マイ・ラスト・ソング

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カテゴリ:外国映画( 98 )


2005年 10月 22日

【DVD】「心の旅路」 記憶喪失の定番映画

◆恥ずかしいはなしだが、これまでの人生で記憶喪失の経験はけっこうある。もっともひと晩限りのことであって、白状すると酒を呑みすぎゆえのブラック・アウトである。朝起きてから決まりの悪いこと、同居人に叱責される子供は白眼視する、そして二日酔いの気分悪さよりも、記憶がないという不気味さがある。あ~なんかヘンなことせえへんかったやろなあ、とそれが気になって仕方がない。まあ、いまはすっかり改悛しておりますが。
ところで、記憶喪失の期間が3年もあったらどうだろう。実際のところ気持ち悪くてしかたがない。気が狂いそうになるかもしれない。おまけにその間オンナが出来て子供まで授かっていたとしたらどうか。今だったら、マジに記憶喪失になりたいひと、けっこういるかもしれません(笑)。

b0036803_21453287.jpg◆1942年イギリス映画、記憶喪失テーマの映画では定番というか、有名すぎるほどの作品である。子供のころのマンガで記憶を喪失した登場人物がよくあったように憶えている。とにかくやたら多かった。そしてみんな都合の良いときにぱっと記憶を取り戻すのである。いまから思うと、この映画が当時の漫画家にかなり影響していたのかもしれない。

◆簡単にまとめると、再度の記憶喪失によって、いったんは途絶えた男女の愛がいろいろ紆余曲折あってメデタク復活するというはなしである。はっきり云って、現在の社会状況ならばまず思いつかない発想だろう。記憶喪失を奇禍にして嫁はんから逃げ出したいオトコならたくさんいるのではなかろうか。いや、その逆もあるか(苦笑)。
突っ込みどころもいっぱいあって、同じ記憶喪失テーマならば、「かくも長き不在」のほうがはるかに秀れていると思うが、それでもなんとなくつづきが気になってみてしまう。これが通俗メロドラマというものなのだろうか。理屈ではあれこれ抵抗すれども、やっぱり面白いものは面白いのである。

◆主役のロナルド・コールマン、このとき51歳、ちょっと年齢以上に老けすぎイメージである。それが青年将校から熟年の実業家まで全くオンナジ顔つきで演じる、おまけに15歳の義理の姪から愛を告白される役回りである。いまとなれば、もうアホらしくてみておれませんになりかねない。途中では、もしかしてロリコン映画になりはしないかとハラハラさせられる局面もある。まあ、そういうことにはならず、落ち着くべきところに無事着地する。
あ~よかった、とにかく妙なところでも安心させられる映画である。
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by chaotzu | 2005-10-22 21:49 | 外国映画
2005年 10月 19日

【DVD】「ホワイトハンター、ブラックハート」 垣間見える職人監督の自負

◆キャサリン・ヘプバーンとハンフリー・ボガートが共演した「アフリカの女王」という映画がある。ボガートのよれよれおじさんぶりと対照的な毅然たるヘプバーン、なかなか愉しい映画だなと気楽にみた思い出があるが、撮影の裏側は相当たいへんだったらしい。監督のジョン・ヒューストンが象狩りに入れ込んでしまうのである。いったいロケにきたのかハンティングにきたのかどっちやねんというありさまだったらしい。当然スターは不機嫌になってそれが現場に伝染する。だけど、そのダレもかも不機嫌な現場で撮影した映画がそれなりに当たってしまうのだ。
もう、これだけで映画のネタになりそうである。そう、やっぱりそういうはなしをハリウッド映画人が見逃すわけがない。

b0036803_22153233.jpg◆1990年アメリカ映画、意味不鮮明のタイトルを邦訳すると「白人ハンター、黒い心」になるのだろうが、もうちょっと芸のある邦題があってもいいのではと思わぬでもない。もっともこの映画自体、前述「アフリカの女王」のエピソードを知らないとサッパリ面白くないだろう、そんな映画である。
モデルにされたジョン・ヒューストン、監督としていろいろ有名な作品を手がけているが、自分的には俳優としてのほうが印象深い。出てくるだけで存在感ばっちりの迫力を漂わす。だからこの映画でも、いかにもこの監督さんらしいなというエビソードがいっぱいである。黒人差別でホテルの白人マネジャーにタイマン勝負を挑みノックアウトされたり、プロデューサーへの逆撫で言動とかの奇矯な行動は、はったりなのかあるいは自己演出かそれともホントにいかれているのか、実はこの映画をみてもよく分からない(笑)。いや、現実にハリウッドの映画監督という役を演じていたのかもしれない。どうも毎日芝居して暮らしていたような人物みたいである。

