マイ・ラスト・ソング

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カテゴリ:日本映画( 132 )


2006年 01月 29日

【映画】 「博士の愛した数式」 江夏の背番号28は完全数

◆これまで実際に目にしたなかで、最高の投手は?
と問われたとする。確信をもってこう答えるだろう。
“阪神タイガース当時の江夏豊、とくに入団2年目(1968~昭和43年)”

◆もうだいぶ旧いはなしだから、いささか気恥ずかしい気分もあるが、30年以上昔の江夏の印象はいまなお強烈だ。当時ジャイアンツなかでもONの大ファンであったが、全く攻略できなかった。高校卒業して2年目20歳の若者にV9驀進中の川上巨人がきりきりまいさせられたのである。
とくに、9月(だったか)、甲子園球場の阪神vs巨人の4連戦における熱闘はモノ凄いもので、今でも鮮烈に覚えている。この4連戦で江夏はなんと中一日で二試合先発し、なんと両試合とも完封である。おまけに三振奪取の日本記録もつくったし、どちらの試合の決勝点も打者としての江夏が挙げた。まさに江夏vs巨人であり、怪物ピッチャーとはこういう投手のことをいうのだろう。

◆4連戦しょっぱなの一回表、江夏がトップバッター高田に投げ込んだ初球、ずばっと膝元の直球でストライク、あれこそ自分が目にしたなかで最高の剛球である。この試合延長12回完封、そして中一日おいて再び先発する。いまだったら考えられないような酷使であるが、さすがに後半へばって肩で息していたものの、これまた9回完封。その前日が王選手への危険球からバッキー投手が荒川コーチと乱闘退場するなど騒然とした試合であったため、異常な雰囲気のなかでの完封だった。
今ふりかえると、もっと節制しておけば、あるいは若いときの酷使がなかったら、もっとスゴい成績を残していたことだろう。それでも200勝200セーブを挙げている。まっすぐ一直線にズドンとくる直球が美しかった。

b0036803_2118051.jpg◆おっと、映画のはなしがすっかり野球になってしまった。小川洋子原作のこの映画、内容を正確に云うならば、「博士の愛した数式~そして阪神タイガース」である。劇中で江夏の背番号28が完全数だという説明があるので、思わず江夏のはなしになってしまった。映画のほうはまたいずれ。

◆(オマケ)完全数とは、ある自然数の約数(当該数字は除く)の総和がその自然数に一致していること。
28=1+2+4+7+14
そして、連続する自然数の和にもなっているそうだ。
28=1+2+3+4+5+6+7
だから、そんなに滅多にある数字じゃない。なるほど!
ただし、映画の受け売りである(汗)。
ともあれ、数学は美しい、美しくなければ数学じゃない。野球もその点では同じことだ。
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by chaotzu | 2006-01-29 21:20 | 日本映画
2006年 01月 28日

【DVD】 「続拝啓天皇陛下様」 陛下、こんな赤子もおりました

◆亡くなった名優、長谷川一夫の軍隊時代のエピソードを同僚兵であったひとから聞いたことがある。ずっと昔のことである。昔の軍隊であり、とくに有名人だからといって特別待遇があったわけではないが、とにかく評判がべらぽうによかったそうな。裏表なくかいがいしく働く、ひとが嫌がることは率先して手を上げる。それで本人はケロッとしていたという。
“なあに、この程度の苦労なんて芸事の修練にくらべれば、苦労のうちに入りませんよ”
う~ん、すごいなあ。マンダム(意味不明)。

b0036803_22341190.jpg◆1964年松竹映画、続と銘打たれているが、前作に続くものではない。
今度の渥美清演じる山口善助は、貧困ゆえに拾った魚で家族が全滅、天涯孤独になるというものスゴイ設定。勉強の世話をやいてくれたオナゴ先生(岩下志麻)に花を捧げるつもりがはずみで抱きついてしまい、少年院送りになるという運のなさ。出所後は汚わい屋稼業で、悪童たちからは「ウンコ善助」と呼ばれている。口をきく友人といえば、周りから排斥されている中国人散髪屋の王万林夫婦(小沢昭一&南田洋子)だけ。まあ誰からも無視される悲惨な青春期であったが、そんなオトコでも、軍隊は別世界だった。叱られるにしろとにかく平等に扱ってくれる。みんな陛下の赤子だ。

