マイ・ラスト・ソング

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2006年 06月 03日

みなさんありがとう

久々のエントリーですが、代理人に依頼して発信するこれが最後になります。
現在、ずっと入院中でパソコン環境とは縁遠いところにいます。体力があっという間に急降下してしまい、もはやキーボードが近くにあったとしても無理な状態です。書きたいことをいっぱい思いついていたのに残念ですが、いたしかたありません。
このブログに拙文を疲労することによって、若干の元気を与えられてきたとしたら幸甚です。
これまでありがとうございました。

なお、このブログは一週間後には閉鎖します。
最後は全て無にかえります。
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# by chaotzu | 2006-06-03 11:20 | 身辺雑記
2006年 03月 22日

WBC

◆うつらうつらしているうちに日本の優勝で大騒ぎになっている。まったく短期決戦はスリル満点で分からないものだ。
うれしいのは、指導者としてもうひとつ(ワタシからみれば)不遇イメージがあった王監督がようやく報われたことである。福岡に行ってからの苦労は並大抵ではなかった。この優勝は間違いなく王監督の人格力のもとにイチロー以下代表選手が結束して勝ち取った栄冠だと思う。失礼だが出たがりのナガシマさんではこうはいかない。
もうひとつ、読売新聞が号外出したりで大はしゃぎしているが、巨人からの代表選手は僅か1名のみ、ロッテなんかは8人も選手を派遣している。ヨミウリは大きな顔をするなといいたい。
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# by chaotzu | 2006-03-22 18:31 | 野球
2006年 03月 21日

半眼朦朧

◆ずいぶん無沙汰してしまった。経口の疼痛剤“オキシコンチン”を服用しており、鎮痛効果はそれなりにあるのだが、その副作用でなかば朦朧状態。絶え間ない眠気に吐き気、そして便秘まである。個人差があるのだろうが、ワタシの場合、みんなきた(苦笑)。
おかげで、半睡半醒状態というか、なかなかネットにアクセスできる気分になれず、更新をずっとさぼってしまった。
ここにきて、薬にやっとなじんできたような(気がする)。ぼちぼちと再開します。もちろん、のんびりとやります。
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# by chaotzu | 2006-03-21 20:13 | 身辺雑記
2006年 03月 03日

悩みぬいた末の決断らしい

◆ラジオで聞いたはなしであり、さらにネタ元が「大スポ」ということなんだけど……。
シアトル・マリナーズに入団した城島健司捕手、打席毎のテーマソングになんと、「笑点」のテーマをチョイスしたそうな。
♪チャンチャカ、スチャラカ、チャンチャンチャン…
ほんまかいなあ(笑)。向うのピッチャーずっこけへんかなあ。しかし、こういうニュースは大好きなんである。

◆【DVD】「脱走山脈」 1968年イギリス映画
ナチスに囚われた英米人捕虜の脱出ものであるが、オモシロい! 象を連れてアルプス越えするという、かのハンニバルを彷彿させるアイデア、おまけに足手まといにみえたその象が大活躍する。久々の掘り出し物でありました。
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# by chaotzu | 2006-03-03 21:32 | 野球
2006年 02月 26日

野球の試合で喩えるならば

◆ヨトウズ対ヤトウズの3連戦、これまで2連敗を喫したヤトウズ、最終戦はなんとしても負けられません。そして、この試合に関しては善戦健闘しております。9回裏まで0-0の息詰まる攻防できております。
さあ、ヤトウズの先頭打者はどうか、ああ平凡な外野フライだ、しかしこれをイトウ外野手がポロリ落球した、最近金儲けのことばかり考えていると噂されているイトウ外野手、このときもタニマチと試合後に呑みにいくことを考えていたのでしょうか。なんたる怠慢プレー!

◆次の打者は当然バントでしょう、ところが捕球したタケベ捕手が二塁へ大暴投、労せずしてランナー2、3塁、さあサヨナラの絶好機であります。それにしてもタケベ捕手、最近不祥事企業のCMキャラクターを努めて非難されていた、その野次が気になったのでありましょうか。
さあ、ヤトウズはもうなんでもありです。スクイズもできます。おおっと、初球から強攻だ、しかし、タケナカ三塁手へ真正面のゴロ、おお、なんとなんとタケナカ三塁手、これをハンブルした。このひともなにか別のことを考えていたのか。しかしランナーは動かない。無死満塁、もうこの試合ヤトウズがほとんど勝ったも同然であります。さあ雪辱なるか。場内固唾をのんで見守っております。

