2005年 06月 19日

沖縄県民、かく戦えり

◆昨夜のNHKスペシャル「沖縄よみがえる戦場〜読谷村民2500人の証言〜」は、かなり胸をうつものがあった。沖縄本島の中部、広大な米軍嘉手納基地のそばを通り抜け、巨大レーダー施設「象のオリ」が目に入ると、そこが読谷村(よみたんそん)である。戦争末期、米軍はここから上陸した。b0036803_21363898.jpg
◆昭和20年4月1日、アメリカ軍が艦砲射撃の後、読谷村に上陸、有名なチビチリガマの「集団自決」事件はその翌日のことである。波平地区の避難住民約140人のうち83人までが亡くなったという。「集団自決」といわれるが、実際は「集団的な強制死」だろう。数少ない生き残りのひとがはじめて口を開く。米軍に見つかると殺されるとみんな思い込まされていた。ところが実際に助けてくれたのは米軍のほうだった。
 そして、しまいに日本軍の兵隊が疑心暗鬼のあまりスパイ容疑で住民を惨殺する。男は刀剣でめった刺しにされ、女子供は浜辺に並べて手榴弾を投げつけた。もちろんアタマのおかしくなった一部軍人の蛮行であろうが、なんたることか。
 前に並んだ女性は伏せて助かるが、後列は手榴弾を浴びる。血まみれになった幼女を米軍兵が搬出していくが、惨劇を生きのびた女性はその後がずっと気にかかっていた。そのふたりが60年ぶりに再会する。あの幼女は生きのびていた。だけど、父親は友軍に殺され母親は発狂、育ててくれた4歳上の実兄も後に精神を病む。手榴弾の傷跡だらけで夏でも長袖である。顔もキタナいと云われる。沖縄を捨てていま大阪に移り住んでいる。
◆60年前に自決した沖縄海軍隊の大田司令官による有名な電文。
「沖縄県民かく戦えり。 県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」
ほんとうにそのとおりだ。ヤマトンチューは沖縄の人々にはかり知れない負債を負っていると思う。
 しかし、まもなく戦後60年経つが、その間に日本人全体に記憶の浸食現象が起こっているようにみえてならない。沖縄の人々に対しても、基地太りとか公共事業漬けなど、ヤマトンチューによる冷笑的な視線を感じるときがある。この間は青山学院高校の入試問題で、ひめゆりの語り部を揶揄するかのような出題まであった(ネットで全文から設問まで読んでみたかぎりであるが、英語読解力の試験にしてはちと無神経だろう)。
 再掲する。「県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」
もう、その有効期限がきれかかっているのだろうか。だとしたら寂しいことである。いまだに読谷村の5割ちかくは米軍基地が占めているのだ。
 テレビをみてそんなことをつらつら考えた。
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by chaotzu | 2005-06-19 21:43 | OKINAWA


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