人気ブログランキング | 話題のタグを見る

マイ・ラスト・ソング

chaotzu.exblog.jp
ブログトップ
2005年 07月 06日

【ビデオ】「生まれてはみたけれど」 みんな悩んで大きくなった

◆「突貫小僧」というユニークな芸名の子役がいた。戦前小津映画の常連である。インパクトのある芸名だから出演者のクレジットで目立つこと。ちなみに弟も俳優歴があり、芸名は「青木放屁」、もう無茶苦茶でござるう(笑)。まあムカシのひとの大らかなこと。
その小僧、長じてからは本名の「青木富夫」で多数の映画に脇役で出演した。昨年の1月に80歳で亡くなるまで、現役の俳優をまっとうした。まさに生涯一俳優。おそらく日本映画史上最長キャリアの俳優だったのではないか。本作品は、その突貫小僧が主役級を演じた映画。
【ビデオ】「生まれてはみたけれど」 みんな悩んで大きくなった_b0036803_2382447.jpg◆1932年松竹映画、昭和7年である。もう70年以上むかしの作品であるのに少しも劣化していないことにビックリする。本日みたのは倍賞千恵子と風間杜夫の朗読が入った音声追加版であるが、自分がこれまでみた戦前の日本映画では、文句なしの五本指クラスである。
麻布から東京郊外(どこだろ?)に引っ越したサラリーマン一家の小学生兄弟(菅原秀雄と突貫小僧)が日々騒ぎをまきおこすが、前半のユーモア・スケッチだけでも、もう十分可笑しい。
どこか“ぼくの伯父さん”に通じるテイストがある。ところが本作のほうが20年以上も先行しているのである。
◆戦後はあまりみられなくなった小津のユーモア・センスが炸裂、もうギャグ大爆発だ。
兄弟が引っ越した先の洟垂れ小僧たちとの小競り合い、いつの時代でも転入生には通過儀礼がある。突貫小僧はけんか必至となるとまず下駄を手にもつ。そのわりにすぐベソをかく(笑)。
しかしみんな可愛いなあ。小さな子供の背中、「オナカヲコワシテイマスカラ、ナニモヤラナイデ下サイ」の貼り紙をみて、もう爆笑である。
習字の作品でインチキ採点の「甲」を酒屋の御用聞きに代筆してもらうが、それが「申」であったり。他愛もない父ちゃん自慢をしたりだ。
“ぼくの父ちゃんは歯を外せるんだぜ”
おいおい、それって入れ歯じゃないの。
“俺んちの自動車の方がずっと綺麗だぞ”
“お前んち、お葬ひ屋さんぢゃないか”
なんだ、霊柩車のことか(笑)。
◆一家が引っ越したのは、父親の上司である専務の勧めである。当然専務一家も近所に住んでいる。そこの太郎ちゃんには酒屋の御用聞きもペコペコするほどだ。
その専務宅で8ミリ映画の上映会があり、太郎ちゃんの縁で子供たちも潜り込む。
ところが、あろうことかフィルムのなかの父親がすっかり三枚目なのだ。白目をむいたり道化た格好をしたりで、まるで上司に媚を売っているようである。
“君んとこのお父さん、ずいぶん面白いひとだね”
もう父親の威厳もなにもない。兄弟はすっかり失望してふてくされてしまう。
◆その夜、兄弟の魂の叫び(笑)
“月給なんか貰わなきゃいいじゃないか”
“そうだ、そんなものこっちからやればいいじゃないか”
“お金があるから偉いの?”
“お金がなくて偉いひともある”
“お父ちゃんはどっちだい”
うーん、70年も前から希望格差社会の議論を親子でしていたのか。
◆さんざんふてくされて寝ついた兄弟の脇で、父親が述懐する。
“こいつらも、一生侘しく爪かんで暮らすのか、俺のようなやくざな会社員にならないでくれなあ”
翌朝、父子は自動車通勤の専務に遭遇する。あいさつを逡巡する父親に子供が云う。
“お父ちゃん、お辞儀したほうがいいよ”
そう、みんな、悩んで大きくなったんだ。
◆音声版の音楽は、「東京暮色」のサントラを採用している。これがなんだかとてもいい心地よさだ。BGMでずっと流しときたいほどである。

by chaotzu | 2005-07-06 23:16 | 日本映画


<< 【ビデオ】 「一人息子」 人生...      追悼 永島慎二 >>