マイ・ラスト・ソング

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カテゴリ:病気( 10 )


2006年 01月 08日

医者は神になるべきでない

◆録画しておいた昨夜のNHKスペシャル「日本のがん医療を問うII」をみる。あらためて日本のがん情報体制の立ち遅れを痛感してしまう。なにせ、がん拠点病院の空白県が未だにあるというのだから、治療水準以前のはなしである。情報の収集分析もないまま、個々の医療機関がただやみくもバラバラに取り組んでいる。医師会~地域の医療ボスの既得権擁護と大学医学部の思惑がまずありきになっていて、患者の気持ちは後回しにされている。そして、厚生労働省は無力そのものである。結局のところ、頼りになるのは熱意ある医師の個人的能力だけとなる。これでは百年河清を待つ状態と思わざるを得ない。
番組に出演していた厚生労働省の技術統括審議官、おそらく技官(医師)のトップなんだろうが、云ってることは本省にご意見を伝えますだけである。こんなメッセンジャーボーイだったら、中学生でもできる。情けないはなしだ。

◆セカンド・オビニオンを求めて築地の国立がんセンターまで出向いたはなしは、以前にもエントリーしたが、そのときの説明は「なにも手のうちようがありません」だけだった。一泊2日で出かけた結果は5分もかからなかった。ほんとに簡単なものだった。こちらも動転していたのだろう、もっと食いさがって聞いとくべきであったかもしれないが、応対した医師がそのように判断した根拠背景の説明はなにもなかったのである。
少なくとも、いま現在、これこれの新薬が治験中ですが、効果のほうはまだ検証されておりませんとか、外国ではこんな有効情報があります。個人輸入する方法もあります。ただし、相応のリスクが伴うかもしれません、お金のほうもだいぶかかります。当面はなにもしないという選択肢もあり得ます云々……の補足説明があれば、また受けとめ方も変っていただろうが、ただ気落ちしにいったようなものだった。

◆番組に出演した医者が云う、はっきりしない情報を安易に伝えて患者をリスクにさらすわけにはいかないと(大意)。なるほど、もっともらしい云い分であるが、大半の患者にしてみれば藁をもつかむ思いなのである。こういう小ぎれいな云い方は、医者が自分の勉強不足を糊塗しているようにしかみえない。
なにもせず座して死を待つよりは、1%の可能性でもあればそれにかけてみたい、そう考える患者もきっといるだろう。そういう思いを医者が事前に摘み取ってしまっていいものか。最終の判断は患者自身の価値観に委ねるべきだろう。医者がその前に立ちふさがるのは真に大きなお世話というものだ。
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by chaotzu | 2006-01-08 10:48 | 病気
2005年 07月 01日