◆そのヒューストン監督らしき人物を演じるのが、監督兼任のクリント・イーストウッド。自分なりの感想では、とてもヒューストン監督へのオマージュにはみえない。逆にクセ者イーストウッドがヒューストンを揶揄しているようにみえてしまう。職人監督で名高いイーストウッドにすれば、せっかくのロケ・セットは放置するわ、スタッフを放り出して象狩りに行ってしまうなど、ヒューストン監督の行動がデタラメにみえたのかもしれない。
“こんな監督がオレより先にアカデミー賞とってやがるのか”てなもんである(笑)。だから、もう気持ちよさそうに演技している。そう見えてしまう。
もちろんワタシのうがった見方である。それにしても、重要であるべきシナリオ原稿を猿が抱え込んで、あげく紙が散乱するシーンなんかは、芸術家を自称する監督に対する強烈なあてこすりに見えてしかたがないのだが、さてどうだろうか。
なお、イーストウッドが「許されざる者」でアカデミー監督賞をとるのは、この映画の2年後になる。

◆それにしても、アフリカの風景は素晴らしい。いっぺんはアフリカ大陸の土を踏んでみたい、ビクトリア湖に沈む夕陽をみたいと思うが、現実はムズカシイ。見果てぬ夢である。
亡くなった渥美清が元気な時分は毎年のごとくアフリカ旅行をしていたらしい。寅さんの原動力の源泉はアフリカのサバンナだったようだ。
ジョン・ヒューストンがアフリカにとりつかれたのも、分からぬではないか。
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by chaotzu | 2005-10-19 22:24 | 外国映画
2005年 10月 07日

【DVD】「デブラ・ウィンガーを探して」 40代女優の本音語り

◆2002年アメリカ映画、アメリカ女優のロザンナ・アークェットがハリウッドやヨーロッパの女優34名にインタビューして回るドキュメンタリー。
b0036803_21335169.jpg登場する女優の大半は40歳代、彼女たちの言い分ではとても中途半端な年齢である。もうピチピチのセクシー女優ではやっていけない。みんな、スーザン・サランドンやメリル・ストリープのような性格俳優を目指しているが、それは50歳以降まで待たねばならない。おまけに子供との距離のとり方という切実な問題も抱えている。それまでいかにしのいでいくか、赤裸々な悩みが語られる。
日本でもこのような企画があってもいいと思う。


◆さすがに百戦錬磨のつわものぞろい、とくにウービー・ゴルドバーグ(53歳)が笑わせてくれる。
“ケツがデカクなった、それに気づいた時はシヨックだった。いったい誰のケツよ。
なんでこんなのが私の体にくっついてるわけ? お尻にストーカーされてる気分。
しかもオッパイが云うのよ、落ちたと! 今さらジタバタしても遅いわよ”

◆かつての美少女スター、ダイアン・レイン(37歳)は性格俳優を目指している、すっぴんで堂々と登場する。
“メリル・ストリープがこうやってほっぺををねじるシーンがあったでしょ、美しさにはある一定の基準みたいなものがあって、そこから外れると、傷んだとかくすんだとか云われるけど、わたしはそうは思わない。価値観が違うってことなの”

◆一般にセックス俳優にみられがちなシャロン・ストーン(44歳)、しかしこの映画では全く別の率直さと真摯な一面をみせてくれる。
“実力のあるすごい女優には正直恐くなるときがある。J・ムーア、彼女はほんとにすごい。あとはC・ブランシェットも、「エリザベス」をみて圧倒されちゃって、しかも「リブリー」ではまるで違う一面をみせてくれたからオドロキなのよ、だから怖いの。だって落ち込みたくないわ「すごい、アナタはステキよ」って素直にほめたいでしょ、もしそれがちゃんとできれば、それが女として強いエネルギーになるはずよ。割り切っちゃうの、私は私、彼女は彼女でステキでいい、こうしたほうが自分にとってずっといい刺激になるわ”

◆かつてガキの頃、かいまみた映画「愛の嵐」でたちまち憧れのひととなったシャーロット・ランプリング(57歳)、ガキがたちまち少年になった、そのひとが突然登場する。かつての妖艶な女優さんは、いまや落ち着いた熟年女性である。
“「己に正直であれ」よ、自分で決めるの。これだけは蔑ろにしないこと”