◆支那事変で召集された渥美清は北京にある軍犬育成部隊に配属される。ここでシェパードの友春号に出遭う。この犬が可愛い、とことん主人に忠実を尽くす。渥美清が営倉に入れられたら、じっと建物のそばで待っている。ウンコ善助は感激の涙である。敗戦によってやむなくこの友春号と別離する場面もなかなか感動ものであるし、軍用犬の教官役藤山寛もなかなかいい味を出している。

◆とはいっても、軍隊場面は全体の三分の一ほどで済んでしまう。あとは敗戦後の荒廃した日本で必死に生きる人間たちの群像劇である。雇われ仕事で出向いた先は闇市にある三国人食堂の打ちこわし、そこでばったり王万林と再会する。その縁でカツギやになり、友春号の元飼主を京都南禅寺まで訪ねてみれば、財産税で息も絶え絶えの旧家、シベリアに抑留された夫の留守をひとり守る夫人(久我美子)は栄養失調でふらふらしている。ダレも他人のことなどかまっていられない時代であったが、渥美清はせっせと京都に出かけて支援する。ヤミで手に入れたラックス石鹸を米軍MPに咎められて、沖縄送り?にされたりと、敗戦直後の人物ドラマが点描される。なかでは、中国人を演じた小沢昭一が抜群の存在感である。

◆脚本に山田洋次が参加している。もしも寅さんが結婚していたら、いったいどうなっていただろう。もしかして、その解のひとつが提示されたかもしれない。大阪城近くのバタヤ部落で昔馴染みの宮城まり子に邂逅する。米軍兵に暴行された宮城まり子は娼婦になっていたが、渥美清はこだわらない。やがて二人は結婚する。そこから誤解等いろいろあって、女の赤ちゃんを遺して妻は逝ってしまう。
ラストは赤い夕日に照らされたなか、ねんねこ半てんで赤ちゃんを背負った渥美清が子犬を連れて、どこかに去っていく。う~ん、寅さん映画がこんな最後になっていたとしたら、ファンはとうてい承知しないでしょうな。
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by chaotzu | 2006-01-28 22:38 | 日本映画
2006年 01月 26日

【DVD】 「拝啓天皇陛下様」 陛下、最後の赤子が戦死しました

◆ともすれば、昭和の戦前が全て軍部圧制下の暗黒時代であったかのごとく錯覚しそうであるが、実際はそれほどでもない。軍部もしょっちゅう戦争を仕掛けていたわけではないし、大正デモクラシーの余韻をひきついで、モボにモガそしてエログロナンセンスが大流行りのときもあった。江戸川乱歩なんかがモノスゴイ猟奇小説を書いていた時代である。
個人的な見方であるが、小林多喜二が特高警察に虐殺された1933年(昭和8年)あたりまで、大雑把にいって日本国内は平穏な時代だったのではなかろうか。だから、その時分の軍隊(除く外地)にはまだのどかな雰囲気があったかもしれない。
~なんてことを書いてみたが、もともと明確にそう意識していたわけではない。白状すれば、映画をみてああそうであったかと認識し直した次第なんである(汗)。

◆1963年松竹映画、原作は棟田博(今やほとんど忘れさられている)、監督脚本は野村芳太郎、そして渥美清が俳優としてはじめて評価をあげた作品である。今見れば、後年の寅さんのルーツにもなっている。渥美演じる主人公の山田正助こと山ショウは天涯孤独の前科もので無学無教養、人のいいオトコでインテリへの憧れもある。だけど何をしでかすか分からない不気味さもある。そして女性との付きあいがへたくそ……、
なんだ寅さんとほとんどオンナジじゃないか。

b0036803_2143886.jpg◆1931(昭和6)年、徴兵で岡山の連隊に入営した初年兵の3人組、渥美清と長門裕之と桂小金治、先輩兵と和気あいあいだったのは初日だけで、翌日から二年兵(西村晃)が鬼みたいになる。とはいっても、その二年兵も満期除隊が近づくにつれ、一年兵に媚をうるようになってくるところが大いに笑わせる。渥美清たちも二年兵になれば天国だ、飯も山盛りいっぱいたらふく食べられる。中隊長(加藤嘉)もうっとうしいぐらい優しい、営倉に入れば黙って正座を付きあってくれるし、読み書きを勉強する段取りもつけてくれる。軍隊に入ればみんな天皇陛下の赤子で平等だ。せちがらい娑婆と比べりゃ天国じゃないか。これは、おそれおおくも天皇陛下様のご慈悲なんだろう。
だから、南京陥落(1937年)で戦争終結の噂が流れたときは大慌てする、思い余って崇拝する天皇陛下様あて手紙で直訴しようとする。「どうか軍隊においてください」、さすがに長門裕之に「不敬罪になるぞ」と制止される。

