マイ・ラスト・ソング

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2005年 12月 30日

【DVD】「候補者ビル・マッケイ」 教えてくれ、これからどうするんだ

◆日本の選挙ではこれまで「どぶ板戦術」が最強だった。笑顔をふりまきダレとでも握手して回る、路地裏でミニ演説、商店街では桃太郎、農村では畦道を歩きときには水田に靴を踏み込むこともいとわない……。
それがコイズミさんの「劇場型選挙」で大きく変わった。候補者個人の人となりや政見がどうのこうのは関係ない、徹頭徹尾いいイメージを売り込むこと、旧くさい抵抗勢力なんかじゃない、我こそ新しい改革者なり、なにより有権者にそう思わせることだ。そしてテレビ映りもばかにならない。
なに、当選してからどうしたいかって? そんなこと分かるわけないじゃないか。

b0036803_22361564.jpg◆1972年アメリカ映画、R・レッドフォードの主演作品であるが、日本での公開は遅れたらしい。政治の内幕ものなんか到底あたらんと思われたのだろうか。ところが、これがアメリカの選挙実態をよく映していてなかなか面白い。アメリカではずっと前から劇場型選挙だったことがよく分かる。なにより、選挙区が広すぎてどぶ板なんかはじめから無理なんだろう。とにかくテレビでカッコよく映ればよい、それだけ(笑)。見ようによってはコメデイ的な素材でもあるが、徹頭徹尾大真面目に撮っている、それでラストの「大ギャグ」が痛烈に響く仕掛けである。
日本映画でもいつかはこのようなテーマを採りあげるかもしれない。さしづめコイズミさんの郵政解散総選挙などはかっこうの素材であるが、そんな勇気ある製作者がいるわけないか。

◆レッドフォード演じるカリフォルニア州の民主党上院議員候補者ビル・マッケイ、はじめは正義感あふれる少壮弁護士だった。個人の意見も率直に表明する。中絶手術は賛成か?→もちろん賛成さ。白人と黒人混乗の通学バスはどうか?→それも賛成さ。加えて父親は元カリフォルニア州知事、しかし、父親の威光には頼りたくないという。そんな理想に燃える若者である。
対する現職の共和党候補は百戦錬磨、フレンドリーだが悪者には厳しいマッチョイメージが売りである。ただし政治的信念など全くない(笑)。昔から云ってることがコロコロ変わっている。テレビ映りさえ良ければいいのだ。この新旧対決、はじめは現職の圧倒的有利でスタートする。実の父親でさえ日和見を決め込んでいるぐらいである。

◆候補者ビル・マッケイは選挙のプロ集団によって、どんどん個性を失っていく。もみあげは切るんだ、カメラをまっすぐ見すえること、原稿以外のことはしゃべるな。中絶の合法化について聞かれたらどうするかって、いま研究中だと答えておけばいい。いやいや父親を訪れて協力を頼んだりもする。もうここまで来たんだ、勝つためには理想は云ってられない。
レッドフォードの表情の変化が絶妙である。はじめは自信に満ち溢れた若手弁護士で登場する。それが目がきょろきょろ、のどごっくんと落ち着きがなくなったり、演説の録画中に笑い出したりと不安定な精神状態に落ちこんだりする。そして、選挙戦が進んでいくにつれて、だんだん無表情になっていく、かくて創りあげられた候補者ビル・マッケイが誕生する。
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by chaotzu | 2005-12-30 22:45 | 外国映画


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