◆タイトルにあるデブラ・ウィンガー(47歳)、「愛と青春の旅立ち」のヒロインで有名であるが、映画界を引退していたとは知らなかった。アムトラックの沿線のそばに住んでいる。
“ハリウッドの夢を信じてる女優は気の毒だったわ
「愛と青春の旅立ち」の撮影二日目のとき、ドン・シンブソンが私のところにきたの。こんな茶色い封筒を渡されたの、クスリの入ってる封筒よ。
「ラッシュフィルムをみたが、君はむくんでる」 利尿剤を渡されたのよ。今でも憶えてるけど、そのとき、私はかなり汚い言葉を吐いた、思うにひとって、こういうことをきっかけに、モノになるか潰れるかが別れるのよね。私の場合あれでモノになるってことはなかった。フェミニストとして戦うことはしなかったのよ。でも屈服もしなかった”

◆その他名言集いろいろ
テりー・ガー(53歳)
“ジーナが云ったの、アンタは 年で顔がボロボロだって云われるまで粘りなさいって、ショックよ。アッハハハ”
フランシス・マクドーマンド(45歳)
“整形手術?今を耐えればひとり勝ち。54歳のいい女優が必要な時に独り占めよ”
トレーシー・ウルマン(43歳)
“この国の、とくに36歳の女をみるとむかつくわ、歳をとるのを恐れてシワを取りにはしる”
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by chaotzu | 2005-10-07 21:41 | 外国映画
2005年 09月 30日

【DVD】「桃色の店(街角)」私書箱237を開けて僕にキスしておくれ

◆今でこそ文通なんて、ぷっと笑われそうなアナクロ趣味かもしれないが、かつては大流行りの時代があった。雑誌には必ず「文通相手求めます」のページがあった。そんでもって、何人もの女の子と文通していることを自慢しているやつがいた。かくいうワタシもボールペン習字の通信教育をやろうかと思ったぐらいである。
なかには女の子からの手紙を見せてくれる奇特なやつもいる。こちらも喜んでお相伴にあずかっていたものだ。いま思えばかなり情けないはなしであるが、つまるところ文通相手の写真がみたい一心である。はなしの成行きとして「品定め」になるが、「おまえの写真だけは送らんほうがいいぞ」なんて他愛もない結論に落ち着くのである。もっとも、相手の写真も保証があるわけではない(笑)。まあ邪気があるようなないような時代。
で、そんな奥ゆかしい文通から恋がはじまるというおはなし。いや、現実に文通からスタートした遠距離交際が結婚に発展した例もあるんですよ。メールではなかなかそうはいかんでしょ。

b0036803_22534658.jpg◆1940年アメリカ映画。エルンスト・ルビッチによるロマンチック・コメディの名作である。
夕方メールならぬ「ユー・ガッタ・メール」の元ネタらしいが、こちらのほうが断然おもしろい。
クリスマス時分にカップルでみることをぜひオススメしたい映画である。
なに?大きなお世話だ、放っといてくれって、こりゃまた失礼。

◆戦後の公開であるが、「桃色の店」とはあまりにひどい邦題である。客になにか勘違いさせようとしたのだろうか。たしかにワタシなんかは率先して勘違いして勝手にがっかりしたかもしれない。ちなみに原題は「街角の店」、これで十分である。なお元はハンガリーの舞台劇だったそうで、映画のほうもハンガリーの首都ブダペストの設定である。もっとも、とても中欧にはみえず、どうみてもアメリカの雑貨店である。この辺はご愛嬌か(笑)。

◆はなしの筋書きはおいておく、とにかく全編洒落れた愉しい会話に満ちている、そしてジェームス・スチュワートの若いこと、見終わって、心がうきうきする映画である。たまには、クラシック映画もいいものだ。
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by chaotzu | 2005-09-30 22:57 | 外国映画
2005年 09月 29日