◆ただし、軍隊時代は映画の半分ぐらいしかない。後半は主人公の戦後苦闘編である。もともと立ち回りが上手な器用人間ではない。カツギ屋になったり、信州の開拓団に入ったり職を転々とする。想いをかけていた未亡人(高千穂ちづる)にもすげなく振られてしまう。そして、やっと嫁さんになってくれる女性(中村メイコ)にめぐりあうのだが……。天皇陛下の赤子であり続けた男の悲しい一生である。

◆喜劇的なところもあるが、全体は幸福に恵まれたとはいえない男の一生であって悲劇である。また、天皇制批判なのかあるいはそうでないのか、そこのところは巧みにぼやかしている。とはいえみるひとが見ればはっきりしているだろう。
今現在、こんな直截的なテーマで映画制作できるひとはまずいないだろうことはたしか。それほど、世の中の空気がおかしくなっている。昭和天皇が亡くなる時期の「自粛」騒動は異常であったが、それがまかり通ってしまった。皮肉なことに、いま現在そんな風潮の防波堤になっているのは今上天皇である。
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by chaotzu | 2006-01-26 21:45 | 日本映画
2006年 01月 24日

【DVD】「天城越え」 ♪山が燃える、じゃなくて少年は萌える

◆俳優の渡瀬恒彦、渡哲也の実弟であるが最近あまりみなくなった。この人も味のあるなかなかいい俳優さんである。かつて桃井かおりと共演した「神様がくれた赤ん坊」などは忘れ難い。兄貴のほうは再三の病魔を克服して、なお第一線でバリバリ活躍しているというのにいったいどうしたんだろうか。そんな渡瀬恒彦に久々対面する。

b0036803_22365410.jpg◆1983年松竹映画(霧プロと共同制作)、松本清張の同名短編小説が原作である。冒頭、渡瀬恒彦が杖突いたよたよたの老人として登場する。ただし、鳥打帽にサングラスおまけにマスクまでしているから、誰だかサッパリ分からない。静岡市内のとあるビルの階段をハアハア上って、印刷屋を訪れ、ある資料の印刷を依頼する。かつて迷宮入りになった戦時中の殺人事件に関する刑事調書である。しかし、いくらはるか昔の時効入り事件とはいえ、こんなことしていいんだろうか。いまだったら、情報漏えいでたいへんなことになりはしないか(苦笑)。

◆先を云ってしまうと、印刷屋の経営者(平幹二朗)が真犯人なのである。渡瀬恒彦の元刑事、執念深いといえどもう犯人を罰する意思はない、ただ、動機がよく分からない、それを知りたい一心で奇抜なアプローチに及んだのである。果たして平幹二朗は激しく動揺する。いまや「けものみち」のヌルヌルした気色悪い老人が板についたヒラミキにも純情な時代はあった(笑)。回想がはじまる。あれは戦争中、まだ14歳のときだった。
ここから物語がタイムスリップする。石川さゆり唄う名曲ではないがもうひとつの「天城越え」である。こちらは、思春期の少年と若い女との切ない交情(情交じゃないよ、念のため)のはなしだ。

◆伊豆半島の南、下田の鍛冶屋の倅14歳少年が、母親の情事にショックを受けて、家を飛び出してしまう。ゴム底草履で天城越えの旅だ。途中、坂上二郎の菓子屋や柄本明の呉服屋などの行商人と同行したりするが、夜も更けてきて心もとなくなり、修善寺の手前で引き返す決心をする。そして湯ヶ島温泉の遊郭を足抜けした若い娼婦(田中裕子)に出会う。足裏のマメが破れて血だらけになった少年は、女から手当てしてもらう。まるで観音様みたいだ、そんな女がよりによって……。
映画で描かれる天城街道は美しい、浄蓮の滝や天城トンネル、思わず夏場のハイキングに行ってみたいなあ、いいだろうなあと思わせる、そんな景色とはうらはらに、ドラマのなかでは思春期の少年のもやもやした揺れ動く心理が展開する。もうやるせない映画。