◆監督兼エースのコイズミ投手、あいつぐエラーでかなりイライラしているようです。かつては絶対的エースとして君臨していたのですが、最近はチームメイトからも陰口を囁かれているようです。そのせいかなかなか制球がきまりません。ボール、ボール、ボール、なんとノーストライク・スリーボールになってしまいました。さあ、ヤトウズもう待球戦術でも楽勝だ。相手はへろへろになっているぞ。
ヤトウズのバッターは目立ちたがりの永田選手、気合満々であります。さあ4球目が投げられた、ああとんでもないボールだ、しかし、なんと永田選手、この悪球をバントした。なんとノー・スリーから満塁スクイズだ。打球はピッチャー前への小飛球になった、コイズミ投手、これをワンバウンドでさばいて、キャッチャーへ、そしてサード、セカンドと球が回されて、三重殺完成であっという間にチェンジ!
なんということでしょう、一瞬にしてヤトウズのチャンスは潰えました。それにしてもなんでバントのサインなんでしょうか。もうなにもせんでもヤトウズの勝ちゲームになっていました。ベンチはいったいなにを考えているのでしょうか、マエバラ監督、ノダコーチ、敵に塩を送ってしまいました。ファンの怒声がとびかっています。それにしても、コイズミ投手、強運が続いています。以上、永田町スタジアムからの中継でした。

◆【NHKBS】 「タイタンズを忘れない」 2000年アメリカ映画
録画ストックの消化。ディズニーお得意のスポーツ感動もので、高校アメフトに人種差別をからませた。「友情・勝利・感動」の三点セットで、それなりに涙腺を刺激するのであるが、現実はそんなに簡単にいくわけないじゃんと思ってしまう。あまりに手際が良すぎるのだろう。すれた人には時間のムダか。
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# by chaotzu | 2006-02-26 11:59 | 時事
2006年 02月 22日

東大卒、元大蔵官僚って

◆キャリア官僚出身の代議士なる人種、人間的に立派かどうかは別として、アタマが切れて怜悧というか抜け目ないイメージがこれまであったのである。まあ、それを見事にひっくりかえしてくれたものだ。民主党の永田代議士、功名心に逸ったのだろうが、大蔵官僚のレベルがこれほどまでに落ちていたことを満天下に知らしめた。その意義はあったかもしれない。

◆トリノ五輪にひっかけるわけではないが、その8年前の長野五輪、招致委員会の過剰接待ぶりを暴きだした報告書が昨年11月に公表されていたそうな。これほどのニュースなのに全然知らなかった。マスコミがほとんど無視していることもまた異常である。

◆【NHKBS】「アウトロー」 1976年アメリカ映画
録画ストックの消化、クリント・イーストウッドが監督主演して、マカロニ・ウェスタンを復元したような映画、いろいろつめ込みすぎというか、ちと欲張りすぎの感あり。その代わりにかつての恋人、ソンドラ・ブロックのサービスショットがあります(汗)。
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# by chaotzu | 2006-02-22 22:16 | 身辺雑記
2006年 02月 21日

挨拶もできないろくでなし

◆渥美清、晩年の寅さん映画では徹頭徹尾無愛想だったらしい。カメラの回っていないところでは無表情で、ファンに手をふるどころかサインもすげなく拒絶した。後から思えは、ただ俳優の仕事を全うすることだけに精魂尽くしたのだろう。他のものは全部そぎ落とした。そんな寅さんほどの壮絶さはないが、いまの自分も不機嫌な横柄人間にみられているだろうなと思う。ただ深謝するのみ。

◆【NHKBS】「エルマー・ガントリー」 1960年アメリカ映画
録画ストックの消化、女性も愛しているがジーザス・クライストも大好きというキリスト教原理派の“セールスマン”をバート・ランカスターが好演、いやよく喋ること。アメリカ宗教界の内幕が興味深い。

◆【読書】「招かれざる客のビュッフェ」クリスチアナ・ブランド
一ヶ月以上かかってやっと読了。単一作家のミステリ短編集としてはおそらく最高峰、一見ふつうのおばちゃん作家が、次から次に異常なことを着想する。イギリス人はつくづく「変態」だと思う(笑)。
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# by chaotzu | 2006-02-21 22:10 | 身辺雑記
2006年 02月 17日