【DVD】「サイドウェイ」人生に寄り道は必要、だけど寄り道し過ぎてもダメ

◆映画は劇場でみるにこしたことはないが、DVD鑑賞にも利点はある。日本語吹き替えにしてかつ日本語字幕に設定できることだ。ことストーリーの理解に関してはこれがいちばんである。吹き替えも悪くはない、なにより画面に集中できる。そもそも英語のヒアリングに熟達しようというモチベーションもあまりないのだ。それと翻訳字幕の省略具合がとにかくよく分かる。だいたい実際のセリフの三分の二ぐらいしか字幕表記していないし、卑猥語なんかはほとんど省略している。
そうか、これまで外国映画に関しては、かなり限定された情報量で接してきたんだなということをつくづく思いしらされる。

b0036803_2240366.jpg◆2004年アメリカ映画、さえない中年男二人のロード・ムービー、それにワインのうんちくがかぶさる。一部でだいぶ評判になった映画だそうだが、自分的にはほとんどコメデイである、そして、中年になっていい塩梅の魅力がでてきたヴァージニア・マドセンに、うっとり見とれてしまう映画でもある。
主役は大学時代のルームメイト以来ずっと友人づきあいをしている二人の男。これが対照的、ひとりは小説家志望の国語教師でバツイチ、恋愛も小説もぱっとせず、老母のヘソクリまでちょろまかそうとするさえないオトコ、おまけにワインおたくという設定だ。
もうひとりはかつて昼メロで人気を博したテレビ俳優であるが、いまは落ちぶれている。それなのに病的なほどの女たらしというかセックス中毒なんである。
国語教師の小説が完成し、助平俳優もとうとう結婚(将来の打算?)することになった。そういうことで悪友二人の年貢納めツアーがはじまる。

◆ツアーの目的はカリフォルニアワインのワイナリー巡りとゴルフ、いわば悪友二人の趣味合体である。もうひとつ、俳優のオトコのほうにはナンパという目的もある。結婚1週間前だというのになんというファッキンな奴(苦笑)。もっとも、本人にしてみれば、それだからこそという理屈かもしれない。傍からみれば身勝手そのものであるが本人は大真面目である。
サンジアゴを出発してフリーウェイをぶっ飛ばして、ロサンゼルス北方のサンタバーバラへ、これだけでも相当な距離である。オトコふたりのワイナリー巡りがはじまるが、ナンパオトコにしてみれば、ワインなんかなんでもいい、ピノ種がドーダとかカベルネがドータラよりもオンナ、オンナである。これが大いに笑わせてくれる。ひと言でいうと全然懲りない、ワイナリーで働くアジア系の女性(サンドラ・オー)をたらしこんで、たちまちワイン農場主になることを夢想したりする。結婚式一週間前というのに、トンでもないファッキン野郎である。おまけにその女性に背徳がばれてヘルメットでポカ殴りされ鼻骨を折ったというのに、こんどはレストランの女給にチョッカイを出す。このひたむきな前向きさはいったいなんだ(笑)。とうとうしまいにとんだ間男になって、相手の亭主のハダカまででてくる。しかし、オトコのハダカってのは見たくないもんだねえ(嘆息)。

◆もうひとりの小説家志望のオトコ、こちらは、どうにもうじうじしてばかり。別れた細君に未練たっぷりのくせに、ワイン好きのウェイトレス(バージニア・マドセン)と寝たりする。そして友人が婚約していることまでばらしてしまい、せっかく親密になった彼女にも愛想を尽かされる。小説の出版もうまくいかない。それやこれやでますます落ち込んでしまうといったネクラである。
だけど、国語教師という定職があって、出版の見通しはともかく小説を書き上げて、カリフォルニアの陽光の下でワインを愉しんで、なにを鬱々することがあろうかてなもんである。いったい、最後のボーナスまで与える必要があったのかどうか、キビシイ見方かもしれないが、なんとも感情移入しづらい。まだもうひとりのナンパ男のほうがいい加減さはあるとしても、人生に前向きじゃないかと思ってしまうほどだ。
この監督さん(アレキサンダー・ペイン)では「アバウト・シュミット」のほうが人生の哀歓をよく切り出していると思う。

◆この映画が受けたのは、ワインに関するうんちくがたっぷり添加されたことだろう。とくにエグゼクティヴとかセレヴなんか(に憧れ)の層にはだいぶ受けたかもしれない。
ところが、こちとらは正直云ってワインのことはあまり知らない、いやホトンド知らない。何年もののシュヴァール・ブランとかなんとかかんとかの逸品が披露されてもチンプンカンプンである。だから、1本10万円はしようかという稀少なワインをよりによって、ファストフード店で隠れてグビグビ呑んでいるところなんかは、もうスノッブに対するあてつけとしかみえないのである(爆笑)。
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by chaotzu | 2005-09-29 22:57 | 外国映画
2005年 09月 23日