◆田中裕子が素晴らしい。警察署で尋問されるときのはすっぱな態度、便所に行かせてもらえず、刑事に突き飛ばされて、漏らしてしまうときの半泣きの顔。もともと、はじめから主演級扱いの女優ではなかったので、吉永小百合クラスならば絶対しないであろう役柄でも演じる根性がこのひとにはある。
そして護送されるときに少年と再会して全てを覚る、“あんたのことは絶対云わないよ”と無言の演技。ここが胸にしみいるいちばんの見どころシーン。少年を演じた伊藤洋一もなかなかの適役でありました。
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by chaotzu | 2006-01-24 23:50 | 日本映画
2006年 01月 22日

【映画】 「THE有頂天ホテル」 それを云わんとオシマイよ

◆三谷幸喜の脚本兼監督映画の三作目、こんどは「グランドホテル」形式に則ったコメデイである。
起用した俳優陣がすごい、主役級の俳優を贅沢に使い回している。なかでも、唐沢寿明とオダギリ・ジョーが笑わせてくれる。ヘアスタイルからしてよくやるよという珍妙な化けぶり、こりゃ、演ってるほうは愉しかっただろうなと思う。
あと、ミュージカル女優の堀内敬子も登場する、いやあ若々しいです。

◆アヒルちゃんのエピソードなど、そこそこ笑わせてくれるのであるが……
以下ネタバレ注意b0036803_1734029.jpg












汚職政治家で渦中の佐藤浩市(ストレスなのかしょっちゅう飲み食いしている)、ホテルに篭城中、ベルボーイ香取信吾のやけに明るい唄に触発されたのか、ついに腹を括って報道陣に全てをぶちまけようとする。その寸前に、かつての愛人でいまは客室係として世を忍ぶ松たか子が現れて叱咤する。
“全部しゃべったら、政治家生命は終わりなのよ、それでもいいの。カッコ悪くても政治家として生き残りなさいよ、それで理想を実現するのよ”(大意)
と、こんなことを云われた佐藤浩市は、せっかくの決意を翻意し、また沈黙してしまうのである。
なんだかなあ(嘆息)。
まるで、この前のオジャマモンの証人喚問を彷彿させるようでタイミング悪すぎである。
ここは逆に政治家としての道は捨ててでも、全ての事実を明かすことで、まっとうな人間として復権するはなしにしてほしかった。少なくともスクリーンのなかだけでもそうあってほしい。これじゃオジャマモンみたいな人間を称揚するみたいで笑うに笑えない。だいいち、そんな現実はもう見飽きているのである。だから、どうしょうもない後味の悪さが残ってしまう。見終わってたいしたものが残らない。
あえて書く、コメディとしては失敗作、ちと有頂天になりすぎたのではないか。
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by chaotzu | 2006-01-22 17:08 | 日本映画
2006年 01月 20日

【DVD】「池袋ウエストゲートパーク 1~6」 多層構造の青春群像劇

◆テレビ局製作ドラマはめったに見ないのだが、「黒革の手帖」に味をしめて日本ミステリのドラマ化作品をもう一度、今度の原作は石田衣良による同名の連作短編集である。DVD全6巻に11話収められている。1話が45分ほど、長いことは長いがダラダラ気分で気軽に見られるのがいい。
6年ほど前にTBS系列で放映されたものであるが、脚本はいまをときめく宮藤官九郎。実のところクドカンのドラマは初体験であるが、けっこう面白く愉しめる。なるほど若いひとに受けるはずである。

b0036803_22355743.jpg◆ドラマの本筋に関係のないギャグがてんこもり。セコい果物屋をやっている主人公のマコト(長瀬智也)とそのおふくろ(森下愛子)とのやりとり、かつてのアイドル・キャラが“クソババア”と息子に罵られる。赤塚不二夫のマンガから出現したみたいな警官(阿部サダヲ~なんちゅう芸名!)、マコトのマヨネーズ焼きそばへの偏愛、ズーズー弁の刑事(前原一輝)、難儀なラーメンの注文方法、そしてきわめつけはGボーイズを束ねるタカシ(窪塚洋介)の怪演である。いちばんの儲け役かもしれない。ああそうそういまをときめくツマブキくんもイジメラレッ子あがりの暴力団員役で出演している。

