マイ・ラスト・ソング

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カテゴリ:読書( 48 )


2005年 12月 15日

【マンガ】こうの史代「夕凪の街桜の国」この世におってもええんじゃろか

◆かねて評判の高さを伝え聞いていたのであるが、ずっと書店で見当たらなかった作品、それをようやく入手する。A5版、それほど分厚くない。連作短編が3作品収録されており、うち2作は週刊漫画アクションに掲載されたもの、残り1作は書き下ろしである。それにしても漫画アクションはときどき思いもよらぬ名作を載せる、なかなか油断ならないマンガ誌である。
b0036803_20241699.jpg閑話休題、テーマは原爆、ヒロシマのピカドン(1945年)から現在(2004年)まで60年間弱、原爆の災禍に遭った平野一家の生き残りとその次世代を描く長い物語である。舞台も広島相生通り(原爆スラム)から東京は西武新宿線沿線(新井薬師前~田無)に展開する。
原爆マンガとして名高い「はだしのゲン」とは異なり、説明を切り詰めた抑制のきいた描写は、再読するほどに胸に染み入るものがある、はっきり云って「はだしのゲン」以上。そして、つくづく人間は過去の歴史とは無縁でいられない存在なんだと思い知る。

◆作者のこうの史代は広島生まれであるが、1968年生まれ、だから原爆体験どころか昭和30年代の記憶すら無縁の世代である。それでも、被爆者等のはなしを聞き資料を渉猟してこれだけの物語を紡ぐ、創作者のイマジネーションたるや大したものであるが、あるいはヒロシマそしてナガサキ原爆の20万人を超える犠牲者や原爆症で亡くなった人々の魂が後押ししたのかもしれない。そう思わせる作品である。
作者のあとがきに曰く
「原爆も戦争も経験しなくとも、それぞれの土地のそれぞれの時代の言葉で、平和について考え、伝えていかねばならない筈でした」

◆「夕凪の街」
物語は1955(昭和30)年の広島、建築設計事務所?の事務員である平野皆美(23歳)は夏でも長袖のワンピースを着込み、同僚からおにぎりを包む竹皮を集めたりしている。そして土道になるといきなり靴を脱ぎだして裸足で歩きだす……という意表をつく発端。
そして、あまりにもの哀しいラスト、
“10年経ったけど、原爆を落とした人はわたしを見て「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?”

◆「桜の国」(1)
32年後、昭和1987(昭和62)年の東京、主役は平野皆美の姪である石川七波(11歳)、あだ名はゴエモン、野球大好き少女。母はおらず祖母と会社員の父親そして弟と中野区の団地住まいである。野球の練習をさぼって友達といっしょに喘息で入院中の弟の見舞いにいく、そして病室で桜吹雪をとばして叱られる。そんなワンパク少女の春から夏にかけての思い出が描かれる。

◆「桜の国」(2)
さらに17年経つて平成の現在に至る。石川七波も28歳のOL、ひ弱かった弟も研修医になっている。物語の実質的な主役はこれまで顔をみせなかった七波の父親。定年退職した父親の挙動がこの頃どうもおかしい、七波はばったり出会った旧友といっしょに、父親のアトをおいかける。父親の行き先は広島だった……。

◆三話あわせてひとつの物語ともとれる。成就しなかった恋愛、成就したものの途絶してしまう恋愛、そして成就するかもしれない恋愛、この三つの恋愛が描かれる。そのいずれも原爆が影を落としている。願わくば、最後の物語が成就しますようにと思わずにいられない。
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by chaotzu | 2005-12-15 20:39 | 読書
2005年 11月 17日

【読書】本田靖春「我、拗ね者として生涯を閉ず」壮絶闘病者の記録

◆テレビ朝日の「熟年離婚」をついみてしまう、評判になっているらしい。渡哲也もとうとうホームドラマにおさまるようになったのかと思う、だけど場の空気に馴染めぬ役柄という点ではかつてのやくざ役と共通しているのである。そして松坂慶子がヨコにひろがったこと(失礼)、これぞ覚醒もとい隔世の感である。ドラマそのものは、富裕かつ健康な人々の「離婚ゲーム」のごとき印象なきにしもあらず、たしかに今の60歳代でも元気な人はアブラぎっている。まだまだ晩年ではないのだ。
さて、病気と闘い続けて離婚どころではなかったひとの本をやっと読みあげる。

b0036803_2257437.jpg◆昨年の12月に71歳で亡くなったノンフィクション作家による未完の自叙伝である。あるいは壮絶な闘病記といえるかもしれない。
作者は新聞記者当時の不摂生に起因する糖尿病と体当たり取材で感染した肝炎による肝臓ガンを抱えている。連載前も右目失明、左目失明危機、さらに心筋梗塞、脳梗塞の発作は数知らずということであったらしい。
2000年4月にはじまった月刊現代への連載中も病魔との凄絶な闘いがつづき、再三執筆の中断を余儀なくされる。


