マイ・ラスト・ソング

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2005年 06月 28日

両陛下のサイパン訪問にいたく感銘

◆両陛下による初の海外戦没者の慰霊、テレビでみたがたいへんな強行軍である。
朝早くから、日本、米国、北マリアナ自治政府の慰霊碑のほか事前に公表されていなかった沖縄出身者、韓国系住民の慰霊碑にも拝礼し、バンザイクリフなどでも黙礼された。b0036803_2224128.jpgこの間、元日本兵や遺族などとの対話もあり、まさに1泊2日のサイパン弾丸ツアーである。「すべての人々を追悼したい」という強いご意向ゆえの日程だそうだが、若いひとでも疲れるだろう。これだけでもアタマが下がるが、皇后陛下の腕を支えにして歩かれる今上天皇のお姿にはさらに胸をうつものがある。

◆これまでの人生、皇室についてはほとんど無関心で “天皇制なんて知ったこっちやないもんね”状態だった。そんなワタシであるが、天皇及び皇后両陛下がふたりで支えあって黙礼する姿、雨に濡れる姿をみるにつけ、粛然たる気持ちを禁じえないのだ。もとより天皇制賛美とか皇室崇拝などといったたいそうなものではない、ただただ人間としてわき上がる敬意ゆえである。もっと踏み込んで云えば、両陛下へのファン心理があるかもしれない。
◆今回のサイパンもいわば「贖罪の旅」だろう。これまでも、中国訪問(1992年10月)そして沖縄訪問(1993年4月)があった。サイパン訪問も今上天皇の強い要望と聞く。昭和天皇が大元帥として君臨した大日本帝国がひき起こした戦争の犠牲者すべてに追悼したいという強い意思がそこにあるようだ。
勝手な推測であるが、戦時中も戦後もずっと戦争の犠牲者に心を痛めてこられたのだろう。皇太子当時も沖縄を訪問されて火炎瓶を投げられたりしている。それでも沖縄には何回もご訪問されているはずだ。戦後60年経ち、たいていの日本人の戦争記憶が劣化しかかっているが、両陛下にとっては60年経とうが、まだまだ戦後のようである。
◆こんなことをいってはなんだが、先の昭和天皇があまりにも無責任すぎたのではないか。結局日本国内であるはずの沖縄には1度も行かずじまいだった。沖縄の返還は1972年5月であったから、その気さえあればいける機会はあったのに、すべて皇太子(現天皇)の代理に委ねてしまっている。それどころか戦後も米国大使等に米軍の駐留継続を希望していたそうだが、事実とすれば沖縄の住民にはむごいことである。
◆結局、その辺の負担というかつけを今上天皇が皇太子当時から肩代わりしてこられたように思うのだ。前の戦争世代になり代わり、その責任も一身に引き受けられて、贖罪の旅をつづけられる、その姿に感銘を覚え、そしてつい目頭もアツくなってしまう。
まさに孤軍奮闘の外交努力をされておられるようだ。
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by chaotzu | 2005-06-28 22:39 | 時事


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