ゴハンのように薬を呑む

◆マイケル・コナリー「我が心臓の痛み」、主人公のFBI係官は心臓移植を受けたという設定である。それが常人とほぼ変わらぬ健康を回復してもなお毎日30種類ものクスリを呑んでいる。こうなるとゴハンみたいなもんで、もうクスリだけで満腹しそうである。
ワタシもそれほどではないが、毎日10種類ほどのクスリを呑んでいる。これこそほんまのヤク中(苦笑)。移植患者の場合は生命維持のため絶対必要であろうが、ワタシの場合はもうガンを治癒させる目的のクスリなんてない。せいぜい現状維持目的の分子標的剤ぐらいで、あとは胃腸の働きを整える、膵炎の心配がある、貧血になりかけている……なんやかんやで、対症的に投薬がはじまったもので、それが累積していまに至っている。
だから、どうしても気になってしまう、いったいこんなに呑んでいて大丈夫だろうか(苦笑)。
そもそも、もしかしたら、いま体調がおかしいのも、これらクスリの副作用かもしれない。あるいは呑みあわせというものがあるかもしれない。それで、いま処方されたクスリの服用を順番に中止して様子をみている。もちろん主治医と相談してのことであるが、こうなると、なんだかけったいな成り行きだ。
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# by chaotzu | 2006-02-17 22:54 | 身辺雑記
2006年 02月 16日

学校の土曜日開校こそ少子化対策の切り札(汗)

◆2月の雨とはいかにもこの空港らしい出だしである。喧々諤々しつつ、いつのまにやら神戸空港の開港とあいなった。市民感情も期待と不安の交錯で複雑なものがあるだろう。なにしろ。用地売却はさっぱり進んでいないし、年間300万人余りと皮算用する利用者見込みも楽天的すぎる。おまけに空域の過密と「六甲おろし」による航行の困難性もずっと前から囁かれている。
だけど、にっちもさっちもいかなくなったとき=「ごめんなさい、市税投入します」の事態に至ったそのときには、建設を推進した神戸市役所の幹部はとっくに退職金もらって悠々自適なんでしょうな。しかし、そういう市政を市民が選択したこともまた事実である。

◆【DVD】「ウォルター少年と夏の休日」
なんとなく、ジャツク・フィニイのファンタジー小説を連想させる(根拠はまるでないが)、ウェルメイドな小品である。元気がないときや気分が落ち込んでいるときにふさわしい、きっと勇気づけられる。いやよかったです。

◆無職18才少年三人が、小学校で飼っているうさぎを蹴り殺してつかまったという。サッカーボール代わりにしたというが、ここまでくると絶句してしまう。しかし、その責任の一片は我らの世代にもあるのだろう。
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# by chaotzu | 2006-02-16 22:16 | 時事
2006年 02月 14日

玄界灘はまだ先と思うが

◆体調がどうにも思わしからず、ブログを一週間ばかり留守にしてしまった。こんどはかなり厳しいが、これまでなんべんも腹を括ってきたせいか、自分でもあきれるほど冷静である。ゴミ捨て日のことをまだ気にかけて、家人に注意したりする(苦笑)。
だけど、もうまとまった文章は無理かもしれない。
まぁ一行ブログになってもいいじゃないか、そんなつもりで、もうちょっとつづけます。

◆トリノ冬季五輪、新聞やテレビは騒いでいるが、どうにも興味がわいてこない。寝込んでいるときは、テレビがかっこうの友達であるのに、この頃は五輪報道になるとチャンネルを変えるほどだ。選手には申しわけないが、たいして惹きつけられない。採点競技が多いうえに、ルールも煩雑だし、夏の五輪に比べてなにもかも水増しの印象が拭えない。
日本選手陣はこれまで不振ということだが、いっぽうで「不運」だとか「悲劇」だとか云っているようではダメだろう。もともとメダルの期待が過剰であったのかもしれない。次回は選手団の人数を半分ぐらいに圧縮すればよい。それがいちばんの強化策だと思う。
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# by chaotzu | 2006-02-14 21:08 | 身辺雑記
2006年 02月 04日

恥を知らぬ人々

◆電車の優先座席、とくに体が不自由ともみえない人がでんと座っている。もちろん老人ではないし妊婦さんでもない。前にお年寄りが立っていようが平気である。寝ているふりをするどころか、ケータイを取り出して、メールを始めたりする。優先座席付近はケータイの電源OFFのアナウンスが流れているが、まさか聞こえていないということはあるまい。じっと観察していてやると、なかには睨みかえして来るひともいる。“なんかワルイんかよう”と云わんばかりである。
公衆の場で傍若無人のひとは昔もいることはいた。だけど、一見ふつうの外観のひとが、平然とルールを無視する、それがありきたりの日常になってしまった。恥を知らぬ人々の大量出現である。
もしかして「体が不自由」という範疇には、精神が不自由ということも含まれているのだろうか(苦笑)。

