マイ・ラスト・ソング

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2006年 01月 17日

大震災11年

◆あれから丸11年経った。たいていの記憶は風化していくが、この震災だけは体の深奥までこびり付いており、いまだに恐怖感が甦る。誰かがテーブルを揺すっただけで、ビクついたりするぐらいである。まあそれでもいい、亡くなった6400余の人に比べれば恵まれているんだからと思う。そのなかには、暗闇で長時間苦痛を耐え忍んで力尽きたひと、生きたまま目の前に迫り来る炎を直視したひともいるだろう。そういう無念の塊りがある以上、絶対に風化させるわけにはいかないのだ。

◆それと共に、日本中から無償の善意が結集した時代がかつて間違いなくあった、被災者も互いにいたわり助け合った、そんな懐かしい感慨を巡らせたりもする。しかし、仮にいま同様の震災が起きれば、打って変わった薄情かつ不寛容な社会をみせられるのではなかろうか、そんな怖さもある。それほど、この10年ほどで、日本人の心の風景が変わってしまったように思うのだ。とくにコイズミさんが登場してから、その傾向が加速した。強いものが肥え太って礼賛され、弱者は蔑視されたあげく淘汰される社会である。「自己責任ホンダラ教」の出現といってもいい。

◆それでも、6400人余の犠牲を払って得た教訓が生かされたのならばいい。それがまた、なんとも心もとない。
本日、国会では耐震強度偽装問題に係る証人喚問があった。奇遇というべきかよりによってというべきか、それとも皮肉といったらいいのか。あれだけの大地震を経験したのだから、建物の耐震性能を上げる方向で頑張っていくのが普通と思うが、そうは思わなかった人間が少なからずいたことを、まざまざと思いしらされる。それどころか、手抜き建築のボロが露見しなかったこと、そっちのほうに着目した人間がだいぶいたようだ。またそういう発想で行動する人間を利する方向の規制緩和をどんどんやってしまった。それで、震災を契機にバッタモンの建築物が横行するようになってしまったとしたら、情けないはなしである。
震災の教訓を希釈してしまったこの11年はいったいなんだったのか。

◆それにしても、ビッグニュースてんこもりの日であった。まれにみるといってもいい。前述の証人喚問のほか、ライブドアの強制捜査続報、そして宮崎勤事件の最高裁判決まであった。いくらなんでも多すぎやしないか、というか姑息な意図が働かないとこうはならないだろう。
戦後最大の災厄があった日である。この日ぐらいは静かに犠牲者を追悼する日であってほしい、そう願う気持ちまで踏みにじられた、そんな思いもある。
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by chaotzu | 2006-01-17 22:16 | 身辺雑記


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