【読書】 柳原和子「がん患者学」 梅雨長し抗がん剤の夜明けかな

◆中公文庫、単行本初刊は2000年7月(Ⅰ・Ⅱ)及び2002年7月(Ⅲ)。ガンを取り扱った著名なノンフィクション。それにしても中公文庫は高い(泣)。
著者は1997年に卵管ガンを告知され、胸水、腹水が溜まったあげく手術と抗がん剤治療、6年後に再発し再び抗がん剤投与と手術を受けている。いわゆる末期状態からの生還者である。b0036803_2393174.jpg
◆ガンという“病気”、日本人の死亡原因第1位であるが、いまだによく分からない、実にけったいな病気である。
医者が余命宣告するが、たいていの患者はその期間より長生きする。たぶんお医者さんが少なめというか慎重に査定するゆえなんだろう。実際の余命が長くなっても、文句は云うひとはいない。なかには、医者の見立てを大幅に超過してなお健在な患者もいる。
治療の手立てについて、“もうありません”という医者もおれば、“まだまだ打つ手はある”という医者もいる。外科医はとくに見切りがはやい、そういう訓練を受けているのだろうか。
抗がん剤を使ってはいけないというお医者さんもいれば、その逆もいる。その抗がん剤にしても、効くひと効かぬひとさまざまだ。副作用もその患者によりけりである(さらに国による治療格差もある)。
要するに、個人差がきわめて大きいのである。おそらく100人のガン患者がいれば、100通りのガンがある。苦痛に喘ぐ人もおれば、常人と変わらぬ元気さのガン患者もいる。だから、患者個人それぞれにカスタムメイドされた治療計画が理想であろうが、たいていは、病院の管理都合にあわせた均一的な治療が現実である。
もっとも、なにが最適の治療になるのか、医者も含めて誰にも分からないだろう。具合が悪くなったとしても、いくらでもイクスキューズができる“病気”である。逆に具合が良くなったとしても、いったいなにが奏功したのか誰にも分からない。
人脈を駆使し世界中から治療情報を集め、お金を費やして外国で最新の治療を受けても、力尽きる患者がいるいっぽう、とくに何もしなくても症状が落ち着いている患者もいる。
語弊をおそれずにいえば、ただ今のガン治療はヴードゥー教の呪術レベルに毛の生えた程度といったら云い過ぎだろうか。
◆玄米菜食を徹底するひともいれば、肉食おかまいなしのひともいる。いろいろな代替治療にさまざまな健康食品。気孔に打ち込むひと、お笑い療法がいいというひともいる。
著者も「治す」ことよりは「癒す」ことを提唱している。たとえ治らなくても気持ちが癒されればいいのである。たしかに心の持ちようという言葉がある。しかし、健康なひとからそれを云われたらかなりムカツくことも事実だ(苦笑)。葛藤しまくったあげく、なんとか心の奥深くで折り合いをつけているのだから。
◆この本では、さまざまなガン患者が登場する。生還したひと、旅立ったひと、いろいろなケースを取材し紹介している。だからあれこれ一喜一憂して読まなくてもいい。
読者はその都度、都合のいいところだけ取捨選択すればいいのだろう。
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by chaotzu | 2005-07-01 23:14 | 病気
2005年 05月 15日

お金が大事だよ~がん患者の本音

◆某医療保険のテレビCM、♪お金が大事だよ~みもふたもない下品な即物コピーではあるが、実際そういう面は大いにある。体調のことを訊かれることはあっても、ふところ具合を問われることはないが、たいていの病人にしてみれば重大関心事ではないだろうか。お金があれば、悩みの相当部分は払拭される、少なくとも自分はそうだ。もちろんそれが全てではないにせよ。
b0036803_18540100.jpg◆自分のことしか知らないが(あたり前か)、とにかく毎月の医療費がばかにならない。病院の外来に行くだけで2〰3万円はかかってしまう。ジゴージトクであるにせよ、コイズミさんがやってくれた自己負担3割がうらめしくもある。
ここ数年間、医療費控除はずっと上限の200万円を超えている。ということは月平均にして17万円は突破しているわけで、思わずうひょーである。よくこれだけ出せるもんだなと思うが、要するに過去の蓄積を食いつぶしているだけだ。それだけに、生活費全般を切り詰めねばならないが、妙なことに病気で世間が狭くなった分、交際費がうんと減ったことでずいぶんと助かっている。自分の酒代もほとんどなくなったし(?)、こどもの教育費負担もだいぶ減った。まあ、あれやこれやで辻褄をあわせている。
 だからいまは、まだ恵まれているほうだろう。それでも、先行き危険水域が近づけば、抜本的見直しというか、治療リストラは避けられない。もうチキン・ゲームみたいなものである(笑)。
◆本日の朝日朝刊の特集記事、現状ペースで毎年医療費が増加するとして公的負担をGDPの伸び範囲に抑えた場合、20年後の窓口負担割合を試算している。結果は70代後半で4割(現在は1割)、現役世代で6割(現在は3割)になるとのこと。とくに70代後半の夫婦は毎月10万円近くの負担になり、年金収入の4割が医者代で消えてしまう。もちろん、あくまで仮定の計算であって、それにやきもきしても仕方がないのだが、消費税も上がるだろうし、自分なんかはとてもやっていけない。もっとも、20年後まで生きていればの心配である。
 いまのすう勢をみるかぎり、どんどんアメリカ式に近づいているようである。お金がそこそこあれば自前の保険(それも外資だ)に加入して防衛する、あるいは外国まで医薬品買出しツアーに出かける。それが出来なければ、何もしないでもう観念するしかない。
◆お金の心配は医者代だけではない。自分が消え去ったとしても、家族になにがしかのお金を残しておきたいと念じている。借金だけ残しましたではそれこそやりきれない。
そういう観点でみれば生命保険がいちばんの頼りになるが、これが終身ではなく定期養老保険なのである。もう今さら入れないし、60歳過ぎたらアウトだ。だから、まだまだ先のことなのに、60歳まで生きのびたらどうしようなんて、実に変なことまで思案する。心配もここまでくれば、倒錯の極みである(苦笑)。
 ♪お金は大事だよ〰、もう十分分かってます。当面の対策として毎週せっせとロト6を買っている、1回5口で千円。ところが、これまでかすりもしないというか、はっきり云ってさんざん食いものにされている(泣)。それでもなかなかやめられない。やめた途端にどかんと大当たりしそうで心配なのである。
 それやこれやで、筋違い角ながら、青森だか札幌の24歳「監禁王子」クンの件、はっきり云ってむかついている。月40~50万円の仕送りで「調教ゲーム」三昧だって、いい加減にせえ、去勢しろとまで思ってしまう(汗)。
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by chaotzu | 2005-05-15 18:58 | 病気
2005年 05月 04日