時系列にまとめると
2000年 6月 下血により大腸がん判明し切除手術 4ヵ月休載
2000年12月 壊疽により右脚膝上から切断 3カ月休載
2001年 7月 壊疽により左脚膝上から切断 休載(期間不明)
2004年 6月 大腸がん再発?による体調悪化 3カ月休載
2004年10月 右手指の壊疽進行
2004年12月4日 多臓器不全により死亡のため絶筆
いやはやなんとも……である。最後は両眼もほとんど失明状態になって、なお激痛を堪えて書き続けたらしい、絶筆となった原稿をみると、もうふつうの筆跡になっていない。物書きの執念だろうか。

◆もともとは読売新聞の記者出身であるが、古巣批判は辛らつきわまりない。それも実名おかまいなしだから、当の読売OBは戦々恐々であったろう。筆者が読売を退社したのは正力松太郎のマイ・カンパニーと化して、社内にゴマスリがはびこったことに嫌気がさしたからとしているが、とりわけ紙面の私物化には我慢できなかったとある。もっとも、大正力そのひとの事業人としての才覚、先見性は認めており、編集権に介入するようなことはなかったらしい(大正力にとっては、メディアも商売のひとつにすぎなかった)。悪いのは言論人としての矜持をなくした茶坊主による権力者への阿諛追従である。
その筆者にして、社内言論まで統制しているいまのナベツネ体制には呆れかえっている。昔よりもっと悪くなっているそうだ。

◆そんな読売新聞でも、かつては社会部が輝いた時代があった。「交通戦争」キャンペーン、(1961年~)そして筆者が関わった買血業者との闘い「黄色い血」キャンペーン(1962~)である。
相手は731部隊の残党が創設した日本ブラッドバンク、戦犯追及から上手く逃れた連中が戦後社会でも利権ギルドをつくりあげている。売血常習者から買血して暴利を挙げるが、血清肝炎が蔓延しても平気のおかまいなしである。筆者は山谷のドヤ街に潜入取材してルポルタージュを発表、買血業者に宣戦布告する。この結果、日本ブラッドバンクは買血を中止し、社名まで変更する。それがミドリ十字であり、血漿分画製剤に転じて後に薬害エイズの惨禍を引きおこすのであるが、筆者はキャンペーンが中途半端であったことをずっと悔やむことになる。

◆タイトルに用いた「拗ね者」のとおり、ただいまの日本の現状については、かなりシビアにみており、「飽食日本、ポチ化した日本人は落ちるところまで落ちてしまえ」「痛い目にあわないと分からない」と痛烈きわまりない。あるいは遺言の意志があったのかもしれない。かつての共産党員(ナベツネや早坂茂三)が転向して権力にすりよるさまを横目に、生涯社会部記者で持ち家なしを貫いた言論人としてのプライドがあったのだろう。
しかし、後半になると、話があっちにいったりこっちにきたりで、目にみえて散漫になっていく、自らの病気についてはさらりと書くだけで、闘病の苦労、病勢の進行による苦痛は一切記述していないものの、行間に溢れてくるのはまぎれもなく闘病記である。

◆それにしても重い本である。A5版582頁、1キロ近くある。なかなか持ち運べない、いやとてもそんな気になれない(苦笑)。情けないはなしである。塩野七生の「ローマ人の物語」も文庫化してまた売れているらしい。同憂の士は多いということなのか。 
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by chaotzu | 2005-11-17 23:07 | 読書
2005年 10月 16日

