マイ・ラスト・ソング

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2005年 08月 07日

【DVD】「第五福竜丸」原水爆の被害者は私を最後にしてほしい 

◆いまやゴジラといえば、NYヤンキース松井選手のニックネームとしても著名であり、親しみキャラに転じた感があるが、もともとは原水爆の恐怖を具現したオッソロシイ存在だったのである。
1954年、太平洋ビキニ環礁であったアメリカの水爆実験によって、怪獣が太古の眠りから覚めて、やがて日本に上陸する。大八車にありったけの家財道具を積んであたふた避難する日本人……、要するにゴジラ=水爆なのであった。もともと当時の日本人の水爆批判がこめられた映画なのであるが、それが鈍感なアメリカ人に受けてしまい、しまいにハリウッド版の「ゴジラ」まで製作されるというギャグもどきの展開になる。もっとも、ハリウッド版ではフランス核実験のせいにしており、そこらはすましたものである。
ゴジラが水爆を具現化した存在であったとすれば、「死の灰」のほうは目にみえない分、子供心にずっと不気味であった。とにかく雨に濡れてはいけないと大人にしつこく云われた記憶がある。死の灰が雨に溶けこんでいるからだそうだ。昭和の30年代にあっては、今どきの紫外線よりはよっぽどコワイ存在だったのである。
あーそうそう、もうひとつの怪獣映画「ラドン」は死の灰に含まれた放射性元素によって、巨大変異した翼手竜が誕生するはなしである。怪獣の父は原水爆だったんですな。
閑話休題、その「ゴジラ」が誕生するきっかけとなった日本人の被曝事件を描いた映画をみる。b0036803_22264833.jpg
◆1959年日本映画(近代映画社&新世紀映画)、「原爆の子」つながりのレンタルで、同じ新藤兼人監督である。
事件のモデルとなったマグロ漁船第五福竜丸、実のところこの映画をみるまで具体的なことはほとんど知らなかった。1954年3月1日太平洋中西部のビキニ環礁におけるアメリカの水爆実験がもたらした被曝被害であるが、ヒロシマ型原爆の1000倍の威力というから凄まじい。福竜丸乗組員が“西から太陽が上がった”と云うほどである。そしてピカドンに遭遇したことを理解するも、アメリカにスパイ扱いされることを懸念して黙って帰国したというのも哀しいはなしである。しかし、「南洋土人」みたいに真っ黒になったカオは明らかに異常で体調も悪くなる。やがて、新聞のスクープで被曝事件が明らかになり、原水爆実験反対の世論が沸騰する。
ヒロシマ、ナガサキにつづく3度目の被曝者は静岡県焼津の漁師であった。
◆たちまち焼津は全世界注目のまちになる。地元民もたいへんだ。殿山泰司の助役さんは対応でてんてこまいである。乗組員とつきあっている娘に父親が詰問している。
“キッスしたのかどうかそれを聞いとるじゃ” “したのか え? どうじゃ”
娘がしたと云うと父親は腰を抜かしてしまう。呑み屋のオンナたちも原爆病の心配でパニックであるし、みやげでもらったマグロを食った市民は心配でならない。床屋も乗組員の散髪を嫌がる。ガイガー・カウンターの音でみんなびびっている。
この辺り放射能の恐怖感をテンポよく表現しているが、後半になると久保山無線長の悲劇的な死亡に特化してしまう。これが少し仰々しくみえてしまうほどだ。もっとも、当時の受け止め方はそうであったかもしれない。なにしろ、まともに情報が開示されなかったのである。よくぞここまで再現したというべきだろう。
◆第五福竜丸の乗組員23名のうち、年長者の久保山無線長(宇野重吉)は被曝半年後の9月23日、苦しみぬいたあげく、“原水爆の被害者は私を最後にしてほしい”のコトバを遺して亡くなってしまう。享年40歳。しかし、その後も物故者はあい次ぎ現在生存者は11名、それも輸血後遺症によるC型肝炎等に苦しんでいる。しかし、犠牲者はこれだけではない。
◆大国アメリカの身勝手な一面をまざまざとみせられる。この映画でもアメリカの調査団は日本人医師団になんの情報提供をしようともしない。死の灰の成分を解明したのは京都大学の学者であるが、アメリカはずっと知らん顔である。実際には福竜丸=スパイ説を一時流すようなこともしている。死亡した無線長を核実験の犠牲者であると認めようとしない。後に判明したが「さんごのちりの科学的影響」だと言いぬけようとしていた。実に噴飯ものの「さんご有害説」である。
だいたいが、自分の国ではなく、マーシャル諸島に元からいた住民を強制的に移転させたうえでの核実験である。そして地球的規模で死の灰をばらまいたのである。
もとより付近の船舶にはなんの警告も発していない。被曝した漁船は第五福竜丸だけでない。もっとあった、1000隻近くあったといわれている。廃棄処分を免れた原爆まぐろがかなり出回ったのではないか。
そして、マーシャル諸島の一部住民も後に被曝の後遺症で苦しむのである。
◆「唯一の被爆国」といいながら日本政府の態度もあいまいであった。外務大臣の国会答弁は
“この程度のことは自由主義国家の防衛力強化という点からいえばやむを得ないだろう”
そして、その後も国連における核兵器使用禁止決議には棄権しつづけるなど、国際的にも後ろ向きの姿勢をとりつづけている。核兵器の使用禁止は現実的ではなく究極の廃絶を求めるという説明であるが、どうみてもアメリカの顔色をうかがっているとしか思えない。
常任理事国が潰えたのもむべなるかな。

[追記] ちょっと長いが、1954(昭和29)年3月25日の衆議院委員会における、
岡崎勝男外務大臣(当時)の福竜丸事件関係の答弁(抜粋)を掲記しておく。

○外務委員会における外相答弁
政府としましても、原子力の国際管理ということについては、これはぜひやりたいものだと考えております。それで、チヤーチル首相も言われておる通り、これは困難かもしれませんけれども、今後いろいろの機会に、希望を失わずにできるだけこちらの方にものを持つて行くように、努力をいたすべきだと考えております。しかしながら、それができ上る間におきましては、ソ連側においても英米側においても、いろいろの実験をし、発明をやろうと努力をしておるのであつて、自由主義諸国の防衛力を弱めるような措置は、私はとりたくないと考えております。
○厚生委員会における外相答弁
それから世界の今の実情から言えば、アメリカ側のかかる実験を阻止する手段は、自由主義諸国の一国としてとるべきでない。もし世界中が原子管理ということになればこれは別でありますが、ただいまのところは、私はこのアメリカの実験等をむしろ助けるべきであろうと考えております。これは日本が被爆を受けたからということではなくて、世界平和の維持のために必要であると確信をしております。しかし今申す通り、この地域は一般に言つて――人道問題とか何とかいうお説でありますが、この危険地域に関する限りは、日本の漁業の問題であろうと思つております。
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by chaotzu | 2005-08-07 22:43 | 日本映画


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