常任理事国よりがん治療先進国へ

◆正直云って、アメリカという国、ずいぶん身勝手かつダーテイな国だと思うときがある。それもしょっちゅうである。イラク戦争なんかはその典型で、ありもしない難癖をつけて攻撃し、あげく占領してしまった。北朝鮮が“ブッシュは人間の屑”と反発したが、そのことば自体は真に正鵠を射ていると思わざるを得ない(笑)。
 ただ、アメリカという国の救いは、下衆野郎も多いけどすばらしい人物もたくさんいるということだ。「フェアであろう、そうありたい」とする考えが、国民の一定層に定着している。そして「真実への探求」にもかぎりなく熱心である。それらがとりもなおさず国力の源泉になっており、なにも軍事力だけで大国におさまっているのではない。航空宇宙、ITそして先端医療しかりで、いろんな分野に世界中の英知を結集している。
b0036803_21305673.jpg◆この前のNHK特集によれば、アメリカのがん死亡率は
1990年代以降、劇的に低下しているそうだ。日本と対照的である。
がん専門医の養成、抗がん剤の開発、代替治療の研究そして統合医療への発展など国の総力をあげて、がん征圧に取り組んでおり、着実にその成果が上がっているのだろう。たとえば、前立腺のガンなど、初期であればもはや軽めの病気扱いであって、俳優のロバート・デニーロやパウエル前国務長官など何ごともなく治療手術を受けて、素早く日常に復帰している。
 また民間でもサンタモニカのジョン・ウェインがん研究所など著名な研究機関はたくさんある。篤志家の出資や寄付もかなり集まるのだろう。まさに官民一体の取り組みで邁進している。
 ひるがえって日本では、いまだに毎年多くの人が亡くなり、それがなお増えつづけている。しかし、医者の一部は「もう打つ手はありません」「緩和医療を考えましょう」となかば諦観と悟りの世界である。患者の選択肢も狭い範囲にかぎられている。それで怪しげな民間療法が跋扈する。いったいこのちがいはなんだろう。
◆コイズミさんは、このところ日本の国連安保理・常任理事国入りにいやに熱心で、外遊先からもその方向に沿った発言を表明している。実際のところ、日本人にとってどうなんだ。少なくともわたしの近場で積極的に賛成するひとはいない。ほとんどがどうでもいいじゃん派である。なかには、常任理事国になれば、今以上の分担金の拠出を求められるから反対という声もある。アナン事務総長の日本支持はお金を引出すためのリップ・サービスだというわけだ。まあ入ってもかまわんだろうが、いま以上にお金をむしられるのはいやだというのが大勢だろう。
 中国で「反日」を叫んでいるひとが、こんな雰囲気を知ったら拍子抜けするかもしれない。
◆さて、日本があちこちに根回しして常任理事国に入れてもらったとしても拒否権のない二等席であり、なにより、アメリカが実質2票もつだけだという醒めた声もある。
以前、コイズミさんが国連総会でわざわざ英語演説したときも、議場は閑古鳥が鳴いていたそうだ。そんな現実を踏まえれば、いま外交の舞台で無理に大国を気取る必要はあるのか。高給取りの国連職員やアフリカあたりのタカリ外交官は喜ぶかもしれないが。
 それよりも、なにか一芸に秀でた国を目指してほしいものだ。それを切望する。たとえばがん対策なんかはその際たるものではなかろうか。将来世代への光明は必要である。それに世界中から患者を受け入れるがん治療先進国となれば、なによりの安全保障になるはずだ。
◆外務官僚によると、常任理事国入りは長年の悲願だそうな、情報収集で廊下トンビをするのがプライドを傷つけて絶えがたくイヤだそうである。だったら、おおいに廊下トンビをしてもらえばよい。とくに旧来の外交官試験からの入省組(実質二世等のコネ採用)には、それぐらいの汗かきはしてもらわないといけない。ワインを買いつけたり、絵画やインテリアの目利きをするひまがあるのなら、なおさらだと思うがさて如何。
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by chaotzu | 2005-05-04 21:45 | 病気
2005年 03月 16日

