マイ・ラスト・ソング

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2005年 09月 25日

三宮ダイエー村の思い出

◆ダイエーのオーナーであった中内功氏が亡くなった。名前のつくりは「刀」だそうだが、昔はダレも頓着しなかった。自分オンリーの漢字にこだわってからおかしくなったように思うが、まあそれは横においておく。
最後にしくじったが、一代の梟雄であったことは間違いない。なにせ神戸・三宮の一角をほとんどダイエーの店が占めた時代があったのである。一企業グループの繁華街占拠率としては、ギネス級でなかったか。もう絶対にありえないことだろう。

◆全国ダイエー店舗の旗艦店たる三宮店に紳士用品のゼントハウス(男館)、レディスタウン(女館)、電気製品のパレックス、もうあちこちダイエーだらけ。ステーキハウスのフォルクスまであった。場所は離れるがスポーツ店もあったし、駅前にはプランタン百貨店もあって、神戸の街はダイエー王国だった。1970年代が全盛期ではなかったか。それがだんだんジリ貧になってきたところに震災がとどめをさした。
いまはもうみるかげもない。パレックスはパチスロ店、ゼントハウス(男館)はユニクロに変貌し、旧三宮店は駐車場のままである。まさに、つわものどもの夢のあとみたいになってしまった。そごうもいちど破綻したし、いま現在、神戸の街の商業的な覇権は居留地界隈を開発した大丸にあるが、これが僅か30年ちょっとの間の出来事なのである。
とにかく、かつてそんな時代があった。ひとりの人間が裸一貫からつくりあげた街があった、そのことは記憶にとどめておきたい。
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by chaotzu | 2005-09-25 22:54 | 身辺雑記


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