マイ・ラスト・ソング

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2005年 08月 23日

【マンガ】「のだめカンタービレ」 天然異才娘の成長物語

◆ここ何年来ずっと禁煙、禁酒(除くワイン少し)そして禁マン?、鉄壁の3原則でやってきたつもりであったが、あっさりと鉄の一角を破ってしまった。毎度のコンジョなし男である。ぎゃぼ~っ!
同居人が読んでいるマンガ、二ノ宮知子の「のだめカンタービレ」、いい年こいたオバハンがひとりげらげら笑っている。みっともない、ナニみとるんや。NHK教育の音楽番組で紹介されたらしい。
かなり前から評判のマンガだったそうだが全然知らんかった。どれどれと一冊とってみたのがウンの尽き、あっという間に12冊読んでしまう。

b0036803_2125845.jpg◆いやオモシロイです、始めのうちは「動物のお医者さん」に似たような印象、だけどギャグはパワーアップしており、もう腹を抱えて大笑いする。免疫力がだいぶアップしたかもしれない。
セクハラ親父にしかみえない合コン大好きのホルスタイン先生、大きなコントラバス抱えた小柄な貧乏女子学生の恋、打楽器の女王?の登場。そして学園祭でヒロインのマングース・コスプレに腹を抱える。憧れの千秋先輩へのバレンタイン・チョコは福引で当てたアニメキャラのペロテイチョコ、先輩が“こんな程度だったのか”とショツクを受けているが本人は意に介さず、卒業試験の曲がリストの「村の居酒屋の踊り」だと聞いて大笑いの追いうちをかけたりするのである。だけど、その先輩も友人宅の中華料理店「裏軒」でクラブ・サンドとエスプレッソコーヒーを平然と注文したりしている。さらにその中華オヤジもなかなかのナイス・キャラであるといった具合。とにかく奇人ぞろいだが、ワルい奴はほとんどいない。

◆もっとも、ギャグは本線にあらず。正統なクラシック音楽の紹介漫画であり、かつ音大生であるピアニストの卵の野田恵(のだめ)とその先輩で指揮者を志望している千秋真一の成長物語である。
ヒロインの“のだめ”、音大のお嬢さんと思いきや、楽譜読みは苦手、部屋はゴミ捨て場、入浴嫌いでアタマが臭い、同級生の弁当をかっぱらう、そして憧れの千秋先輩にストーカーまがいの突撃をかまして勝手に夫婦気取りをする、天然変態?娘。
それが一度聴けばなんでもたちまち弾ける並はずれた音感の持ち主で、天才ピアニストの原石なのに幼稚園のせんせい希望という設定である。おじさんはこういう若者の成長物語にはとりわけ弱い。見果てぬ夢はダレかがかなえてほしい。

◆担当教授の計らいによる千秋先輩との連弾、ハリセン先生と二人三脚のピアノコンクール出場などたくさんの演奏シーンが登場するが、みんな作中の音楽がどこかから聞こえてきそうである。ラフマニノフ、ブラームス、ドビュッシー……、スコアのひとつから一場面一場面をていねいに描きこみ、かつコマ割りも「音響効果」を細心に計算しているのだろう。
ひさしぶりに集中してクラシックを聴きたくなったぐらいだ。

◆おすすめは番外編「リカちゃん先生の楽しいバイエル」、のだめの子供時代のはなしである。「ウンコ」「オナラ」ばかり絶叫して、ろくにピアノを弾こうとしないのだめとリカちゃん先生の感動的なエビソードである。
このマンガはいずれドラマ化されると思う。まちがいなしデスよ。
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by chaotzu | 2005-08-23 21:31
2005年 04月 22日