◆もっとも、いまのニッポン、上から下まで恥を知らぬ人々が蔓延している。
・条例違反状態を承知でビジネスホテルをオープンする新興成金
・それを罰則がないから仕方ないですよといわんばかりの役人(少なくとも公益のために全てのやりとりを公開すべきではなかったか)
・インチキ建築物によるポロ儲けが露見したら、アベコベに役所を訴える建築主(この目茶苦茶訴訟に手を貸したのは、公明党の大臣なんであるが、そのことはほおかむりしているときた)
・天下りOBの給料総額で、受注配分表を作成していたという防衛施設庁の「官製談合」(ふつうの談合よりもっと悪質であって、組織ぐるみの税金詐取犯罪というしかない)

◆そして、節義節操がなく、ノーブレス・オブリージェの意識がみじんもみられない政治家の存在がとどめをさす。
・天皇陛下を公然と政治利用しようとするかつての大日本帝国炭鉱王の末裔
・米国産牛肉輸入再開条件の閣議決定に違反しても、居座るアル中大臣
・議員年金「廃止」といいつつ温存、おまけに退職金までもくろむ銀蝿議員
なにせ、親分が「人生いろいろ会社もいろいろ」で開き直った人間である。おまけに近頃はなんでも人のせいにしょうとする。メディアが悪い、中韓が悪い、アメリカが悪い、野党も悪い、(自分に対する)文句はとうてい理解できない……
なんだか、冒頭の優先座席に居座って、
“いちゃもんつけやがって、うぜいんだよ”
と開き直る人々の心性とたいして変わらないのだ。実際は中味がなくてただ突っ張っているだけであっても、いちおうは国民のお手本たる立場である。なかには強気な言動だけで
“カッコいいじゃん、毅然としているじゃん“
と拍手喝采のひともいるかもしれない。だとしたら、国民の一部に投影されるのもやんぬるかなである。
「上の好む所下これよりも甚だし」
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# by chaotzu | 2006-02-04 23:55 | 時事
2006年 02月 03日

【DVD】 「コーラス」 地の底に天使の歌声ひびく

◆教師もの映画といえば、音楽かスポーツものが多い。それだけ物語にしやすいということだろう。例外的に、「ビューチフル・マインド」なる数学もの映画があることはある。ただし、主役のラッセル・クロウが少しも世界的な数学者にみえてこないのである。熱演すればするほど粗暴な刑事や剣闘士のイメージが重なってしまう(苦笑)。その意味では、現在公開中の「博士の愛した数式」は稀有な例外になるかもしれない。
話を戻す。やはり、教師ものは音楽を扱えば半分ラクショーなんだろう。「ミュージック・オブ・ハート」「陽のあたる教室」「スクール・オブ・ロツク」……、話で泣かせて音楽で酔わせである。

b0036803_10455322.jpg◆2004年フランス映画、冒頭、ジャック・ペラン演じる世界的指揮者が登場、堂に入った指揮ぶりでさすが役者はちがうなあと感心する。その指揮者が旧友と再会して、過去を回想するというはじまり。
大戦直後、リヨン近くの寄宿学校が舞台である。寄宿学校といっても、金持ち子弟対象ではない、その逆で孤児とか寡婦などのビンボー人対象の学校である。金持ち貴族など篤志家の後援で費用を賄っている。この映画で描かれる寄宿学校は理念だけ立派であるが、内実はボロボロ、生徒はみんな学ぶ気がなく反抗的な悪童で、イジメやワルがはびこっている。ただ食事にありつくのが目的で在籍しているという、授業内容もお粗末レベルとしかみえない。
なんとか将軍はなんで亡くなった? 銃殺だよ。おいおいモノスゴイ授業だなあ。
そんなサイテー学校である。名前もすごい、「地の底」といわれている。

◆そんな学校の舎監兼教師に採用された中年の地味な音楽教師、これまで挫折の繰り返しの人生であり、もうひとつ精気もない。ただ生徒には誠実であろうとしている。そんな教師が音楽の天才児に巡りあって、おまけにその子の母親にも惹かれてしまって、がぜんやる気を出す。いってみれば音楽による人生の救済ばなしである。人生に疲れた中年男と不幸な境遇の母子が救われる。
コーラスの練習で悪ガキの素行が直ちに修まるとも思えず、ちょっとご都合すぎるきらい(予定調和)はあるが、いろんなエピソードがからんでくるので、それなりに面白い。

