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2005年 03月 17日

池永投手35年の無念

◆野球賭博に絡む「黒い霧事件」で1970年に永久失格処分となったかつての西鉄ライオンズの名投手、池永正明氏(58)の処分解除=復権が事実上決定したらしい。まずはグッド・ニュースと喜びたいが、それにしてもあまりに遅すぎる感はぬぐえない。b0036803_21203413.jpg
 下関商当時、甲子園のセンバツ優勝、夏の選手権は準優勝という輝かしい実績でプロ入りした同投手、最初の5年間で実に99勝を挙げた。同一試合6イニング連続併殺というものすごい記録ももっており、若くして球威と投球技術を兼ね備えて実力抜群の印象があった。オールスター戦の投球をみて、子供ながらに風格を感じた大投手である。現役をまっとうすればいったい何勝していたことか、金やんに迫っていたかもしれない。それだけに惜しまれてならない。
◆同投手が永久失格の処分をされたのは、当時同僚であった田中勉投手から八百長の依頼を受けて「現金100万円を預かった」行為がプロ野球協約にある敗退行為の規定に抵触するとの解釈からであり、八百長行為の認定はない。
 「敗退行為→クラブの役職員または選手及びコーチを含む監督が試合で敗れ、または敗れることを試み、あるいは勝つための最善の努力を怠り、またかかることを通牒するものは所属する連盟会長の要求に基づきコミッショナーにより永久にその職務を停止される(以下略)」
 要するに、現金を預かっただけで球界を永久追放されたのである。スポーツ選手特有のタテ社会のなかで、つい先輩の面子を慮ったことが、取り返しのつかないことを招いたことになる。
◆これとは正反対に、池永投手の行為よりもっとひどい「敗退行為」があったというのに、なんのお咎めもなかったケースもある。
 1982年シーズンの最終10月18日の大洋×中日戦(横浜)における田尾選手(中日)の5打席連続敬遠である。自軍長崎選手の首位打者獲得を意図した大洋ベンチの指図であるが、走者がいようがおかまいなしの敬遠で、中日8得点のうち3回の4点と7回の3点は、田尾選手の敬遠が足がかりになっている。この結果、試合は中日が8-0で圧勝している。
 問題はこの試合にセントラル・リーグの優勝がかかっていたということである。中日が勝てばリーグ優勝、逆に負ければ巨人がリーグ優勝というペナントレースの帰趨が決まる大事な一戦であった。それがよりによってドロまみれになってしまったのである。
◆なにも当時の中日優勝にケチをつけようというのではない、事実、中日の選手も後味が悪かっただろう。しかし、1年間の激闘を帳消しにするみえみえの大洋ベンチの「敗退行為」について、一部に批難論調はあったものの、当時のマスコミはたいしてもりあがらず、いつのまにかうやむやになってしまった。コミッショナーも怠慢であったと思う。
 ちなみに、当時の大洋監督は関根潤三氏であり、その後野球殿堂入りしている。「敗退行為」の当事者が殿堂入りで、お金をいったん受け取っただけの池永氏が永久失格では、野球協約の運用はいかにも恣意的でいい加減なものだと思わざるを得ない。プロ野球のファンばなれということでみれば、どちらの罪が重いかは明白なことだろう。
◆いまから思えば、両事件ともマスコミの思惑がかなり働いたように思う。池永投手が処分される原因となった「黒い霧事件」の発端は読売新聞のスクープ記事である。まず狙い撃たれたのは西鉄球団であり、同投手はそのスケープ・ゴートになったようなものである。
 大洋×中日戦の「敗退行為」は、読売が優勝を逃したので、他のマスコミからすればザマミロ事件であり、逆に巨人優勝になっておれば、おそらくたいへんな事件にされていただろう。当の読売は以前の「江川事件」の醜態で他マスコミから袋叩きにあったり、また「長嶋解任」の後遺症もあったりしたせいか、連盟に提訴することもなくぼやき程度で済ませている。もはや勝敗がひっくりかえるはずもなく、騒ぐ実利がないと判断したのかもしれない。
 いずれにせよ、池永氏はマスコミのいい加減さに翻弄されたところがあるように思えてならない。
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by chaotzu | 2005-03-17 21:40 | 野球


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