マイ・ラスト・ソング

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2005年 11月 18日

わたしの少子化問題考

◆1946(昭和21)年生まれといえば、ワタシよりだいぶ年長、いわゆる団塊世代(昭和22~24年生まれ)からは少し年上であって、失礼を省みず申し上げると何かと微妙な世代なんである。
簡単に云うと前後の世代に比べて出生者数がへこんでいるのである。それ以前は戦時下の国策「生めよ増やせ」に督励されたゆえか、毎年200万人前後の出生をキープしており、アトの団塊世代になると復員や平和社会到来の安心感あってか出生者数は260万人台にはね上がる。
もっとも1944(昭和19)年から3年間は人口統計が欠落しているので、おおよその推計である。おそらく、昭和21年の出生者数は、翌年の3割から4割減少の150~170万人ぐらいに落ち込んでいるはずだ。

◆で、なぜ微妙な世代であるか? さらに突っ込むと、敗戦前後のたいへんな時代に出生のルーツがあったということである。やれ空襲だ防空壕に避難せよ、食料の配給もままならない、あるいは戦後混乱期の焼け跡闇市時代、食欲を叶えるだけ精一杯の時代、そんなたいへんなときであっても、両親は睦まじく、することはきちんと励んでいたということである。なんだ、そんなことかと思われるかもしれないが、時代背景を仔細に踏まえると、なかなかできることではない。あるいは、燈火管制下で何も他にすることがなかったのかもしれない、大停電がずっと続いたようなものか(笑)。
なかには、終戦時は両親が外地におられて、引き揚げてから国内で生まれたという方もいる。こうなると「剛の者」というしかない。かつて聞かされたご両親の引揚苦労譚、ソ連兵に物を盗られたとか馬小屋みたいなところで寝泊りしたとかボロ靴で長時間歩き通したとか、それらはいったいなんだったんだ、きっちりとすることはしとるやんけと突っ込みを入れたいところである(笑)。いやいや、人間という存在、生ける者のはしくれとして、苦難の環境にあってこそ、DNA保存の本能が高まったのかもしれない。おそらくきっとそうなんだろう。

◆以上は話のマクラであって、これからが本題。
現在の出生者数、直近の統計データでいえば、2003(平成15)年で112万人である。これまでいちばん多かった1949(昭和24)年の269万人の4割ちょっとしかない。たぶん、いまはもっと下がっているだろう。あれほど環境条件の悪かった昭和21年の出生者のほうがはるかに多い。これはどういうことか?
要するに、人は生れるときは生れるということじゃないのか。
昨今少子化対策で担当大臣まで任命して、対策予算拡大の必要性が叫ばれているが、はっきり云って、そんなもの、無駄無駄無駄……、少しぐらいの挽回は出来るかもしれないが、大勢は回復しないと思う。要するにお金の問題じゃない。なんでも為政者や役人の思惑で運ばないということだ。
ここまで、書いてきてやけに眠くなってきた、つづきは後日。
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by chaotzu | 2005-11-18 23:51 | 時事


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