マイ・ラスト・ソング

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カテゴリ:身辺雑記( 54 )


2005年 09月 30日

靖子はんに乾杯!

b0036803_230479.jpg◆「タンスにゴンのCM契約終わってん。
 フフ…いつまでもアホなことばっかり、やってられへんやろ。
 ワタシもう今年で26やで。
 ダレが26やねん、ウフフ……」

◆沢口靖子はん、貴女はえらい!
 さすが、与謝野晶子の後輩や。
 同じ26?のタイゾーくんも見習わないといけませんな。
 オイラも、もう今年で38や。
 もうアホなことやってられまへんな。
 いや、ホンマに(汗)。
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by chaotzu | 2005-09-30 23:02 | 身辺雑記
2005年 09月 27日

「女囚さそり」と1970年代

b0036803_2245055.jpgこのところのエントリーは、身辺雑記が多いが、映画DVDを見ていないということではない。ここ数日は「女囚さそり」シリーズ4作をみた。梶芽衣子の出世作であるが、オンナのひとのハダカてんこもり、かつ田村正和なんかがショボイ役ででてくる。まあすこぶる面白い。
ところがなぜか感想が書きづらい。
「まるでマンガみたいな面白さでした」、ハイおわりである。そりゃそうだ、元はマンガである。しかし、マンガの感想となるとどうにも書きづらい。

まあ1970年代の反権力ムードは十分堪能できる。いまならば「踊る捜査線」のような体制側視点の映画が大流行りであるが、70年代はそうじゃなかった。体制とか権威というものはあまり信用せず、あくまで個人の技量や才覚で生き抜く主人公が大半だったように思う。たとえ敗れたとしても前のめりで倒れる。
いま現在、若い無党派層が大挙して時の与党権力に投票するような時代とは大違いであって、隔世の感しきりである。あるいはそんなことまで考えてしまうから書きづらいのかもしれない。

◆そういった70年代思考の残滓と思えるものが、いまだにしみついている。
たとえばバスに乗ったときだ。いつも降車ボタンを真っ先に押してしまう、その「弱気の虫」が毎度歯がゆくなるのだ。いや理屈にあわない幼稚な心理であることは重々承知している。だけどなかなか直らない。いってみればバスの降車ボタンに反抗しているのである、それほどたいそうなものか(苦笑)。
小さな停留所ならしかたないが、駅前の停留所である。必ず降りる客がいるだろうに、ダレもボタンを押す気配がない(ようにみえてしまう)。いっぺん金輪際押してやるものかと思うときもあるが、実際に通過されてしまうと困るので。ぎりぎりで負けてしまう。こうなるとチキン・ゲームである。結局停留所では自分のほかに何人も降りている。ああオレってやっぱり負け犬かなあと思う瞬間だ。
こんな妙なことまで考えてしまう自分が情けない、いったいバスの降車ボタンにまで反発してどうするんだ(苦笑)。
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by chaotzu | 2005-09-27 22:54 | 身辺雑記
2005年 09月 26日

禁煙戦線異状アリ

◆今年の1月から敷地内全面禁煙に踏み切った総合病院、さていまどうなっているか。
ちょうど敷地外となる公道付近にパジャマ姿の入院患者がゾロゾロ謂集して、片時を惜しんでスパスパやっているのである。あたり一面たくさんの吸殻だらけだ。
真に不屈の喫煙魂というべきだろうか? 熱波の夏であろうが、鼻水も凍るような真冬であろうが、吸うときは断固吸う、そのさまは宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を彷彿させるものがある。いやそんなことないか(笑)。
けっして、喫煙者を茶化しているのではない、病人でまだそれだけの元気があればいいじゃないかという見方もある。まあみっともないことは否定できないが。
実際に喫煙者の喫煙にかけるエネルギーたるや、ものすごいものがあって、ワタシは車椅子の入院患者が、看護婦の目を盗んでタバコ買いで外出するのをみたことがある。で、そのときは必死で歩いているのである。偽の車椅子患者ではない、まさに決死の買物行を敢行しているのである。そこまでの固い意思で生活を律しておけば、病気になることもなかったかもしれない……、いやひと様のことをとやかく云えたものではないか。
はなし戻って、病院の禁煙対策であるが、病院管理者の努力だけでは限界があるようだ。院外薬局の前でも堂々と喫煙しているし、道路管理者も含めて周辺施設が協調していっせいに取り組まないと難しいのではないか。いまの様子をみると、少々の熱発をものともせず寒中で喫煙するひとも出てきそうである。なんだか谷村新司の昴を連想せぬでもないが、それで病状が悪化すれば、なんのための入院か分からなくなってしまう。