【DVD】「活きる」 私達に借りがあるのだから生き抜きなさい

◆地球の歴史上これまで最大の殺戮者は?
いろいろ諸説あるだろうし、犠牲者の人数にしてもアバウトなところはある。まあその辺はおいといて乱暴な想像をつづけてみる。
筆頭はソ連(当時)のスターリン書記長、2000万人は粛清したと云われている。次いで中共の毛沢東主席が文化大革命で数百万~2000万人。あとはナチス・ドイツのヒトラー総統がユダヤ人のホロコーストで300~400万人、カンボジアのポル・ポトが300万人、アフリカ・ウガンダのアミン大統領が30万人ぐらいといわれている。
くどいようだが数字はだいたい、思い出すかぎりであるが、みんな20世紀の出来事である。
だが、これに餓死したひとも加えたらどうなるだろう。
その場合、いちばんは毛沢東、1950年代の大躍進政策で2000万人の餓死者をひきおこしたといわれている。一説によると、毛沢東はその政治家としての治世で6000万人の国民を死に追いやったのではないかといわれている。数字は大げさかもしれないが、ぶっちぎりのターミネーター・ナンバーワンであることは間違いない。乱世の英雄であったにせよ、平時となるとこれほど酷薄無能な人物はいない。北朝鮮の金一家などはまだ可愛いものである。
ところが、この毛沢東、国民に未曾有の災厄をもたらした張本人であるというのに、いまだに天安門広場に巨大な肖像画が掲げられ、建国の父として崇められている。つまるところ、当時の国民の相当数が毛沢東の煽動に熱狂したあげく殺戮等非道な行為の共犯者として荷担したからであろう。毛沢東を批判すれば、自分自身に唾を吐きかけることになってしまいかねない。それこそ国民が分裂しかねないので、当分の間、「救国の英雄」として祀り上げておくしかないということになる。歴史を粉飾したがるのはなにも日本だけではない(苦笑)。
さて、そんな毛沢東のデタラメ施策に翻弄された中国庶民の物語である。もう10年以上前の作品であるが、いまだに中国内では検閲不許可で上映されていない。

b0036803_21302592.jpg◆1994年中国映画、チャン・イーモウとコン・リー、かつての実質夫婦コンビの作品には秀作が多いが、この作品にもずいぶん泣かされる。近頃は涙腺が緩んでいるからよけいそうだ。文革や大躍進に翻弄される庶民のありさまを淡々とときにユーモアも交えて描き出すが、それだけに中国の庶民を襲った痛々しい悲劇が胸をうつ。
福貴(グォ・ヨウ)と家珍(コン・リー)夫婦には子供が2人いたが、ひとり息子は大躍進運動のさなかに事故死、寝不足のまま集会に動員され、居眠りしたゆえの悲劇である。娘のほうは文革の混乱期に出産するが、ろくな医療も受けられず出血死してしまう。どちらも毛沢東政治の犠牲者なのである。それでも、この夫婦は明日を信じて生き抜いていく。

◆大躍進運動といってもいい加減なものである。家庭からナベカマの鉄製品を徴発して、自力で鉄を生産するぞと意気込むのはいいが、素人の原始的な製法ではお粗末な鉄塊しかできない。それでもこれで大砲の弾が3発できるぞという。さあ「台湾解放」だ、蒋介石の寝所に一発打ち込んでやる、便所にも一発打ち込んでやるとみんな意気盛んである。食生活の権利まで奪って台湾解放どころではないだろうに、そのつけはやがて確実に巡ってくる。
文革もデタラメである。娘が出産するというのに、医者は追放されている。子供みたいな紅衛兵の看護婦が病院を仕切っている。案の定急場ではうろたえる一方でとうとう娘を見殺しにしてしまう。

◆いつもながらの逞しい女性を演じたコン・リーもいいが、父親役のグォ・ヨウがなによりすばらしい。はっきり云ってどんくさいダメ親父であるゆえ、なおさら感情移入してしまう。子供が亡くなったことについても、無理矢理息子を集会にひっぱっていった自分が悪い、饅頭を7個も医者に食わせた自分が悪いと、もっぱら自責の念にかられている。おまけにお湯まで呑ませたから饅頭が7倍に膨れ上がって49個分だとくよくよしている。だけど、けっして、為政者に怒りをぶつけたりはしない。中国当局のチェックを意識した製作側の意図かもしれないが、結果的にそれが辛らつな権力者批判になるのである。