◆俗物精神を具現したみたいな校長=悪役の存在が映画をひきしめる。教育者とは名ばかりで実際は体罰信仰のサディストである。しかも、学校の経費をケチる、どうも着服しているらしいというとんでもない悪党ぶり。慈善学校を食い物にしてなお、勲章まで欲しがっている、悪童連顔負けの偽善者である。この校長がどうなるかももうひとつのお愉しみ。
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# by chaotzu | 2006-02-03 23:55 | 外国映画
2006年 02月 02日

いまそこにある危機

◆名古屋で起きた認知症の妻(74歳)を殺した夫(68歳)の飛び降り自殺事件、執行猶予判決の僅か4日後である。なんとも痛ましくてやりきれない。ずっと自責の念にかられていたのが、現実に拘置所から釈放され自宅に戻ってから、とうとう耐え切れなくなったのだろうか。なんといっても、30年以上連れ添った夫婦である。子供もおらず孤独も身にしみたとすれば、あまりにも哀しい。

◆配偶者が目の前でだんだん人間らしさを失っていく、異常な行動をとり、目を離すと徘徊する、となればすぐ傍にいる人間は堪らないだろう。なんとかして、記憶の一端でも取り戻してほしい、そう願うはずだ。あの手この手必死の思いで尽くす、それが好物のカレーライスをみせてもなんの反応もしなくなる。やがて絶望感にとらわれて疲れ果てるだけである。そんな老老介護ゆえの悲劇が、現実にいくらでも起きている。
これから高齢化社会がどんどん進むにつれて、介護殺人の悲劇はさらに増えるだろう。誰にも迷惑かけたくないと社会の片隅で生真面目に生きているひとほど、そういう目にあうだろう。楢山節の姥捨てや、安楽死が平然と語られる時代がくるかもしれない。老人でおまけに病気そして経済的富者でもないとなれば、社会から真っ先に切り捨てられる弱者である。いっそ早目にポックリ逝きたいと念じる社会なんて、どうみても不健康である。

◆防衛庁の省への昇格、国連常任理事国入り、皇室典範の改正問題、そして某国が脅威云々、そんなことはちっとも焦眉の急ではないし、喫緊の課題でもない。本当の脅威は弱者を平然と排除していく社会の出現ではないのか。それは弱肉強食の物騒なジャングル社会でもある。
「格差は問題ない」「格差は必要だ」という考えもあるかもしれない、しかし、それがいき過ぎると、やがて社会は崩壊するだろう。その前兆であるように思われてならない。
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# by chaotzu | 2006-02-02 22:39 | 時事
2006年 02月 02日

【DVD】 「バラキ」 マフィア版仁義なき戦い

◆子供のころ、テレビでチャールズ・ブロンソンの“う~んマンダム”なる男性整髪料のCMが大ヒットした。どれぐらい当たったかというと、マンダムなる整髪料が売れまくったこと、あっという間にバイタリスやMG5などの先発商品に肩を並べてしまった。これでさえない化粧品会社だった丹頂が社名もマンダムに変えたぐらいである。
そして、ブロンソン人気も沸騰した。これぞオトコのなかのオトコを体現する存在になった。それまでの脇役イメージを払拭して、「狼よさらば」とか「雨の訪問者」の主演作品もヒットした。みんな、あごをさすって、“う~んマンダム”とよくやったものであるが、いっちょ前に真似したつもりでも、ヒゲがないからなんともさまにならない。
そんなブロンソンの主演であるが、ヒゲがないとやっぱりもうひとつしまらない(苦笑)。

b0036803_22285188.jpg◆1973年イタリア映画、1963年に米国上院小委員会の聴聞会で実際にあったマフィア幹部バラキの証言を元にしたセミ実録映画。マフィアの世界もたいへんである。トップになると必ず追い落としの目に遭う。暗殺されるか、チクられて国外追放されるかである。建前ではイタリア移民の互助組織といっても、その裏側には人間不信が渦巻いている。そんな裏社会でチャールズ・ブロンソナンはチンピラからボスの運転手に抜擢され、そこそこの幹部級になるのだが、やがて猜疑心の強いボスに疑われる。刑務所に入ってもなお命を狙われるという「賞金首」になってしまう。しまいにぶち切れて、全てを告白する覚悟を固める。