◆病院の禁煙化はそれでも一定進んできている。しかし、一般飲食店のほうはまだまだである。喫茶店や居酒屋の場合、全面禁煙は難しいかもしれないが、ふつうの飲食店ならばもう禁煙に踏み切ってほしいものだ。いや、本来であれば「喫煙OKの店」のほうこそ宣伝文句になってもおかしくないと思うのだが、現実はまだそこまでの道遠しである。
満員の店内でタバコをふかして、他人の飲食物にケムリを吹きかけている、その神経はどうしても理解できない。ひどいのになると食前に一服、食後にも一服で平然たるものである。食べ終わったのなら早々に退出してくれよと云いたくなる。
ファミリー・レストランなんかでは分煙方式を採用しているが、喫煙席のすぐそばの禁煙席なんかはなんの意味もない。ケムリが流れて来るのは喫煙席と同じである。ただのアリバイとしかみえない。物理的に十分な距離をとるとか、間仕切りや換気扇を設置するとかしない喫煙席にはなんの意味もないのだが、マネージャーが全く理解できていないのか、あるいは知って放置しているか、どちらかである。
まあそんなことで、外食できる店がずいぶん減ってしまった。オフィス街でコンビニエンスのたいして美味くない弁当がたくさん売れるということは、価格要因もあろうが、外食でたばこのケムリに悩まされたくないというひともだいぶいるのではないだろうか。
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by chaotzu | 2005-09-26 22:18 | 身辺雑記
2005年 09月 25日

三宮ダイエー村の思い出

◆ダイエーのオーナーであった中内功氏が亡くなった。名前のつくりは「刀」だそうだが、昔はダレも頓着しなかった。自分オンリーの漢字にこだわってからおかしくなったように思うが、まあそれは横においておく。
最後にしくじったが、一代の梟雄であったことは間違いない。なにせ神戸・三宮の一角をほとんどダイエーの店が占めた時代があったのである。一企業グループの繁華街占拠率としては、ギネス級でなかったか。もう絶対にありえないことだろう。

◆全国ダイエー店舗の旗艦店たる三宮店に紳士用品のゼントハウス(男館)、レディスタウン(女館)、電気製品のパレックス、もうあちこちダイエーだらけ。ステーキハウスのフォルクスまであった。場所は離れるがスポーツ店もあったし、駅前にはプランタン百貨店もあって、神戸の街はダイエー王国だった。1970年代が全盛期ではなかったか。それがだんだんジリ貧になってきたところに震災がとどめをさした。
いまはもうみるかげもない。パレックスはパチスロ店、ゼントハウス(男館)はユニクロに変貌し、旧三宮店は駐車場のままである。まさに、つわものどもの夢のあとみたいになってしまった。そごうもいちど破綻したし、いま現在、神戸の街の商業的な覇権は居留地界隈を開発した大丸にあるが、これが僅か30年ちょっとの間の出来事なのである。
とにかく、かつてそんな時代があった。ひとりの人間が裸一貫からつくりあげた街があった、そのことは記憶にとどめておきたい。
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by chaotzu | 2005-09-25 22:54 | 身辺雑記
2005年 09月 22日

トラックバック雑感

◆1年近くブログを続けているが、映画の記事が多いので、ときに映画の感想などでトラックバックをちょうだいすることがある。それはまあ有難いことなんであるが、内容がワタシ自身のエントリーの趣旨とかみあっていないこともあって、さて答礼をどうしたものかとまどうことがある。
たとえば、ワタシはボロクソにけなしているのに、べたホメされているとかである。
いやそんなこと、もともと気にする必要なんかないかもしれない。そもそも意見や感想のちがいなどあって当然であるし、もとより感想に優劣なんぞあるわけない。だいたいワタシ自身がかなりいい加減なことを書きなぐっている。

◆だけど、躊躇するときがある、「貴方はかくかくしかじかのことを仰ってるが、ワタクシめの感想は全くそうではおりませんよ」みたいな、受け手の意識次第ではアッカンベー懸念があるトラックバックをお返しすれば、それこそケンカ売ってるんかいととられるかもしれない。まあいろいろ考えると疲れてしまうのだ(苦笑)。
アラシは論外であるが、本来なれば多士済々のいろんな感想意見が集約されてこそ、ブログの本領発揮だと思う、だけど現実は似通った傾向の感想が集まる仲良しブログが多いようだ。それも悪くいえば翼賛プログになりかねない。
そんなことをつらつら考えるが、ちょっと考えすぎかもしれません。
あ~、意見がちがうトラックバックやコメントは排除するという趣旨ではありません。
そこは誤解なきよう。
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by chaotzu | 2005-09-22 22:50 | 身辺雑記
2005年 09月 21日

