2005年 08月 05日

【DVD】 「ガキ帝国」 南港にこんかい!

◆第一次漫才ブームと云われるのは1980年代の前半、それまでみたこともなかった漫才コンビが次々にテレビに登場した。紳助竜介もそのうちで、自動車整備工みたいなつなぎの作業服がユニフォーム。ネタはヤンキーねたというかすぐにケンカばなしになる。虚弱体質のヤンキーが売りで、病人か老人相手のときだけたちまち威勢良くすごむというギャグ。持ちネタが弱い者いじめかいなあ、亡くなった父親ははっきり不快感をしめしていたし、ワタシもこりゃとても長持ちせんだろうなと思っていた。ところがなんのなんの、コンビの片割れである島田紳助は類まれなしゃべりの運動神経を武器にして、芸能界をぐんぐんのしあがる。完全な見込み違いであった。
思うに、漫才は跳躍台にすぎなかった、そもそもが漫才師ではなかったのだ。この点はビートたけしとよく似ている。
そんな紳竜コンビがデビューして間もないころの出演映画をみる。さすがに2人とも若いこと。b0036803_21591387.jpg
◆1981年日本映画(プレイガイド・ジャーナル&ATG)、「パッチギ」の井筒監督の一般映画デビュー作。ケンカにあけくれる若者の青春グラフィテイという点では、「岸和田少年愚連隊+パッチギ」みたいなものか。「パッチギ」ほどのテーマ性はないが、この映画なかりせば「パッチギ」は生れていないだろう。まさに、その習作版でもあるようだ。
紳助はもりやまつるのマンガに出てくるようなヤンキー頭(笑)。もりやまつるは間違いなくこの映画に影響を受けたとみた。あと上岡竜太郎もまだまだ若かったんだな。
◆おはなしは、キタの北神同盟、ミナミのホープ会という不良少年グルーフの抗争とどちらにも組しない紳竜と趙方豪3人組が入り乱れる喧嘩スケッチである。冒頭、少年院を出所したばかりの紳助がフルーツ・パフェをお替りするところがなんとなくおかしい。環状線車内での乱闘シーンなんかはちゃんとJRの許可を得て撮影したのだろろうか。もしかするとゲリラ的な撮影だったかもしれない。
紳助の口癖は“南港に来んかい”であるが、ラストはそれでたいへんなことになる。
ただし、実際の主役となると紳竜よりも趙である。在日であるが日本人の紳竜と組んでいるという設定。ケンカの武器はもっぱら頭突きである。紳竜が最後は徒党を組むが、趙はそれを嫌ってはなれていく。なんにでも化けられそうな雰囲気がある役者さんであり、ガンで早逝したことがつくづく惜しまれる。
◆奈良出身の井筒監督であれば、大阪ミナミ(難波)はホームグラウンドみたいなものだったろうが、こちらにすればまるで外国である。えらいトコロやなぁとみる。
ふりかえってみれば、ミナミにはもう10何年以上も行っていない。関西人であっても住み分けができてしまえば、縁遠い地域である。
最近はアメリカ村あたりも治安が悪いらしい。そのうち防犯カメラ設置密度日本一になるかもしれない、それがいいことかどうか(苦笑)。
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by chaotzu | 2005-08-05 22:00 | 日本映画


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