◆とはいっても、池袋にたむろするブータロー連中の日常劇ではない。全11話をつらぬくストーリーはシリアスな悲劇である。BGMとしてチャイコフスキーの弦楽セレナードがさかんに流される。原作短編の第一作目を分解して、各エピソードに細切れではめこんだ。ジグソーパズルみたいなアイデアであるが、これはコロンブスの卵。1話ごとのエピソードは完結するのだが、もうひとつ長編的なエピソード(立派なミステリ!)も同時並行で進行する仕掛けになっている。いわば多層構造の物語である。脚本家の力技というしかない。

◆ただし、原作にくらべると、主人公マコトやその母親にもうひとつ違和感がある。原作のマコトは暴力的な性向があるものの、クラシック音楽や読書に浸る内省的な部分もある青年として描写されているが、長瀬智也にそんな雰囲気は皆無である(笑)。もっとも、それでも十分に面白い。これはもう原作とは別物にみたほうがいいかもしれない。クドカン版の「池袋ウエストゲートパーク」である。
まだ、原作のストックはあるのだから、続編を期待したいのだが、これだけイメージが固定してしまうともう無理かな。

◆はじめ、いちごの回、にんじんの回、みかんの回……というドラマのサブタイトルが何のことか分からなかった。しいたけの回、ゴリラの回、TBS(6チャンネル)の回、洋七の回、洋八の回ときてやっと気がついた。なんだナンバー遊びをしていたのか(笑)。以下、九州の回、十手の回、士(さむらい)の回と続き、最終話の侍はクドカン本人が演っている。いい年こいて恥ずかしいが、こういった細かい遊び心もけっこう好きである。
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by chaotzu | 2006-01-20 22:42 | 日本映画
2006年 01月 04日

【DVD】 「黒革の手帖1~4」 あんな小娘にぎりつぶしてやる

◆一度だけ銀座で飲んだことがある。ことわっておくが地方の○○銀座ではないし新橋や西銀座あたりじゃない、正真正銘、東京都中央区の銀座なんである。もちろん堂々の自腹である。これ以上タネあかしはできないが、もしかするとわが生涯の絶頂期であったかもしれない(笑)。そして世間知らずの増長おさまらず、こんどは銀座で鮨を食べたいと思っているうちに、バブル崩壊とあいなってしまったのである。今から思い返せば汗顔の至りであるが、銀座に一丁前の憧れと興味があったのである(汗)。田舎者のコンプレックスだろうと云われれば、そうその通りと頷くしかない(笑)。

b0036803_21224931.jpg◆テレビドラマは滅多にみないが、松本清張の原作かつ銀座ものということでみる。一昨年テレビ朝日が制作したもので、米倉涼子の主演で話題になった、それをこのお正月に通しで全部みる。中味はドロドロの人間欲ぼけ模様、とても新年にふさわしくないが、それが面白くてやめられない。原作を現代風に置きかえる為かなりいじっているので、半分以上は脚本家の力量だろう。
はなしそのものは、ひと言でいうと、色と欲にとりつかれた人間が織りなす大喜劇である。とくにオトコたちはみんな俗物根性丸出し、思いきりクサイ演技で大笑いさせてくれる。そのなかで、ヒロインの米倉涼子は悪女であるが、ほとんどダレの助けも借りず、己独りの才覚でネオンの海を渡っていく。オンナとしての武器も使おうとしない。みていていっそ清々しいというべきか、いやこれは人によって見方が分かれるかもしれない。ここまで欲望むき出し人間ばかりのドラマとなると不愉快になる人もいるだろう。とにかく、誰一人としてまっとうな健全人は出てこない(苦笑)。それでも俳優さんは悪役となるとみな愉しそうにやっているようにみえてしまう。なぜだろう?

◆ヒロインがのしあがる武器となるのは、銀行の架空名義預金を密かに記録した「黒革の手帖」である。もともと架空名義預金は禁止されておらず「自粛」だった。ということは「推進」と同然でやりたい放題になる。護送船団当時は預金量で銀行の収益が決まる、だから成績を上げたい銀行員はみな口座名義まで用意して協力に走った。これは云うまでもないが、脱税の手助けである。
いまは、本人確認書類が要るので、昔みたいな濫造は無理だろうが、それでも是正されないままの旧い口座がかなりあるだろう。とにかく、銀行員のヒロインがそんな架空預金口座の記録を取引材料にして、1億2千万円の横領を支店長に黙認させるところは、痛快である。そして並みのオトコだったら、その程度で満足してしまうところを、そのお金をタネ銭にして、銀座の一流クラブのママを目指す。極めつけの悪いオンナではあるが、見ているうちにだんだん感情移入してくるからフシギである。