“Jamaica”でいこう、がん患者心得

◆あったかい一日だった。やれやれです。はっぴいえんどを久しぶりに聴きました。
◆昨日録画しておいたNHK生活ほっとモーニングの「がんシリーズ」をみる。登場する女性の患者さんは、7年前に乳がん手術をするもその2年後に再発、治療のかいなく皮膚や肺に転移し、つい先月お亡くなりになった方である。まだ50歳前後で、夫と2人の子供(兄妹)を残して先立つのはさぞや無念だったろう。この方は、昨年来NHKの同番組に出演して、がん医療のあり方や患者の心のケアの必要性などを訴えつづけてきた。最後の出演は今年の1月であったが、みるたびにやつれようが進んでいたので、こちらも辛いものがあった。b0036803_21340100.jpg
◆がんは肉体の変調であるが、実のところ精神面のほうが何倍も辛い。再発したがん患者ほどそうだろう。肉体的な苦痛は緩和治療の進歩によってかなり克服できるが、心の苦しみを癒す手立てはなかなかない。番組中、亡くなった女性は「ガン難民」ということばを訴えている。再発した患者は医療に見放されたうえ、社会におけるポジション、仕事も人間関係も様変わりする。だから、こころの葛藤に苦しみ、半分ノイローゼ状態みたいなものであるのに、相談できる専門家もいない。
 自分の場合も、再発転移がはっきりしたときの主治医の見切りはあっさりしたものだった。「これ以上の手立てはもうありません」「覚悟したほうがいいですよ」。こちらにすれば突き放されたみたいである。その後はもっぱら、自分の心の内といかに折りあうかであった。世間との距離も激変する。「がんばってね」「元気出して」「あきらめちゃいかん」など、善意ながら見当ちがいの「激励」もあれば、透明人間みたいにみられることもある。考え込みすぎると、ストレスが増すばかりであり、病気のはなしは避けるようになる。しかし虚勢をはっても、その分疲れてしまうだけだ。
◆結局のところ、最後は開き直るしかない。
 「ジャマイカ精神」というのがある。実は日本語であって、“じゃー、まー、いいかあ”の考え方である。「ジャマイカに行こう」ではない、それもいいけど(笑)。
 ・もう死ぬかもしれない→じゃあ、まあいっか、家族に保険金も入るだろうし。
 ・治療も効かないかもしれん→じゃー、ま、いいか、みんないつかは死ぬ、やるべきことはやったんだ。
 ・だれも彼もみんな途端に寄り付かない→じゃーまあ、いいじゃない、そんなもんだよ。

◆明石市の中学三年生「カップル」による父親殺し未遂、とうとうここまで来たかと索漠たる思い。もはや社会が悪い、家庭が悪い、教育が悪いなどの説明を通り越している。自分の年代は「○○が悪い」どころか、ほったらかしの環境で育ち悪い奴もいたものの、ここまではなかった。しかし、自分たちの世代がこんな怪物を産み出したのだと云われれば、抗弁できないかもしれない。
 長生きも良し悪しだと思うしかないか。
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by chaotzu | 2005-03-16 21:18 | 病気
2005年 03月 14日

