マイ・ラスト・ソング

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2005年 10月 27日

【DVD】 「兵隊やくざ・殴り込み」 大宮貴三郎一世一代の殴り込み

◆かつて、壮年の多くが軍隊経験者の時代があった。「ノモンハンで白兵戦を経験した」と噂の先生、いかにも剛直でおっかなくみえたものだ。戦争に関しては寡黙なひともいれば、「オモロイ経験もしたでえ」というひとまでいろいろ、近所のおっさんで「チャンコロがどう…」「パンパンがどう…」とか平気で子供にしゃべるようなひともいた。共通しているのは、ダレも「いい戦争だった」なんて云わなかったことである。あたり前か、いい戦争なんかこれまであったためしがない。
そんな実際に戦争に行ったひとがだんだん減るにつれ、「この前の戦争は東亜解放の聖戦だった」とか「やむにやまれぬ自衛の戦争だった」という声が出てくる。ほんまかいなあである(苦笑)、子供の耳記憶においては、だいぶいい加減なところもあったらしい戦争である。
勝新太郎と田村高広コンビで大当たりした「兵隊やくざ」シリーズを久々にみる。そうそう、40年ほど前の日本人は軍隊なんてこんなものと受けとめていたのではないか。

b0036803_22593718.jpg◆1967年大映映画、モノクロ。日中戦争最前線の野戦部隊が舞台であるが、戦争映画としてみれば荒唐無稽すぎ。それより軍隊なる組織の滑稽さを描いた作品である。
おなじみ大卒で幹候志願しない変わり者有田上等兵(田村)とヤクザ者大宮一等兵(勝)コンビが、知恵と腕力の役割分担よろしく痛快に活躍する。いまならば、ホモ映画と解釈されるかもしれない。たぶんそうだろう、プラトニックな同性愛?
そして、従軍慰安婦との交流も毎度描かれる。現在であれば、慰安婦否定派からのクレームが間違いなくありそうで、製作者側が萎縮してしまいそうな内容であるが、公開当時はこれでふつうの感覚だったのである。しかし、こんなことまで考えてしまうこと自体、時代の逆行感のあらわれかもしれない。

◆実際にカツシンみたいな階級無視の型破り兵隊がいたのかどうか。下士官の世界はなにより年次であるし、この映画では、若い尉官なんぞ屁とも思わぬ叩き上げの准尉等古参兵が登場する。おまけに昭和20年7月と言う時期設定であるから、軍規もかなり緩んでいるようだ。慰安婦が来れば、兵隊はみんなたちまち気もそぞろになって、上官のはなしなんぞ上の空である。
糧秣分配の際、一等兵が監督している伍長を不意打ちで気絶させて
“班長殿はてんかんの発作を起されました” もう目茶苦茶やってるわ(笑)。
ところが横取りしたつもりの天ぷら油が実はひまし油で、皆タイヘンな目にあったりする(爆笑)。

◆ラストはおなじみ、慰安所の経営者と結託していた悪徳上官(なんと少佐に准尉)を勝がポカ殴り、上官が一等兵殿にあたまを下げてペコペコする羽目になる。
“戦争に負けたのは日本であって、俺たちじゃないわい”
カツシンの痛烈な啖呵が炸裂する。オモシロイ、もういっぺん見直してみたくなった。
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by chaotzu | 2005-10-27 23:07 | 日本映画


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