◆コッポラ監督の「ゴッドファーザー」のほうが1年先行するが、ネタは前からあったらしい。関係者が亡くなってやっと映画化に着手できたそうである。イタリア版の「ゴッドファーザー」ともいえるが、こちらはマフィア同士の殺し合いがやたら多くて、親子兄弟や夫婦の愛情物語のほうはかすんでしまった感がある。ドライ度が高すぎて、映画としてはウェット感のある「ゴッドファーザー」に負けてしまったみたいな、まァそんな映画。なにより、ブロンソンが、とてもイタリア系にはみえない。どうみても東欧系であるし、おまけにヒゲもない(苦笑)。
とはいえ、そこそこ面白い。とくに刑務所内部の安全確保でFBI係官と丁々発止のかけひきをする。安全な独房の要求はもちろんのこと、食事の安全性確保にも注文をつける。マフィアの手は刑務所内部にも及んでいる。冷蔵庫を要求して素材から確認しないと、とうてい安心できないという。
う~ん、塀の中が安心できなければ、いったいどこが安心できるのだろうか。「三界に家なし」とは、まさにマフィアの裏切り者にあてはまることばであるなあ。
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# by chaotzu | 2006-02-02 22:33 | 外国映画
2006年 02月 01日

【NHKBS】 「馬上の二人」 フォード監督によるアメリカの拉致悲劇

◆アメリカ・ユタ州の映画祭で、横田めぐみさん拉致事件のドキュメント映画が評判になったそうだ。20世紀の後半に、なお野蛮な国家犯罪がまかりとおっていたことを知ったアメリカ人はびっくりしたことだろう。ただし、「拉致映画」については、ハリウッドにも先達があることはある。ジョン・フォード監督の「捜索者」(1956年)と「馬上の二人」(1961年)である。いずれも、西部劇であるがドンパチはあまりなく、インディアン(今は先住民というらしいが)による白人子女の拉致がテーマ。もっとも、アメリカ人にとっては、大昔の西部開拓時代におけるインディアンとの「不幸な歴史」のなかのヒトコマであり、インディアン迫害(虐殺)といっしょに葬り去りたい記憶だろう。日本人にとって北朝鮮による拉致は今なお進行中の事件である。

b0036803_22124342.jpg◆1961年アメリカ映画、「捜索者」が拉致された白人少女を取り返して家庭に戻すまでの救出者側の物語とすれば、この映画は取り戻して、さあそれがどうなったかという物語である。フォード監督にしてみれば、1作ではまだ語り尽くせないところがあったのかもしれない。
ジェームズ・スチュワート演じる保安官が騎兵隊の隊長から、コマンチに拉致された白人子女の救出を頼まれる。開拓民が砦まで陳情に大挙して押し寄せてくるが、いま騎兵隊のほうではコマンチとあまり事を構えたくないのだ。スチュアート保安官はあまり気が進まない。もう10何年もたっている。すっかりインディアンの文化に染まっているだろう。刺青をして獣の油脂を塗りたくって、おまけに子供までいたらどうするんだ。だけど開拓民の熱心な陳情と高額な報酬に承諾する。J・スチュアートは珍しくも金銭欲の強い保安官という設定である。

◆コマンチ酋長(白人が演じている)との交渉は淡々と進み、武闘派コマンチ(スキンヘッドでものすごく強そう)の反対はあったが、ライフル銃との交換で決着する。拉致された白人は4人いたが、みんなそれなりに溶け込んでいる。結局、先の武闘派若頭格の妻になっている若い女エレナと少年の2人を砦に連れて帰る。途中その武闘派をあっけなく返り討ちにする。ほとんど闘うシーンのない西部劇である。
戻ってみると、はたして開拓民の反発しきりである。こんなの絶対うちの子じゃない。インディアンに抱かれた女なんて面汚しだ。
ジミーおじさんが、エレナをドレスアップさせてダンスパーティに連れていくなど気をつかうが、ただ好奇の目にさらされるだけである。いっぽう、少年のほうも溶け込めずに事件を起こしてしまう。結局のところ、なにひとついいところがないじゃんかと思っていたら、ラストにちょっとしたオチがあって、それでやっと救われる。

◆タイトルの「馬上の二人」、J・スチュアートと騎兵隊の友人R・ウィドマークだろうと、決めつけていたが、どうもそうじゃなさそうだ。はなしの展開からは、スチュアートと救出したエレナの二人とみたほうがしっくりくる。「馬車上の二人」である。
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# by chaotzu | 2006-02-01 23:55 | 外国映画