ。自分がそこの市民だったらとても居たたまれないよなと思う。他人に聞かれてもぼやかすしかない。こういってはなんだが、合併協議会の多数を占めるお年寄り衆にはかなりのハイカラ好みというかある種の過激さがある。僭越ながら申し上げると、もうなんでもありの世代である。戦争をはさんで価値観の大転換を経験したせいかもしれない。それゆえ高度成長の牽引力になったのであろうが、一方で地域の由緒や歴史に無頓着としかいいようがない珍妙きわまるネーミング発想がとび出す所以でもある。しかもこちらは取り返しのつかない問題である。
◆それにしてもこれからは地方分権の時代とよくいわれるが、そんなのは絵空事じゃないのか。先の大阪市役所の一例もあるし、なおかつそれも氷山の一部であろう。なんだかどうしようもないよ感である。
 北川前三重県知事が、地方分権とは「地方に失敗する自由」を与えることと発言しているが、いろんな意味で至言かもしれません。
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by chaotzu | 2005-02-03 20:43 | 時事


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