ブログ・ストーカーって、いったい

◆週刊文春今週号にて「ブログ・ストーカ」見開き2ページの小記事。
 うっかりご近所の写真なんかのせると、それを手がかりに自宅まで突き止める輩がいるそうな。そして、自宅の写真を送りつける。
パズルを解く愉しみに似たところがある由だが、その熱心さの一部でも別のもっと建設的な分野に注力できないものかと思ってしまう。
もちろん、若い女性ブロガーが対象であって、おじさんブロガーをつけまわすような物好きはいないんだけど。
 だけど、これってホームページの開設でも、よく云われた注意じゃないのか。別に目新しいことではない。すでに有名な人あるいは有名志向のあるひと以外は、自分の属性を軽々にさらすべきじゃないだろう。
◆とくに最近は、ブログの「2チャンネル化」現象もある。一部のブログでは攻撃的なコメントを書き込みするひともみられる。いや議論はいいんだろうが、表現の仕方をもうちょっと練ったらと思わずにいられないコメントに出くわすのだ。匿名をいいことにして、未熟な感情をまき散らすのはみっともないことである。たとえば中国関係の記事なんかみていると、「反中」意識の高いひとが、やけに居丈高なコメントをしている。皮肉なことに、中国の血気盛んな「愛国無罪運動家」と重なってしまうのだ。「議論」に逆切れするひとも出てくるかもしれんと心配である。 だいいち自分の鬱憤ばらしのためのブログであるのに、それでストレスを抱えるなんてごめんである。ブログはのんびりひっそりやるにかぎるよ。
 そのうち「ブロガー殺人事件」なんて書くひとが出てくるかもしれない。倒叙形式で、日記の断片や投稿写真をてがかりに執念深く身元を追及していく……てっきり妙齢の女性だと思っていたら、野暮ったいおっさんだったので逆切れしてしまい(以下略)。
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by chaotzu | 2005-04-22 22:54
2005年 04月 09日

追悼 岡田史子

◆本日の朝日新聞朝刊にて、漫画家岡田史子さんの死亡記事。
 あー、だんだんCOM出身の漫画家が消えていくなと寂しい思い。まだ55歳であったが正確には元漫画家といったほうがいいかもしれない。亡くなられたのはこの3日で既にお葬式も済んでいる。ほんとうにひっそりと逝かれてしまった。b0036803_17525587.jpg
◆1960年代後半の月刊漫画雑誌COMの新人漫画家コンテストで、華々しく登場したように憶えている。センセーションをまきおこしたといってもいいかもしれない。石森章太郎が激賞していた。
ただちょっと観念的すぎるというか難解なイメージがあった。作品数もそう多くない。10代でデビューしてから数年間で実質引退状態である。今から思えばデビュー時にあまりに評判になりすぎた、そのことが相当なプレッシャーになったのかもしれない。
 それでも、女性の漫画家が非女性漫画誌(現在の状況からみるとへんてこな表現だが)に進出していった、その先人としての貢献は不朽であると思う。同時期、ガロにも「つりたくにこ」という女性漫画家が登場していた。現在では、高橋留美子や柴門ふみ、近藤ようこ、石坂啓など「女流」の肩書きなしに活躍する漫画家は多数であたりまえになっているが、このふたりはそのさきがけだろう。後進にも大きな刺激と影響をあたえたのではなかろうか。 
 個人的にはつりた漫画のほうが好みであった。しかし、この人も難病にかかり若くして夭逝している。残念至極である。
◆わが想い出の漫画誌「COM」、初期三本柱の手塚治虫、石森章太郎は故人、永島慎二は断筆、ぐらこん出身の青柳裕介も亡くなり、長谷川法世、宮谷一彦はもう描いていない。そして岡田史子も亡くなった。
 まことにさびしきことなり。
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by chaotzu | 2005-04-09 18:00
2005年 03月 22日

