マイ・ラスト・ソング

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2005年 03月 18日

思わずひいてしまう韓国人のメンタリテイ

◆卒業式のシーズン到来で、このところはかま姿の女子大生を連日みかける。「はいからさんが通る」といえば、ちょっと旧いか。それにしても、あのはかまはレンタルが主流なのかな。
 そんなのぞかな日本の風景に比べて、海の向こうからの映像はなにやら殺気だっている。
◆島根県議会による「竹島の日」条例決議について、韓国内が猛抗議である。b0036803_2365935.jpgソウルの日本大使館前で抗議する韓国の民衆、テレビ報道でみるかぎり、日本の国旗を焼いたり、「コイズミ切腹しろ」などかなり興奮している。おまけに韓国の国家安全保障会議までが「過去の侵略と同じ」と見なすそうだ。率直に云って、隣人にこんな人がいたらいやだなあと思ってしまう。韓国のひとにはまことに申しわけないが、あまりのファナティックさにひいてしまうのだ。もちろん、一部の人々のことだろうと思うのだが、あの“ヨンさま”の韓国人はいったいどこへいってしまったのか。
 2002年、駐韓米軍の装甲車による女子中学生ひき殺し事件の時にも韓国民が米国旗を焼くなどのはげしい抗議行動がみられた、それはよく理解できる。しかし、今回の「竹島問題」、いったい日本人が韓国の人の生命なり財産を脅かすようなことをしたのだろうか。韓国民の神経を逆撫でしたという、たしかに実益が見込まれないことを無思慮にやる地方議会の軽挙も困ったものであるが、それでは韓国による竹島(独島)記念切手の発行や定期遊覧船の運航などはどうなのか。ちょっと一方的な理屈じゃなかろうか。そうそう日本海の呼称問題もあった。加えて、韓国人による武装スリや偽造500円硬貨、韓国漁船による無法密漁の問題など、実際に、生命や財産を脅かされているのはたいてい日本人のほうなのである。それでも、これまで日本人が組織的に麻布の韓国大使館に抗議したというはなしは聞いたことがない。
◆竹島がどちらの領土云々の応酬はもういいだろう、ハーグの国際司法裁判所に裁定してもらいそれにしたがうということに尽きる。問題は韓国民があまりに感情的なことである。
 “おまえんちのおじいさんにうちのじいさんが昔いじめられたんだ、だからあやまれ”と云われたら、“それは申しわけなかった。お詫びもするしできるかぎりの償いはする。だからこれからはなかよくやりましょう”となるのがふつう一般の社会常識だと思う、しかし、いつまでたっても“まだまだあやまり足らん”では、世代進行するたびに溝が深まるだけである。
 戦後の混乱期におけるいわゆる「三国人」の暴虐やその後の一方的な李承晩ラインによる日本人漁船員の長期抑留(死者も出た)、さらには主権侵害の金大中事件などに対して、日本人の大多数は我慢づくめで耐えてきた。それはまだ同時代人としての贖罪意識があったからである。しかし、孫やひ孫の時代になっても恨みつらみを引き継いで、因果応報を求めるのはもうやめてほしいもんだと思う。
 福岡や壱岐・対馬の人がいまどき“元寇のおり、ご先祖が高麗兵にひどい目に遭った、だから謝罪しろ、補償しろ”なんて云ったら、それこそ笑いものになるだろう。まあこれは極端なたとえであるが、いまの状態が50年、100年とつづけば、それに近いはなしになってしまうよ。
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by chaotzu | 2005-03-18 23:22 | 時事


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