マイ・ラスト・ソング

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2005年 12月 16日

【DVD】「小さな中国のお針子」 文革下放青年の青春記

◆岩波文庫的な文学小説をとんと読まなくなってしまった。バルザック、スタンダール、デュマ、ゴーゴリ、キプリング……。いっぺん腰を据えて読み直したい気分もあるのだが、いまの生活のままではなかなか落ち着けない。どこかテレビも新聞も週刊誌もそしてDVDもないような世界に行けば、ボロボロになった文庫本でもむさぼるように読むかもしれない。きっと活字の一句一句が心の襞にしみわたるだろう。しかし、いまどきそんなところは刑務所あるいは拘置所ぐらいしか思い浮かばない(苦笑)。
ところが、30年ほど前の中国にはあったのである。国全体が刑務所みたいになってしまい、本が目の敵にされて燃やされた時代である。

b0036803_2145895.jpg◆2002年フランス映画、文化大革命さなかの1971年、反革命分子の子弟として中国の農村に再教育のため下放された二人の青年の物語。実際に下放経験のある在仏中国人映画監督がフランス語で書いたベストセラー小説をその監督自身により映画化したもの。
さぞかし暗い映画であろうと思いきや、意外と明るい。文革の悲劇を訴えたり糾弾したりするものではなく、ユーモラスな部分もけっこうある。
もちろん、農村の仕事は辛く生活も不便きわまりないし、不愉快な嫌がらせもある。そんななかで活字の力がこの二人を救う、そして本の縁で可愛い女の子ともなかよくなる。こうなると、ディズニーランドやアイポッドとかブロードバンドがなくとも十分に愉しめるものだ(笑)。そして、美しい山村の景色、水墨画のような風景や滝つぼに湧く温泉があったりする。「文革もまた愉しや」ということではないが、苦しみに満ちた時代、読書によって支えられた若者の物語である。

◆なにしろ、下放された先がどえらい農村、四川省は長江のずっと上流である。電気や水道なんぞむろんない。村民はみんな文盲で、目覚まし時計やバイオリンすらみたことない。料理の本までブルジョワを疑われる始末で燃やされてしまう。バイオリンは「毛主席を想う」曲を演奏して燃やすことをなんとか免れるが、ほんとうはモーツァルトのソナタである(笑)。
二人は村長にハッパをかけられる。
“トリ肉はブルジョワの食い物だ、トウモロコシと白菜食ってとことん働くんだ”
翌日からたいへんだ。豚の屎尿を木桶に入れて背中に担ぎ山上の畑まで運びあげる。慣れぬ都会青年の上体は糞尿まみれになってしまう。さらに、手掘り銅山の重労働、はじめはとにかく悲惨きわまりない。家畜同然の暮らしである。そしてそれは農民も同じなのだ。

◆村でいちばん尊敬されているのは、足踏みの古ミシンを持って農村を巡回する仕立て屋の爺さん。その孫娘(お針子)と仲良くなって、別の下放青年が本を隠し持っていることを聞き出すと、その青年が都会に帰る機会をとらえて、かばんごと本を盗みだす。中国語訳の海外小説があるわあるわ、「赤と黒」「ゴリオ爺さん」「死せる魂」……。60年代の古本であるが、活字に飢える二人はむさぼるように読む。
辺鄙な農村では、北朝鮮映画の上映会でも代表で観に行った者が村民にあらすじを説明しなければならない。もみ殻を粉雪みたいにとばして村民に映画のはなしをする二人、まるでマルセ太郎である。ときには、バルザックの「ユリシュール・ミルエ」のはなしをアルバニア映画だと偽って語り聞かせたりする。傑作なのは「モンテクリスト伯」に影響された仕立て屋爺さんのファッションデザインがたちまちフランス風に変化したりするところである。

◆青年二人にお針子の女の子、この三人のせつなくも明るい三角関係の日々を描く。
そして、ラストは一気に25年後にとぶ。下放先の農村は三峡ダムの建設によってダム湖の底に沈む、そんな時代になっている。最後は話をちと拵えすぎかもしれない。
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by chaotzu | 2005-12-16 21:49 | 外国映画


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