マイ・ラスト・ソング

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2005年 09月 27日

「女囚さそり」と1970年代

b0036803_2245055.jpgこのところのエントリーは、身辺雑記が多いが、映画DVDを見ていないということではない。ここ数日は「女囚さそり」シリーズ4作をみた。梶芽衣子の出世作であるが、オンナのひとのハダカてんこもり、かつ田村正和なんかがショボイ役ででてくる。まあすこぶる面白い。
ところがなぜか感想が書きづらい。
「まるでマンガみたいな面白さでした」、ハイおわりである。そりゃそうだ、元はマンガである。しかし、マンガの感想となるとどうにも書きづらい。

まあ1970年代の反権力ムードは十分堪能できる。いまならば「踊る捜査線」のような体制側視点の映画が大流行りであるが、70年代はそうじゃなかった。体制とか権威というものはあまり信用せず、あくまで個人の技量や才覚で生き抜く主人公が大半だったように思う。たとえ敗れたとしても前のめりで倒れる。
いま現在、若い無党派層が大挙して時の与党権力に投票するような時代とは大違いであって、隔世の感しきりである。あるいはそんなことまで考えてしまうから書きづらいのかもしれない。

◆そういった70年代思考の残滓と思えるものが、いまだにしみついている。
たとえばバスに乗ったときだ。いつも降車ボタンを真っ先に押してしまう、その「弱気の虫」が毎度歯がゆくなるのだ。いや理屈にあわない幼稚な心理であることは重々承知している。だけどなかなか直らない。いってみればバスの降車ボタンに反抗しているのである、それほどたいそうなものか(苦笑)。
小さな停留所ならしかたないが、駅前の停留所である。必ず降りる客がいるだろうに、ダレもボタンを押す気配がない(ようにみえてしまう)。いっぺん金輪際押してやるものかと思うときもあるが、実際に通過されてしまうと困るので。ぎりぎりで負けてしまう。こうなるとチキン・ゲームである。結局停留所では自分のほかに何人も降りている。ああオレってやっぱり負け犬かなあと思う瞬間だ。
こんな妙なことまで考えてしまう自分が情けない、いったいバスの降車ボタンにまで反発してどうするんだ(苦笑)。
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by chaotzu | 2005-09-27 22:54 | 身辺雑記


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