日本人の席取り

◆駅なんかのカフェでひと休みしようとする、コーヒーを受け取り、さてどこに座ろうかと思いきや、席がなくて困るときがある。いや空き席はあるのだが、バッグとか荷物が先に占有しているのである。日本人はなんて席取りが好きな人種なんだろうと思ってしまうが、正直行ってあまりいい気持ちはしない。はじめから座る場所をキープしておくことで安心したいのだろうが、どうみても品がいいとは思えない。おまけにブランドもののバッグなど大事な私物を置き引きされるリスクにさらしており、その無用心さも気になってしまう。いや大きなお世話というものか。
同じような光景は観光地のホテルの夕食時でもよくみる。ウェイターがテーブルまで案内するような手間のかかることはどこもしなくなったので、もう席取り合戦である。そして大事な荷物をほりだしてビュッフェ料理の物色に夢中になっている。せっかくの旅先、食事ぐらいゆっくり摂らせてくれよと思っても、その前段階でもうぐったりしてしまうのだ。

◆あわてず急がずノンビリ行こうよと云いたいところだが、近頃はなんだかどこもかもギスギスすることが多くなったように思うが気のせいだろうか。
ひと言でいうと、周りの目に頓着しない行動が増えすぎたように思う。
おっとこれ以上書きつづけると、それこそすね者おじさんのやっかみ、ぼやきになりかねない。もうなっているか。ここらでやめときましょう。
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by chaotzu | 2005-09-21 22:11 | 身辺雑記
2005年 09月 19日

大貧民ならぬ大貧血

◆医者に怒られてしまった。なぜもっと早く来ないんだと。赤血球数が話しにならないぐらい減っていたそうだ。標準値の半分もなかった。ドーリでこれまで息苦しかったはずだと納得、ずっと酸欠状態だったんだな(汗)。内服薬(TS-1)の副作用らしい。毒が累積してきたのだろう。
ということで当面服用中止、そして鉄剤を処方される。やれやれ。

◆この一ヶ月ほど、カメみたいにしか動けない毎日だった。杖をついたおじいさんやおばあさんのほうがよっぽど早く歩いている。階段ではたちまち鉛の足になる。しまいにじっとしていても辛くなって寝転びたくなる始末。優先席を本気で渇望した。いやまいりました。
それでも、今年の夏バテはいやにきついな~と思っていたのだから呑気なものだ。いや、実際はもっと悪いほうの想像もしていた。半分はいまさらバタバタしてもドーモならんわと開き直っていたのである。
とはいえ、まだふらついている。まあボチボチいきましょう。
それにしても鉄剤呑むと、毎日血便みているようで、これもうんざり(苦笑)
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by chaotzu | 2005-09-19 10:26 | 身辺雑記
2005年 06月 06日

夏の「寒さ」にご用心

◆暑い暑い、真夏日いよいよ到来である。暑さはおおいにけっこうである、これからは逆に「寒さ」に用心する季節だ。
霞ヶ関では、「クール・ビズ」とか称するノーネク・上着なしの執務キャンペーンがはじまっている。国会中継の風景もがらりと激変した(もっとも云うことはサッパリ変っちゃいない)(笑)。b0036803_2037949.jpg
政治家みなさんの服装、それぞれ違和感はあるものの、基本的にはけっこうなことである。だいたいこれまでが冷房をきかせすぎなのである。
◆大病して以来、夏場の「寒さ」が堪えるようになった。冬場ならば相応の防寒対策をしている。だけど、夏に冷房ガンガンの場所にいけば、どうにも防ぎようがないのだ。いちばん酷いのは大阪の地下鉄内、異常なまでの冷やしぶりである。強冷車というかハワイの映画館といい勝負だ。さて今年はどうだろうか。それから地下街の飲食店も寒い。当然冷たい飲み物は厳禁である。真夏でもホット・コーヒーすすってます(笑)。

◆夏場の「寒さ」対策必需品
 ・上着〰ふだんは手に抱えている、やっぱり手放せません。
 ・携帯用カイロ〰貼るタイプを冬場に買いだめしておく。
 ・吸汗かつ速乾の肌着〰断然着心地がちがいます。
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by chaotzu | 2005-06-06 20:43 | 身辺雑記
2005年 05月 28日

I My Me? 個人情報は曖昧ミー!