【読書】「松本清張傑作短編コレクション」やっぱりセイチョーはオモシロイ

◆松本清張の小説再訪のきっかけとして、宮部みゆき責任編集と銘うった短編コレクション(上・中・下)を読んでみる。1年ほど前に出た文春文庫の企画本であるが、これがベラボーに面白い。読み出すとやめられない。
まずはっきりしたこと~短編(あるいは中篇)については、昔読んだ記憶をすっかり喪失していること、もうことごとく忘れとる(苦笑)。
b0036803_22225742.jpg「西郷札」って西南の役の戦後悲話だったのか、あるいは「カルネアデスの舟板」を読んで歴史学者の世界はなんと陰険なことかと感嘆しきり、はじめて読んだも同然である。少々断片的に憶えていたとしても、経年によってこちらの感受性も大きく変わっているから、ほとんど新規の小説である。考えようによっては、これほど有り難いことはない。もう一度、たっぷり清張ワールドに浸ることができるのだから。
もうひとつは、同じ根っこから次々と作品が派生しているらしいこと、「地方紙」というテーマで検索すれば、「地方紙を買う女」「空白の意匠」「山」とか次々と出てきそうである。おそらく執筆することによって、アイデアが連想ゲームみたいに続々派生していったのだろう。書いて書いて書きまくるいっぽうで、作品のアイデアもどんどん溜まりこんできて、時間がいくらあっても足りない時期があったにちがいない。まさに小説家として至福の時期だったろうな。

◆清張爆笑ワールド
現役バリバリ当時は社会派推理小説の巨匠的存在であった。それまでの本格推理小説と違って、我々とそう変わらない等身大の人間がなにげない日常のなかで落ち込む陥穽を描く、いってみればリアル・ミステリの旗手だと、そう思いこんでいた。
ところがいま読み返してみるとそうでもないのである。こんなひとそんなにいないよなという突飛な人間たちがまき起こすファース、どうみても人間喜劇にみえてしまう。そういうはなしが多い。
それまでのいわゆる本格モノと称される推理小説が、神の如き名探偵とかおどろおどろしい装飾だらけで現実離れしてしまった反動から、清張が社会派ミステリの代表格にみなされたのかもしれない、しかしあらためて読み直してみると清張の小説世界も十分突飛なのである。いま現在のミステリ小説のほうがよほどリアルであって、清張作品では探偵役も犯人も被害者もみな手の込んだことをしたがる一癖も二癖もある人間ばかりである。もちろん、だからこそオモシロイのである。

「支払いすぎた縁談」 娘の縁談を巡るいわゆるコン・ゲーム、いまでも「三高願望」とかあるそうだが、当事者父娘の貪婪さはもう爆笑ものであって、被害者なんだけど可哀想な気が全くしないというか。
「式場の微笑」 成人式の日に晴れ着姿のオンナのコが勢いのおもむくまま、ついカレとホテルに行っちゃって……、あとの着付けがさあたいへん、出張着付けサービスが大繁盛というのはきわめて今日的なはなしと思うかもしれないが、なんと30年も前の発表なのである。昭和50年当時の成人といえば、いまやもう50歳、そうか「いまどきの若いもんは……なんて」、なかなかいえないよなあ、なにせ、その先駆者なんだから(笑)。
これは本編も面白いが、宮部みゆきさんの前口上(解説)も秀逸で心にしみる。

◆清張純愛ワールド
清張といえば、男女のどろどろした情念が得意といったイメージがあった(ワタシには)。なんというか、欲得でくっついた男女のみもふたもないはなしは描いても、ひたむきな男女のラヴ・ストーリーにはあまり縁がないと思いこんでいたのである。
ところが、いい齢になってから読んでみると、それが勘違いであったことに、ようやく気がつく。若いころは読みきれなかったのだろう。たとえば「張り込み」なんかは、警察小説の体裁をとっているものの、別角度からみれば立派な恋愛小説にもなる。
犯罪小説としての清張ミステリは経年劣化するかもしれない(たとえば、「砂の器」の殺害方法なんかは奇抜すぎてほとんど笑ってしまうほどだ)。だけど、人間心理の深奥とくに男女間の愛情の機微や親子とくに母親と息子の情愛などを描いた部分は、いつまでも色褪せることがない、むしろこっちのほうが清張ワールドの真髄かもしれない。

「遠くからの声」 相手のことが好きだからこそ意識的に離れていく、もうとことんクラシックなプラトニック・ラヴ・ストーリー、今どきそんなことあるもんかいと思いそうだが、それにしても心にしみるのである。
「火の記憶」 小説のテーマとなった男女の出来事も印象深いが、その娘夫婦の愛情の機微にしみじみさせられる。そしてこれ以上ないというほど、さわやかな終わり方に感服。
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by chaotzu | 2005-10-16 22:36 | 読書
2005年 10月 09日

