マイ・ラスト・ソング

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2005年 06月 02日

【読書】 井上ひさし「東京セブンローズ」 渾身の日本語愛物語

◆文春文庫(上下) 単行本初刊は1999年3月。
 2カ月近くかかってやっと読了。記録更新級の超ロングラン読書になった。旧字体かつ旧かな使いなので、どうしても識別反応が遅くなる。おまけに全頁みっちり字が埋まっている。だが、作者は執筆に17年間もかけている。一言一句まさに彫琢するかのように書き上げたのだろう。だから丁寧に読まないとバチがあたるというものだ。東北弁を縦横に駆使した「吉里吉里人」とならぶ作者の代表作ではなかろうか。b0036803_2155161.jpg
◆小説は、東京根津の団扇製造店の主人が綴った昭和20年4月から1年間の日記という体裁である。すなわち戦争末期から敗戦そして米軍占領下に至る激動の時代における庶民の生活記録である。戦争の経過とともに商売のありさま、日常物資の調達、日々の食事、入浴の苦労などが細部まで執拗なぐらい描かれる。巻末に引用参考文献の一覧があるが、おびただしい資料を渉猟したのだろう。新聞記事のほか、さまざまなドキュメントを挿入している。「産業報国会運動主催・野天座談会『地下生活者、新生活について語る』」「国民義勇軍宮永町突撃隊結成のお知らせ」「町内各家庭屎尿汲取り延期のお詫び」そして、敗戦後はマッカーサーあての日本人の手紙など……。
 作者らしいユーモアをまぶしているものの、庶民の悲惨かつ辛酸の物語である。主人公は米軍の空襲で結婚したばかりの実娘を喪い、さらに実兄も亡くす。自身も特高警察に捕らえられたり、GHQに拘束されたりの有為転変である。いっぽうで、戦時中もさらに戦後の占領下でも、スタンスを器用に変えることで、たくみに立ち回る卑怯きわまりない人間も描かれる。戦時中は鬼畜米英と唱えていたのが戦後はたちまちマッカーサー元帥様である。いつの時代でも同じというか(苦笑)。
◆既述のとおり、全編旧字体の旧かなであるから、コンピュータなかりせばとうてい印刷できないだろうし、翻訳なぞはとても不可能といっていい。小説構成上の必然からであるが、正直云って読みにくいことは否めない。もう新字新かなに馴染んでしまっているのだ。
作者は国を支える実体としてとことん「国のことば」にこだわっている、それは理解できぬでもない。しかし個人的には、漢字が氾濫しすぎることもどうかと思っている。とくに最近はワープロの普及で爆発的に漢字の使用が増えており、なかには旧漢字にこだわるひともいる。だけど、ろくに書けもしない字を温存する必要があるのかそこは疑問である。ここは作者の立場とは反対である。
◆三木清のエピソード
 治安維持法違反で検挙され釈放されぬまま敗戦の40日後に、豊多摩刑務所において疥癬まみれで獄死した哲学者の三木清、その人の書置きが出てくる。
 「人間はいずれ帰るべき所へ帰るのだ」
不世出の哲学者をかくも無残な死に至らしめた戦時体制、いま現在A級戦犯の罪はもはやないと主張される向きもあるが、それで以って戦時指導者としての責任が免責されるわけではない。いくら強弁しようがである。そうでないと数多の戦争犠牲者は浮ばれないだろう。
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by chaotzu | 2005-06-02 21:57 | 読書


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