◆もうひとつは、ゴージャス・ムード、ヒロインの着ている和服に帯止め、かんざし、それがしょっちゅう変わるので溜息ものである。見ているほうはナンボぐらいのもんだろうかと下種根性丸出し(汗)。洋服のほうも、ソニア・リキエルのパンツスーツ、ヴァレンティノのドレス、ディオールのワンピース、ピアジェのピアス、アルマーニのジャケット……、さながらブランドもの展示会である。思わぬ眼福でありました。
しかし、女優さんが着ているからこそ映えるのである。同居人なんかが着てもムダムダと内心呟いたりする。おっと聞こえでもしたらおおごとだ。
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by chaotzu | 2006-01-04 21:29 | 日本映画
2005年 12月 20日

【DVD】「この世の外へ クラブ進駐軍」 エンタツでアチャコじゃないか

◆小林信彦の「テレビの黄金時代」を読むと、進駐軍のクラブ回り経験があるバンドマンが戦後日本の芸能界を牽引していったことがよく分かる。日本テレビの名物ディレクターであった井原高忠、渡辺プロ社長の渡辺晋、ホリプロ社長の堀威夫、さらにはフランキー堺にクレージー・キャッツ……。
終戦後、いの一番にアメリカン・ポップ・カルチャーの雰囲気に接した人間が、そのまま日本のテレビ黎明期にかかわっていく、といってもはじめのお手本はみんなアメリカである。「シャボン玉ホリデー」しかり「ザ・ヒットパレード」しかり。最初はアメリカのポップソングを日本語にして唄うだけ。はっきり云って猿真似みたいなもんだから、子供のアタマでもなんだか面白くなかった。
だけどアトになって分かるのだが、実際に進駐軍のキャンプ回りをした人には複雑な気持ちもあったんだろうなと。実入りはいいかもしれないが、ついこないだまでの敵国「鬼畜米英」相手の商売である。戦勝国の横暴に腹立つこともあっただろうし、同胞のみる目もある。なにより、音楽センスの立ち遅れに歯噛みしたことだろう。しかしそういった悔しさを土壌にして、今のJポップが育っていったのかなんてことも思ったりする。

b0036803_2202330.jpg◆2004年日本映画(松竹ほか)、阪本順治監督のオリジナル脚本による終戦直後の日本人と進駐軍兵士の群像劇である。
終戦を知らないままフィリピン戦線で死線を彷徨っていた広岡(萩原聖人)は、上空の飛行機から流れてきたジャズでやっと戦争の終結を実感する。楽器店の息子で軍楽隊ではサックスを吹いていた、さあやっと音楽が出来るぞ。引揚後、早速バンドを結成する、バンド名はラッキー・ストライカーズ!ところが、メンバーがみんな戦争の影やトラウマをひきずっている。
ベーシスト(松岡俊介)は、教師の兄貴が戦中の軍国主義教育の反動で共産党員になり、家は四六時中公安警察に監視されている。ピアニスト(村上淳)は浮浪児になった実の弟をずっと探している。神戸出身のトランペッター(MITCH)はヒロポン中毒、さらにドラマー(オダギリ・ジョー)は長崎で被爆した母と妹を抱えているといったぐあい、ラッキー・ストライカーズとはよくいったものだ(苦笑)。

◆戦勝国側である進駐軍兵士にも戦争の傷跡は残っている。基地慰安クラブの責任者である軍曹(ピーター・ムラン)は弟のダニーを戦争で亡くした。だから「ダニー・ボーイ」だけは演奏させない。沖縄戦線で日本兵を殺した記憶にうなされるサックス奏者上がりの兵士(シェー・ウィガム)もいる。さらに人種間の反目もあって、朝鮮戦争の勃発によって、黒人兵のなかには先に戦場に動員されるのかという怨嗟がたちこめている。