【読書】「のり平のパーッといきましょう」 映画なんて糞だよ、ウンコ

◆ふ~っやっと読了、それにしてもエドムラサキのおっさん、女形もやるけったいなコメディアンかと思っていたらただ者じゃない。なんとも複雑な人間である。自分の出演した映画みんなウンコ呼ばわりである。なんちゅうか、江戸っ子の矜持というかキョーレツな自負心が、そこにひそんでいるのを感じてしまうのだ。
b0036803_2175367.jpg小学館刊、単行本初刊は1999年4月。1999(平成11)年1月25日に74歳で亡くなった三木のり平の芸能回顧録みたいなものである。「みたいなもの」というのは、のり平が自ら著述したものではなく、小田豊二というフリーの編集者の聞き書きだからである。この分野では竹中労の「聞書アラカン一代」という大傑作があるが、本書の面白さもひけをとらない。もっとも、エッチ度では負けるかもしれない(汗)。
聞き書きといっても、実際はたいへんな作業だろうなと思う。のり平が興がのるまま喋べりまくったことを、忠実にテキストにしたら膨大な分量になるだろう。だいぶ編集しなければならない。のり平独特の語り口を活かして、なおかつはなしの核心を洩らしてはならない。たいへんな作業だろうと思う。8割方は編集者の著述作業といっていいかもしれない。

◆さて三木のり平である。本名は田沼則子(タヌマタダシ)、関東大震災の直後に尾久のテント村で出生、妾腹の子であり、浜町の待合のせがれとして成長する。日大の芸術科に入って同級生が西村晃、戦争中に俳優座の前身に入団する。だから、本人には生涯、舞台人意識がある。しかし、のり平が新劇の出身とは知らなかった。
戦後、左翼運動に傾斜して芝居をしない新劇に愛想をつかして、冗談音楽の三木鶏郎グループに加わる。後の水戸黄門(西村晃)も特攻隊帰りのこの時期、せっせと共産党のビラ貼りばかりしていたそうだ。
のり平の芸名の変遷がおもしろい。トリロー・グループに入ったからみんな三木ということではじめは「三木則子」、それがミスプリで「三木則平」、そして「三木のり平」に落ち着いたとある。芸名なんてホントにいい加減なものだ(笑)。ただ、そのおかげで江戸紫(のり佃煮)のCMが舞い込むのだから、何が幸いするか分からない。

◆一般にのり平といえば、喜劇映画の俳優イメージが強いが、本人はそれをものすごく毛嫌いしている。「社長シリーズ」に「駅前シリーズ」なんて、もうめった切りのクソミソである。
“社長シリーズ?あんなの実にくだらない映画ですからね”
“糞だよ、ウンコ。作品なんてもんじゃないよ。だから見たことない、”
“芝居もクソもない、おもしろくもなんともないよ”
“駅前?ああ、あれもくだらなかったな。ずいぶん出たよ。どーでもいいよ、あんなの”
オイオイ、そんなこと云われたら、「駅前」や「社長」をひいひい喜んでみていたオイラの立場はどうなるんだい(苦笑)。
映画はただお金を稼ぐ手段と割りきっている。とにかく演劇人としての矜持たるやものすごいものがある。
“シゲさんがどんなに名優だろうと、やっぱり元アナウンサーだし、加東大介だって前進座では脇だったんだから、芝居をさせたら負けないよっていう自負があったし、映画なんかで俺の芸を評価されてたまるかって気持ちはあった。こちとらは、千田是也とか青山杉作に新劇を教わったってんだから”
たしかに、映画のなかで、この人実はすごく醒めてるんじゃないかとみえるときがある。森繁の浮気に茶々入れるときなんかそうで、目が全然笑っていない(笑)。

◆映画のほうはかなり謙遜が入っていると思いたい(なによりそうじゃないと、こちらが浮ばれんよ)。パーッといきましょひとつにしても、なかなか簡単に出来る芸じゃないはずだ。
だから、こんなはなしもしている。
“駅前シリーズはみんなさりげなくやっているよ、舞台流につくってみようと相談したんだよ、カットを細切れにしないこと、そう長回しにしてさ、勝手に芝居させたんだよ。監督なんかなにも注文出さないもの、台本なんかあってなきがごとしだよ。監督はなにも云わないで、ただクックッとわらってりゃ終わってしまうんだから”