◆在りし日の父親と息子の会話
“いい子にしていれば餃子も肉も毎日食べられる。今はヒヨコのようなものだが、いつかはガチョウになる。ガチョウが大きくなり羊になる。羊の次は牛だ“
“牛の次は?”
“次は共産主義さ、毎日、餃子や肉が食えるようになるぞ”
何十年か後、孫のマントウと祖父母の会話
“このヒヨコが大きくなったら、鶏からガチョウになる。ガチョウは羊になって、羊は牛になる”
“牛の次は?”
“つぎはマントウが大きくなる番よ”
“大きくなったら牛に乗れる”
“牛ばかりじゃない。汽車や飛行機にも乗れる。その頃は今よりもっといい世の中だ”
なんという強烈な権力批判だろう。
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by chaotzu | 2005-09-23 21:48 | 外国映画
2005年 07月 18日

【映画】 「スターウォーズ・EP3」 ダース・ベイダー的生き方

◆とうとう観に行ってしまった。もともと物好きな性分だ。吹替版のほうを観たかったが、夏休みで子供がいっぱいだし、走り回られたりしたらかなわんので字幕版にする(苦笑)。b0036803_22444631.jpg
館内は老若男女まんべんなく埋まっている。30年近い長寿シリーズであるから、まあ年齢層の幅広いこと。こと観客動員においては「宇宙戦争」に勝っているようだ。
映画は、ひと言で云うとチャンバラ、宇宙伝奇チャンバラである。まあ面白いけど、大迫力の画像が目まぐるしいので、ちと疲れてしまう。敵味方の識別もあまり分からないや、まあいいか。
登場人物では、ドゥーガス将軍が一押しキャラ。ときどき咳き込んで病弱風のくせに、異色の剣技をふるう、宮本武蔵もぴっくりだ。

◆最初のスターウォーズが公開されたのは1978年だから、あしかけ27年間でとうとう6部作の完結である。この間、ワタシもだいぶくたびれたおじさんになってしまったが、映画の登場人物も同様の有為転変である。前3部作のヒーローであるルーク・スカイウォーカーやレイア姫はすっかりかすんでいるというか、ほとんど忘れられているようだ。レイア姫なんかは気の毒というか、もしかするといなかったことにされているかもしれん(笑)。
シリーズを簡単にまとめると、“アナキン・スカイウォーカーの数奇な生涯”になるだろう。全6作登場はアナキンと凸凹ロボット・コンビぐらいではないか。アナキン=ダース・ベイダーがいちばん人気であり、いまやスターウォーズを象徴するキャラといえば、黒兜のダース・ベイダーである。
そうか、あのベイダー卿が28年かけてとうとうモテ男に変身する、そんなはなしだったのか(笑)。
◆とにかく初めはとんでもないワルで登場したのである。皇帝にはペコペコしているくせに、部下にはゴーマンかまして気に食わなければ平気で殺してしまう、やりたい放題の悪逆非道ぶり。
メル・ブルックスが「スペース・ボール」というスターウォーズのパロデイ映画をつくっている。スター・ウォーズ・マニアが怒りそうな徹底したおふざけ映画だ。ダーク・ヘルメットなるばかでかい黒兜の指揮官が登場するが、みるからに弱々しい奴、とにかくイヤミいっぱいの映画であるが、かつてのダース・ベイダーはおちょくる対象だったのである。いまやそれが様変わりしたようにみえる。
◆「ジェダイの復讐」では土壇場で寝返り、皇帝をエネルギー炉に叩き込む、これで改心したヒーローになった。“ホントはいいひとだったんだよな”のはじまり。
そして、EP3で説明される過去の経緯、いろんな行き違いが重なってとうとう暗黒面に堕ちてしまうというもの哀しいアナキン、こうなると、なんだか親鸞の云う「悪人」みたいである。
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」 そのとおり大往生する。
サラリーマンなら懲戒解雇されるぐらいのワルだったのに、最後の立ち回りがきいて諭旨免職ですんだ、どこかそれに似ていないこともないか(そりゃないって)。
だけど、何十年と真面目に勤め上げて、ちょっとした出来心で万引きとか下着ドロでつかまって、一生を棒にふるひともいる。そういうひとにくらべると、ダース・ベイダー、なかなかうまい生き方をしたもんだなと思わないでもない。大火傷して、タイヘンだったろうけどね(笑)。
◆比べて、割りにあわないのは皇帝である。共和制を廃して皇帝に就く、それまでは全知全能を傾けて謀略や裏工作あるいはスカウト活動に励んでいたにちがいない。所帯もなさそうだし家庭サービスに煩わされることなく、不眠不休で努力していたのではないか。ときには自分の肉体を危地にさらすこともいとわない。体を張りまくって口八丁手八丁で皇帝に就任し、さあこれから平和な暗黒帝国を築きあげるぞ、しかしあにはからんや、あちこちでこしゃくな反乱軍に悩まされる。虎の子のデス・スターは破壊されるわ、心労が絶えない在位約20年間。
最後は苦労して手なずけたはずの腹心に裏切られる。ローマ帝国でも400年以上はもったというのに、あまりの短命である。
ひとを見る目がない男が皇帝になったのが、そもそもの間違いだったという教訓的はなしにもなっているなあ、このシリーズは(笑)。
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by chaotzu | 2005-07-18 23:00 | 外国映画
2005年 07月 02日