◆オダギリ・ジョーがコミカルな三枚目を演じる。哀川翔のニセ日系二世とともに、暗くなりがちなムードを救っている。
もともと太鼓経験しかないのに金欲しさでバンドに潜り込んだにせドラマーである。スティックのことを「ばち」と呼んだりするので、たちまちモロバレ(笑)。そんな彼がバンド仲間のケンカに絶叫する。
“いまはケンカよりジャズだろ、ヒロポンよりジャズだろ、GHQよりジャズだろ、六大学野球よりジャズだろ、羽黒山よりジャズだろ、バーグマンよりジャズだろ”
“いまのオレたち、ラッキーでストライクじゃないか、ハッピーでプリーズじゃないか、ワンダフルでビーチフルじゃないか、エンタツでアチャコじゃないか”
云ってることはもう支離滅裂ながら、実に真摯な思いがよく伝わるのである(笑)。

◆トランペットのMITCHを除き、出演者は楽器が素人のはずである、実際に俳優が音も出したのかはよく分からない。萩原聖人のボーカルがご愛嬌である、ほとんど笑わず無表情なのも、また役柄にあっている。
難をいうと、はなしが出来すぎていること、そしてエピソードが多すぎて焦点がぼやけた感があること。結局、戦争のトラウマを癒すのは音楽ということなんだろうが、それじゃ当たり前すぎるような、まあそこそこ愉しめる作品ではありますが。
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by chaotzu | 2005-12-20 22:08 | 日本映画
2005年 12月 10日

【DVD】「肉弾」 神の国より人間の国

◆1968年日本映画(肉弾をつくる会&ATG)、岡本喜八監督による戦争映画であるが、政府や軍部の中枢を描いた「にっぽんの一番長い日」とちがって、無名底辺の兵隊と民衆をとりあげる。登場人物は全て名なしという徹底ぶりである。公開当時は新人大谷直子の全裸場面が話題になったが(そういうことだけはしっかりと憶えている)、メインテーマは学徒動員された21歳6ヵ月特攻兵の運命である。
しかし、岡本監督にかかれば単純な反戦映画にはならない、どこか喜劇調でもあり、また映像詩みたいな実験的作品にもなっている。要するに監督が束縛されず好き放題作った、そんな感じがする映画、見るひとによって好みは分かれるだろう。

b0036803_21172387.jpg◆“日本良い国、清い国 世界にひとつの神の国”
  “日本良い国、強い国 世界に輝く偉い国”
子どもが無心に唱えているが、もはや戦争末期であり、沖縄も米軍に占領された、やがて原爆も落とされる。それなのに、学徒動員された「あいつ」は本土上陸を想定した米軍戦車への肉弾攻撃要員としてしごかれている。制裁で全裸訓練の罰も受けたりもする。周りから
“あいつのチン○コでっかいなあ”など云われたりするが、本人は
“体じゅう顔にしておれば、風邪をひくひまなどない”と泰然としている。

◆戦局悪化、とうとう人間魚雷にされてしまう、その前に一日だけ休暇が与えられる。
早速、古本屋にとび込むが、主人が笠智衆、空襲で両腕をなくしている。
“とにかく字が多い本ありますか?”
“あるよ、電話帳はどうかな”
“すぐに読み終わらず適当に面白い本がいいんですが”
“それなら聖書はどうだろう”
聖書をもらうのと引き換えに古本屋主人の小便の介助もしたりする。生きていさえすれば、小便でも満足すると主人はひとくさり。どこかひょうきんな笠智衆である。その後登場する老妻(北林谷栄)があいつには聖母様にみえてならない。
次に出会うのが、因数分解の勉強をしている少女(大谷直子)、実は亡くなった両親に代わって女郎屋の経営もしている。少女に啓発されて、数式を念仏みたいに唱えるあいつ。
“勉強してなかったら生まれ変わったとき、わらじ虫か屁こき虫になるかもしれないなあ”
“わらじ虫にはなりたくないなあ”
う~ん、なんだかものすごいシュールな展開、どこかつげ義春のマンガにも似ているような。

◆「人間魚雷」といっても魚雷にドラム缶をしぱりつけただけである。女郎屋の傘をさして、体を起こしたままで遠州灘を漂流すること10日間、とうとう前方に米国空母発見!と思いきや、なんと汚わい船だった。そして、ラストは強烈なオチのおまけつきである。
あいつを演じた寺田農、一世一代の……やっぱり「怪作」かなあ(迷)。
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by chaotzu | 2005-12-10 21:22 | 日本映画
2005年 12月 06日