◆のり平が自ら本領発揮というのは舞台である。とくに「雲の上団五郎一座」でのエノケンや八波むとしとの共演を懐かしんでいる。台詞回しに歩き方、アドリブ、芝居のはなしとなるともうとまらない。
“よく舞台で相手を食うか食われるかっていうでしょう。僕はそれが好きなんだと思う。役者同士が本気で「おっこうきたか」「そう来たらこういくぞ」みたいなレベルで舞台ができたら最高だけどな”
妻に先立たれ晩年は一人暮らし、生涯演劇人を貫いた人生、ええパーッと逝きましたとも。
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by chaotzu | 2005-10-09 21:12 | 読書
2005年 09月 03日

【読書】 新藤兼人「愛妻記」 不倫愛のかくも見事な昇華

◆映画監督と女優の夫婦はけっこうある。吉田喜重と岡田茉莉子、大島渚と小山明子、篠田正浩と岩下志麻……、そのなかでいちばん強烈なカップルといえば、新藤兼人と故乙羽信子だろうか。
12歳年上の新鋭監督兼脚本家に女優が惚れこんでしまい、大映専属女優の座まで捨ててしまう。ところが男のほうは妻子もちである。不倫ではじまった関係は女優が死ぬまで42年間つづく、うち16年間は正式な夫婦で過ごす。
乙羽信子の最期のことば
「センセイが目が見えなくなったら、仕事をやめて手をひいてあげようと思ったのに…」
82歳の夫が70歳の妻に接吻する。もう涙なくして読めない愛情物語である。

b0036803_21125052.jpg◆岩波現代文庫、単行本初刊は1995年12月。
新藤兼人の監督第一作が「愛妻物語」(1951年)、脚本家修業で苦悩する夫とそれを献身的に支える妻の物語である。監督自身がモデルであるが、この最初の妻は戦争中に結核で亡くなってしまう。洗面器一杯に血を吐いてしんでしまう妻を演じたのが乙羽信子で、実際イメージも似ていたようだ。
その乙羽信子も亡くなってしまい、夫が綴ったのがこの「愛妻記」。新藤監督は愛妻を二度喪ったことになる。

◆妻は亡くなる1年半前に肝臓ガンの手術を受けるが、既に末期状態で医師から夫に余命1年から1年半を告げられる。そして夫は告知せず、妻にとって最後の映画制作を決意する。この本は新藤映画のメイキング・ブックでもある。
女優乙羽信子の遺作「午後の遺言状」、何度みても胸に迫るものがある。異様な迫力と言いかえてもよい。じいさんばあさんだらけで、なんのサスペンスもアクションもあるわけでなく、しいていえばコメデイに近い映画であるが、今から思えば製作側は異様なスリルを感じていたはずだ。いつ何時俳優が倒れるかもしれない不安である。俳優のほうはもっと切迫した覚悟で臨んでいたかもしれない。事実、最後の撮影場面では体調にあわせてシナリオを変更している。

◆それにしても赤裸々である。乙羽信子との最初の体験から逢引きの場所まであからさまに記している。なにもそこまでと思うが、新藤監督はときどきドキッとさせることがある。「午後の遺言状」のラストで乙羽信子が杉村春子の大事な石をポイと捨ててしまう。棺桶の留めクギを打つ石なんてどうでもいいではないか。もっと本質的に大事なことがあるはずだ、人間の真実とは何か?当然男女の性もそのうちではないのか。
ただいま93歳の現役脚本家は、人間の生死の真実をくり返し考えつづけてきたのだろう。

◆新藤監督は1950(昭和25)年以降、ずっと独立プロダクションで映画を製作してきた。表現の自由と引きかえに資金繰りは綱渡りである。いつ潰れるか分からない。そんなところに、新進の若い女優がおしかける。もちろん監督に魅かれてである。
大映の重役はひきとめようとする。
“冷静になれ、アゴが干上がっちまうぞ”
“干上がってもいいんです”
とうとう永田社長に直談判する。ラッパがしまいに折れる。
“君の熱意に負けたよ、やりたいようにやり給え”と契約書を破り捨てる。
永田ラッパ毀誉褒貶はあるが、日本映画史にとどめたい人物ではある。
以後、半世紀近く乙羽信子はこの独立プロの専属女優であり、出資者であり、時には食事当番もお茶くみもする。新藤監督の実質パートナーであった。監督が映画で描いたどの恋愛よりもドラマチックで熱いものだったようだ。ときに現実のほうが創作を凌駕する。