カーチス・ルメイという軍人

◆録画しておいたNHK・BSドキュメンタリー「東京を爆撃した兵士たち~アメリカ軍パイロット60年後の証言」をやっとみる。放映されたのは半月ほどまえであって、毎度遅れ遅れである。我ながら自分らしいことだ。
 犠牲者約10万人の東京大空襲を実行したB29のパイロットたち、生きていても既に80代の高齢であり、今のうちに彼らのインタビュー記録を残しておくことは重要である。それでも番組に出演した元米軍パイロットの人たち、年老いたとはいえ、みんな元気そうでかくしゃくとしている。
◆出演者に共通しているのは、「戦争中の任務であり、いささかも逡巡しなかった」という出撃当時の意識である。まあ当時はそんなものだったかもしれない。死亡した僚友の復讐や真珠湾の仕返し意識もあったろう。
 しかし、60年経った今でも大半は「戦争を終結させるために必要だった」「誇りに思っている」と悪びれた様子はあまりみられない、なかには「日本人のために良いことをした、本土上陸ならばもっと日本人が死んでいた」とまで云ってのける人もいる、これには思わず目が点になる。戦闘参加者でもない女子供、年寄りなど無数の一般民間人に、高いところから雨あられの爆弾を浴びせて、よく平気でそんなことがいえる、はっきり云って人種差別意識じゃないか。逆の立場だったらいったいどうだろう、同時テロ事件当時のアメリカ人の反応を思い出す。
 救いはただひとり反省の弁を吐露したひと「いま思えばなんというひどいことをしたのだろう」、この人は息子さんが日本女性と結婚、焼き物職人として日本に住み着いており、戦後の日本を実際によく知っている人であった。
 無差別爆撃そのものは、東京空襲に先立つ5年前、旧日本軍も中国重慶でやっている。だから、日本人もあまりえらそうなことはいえないかもしれない。しかし、重慶も含めてナチス・ドイツによるスペイン・ゲルニカ、米英軍によるドレスデンなど著名な無差別爆撃のなかでも、東京大空襲は桁外れの無差別殺人であり、ひと言でいえば度が過ぎている。おまけに広島・長崎の原爆投下のさきがけにもなっている。
b0036803_23222474.jpg◆この空襲を立案推進したカーチス・E・ルメイ少将(当時)のことを、属官であったマクナマラ元国防長官は「とにかく戦争大好き人間だった」と云っている。東京大空襲の際は、前もって日本家屋のセットを作って爆撃実験したり、効果的な焼夷弾の開発を進めるなど、日本の都市爆撃にかける熱意は半端ではない。自伝で曰く「木と紙でできた日本の民家は、全てボルトやナットなど武器を作る軍需工場だった。それをやっつけてなぜ悪いか」
 どこか異常である。日本陸軍の「名物」参謀であった辻政信に代表される旧日本軍人のダメさ加減とは全くタイプの異なる冷血軍人であり、人間としての大事な部分が欠落したような人物にみえてならない。その後ヒロシマ、ナガサキへの原爆投下にも関与しているし、キューバ危機のときにはケネデイ大統領に空爆を進言したらしい。はっきりいって戦争キ○ガイ。こんなアブナイ人物でも、最終は空軍参謀総長まで栄達している。平時であれば異常な大量殺戮嗜好者が、時勢で軍隊の司令官になったようなものである。
◆あきれたことに、戦後の1964年、当時の佐藤内閣は、「航空自衛隊の育成に貢献した」としてこんな男に勲章を授与している。それも勲一等旭日大綬章である。日本政府とて愚鈍ではなかろうし、ルメイ将軍が日本人にやったことを百も承知のうえの確信犯的な叙勲だろう。勲章そのものはたいしたことはないが、政治的な意味合いが大きい。アメリカ政府となんらかの取引があったとみるのが自然である。日米安保の強化あるいは沖縄返還の地均しか。アメリカにしてみれば長年の精神的負い目が払拭されるのだから万々歳である。
 この時の防衛庁長官は小泉純也、いまのコイズミ総理の父親である。二代続けてアメリカのポチをやっていた(苦笑)。未来志向はいいとしても、叙勲まではいくらなんでもやりすぎだと思う。どんなに小細工をしても、歴史上の事実を消すことはできないんだから。
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by chaotzu | 2005-03-22 23:36
2005年 03月 06日