【映画】 「宇宙戦争」 ついに大阪最強伝説が

◆2005年アメリカ映画、古典SFを現代におきかえて映画化したものであるが、ハデハデの宇宙大活劇を期待すればがっかりするかもしれない。
実際に観たところは、家族の再生ドラマでもあって、離婚のためにいったん切り離された父親と子供の愛情復活がひとつのテーマになっている。また、文明批評的な見方もあるかもしれない。
以下ネタバレ注意
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◆戦争とあるものの、前半の人類は逃げてばかりである。なにせ地中からとび出してきて、いきなり問答無用の殺戮行為にとりかかる極悪宇宙人であって、「ET」みたいな友好的宇宙人とは大違い。映像としては宇宙人のトライ・ポッドが暴れまわるところがいちばん迫力があるだろう。
ただし、すかっとしたエンターティンメントを期待していると、あてがはずれる。トム・クルーズ親子も必死で逃げ回るだけである。それなのに、反抗期の息子は素直でないし、娘はヒステリックに泣き喚くだけである。だから観てるほうは、やけにイライラしてしかたがない。
トム・クルーズも子供との距離感で悩める父親なのである。手榴弾で闘う場面もあるが、スーパー・ヒーロー的なところはあまりみられない。ただただ、息子と娘の安否を気遣って、あっちうろうろ、こっちうろうろの気の毒な父親である。考えてみれば、もうオンナにもてるだけが能ではない、しっかりした父親もこなさなければならない歳である。
◆宇宙人の襲来ものでは、何年かまえに「インディペンディンス・デイ」なるド派手な活劇映画があった。アメリカ人には大受けでやんやの喝采だったらしいが、もうトンデモねた満載の大ボラ映画であった。これと同じような趣向の映画になるのは、もうごめんである。なにより、9.11同時テロを踏まえればなおさらである。“やられたらやり返せ”では暴力の再生産肯定になりかねない。
したがって、映画の決着において、勝者はどこにも見当たらない。なにやら文明論的な終わり方である。これはもう観るひとの好みかもしれない。自分的にはまあまあ退屈しなかった。
ただし、子役の女の子はちとうるさすぎというか、芝居のしすぎじゃないか、ドリュー・バリモアみたいになるぞ(苦笑)。


◆登場人物のセリフのなかで、大阪で宇宙人のトライポットを3基もやっつけたというはなしが出てくる。 やるじゃん、すごいじゃんオーサカ(笑)。
しかし、最強大国アメリカを僅か3日かそこらで、壊滅状態にしてしまう強敵である。いったい大阪人はどう立ち向かったのだろう。いろいろ勝手に想像してみる。
・大阪のおばちゃん軍団がおなじみの大音量攻撃、クレクレ光線で応戦、宇宙人はその裂帛の気合にたじろぎ思考も混乱、うっかり操作ミスでバリア崩壊。
・大阪ドームやクリスタ長堀など悩みの3セク建造物を破壊してくれるので大阪市幹部が大喜び、“次はユニバーサルやってくれ”の予期せぬ声援に、宇宙人のほうが拍子抜け、アホらしくなってつい戦意喪失。
・大阪人のDNAが宇宙人にとりつく、残業代の配分や特殊勤務手当(侵略手当)等の要求で宇宙人が内輪もめを起こしてしまいに内部崩壊。
もうホンマかいなあ(笑)。
それにしてもなんで突然に大阪なんだろう?
宇宙戦争の外伝として日本で映画化したらどうだろう。主役をクレヨンしんちゃんにしたりして、スピルバーグはもうカンカン(笑)。
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by chaotzu | 2005-07-02 21:13 | 外国映画
2005年 06月 30日

【ビデオ】「ニノの空」 多国籍ナンパ映画?