◆はなしは脱線するが、女優倍賞千恵子と某監督についても、似たような関係を想像することがある。倍賞千恵子の最初の結婚は誰かに対する面当てみたいな唐突なものだった。邪推そのものかもしれないが、男女関係の終了とかいった事実がないとそれこそ説明がつかない出来事だったように記憶している。
だけど、寅さんシリーズはちゃんと続いたし、結局のところそれはそれでよかったのだろう。
人生いろいろ、恋愛もいろいろ、そして別離はひとしくおとずれる。
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by chaotzu | 2005-09-03 21:26 | 読書
2005年 08月 31日

【読書】 保阪正康「戦後政治家暴言録」 暴言王コイズミ

◆中公新書ラクレ2005年4月刊行、吉田茂の「バカヤロー」以来、戦後60年間の政治家による放言失言とその背景をまとめたもの。
戦後まもない時代の「暴言」は、池田勇人の「中小企業が倒産してもやむを得ない」「所得の少ない人は麦を食う」など、政治信念に拠るもので、どちらかといえば、ひっかけられたゆえの「失言」もあるが、時代が近づくにつれ、だんだん発言の品位が下がってくる。
はじめのうちは微笑ましく読んでいたが、しまいにむかついてくる(苦笑)。

b0036803_21385633.jpg◆著者の指摘として、いちばんたちの悪い「暴言」で突出しているのは、ほかならぬ現コイズミ首相である。
コイズミ暴言例(一部)
「この程度の約束を守らないことはたいしたことではない」
「人生いろいろ、会社もいろいろ……」
「自衛隊が行っているところが非戦闘地域」
著者はこれらコイズミ暴言を戦後最大の失言とみており、戦時下帝国議会における東條英機首相の答弁との共通性を指摘する。

◆昭和16年12月臨時帝国議会における鶴見議員の質問
“(言論出版集会結社等臨時取締)法案でいうところの戦時下ではない状況とは具体的にどういうときをさすのか”
東條首相の答弁
“平和回復、それが戦争の終わりである”
法律上はどういうことか質問しているのに、子供だましみたいなすり替え答弁で終始している。たしかにコイズミさんとそっくりだ(苦笑)。著者は質問の意味がよく理解できていなかったのではないかと推察しているが、それにしてもである。

◆暴言王のコイズミさんであるが、なぜか国民の支持率は高い。同じことを森前首相がしゃべったとしたら、袋叩きにあっていただろうに、コイズミさんであればたいして騒がれない。逆に漫才みたいな不真面目な答え方が喝采を浴びている節がある。
政治を遊戯化して、テレビ・ゲーム感覚で論じる、そんなやり方に国民も馴れきってしまっているのではないか、そうだとしたら危険なことだと著者は指摘する。

◆いずれにしても、有権者がどう受け止めているかは、10日ちょっと先に判明する。
とにかく投票率が高いことを願うのみである。
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by chaotzu | 2005-08-31 21:39 | 読書
2005年 07月 08日

追悼 エド・マクベイン

◆「87分署」シリーズのエド・マクベインが7月7日(日本時間)に亡くなったそうだ。78歳、喉頭ガン。
かつて愛読した小説なり漫画の作者が亡くなるというのは寂しいものであるが、マクベインに関しては、実のところちょっぴりほっとした気持ちも否めない。いや不謹慎で申しわけありませんが。
b0036803_21114124.jpgなにせ、看板の87分署シリーズがただ今現在まで延々と続いていた。シリーズ第1作の「警官嫌い」が1956年、もう半世紀もムカシである。本来であればキャレラ刑事もマイヤー刑事もじいさんになっているべきだが、途中からばったり歳をとらなくなった。スティーヴ・キャレラが1958年当時で34歳だったことははっきりしているので、2005年ならば、80歳を超えているはずである。しかし、そこはしらを切りとおしており、階級もずっと二級刑事のままである。だから81歳の二級刑事(苦笑)。
まあ、長期継続シリーズ特有の問題を抱えていたわけで、そういうことをちくちく詮索したがる愛好者も多いのである。
日本でも漫画のゴルゴ13シリーズなんかは同様の突っ込みを入れられているはずだ。

