マイ・ラスト・ソング

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2005年 06月 25日

【DVD】「お茶漬の味」これぞオヅ・マジック!元祖プログレ・ムーヴィー

◆1952年松竹映画。ビデオ・ストックの消化である。
この映画、タイトルこそありきたりであるが、社会風俗も家庭のあり方も、当時の最先端である。いやそれをも突き抜けているようだ。時代背景を踏まえると、内容はものスゴいというか、トンでる映画であり、まさにプログレしている。ちなみに黒沢明は同年「生きる」を発表している。b0036803_9263094.jpg
 講和条約でようやく独立したばかりの日本、まだまだ貧乏な国であるが、この映画はそういった雰囲気をみじんもみせない。登場人物の生活ぶりは垢抜けている。主人公の家には内風呂もあり冷蔵庫まである。そして、お手伝いさんもいる。なにせ主人である商社部長の佐分利信は、ウルグアイまで海外出張する身分である。そして、大磯に住む舅はなにやら財界の大立物風である(GHQの追放?)。とにかく当時としては破格の上流階級だ。
◆若い頃ならば、こんな現実と遊離しまくった映画なんぞとバカにしていたかもしれない。ところが、今みると、クスクス笑いがこみあげてなんとなくホノボノするのである。戦後の荒廃した風景があちこちにみられた時期である。地方のひとは生々しい現実よりも、華やかな都会風俗、そして貧乏臭のないモダンな生活をみたかったのだろうか。結果的に映画がまったく経年劣化しておらず、家庭ドラマとして今でも十分普遍性がある。これぞ小津の魔法使い?
◆もの云う女性の登場である。戦前社会の男性に従属したおとなしい女性はだれひとり出てこない。みんな闊達で云いたいことをいう。我慢しているのはむしろ男性のほうである。いんちきな理由をこしらえて修善寺温泉に行った小暮美千代は、亭主を“鈍感さん”と呼び池の鯉にたとえている。
その亭主の佐分利信、厳格かつ寡黙、まさに旧きよき時代の家父長的権威を感じさせるひとだった。その威厳のかたまりみたいなひとが、この映画では妻にボロクソなのである。汁かけ飯を食べたといっては罵られている(笑)。いまでいう「仮面夫婦」の先取りである。
◆小暮美千代と親友の淡島千景の会話、お景ちゃんのサッパリ感が毎度いい。
(景)“ウソつかないご夫婦なんて世の中にあるかしら、みんな少しはどっかでウソついてんのよ”
(暮)“お互いにウソつかない、いいご夫婦だってあるわよ”
(景)“ないないそんなの、もしあれば、お互いにもうすっかりあきらめているのよ、ウソつくのさえ面倒くさくなっているのよ”
◆ラストは、ちゃんと夫婦和解してめでたしめでたしである。ちょっときれいに終わりすぎかなと思わぬでもないが、観客はハッピー・エンドと東京の最新風俗のふたつで満足できる仕掛けである。まあ、戦後、女と靴下は強くなったという、それを実感させる映画である。
◆佐分利信の若い友人に鶴田浩二が登場、カンカン帽をかぶって、その若々しいこと。とんかつ屋、ラーメン屋にパチンコ店(店主がなんと笠智衆だ)、そして競輪など東京の最新風俗を案内する役も兼ねている。佐分利信に英語力を試されるシーン、
“南京虫は英語でなんというんだい”
“えーっと、ピーナツ……”
小津でもこんなギャグつかうんだなと、思わぬ感心。
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by chaotzu | 2005-06-25 09:26 | 日本映画


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