◆1997年フランス映画、スペイン人の大男とロシア人小男のロード・ムービー。このパターンは「真夜中のカウボーイ」や「スケアクロウ」の踏襲なんだろうが、外国人2人組としたのがユニークである。これを日本におきかえれば、中国人と韓国人の2人組が北海道をヒッチハイクして回るみたいなはなしになろうが、とても無理だろうなあ。
b0036803_2211616.jpg◆原題は「ウエスタン」、大西洋に突き出したブルターニュ半島が舞台である。たしかにフランスの西端だ。陽光あふれる南仏にくらべて、空はどんよりで風も強そうだ。もともとはガリア人、ケルト人、ノルマン人など多人種の混淆による地域である。そんな街でひょんな縁から失業したスペイン人と放浪中のロシア人が仲良くなる。
配給会社がつけた副題は「幸せさがしの旅物語」、実際のところはオンナ探しの旅である。そのために、うそのアンケートをでっちあげて、家庭訪問したりする。オイオイそんなことしとっていいのか(笑)。
おそらく。配給会社もセールストークに困っただろう。
◆もうひとり、象牙海岸出身の車椅子黒人も登場する。つまり、主なオトコはみんな外国人である。この3人が街角で通行人に“ボンジュール”」の声かけをして、どれだけ返事をもらえるか、お遊びで競うシーンがある。なかには“国へ帰れ”と辛らつに返すひともいる。もしかしたら、外国人を試験紙にして、フランス人の国際感覚を問う意図なのかもしれない。
 ラストで2人が出会う女性は未婚の母親であるが、たくさんの子供の父親はみな異なっている。まるで、地球家族みたいなファミリーである。
そして、エンドロールでは、出演者、スタッフ名の両脇に国旗がズラリ並べられる。推測であるが、出演者、スタッフの両親の出自を国旗で表現しているようである。フランスの国旗が当然ながらいちばん多いが、他の国旗もかなり登場する。かなりボーダレスである。
もしかするとヨーロッパ統合の未来を示唆する映画かな。そんな深遠なテーマがあるようなないような、あるいはちょっとひねった恋愛映画かもしれない。
うーん、正直よう分かりませんでした(苦笑)。
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by chaotzu | 2005-06-30 22:14 | 外国映画
2005年 06月 28日

【ビデオ】「リトル・ヴォイス」 ひきこもり歌姫と鳩青年の恋物語

◆1998年イギリス映画、以前「リトル・ダンサー」という秀作があった、そしてこの映画はごひいきマイケル・ケインとユアン・マクレガーが出演している。こりゃ傑作間違いなしとにらんでレンタルしたが、それほどでもなかったな(苦笑)。b0036803_22174828.jpg
◆ごくカンタンに云ってしまうとファザコン娘の自立物語である。だけど、そこにいたるまでが、モノスゴク難儀なのである。
音楽好きの父親が亡くなり、遺品のレコードを毎日聞いてばかりのひきこもり娘である。好きな歌手はジュディ・ガーランド、マリリン・モンロー、シャーリー・バッシー、耳がいいのか、美空ひばりみたいな歌の天才である。モンローの歌真似なんかお茶の子さいさい。ただし、その気になればのことだ。そこで、田舎の芸能マネジャーのケインがあれこれ介入してくる……。

しまいに、自宅は火事で丸焼けになる。マイケル・ケインは破産してしまう、母親は現実を知ってうちのめされる。もう死屍累々である。これでやっとふっきれましたって、鳩を飛ばしてすっきりしているが、はたして、そこまでする必要があったのか、ほんま、怒るで(苦笑)。はなしのバランスがちと悪すぎる。
◆母親のブレンダ・ブレッシンが出色である。もういい歳で肥満しきっている。それでもオトコが欲しくてしかたがない。イギリス労働者階級のダメ親で下品かつ卑しい役を見事に演じている(笑)。迫力がありすぎて、ヒロインがかすんでしまうほどだ。
いっぽう、マイケル・ケインの役がいやにマジなのである。このひとはどこかいい加減さがあったほうが面白いのだが、ラストは涙の“破産ソング”まで唄う大熱演である。
もうコメディとしてみたほうがよかったかもしれない。ユアン・マクレガーは寡黙なだけの鳩青年だし……。
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by chaotzu | 2005-06-28 22:21 | 外国映画