永島慎二「漫画家残酷物語」のこと

◆本日の朝日新聞朝刊読書欄に永島慎二「漫画家残酷物語」の紹介。復刊中とはちっとも知らなかったが、実になつかしい。もう40年以上も昔の漫画であるが、日本漫画史上に残る名作であることはたしか。b0036803_1718412.jpg
 もともと貸本屋向け漫画に掲載したものだそうだが、その当時は知らない。たしかに漫画家自身が主人公で私小説みたいな漫画なんて「実験」は、貸本漫画でないと無理だったかもしれない。題名は大島渚監督映画「青春残酷物語」のもじりだろう。
 作者自身の雌伏時代における内面の葛藤を反映した本作品は、1960年代後半になって朝日ソノラマが三巻本にまとめて再刊した。これを古本屋で購入して夢中で読みふけった思い出がある。あの「柔道一直線」(梶原一騎が原作である)の漫画家がこんなものを書いていたのかという驚きがあった。
 同時期に月間漫画誌のCOMに「フーテン」を連載したりで、永島慎二はいっぺんにメジャー的存在になったが、梶原一騎原作の漫画なんてミス・マッチの最たるもので、途中で嫌気がさしたのか投げ出している。そして突然アメリカに長期旅行に出かけたりの“フーテン漫画家”ぶりを発揮して、実際に表舞台で活躍した時期は3、4年ぐらいと短かかったように記憶している。
◆それでも、そんな生きざまもふくめて当時の若者に少なからぬ影響を与えたように思う。とくに漫画家志望の人には教祖的存在だったのではなかろうか。かくいう自分もせっせと、永島漫画の模写をしたことがある。いや、おじさんの面映い昔話丸出しだ。
◆藍ちゃん、残念だが
 女子プロゴルフの国内公式戦第一戦、TBSの中継はちょっと宮里藍選手を持ちあげすぎ。試合中は出場選手に公平な実況をしてほしいもので、ひいきの引き倒しそのものだ。毎度思うことだが、民放のスポーツ中継のレベルの低さには、みているほうが恥ずかしくなるよ。
 しかし、沖縄でこの時期に昼間から10度以下の寒さなんて、ちょっと記憶にない。ギャラリーの服装を見ても、とても沖縄にはみえない。ほんとに沖縄でやったのか(笑)。
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by chaotzu | 2005-03-06 17:56
2005年 01月 19日

姫路の駅そば

◆食いものに関しては、子供時代の記憶から一生足抜けできないようである。ときどき無性に食べたくなるものに、JR姫路駅の立喰いそばがある。地元まねき食品の名物で、なんというか和風調味のラーメンといったしろものである。柔らかな黄色い麺に安っぽい小エビのかき揚がのっかっている。汁味はどう表現すればいいのだろうか。まあ全国あちこちの立喰いそばのなかでも変り種の筆頭だろう。自分の評価では不動の全国立喰いそばナンバーワンである。だから死ぬ間際に食べたくなってはたまらない、動けるうちに食っとかねばの強迫観念にかられる。b0036803_21431013.jpg
 そんなことで、往復2千円余の運賃を出して300円の立喰いを食べに出かける。以前は駅構内だけであったが、今は駅北の小溝筋商店街と駅南に店がある(わたしの知るかぎり)が、やはりホームの立ち喰いがいちばんである。メニューもいろいろ増えているが、迷わずいちばん安い駅そばを注文する。すぐ出てくるから、もうあっという間で3分もかからない(笑)。昔は僅かな乗り換え時間で食べたものである。ついでに姫路の名物を云うと、回転焼きの御座候と玉椿というお菓子である。あと「めがねのミキ」も姫路出身であり、パリ云々は大嘘(笑)。いちおうパリ支店はあるけどたいしたお店じゃないよ。
◆さて、これだけではなんだし電車賃ももったいない。ついでに御幸(みゆき)通商店街をぶらつく。なんというか、地方都市の例にもれず姫路の駅前商店街も苦労している、あるいは善戦していると云ったほうがいいかもしれない。駐車場が少ないので、家族連れが来づらいという説があるが、実際のところよく分からない。なんといっても天下の姫路城に至る商店街である。ただお城間近の本町商店街は史跡内にあるのと国有地なので開発が進まず、かなりわびしい雰囲気である。この辺りがネックなのだろうか、駅から遠くなるほど苦しいみたいだ。
 驚いたのは、ダイエー跡地に鳴り物入りでオープンした「姫路ひろめ市場」が昨年の10月に自己破産して閉鎖していたこと、たった1年半しかもたなかったことになる。見込み違いがあったのだろうがそれにしてもビックリである。それから老舗の書店が経営難で裏の小溝筋に移転している。ただこの裏通りはなかなか面白そうだ、鯛焼きの店とかアジア料理の店など以前はなかった特徴のある個性的な店舗が出現している。家賃が低下して小資本でも参入しやすくなったのだろうか。もしかしてここらに姫路駅前商業地の将来があるのかもしれない。
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by chaotzu | 2005-01-19 21:44