◆以前、勤務先にかかりつけ医院からの電話があった。席をはずしていたので別の人間が代わりにとったが、なんのことはない休診の連絡である。それぐらい携帯のほうにかけてよと思うもあとの祭りである。実のところ、周囲に病院歴をあまりばらまきたくない。いちいち説明が面倒だし、病気の内容によってはかなり切実なひともいるだろう。たとえば△△整形あるいは□□神経科とか○○肛門病院から電話があったなんて、それだけでもろに個人情報である。それもあまり他人に知られたくない情報だ。
だけど、その辺の患者心理に無頓着というか無神経な病院事務員がときにいたりするのである。
で、それ以来、勤務先の電話番号はウソ八百で通している。善意に依存したシステムを信じきってあげく不愉快な思いをするのはイヤだから。
◆病院にかぎらず、何かに申し込むあるいは会員登録、応募するとかいった場合、氏名、住所、電話番号どころか、職業(勤務先)、生年月日、メールアドレスなどいっぱい書かされることがある。借金やクレジットカードを申し込んでいるわけでないのに、もう腹がたつほど書かされる。だからこれも、氏名と住所以外、すなわち免許証に書かかれていないことはたいていテキトーに書いている、ありていに云うとウソばっかり(笑)。ちなみに職業はたいてい自営業だ。自営業がいちばん便利なコトバである。仕事のことを聞かれたら“いやあボチボチですわ”といっておけばオッケーだし(笑)。
 有名人であれば、個人情報の切り売りが金儲けや権威権力の源泉になるだろうが、一般庶民はなんの益にもならない、逆に迷惑電話やインチキセールスにさらされるだけである。まあ、ささやかな自衛策のつもり。
◆戻ってふたたび病院のはなし、この4月から個人情報保護法が施行されて、いまはどこの病院でも個人情報の保護基準を策定して公表している。JR福知山線の脱線事故で、死傷者が入院した病院、マスコミ対応でたいへんだったらしい。うかつに患者情報を公開できなくなったのである。そりゃそうだ、これまでが無神経すぎたんだろう。個人的には、被害者報道で実名をさらされるなんてまっぴらごめんである。事故で痛い目にあったその傷口に塩をすりこまれるようなものであって、メディアによるセカンド・レイプ同然である。
 医療機関は個人情報の宝庫である。だからとりわけしっかりしてほしいと思う。だけどいまでも案外ぞんざいなところがある。患者本位の理念がことば先行で、未だ地に足をつけるに至っていないのだろう。
 館内放送による患者の呼び出しがしょっちゅうある。「○○病棟の△□さん」とか「××さん、○番受付にお越しください」、患者を何時間も待たせるのは平気なくせに、ちょっとトイレに行って席をはずしただけで全館放送である(泣)。それだけでなんの病気であるか容易に推測できてしまう。それどころか待合室や会計窓口でも大声で患者名を連呼している。入院患者の問い合わせなんかはもう一切対応すべきではないと思うが、それもまちまちのようだ。病室の名札も本来は患者の同意が必要であるべきと思う。
こんなことを書くと神経質すぎるように思われるかもしれない。だけど地域の病院なんかはかなり狭い世界なのである。
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by chaotzu | 2005-05-28 23:54 | 身辺雑記
2005年 04月 01日

ブログ半年

◆きょうから4月。会社にとっては正月みたいなものですが、働く人間には出会いと別れの月であって、年を経るほど哀愁感が増してきます。昔は学年が上がる嬉しさもあったものですが、いまはもうさっぱりしたものです。そんななかで花見だけが変らぬ楽しみです。b0036803_22425299.jpg
◆さて、このブログをはじめてから、とうとう半年経ってしまいました。最初は書くことなんかあまりないだろうし、まあボチボチ、のんびりのつもりでありました。ところが、続けているうちに書きたいことがどんどんわいて来るのです。思わぬことでした。だいぶフラストレーションがたまっていたのでしょうか。
 基本は日記でありますが、あちこち好き勝手に書いています。自分のために書いているようなものです。だからまとまりというものがありません。ただし、病気のほうの記述は、かなり省いています。なにもかも書き出すと弱音だらけになってしまいそうだからです。いまでもぼやきが多いぐらいですし、泣き言をいってばかりではなんにもなりません。それより、ほかの興味を追求しているほうが、まだましというものです。
◆わたしが、ガンという病気とつきあいだして、もう5年以上になります。病気のなかみからいえば、よく粘っているほうですが、時間が経つほどに精神的な苦痛が増してきます。肉体的な苦痛はしのぎようがありますが、精神面は堪えるしかありません。
 もしかすると、このブログで好き勝手に綴っていることが、癒しになっているかもしれません。マイ・ラスト・ソングの選曲も中断していますが、いまは、それでもいいやと思ったりします。
 とにかく、もうちょっと粘ります。天寿がんを目指しています、そりゃやっぱり無理かな(苦笑)。
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by chaotzu | 2005-04-01 22:56 | 身辺雑記