◆閑話休題、とにかく長続きしすぎて、読書が追いつけなくなっていた。いくら読んでも後続作が出てくる(苦笑)。それで、40作あたりでとうとうギブアップしてしまった。とにかく作風が多様というか、単純に警察小説で括れないところがあった、本格、倒叙、サイコ、パニック、群像……、実際の公文書をはさむのもこのひとのオリジナルではなかったか。
しかし、テロ対策もあって、大都会の警察活動は大きく変貌しつつある。リアル警察小説でさっそうと登場したが、半世紀も経てば、現実のほうがもっとえげつなくなっている。ロンドンで同時テロが起きたので、今後はなおさらだろう。
ある意味牧歌的な警察小説の終焉を象徴しているかもしれない。
◆好きな作品〰やはり初期作品が多い、というか、もうたいてい忘れている(汗)。
「クレアが死んでいる」 刑事の婚約者で準レギュラーをあっさり殺してしまうのにびっくり。
「警官(さつ)」 つんぽ男(今はデフ・マンというらしいが)初登場の巻。
「夜と昼」 87分署の刑事、全員集合だ。
「キングの身代金」 ご存知クロサワ「天国と地獄」の原作。
◆しかし、このところ、蓋棺録みたいだなあ……。
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by chaotzu | 2005-07-08 21:14 | 読書
2005年 06月 16日

【読書】 久世光彦「大遺言書」 森繁爺さん、長生きの秘密

◆このところ、森繁映画にのめりこんでいるので、少しは俳優知識も仕入れねばならない。
3年前から週刊新潮に連載がはじまり、今も続いているコラム?を単行本化したものである。久世光彦が毎週世田谷区経堂の森繁邸を訪問して、聞き取った森繁節をまとめるという趣向。b0036803_520596.jpgなにせ森繁翁も気ままに語っているので、聞き書きといっても、大半は久世光彦の作家仕事であろう。また、書き手とモデルの距離が近すぎるので、よいしょ本のきらいもある。それでも面白く読ませる。
 だけどここまで続くと、森繁Xデーの前に久世光彦のほうが先に逝ってしまうかもしれない。
オソルベシ森繁ジイサンである。ただいま92歳。

◆これまで、森繁久弥はてっきり満州帰りの東京人だとばかり思い込んでいたのである。ところがとんでもない勘違い。実際は大阪・枚方生れの西宮(鳴尾)育ちである。佐藤紅緑一家と隣り近所だったらしい。なんだ関西人だったのか(笑)。
関西訛りがないし、「森の石松」イメージもあった、さらに上方の藤山寛美と並びたつ東京喜劇人の旗頭であった、いろいろあっての思い込みが重なりずっと勘違いのままだったのか。関西弁が意外とうまいなんて、そりゃあたり前だ。20歳ぐらいまで鳴尾にいたのだから(苦笑)。
参考までに云うと、鳴尾小→堂島小→北野中→早稲田大学(中退)が森繁久弥の学歴である。小学生時代から、大阪(梅田)まで越境通学していたのだから、子供当時は恵まれた階層だったのだろう。
◆とにかく、助平爺さんとしての森繁語りが多い。わい談が大好きで興がのるとアケスケにしゃべりまくる。50歳過ぎまでナンパしまくっていたそうで、松山英太郎にたしなめられた話や新珠美千代に連夜夜這い攻撃をかけたはなしなど出てくる。淡島千景とは誓って何もなかったと弁明している。八千草薫にもフラれたことがあるらしい。八千草薫叙勲祝いの会の森繁節“私は嘗ての日、この方と結婚したいと願っていました”もう爆笑である。
もっとも、今となれば、どこまで本当かウソか、もう本人ですら分からないだろう。ただ、黒柳徹子は会うたびに“いっぺん、どう?”のお誘いを受けつづけてもう50年と、本人自ら語っている。
◆驚嘆すべき健啖家である。食いものばなしのよく出ること。「経堂・江川」の鰻重、「とらや」の栗蒸し羊羹、「銀座コージーコーナー」のショートケーキ、「柳月」の三方六……、ぱくぱく食べている。おまけに肉も好きでお酒もなお現役である。タバコは90過ぎまで喫っていた。オンナも食うほうもそれぞれ好き放題している。
舞台役者は長生きするという、観客の生気を吸い取るのだろうか、それを地でいっているようだ。座長格であったから、ストレスがたまることもなかっただろう。テレビドラマでもアドリブをやって共演者を困らせるはなしがたくさんある(そんななかで、樹木希林がお気に入りだったそうだから、よほど役者としての勘所がよかったのだろう)。
◆それでも、敗戦後の一時期は相当に苦労したらしい、満州でのソ連兵の暴虐、母親と子供3人を抱えて引揚げ難民、日本帰国後の窮乏生活。それやこれやで俳優としてのデビューが遅くなったことが、逆に芸の肥やしになっている。人生万事塞翁が馬。
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by chaotzu | 2005-06-16 23:59 | 読書
2005年 06月 02日