【DVD】「下町の太陽」 青山ミチと石川進とツイストの時代

◆昨年公開「ハウルの動く城」でヒロインの声を演じた倍賞千恵子、いまさらこんなこと書くのも照れくさいが、こどものころ憧れの女優さんだった。今でこそ病気等あってかだいぶ老けてしまったが、俳優としてほとんどパーフェクトだったように思う。芝居も踊りもそして歌もみんなうまい、この前NHKBSで「男はつらいよ・寅次郎頑張れ」をみたが、さくら役として油ののりきった時期である、いや実に懐かしいこと。
東京は北区滝野川の育ち、父親は都電の運転手、姉弟はたしか4人?いて、妹の美津子は有名であるが、弟も東京六大学野球のスター選手で、かの江川から本塁打を打ったことがあるはず。
当時既に日活の大スターであった吉永小百合に対抗するべく「下町の太陽」として売り出された。その同名映画をみる。

b0036803_234179.jpg◆1963年松竹映画、モノクロ。前の年に倍賞千恵子が歌った「下町の太陽」が大ヒットしたので、そのおこぼれを狙った企画である。
日本映画界得意のいわゆる歌謡映画であり、たいていはクズ映画と決まっているが、監督が新進気鋭(当時)の山田洋次とくればそうはならない。東京下町の若年労働者の姿を描いて、ちょっとひねった青春映画として仕上げている。なにより、映画デビュー間もない頃の倍賞千恵子にお目にかかれるのである。


◆倍賞千恵子は石鹸工場の女工さん、荒川そばの日当たりの悪い住宅密集地すなわち下町(墨田区?)に住んでいる、住民はみなハートウォーミングなひとばかりだ。なかには子どもを亡くして気のふれた老人(東野英治郎)もいるが、みな暖かく見守っている。はっきり云って「警察日記」のパクリであるが、同じ役者というのがミソ(笑)。
家族は5人、祖母と父親そして弟2人だ。母親は病死している。運送会社に勤めているらしい父親の月収は28000円ぐらい、玉子酒が唯一の愉しみである。大学受験を控えた弟だけは食事なども特別待遇である。いい大学に入りさえすれば下町を脱出できる、そういう信仰が根強く生きていた。そのため家族総出で応援しており、勉強の邪魔にならぬよう、みんな声をたてずに静かに暮らしている。末弟はいつも二段ベッドにいる、そんな時代だった。

◆同じ工場の庶務課男性(早川保)と恋仲である。彼氏は内部登用試験に合格して丸の内の本社に勤めるのが夢だ。早く下町を脱出したくてならない。この点、下町が好きだというヒロインと対照的である。
“隅田川を越えると景色が変わるね、ああ早く団地に住みたいなあ、郊外の団地に”
なにしろ、同僚の結婚式で
“倍率200分の1の光ヶ丘団地に当選というご幸運”
という祝辞があったりする時代である。
庶務課長が父親の軍隊時代の部下であるので、そのコネ情報もつかって懸命に勉強しているが、常務にコネがあるライバル同僚(待田京介)もいたりと、けっこうはなしは生臭い。上昇志向といえば聞こえはいいが、実際はかなり俗物根性もあったりする。この辺り、同じ松竹の巨匠監督である小津安二郎に対する当てつけみたいなものも見え隠れするように感じてしまう(笑)。

◆石鹸工場の女工さんはみなブルーカラーの男性工員なんぞは不良視している。サラリーマンと結婚するのが夢である。その夢を適えてマンモス団地に住むかつての同僚宅を訪問するが、新婚生活があまり面白くなさそうである。夫は帰ってくるなりバタンキューの毎日でろくに会話もないらしい。それでも化粧して夫の帰りを待つという旧友のことばに考え込んでしまうヒロイン……。
いっぽう、たまたま同じ京成電車で通勤している鉄工所工員の勝呂誉は、倍賞千恵子が気になってならない。こちらは熱い溶けた鉄が流れるところが好きだという、根っからのブルーカラー。それにしても、勝呂誉の演技は大根すぎと思うしかない(苦笑)。
こうなると、なんなく結末が予想できてしまいそうだ。山田洋次的といえばよいのだろうか、生硬すぎるといえぱそうかもしれない。
そう、あのさくらと博の結婚話に至るその予行演習みたいなものをやっているのである。

♪下町の空に輝く太陽は
 喜びも悲しみも映すガラス窓
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by chaotzu | 2005-12-06 23:17 | 日本映画