【読書】 井上ひさし「東京セブンローズ」 渾身の日本語愛物語

◆文春文庫(上下) 単行本初刊は1999年3月。
 2カ月近くかかってやっと読了。記録更新級の超ロングラン読書になった。旧字体かつ旧かな使いなので、どうしても識別反応が遅くなる。おまけに全頁みっちり字が埋まっている。だが、作者は執筆に17年間もかけている。一言一句まさに彫琢するかのように書き上げたのだろう。だから丁寧に読まないとバチがあたるというものだ。東北弁を縦横に駆使した「吉里吉里人」とならぶ作者の代表作ではなかろうか。b0036803_2155161.jpg
◆小説は、東京根津の団扇製造店の主人が綴った昭和20年4月から1年間の日記という体裁である。すなわち戦争末期から敗戦そして米軍占領下に至る激動の時代における庶民の生活記録である。戦争の経過とともに商売のありさま、日常物資の調達、日々の食事、入浴の苦労などが細部まで執拗なぐらい描かれる。巻末に引用参考文献の一覧があるが、おびただしい資料を渉猟したのだろう。新聞記事のほか、さまざまなドキュメントを挿入している。「産業報国会運動主催・野天座談会『地下生活者、新生活について語る』」「国民義勇軍宮永町突撃隊結成のお知らせ」「町内各家庭屎尿汲取り延期のお詫び」そして、敗戦後はマッカーサーあての日本人の手紙など……。
 作者らしいユーモアをまぶしているものの、庶民の悲惨かつ辛酸の物語である。主人公は米軍の空襲で結婚したばかりの実娘を喪い、さらに実兄も亡くす。自身も特高警察に捕らえられたり、GHQに拘束されたりの有為転変である。いっぽうで、戦時中もさらに戦後の占領下でも、スタンスを器用に変えることで、たくみに立ち回る卑怯きわまりない人間も描かれる。戦時中は鬼畜米英と唱えていたのが戦後はたちまちマッカーサー元帥様である。いつの時代でも同じというか(苦笑)。
◆既述のとおり、全編旧字体の旧かなであるから、コンピュータなかりせばとうてい印刷できないだろうし、翻訳なぞはとても不可能といっていい。小説構成上の必然からであるが、正直云って読みにくいことは否めない。もう新字新かなに馴染んでしまっているのだ。
作者は国を支える実体としてとことん「国のことば」にこだわっている、それは理解できぬでもない。しかし個人的には、漢字が氾濫しすぎることもどうかと思っている。とくに最近はワープロの普及で爆発的に漢字の使用が増えており、なかには旧漢字にこだわるひともいる。だけど、ろくに書けもしない字を温存する必要があるのかそこは疑問である。ここは作者の立場とは反対である。
◆三木清のエピソード
 治安維持法違反で検挙され釈放されぬまま敗戦の40日後に、豊多摩刑務所において疥癬まみれで獄死した哲学者の三木清、その人の書置きが出てくる。
 「人間はいずれ帰るべき所へ帰るのだ」
不世出の哲学者をかくも無残な死に至らしめた戦時体制、いま現在A級戦犯の罪はもはやないと主張される向きもあるが、それで以って戦時指導者としての責任が免責されるわけではない。いくら強弁しようがである。そうでないと数多の戦争犠牲者は浮ばれないだろう。
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by chaotzu | 2005-06-02 21:57 | 読書
2005年 05月 27日

【読書】 北村薫「夜の蝉」 梅雨の英訳って“プラム・レイン”?

◆創元推理文庫、単行本初刊は1990年1月。b0036803_21461932.jpg
「円紫師匠と私」シリーズの二作目、ミステリに分類されているが、解明されるのは日常生活のなかのささやかな謎である。まだ2作しか読んでいないけど、よくも着眼するものだと感心。探偵役に落語家を充てるのもアイデアである。たしかに人間の日常心理を深く掘り下げる商売であることでは共通している。
◆・同い年の親友が誕生日の星座を教えてくれないのはなぜ?
 ・本屋さんの平台で本の向きを変える「イタズラ」はなんのため?
 はなしの結末は単なる謎解きにとどまらず、人間心理の機微を抉っている。ぎょっつとするような酷薄さもある。高野文子の可愛らしい表紙絵に騙されてはいけません(笑)。
 「朧夜の 底を行くなり 雁の声」
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by chaotzu | 2005-05-27 23:59 | 読書