天寿ガン

◆死亡記事でみかける死因のなかでは、ガンがいちばん多い。それも年々増えているようだ。ただ、高齢者の方の「ガン死」については、甚だ失礼ながらいまだに違和感がないでもない。80歳、90歳となれば老衰とおんなじじゃないかと思ってしまうのだ。科学的にはたしかにガンであろう。ただ、細胞の損傷劣化という観点でみれば老化現象のうちである。
◆以前の入院時、胃がんで全摘手術した85歳のおじいさんと同室になったことがある。手術前は病人とは思えぬ元気さで食事も全量完食していた。それが、手術後は正視出来ないような苦しみぶりだった。食事どころではなくげっそり憔悴していった。こちらが先に退院したが、その後どうなったのだろうか、今でも気になっている。
 ご家族の立場からすれば、万全を期すというか考えうる医療的措置は全て施したいとなる、それはそれで無理からぬことだろうが、当の患者本人にとってみれば、はたしてベストなのかどうか。この辺りの判断は、医者にとってもなかなか難しいところだろう。「なにもしないで当面様子をみましょう」と云って、もし状態が悪化すれば責任問題である。それで微妙な症例あるいは医者が頼りない場合、家族の意向が左右することになってしまう。
◆最近はPETなど検査機器の発達でガン診断が飛躍的に増えている。建前論では、早期発見おおいにけっこうとなるが、なんでもそうなのかどうか。ケースによっては余計な病気を作りだしているような気がせぬでもない。ガンといっても性質はいろいろで、個人差も大いにある。何も知らずに、最後までハッピイなままで大往生した人でも、仔細に検査すればガンがみつかるかもしれない。いわゆる天寿ガンである。ガンの免疫治療も、ある意味で天寿ガンの発想である。
 けっしてお年寄り差別のつもりはないが、高齢者の方の場合、ガンと診断されても次の手を急ぐことはないと思う。ガンという病気の「いいところ」は時間が稼げることだ。心臓や脳の病気となるとあっという間であるが、たいていのガンは執行猶予時間を与えてくれる。だから、サード・オピニオンまでとって熟慮するにこしたことはない。なにより本人の意向がいちばんである。
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by chaotzu | 2005-03-14 20:50 | 病気
2005年 02月 07日

エンディング・ノート

◆大阪のNPO法人「ニッポン・アクティヴライフ・クラブ(NALC)」がエンディング・ノートなるものを販売している。実務的な遺言書(引継書)みたいなもので、葬儀や法事、墓に関する希望のほか、所有不動産や預貯金、保険など家庭経済の記録もできるようにしているのがみそである。この冊子をみるとなかなか細かいところまで網羅している。葬儀のタイプの選択、火葬と告別式のどちらを先にするか、祭壇のデザイン、遺影や納棺時の衣装指定、香典は頂いてよいかなど、さらに臓器提供と献体の意思や遺体の防腐処理まで項目を設けている。ただ家系図なんかは余分かもしれない。
 ひとによれば“そんな辛気臭いこと、いまはいいじゃん”と嫌われそうな内容かもしれないが、後に残る家族の余分な気苦労等を思うと、生きているうちに自分の考えを明確にしておくことは大事なことだと思う。b0036803_20593033.jpg
◆自分の父親は何の意思表示もしないまま亡くなった。このため葬式や墓などは「故人の遺志を目一杯推量」するしかなかったが、今から思えば故人を悼むというよりも、残った者が自己満足できるかどうかになっていたようだ。そこのところを葬儀屋やお寺がまた上手につつくわけである(笑)。だから、自分の葬式はとにかくシンプルに廉価で済ましてほしい、そこははっきりしとかねばと思っている。坊主はひとりで十分であるし、墓も要らない。
 財務上の記録もきちんと残さねばならない。もっとも、預貯金や保険なんかは大してあるわけでなく何のメモも要らないだろうが、クレジット・カードなど会費を徴収されるものがあるし、生きているうちは清算できず事務的に引継ぎしておかねばならないこともある。
◆発想の基本は「死者は生者を煩わすべからず」である。だいいち、生きているうちからかなり人様を煩わせている、静かにさっと退場するのがスマートというものだ。
 現在は健常体で元気な方も万一の事故等に遭遇するおそれがないとはいえない。余計なおせっかいかもしれないが、このエンディング・ノートに準じたメモを作成して毎年更新しておけばいいと思う。なにより自分史をふりかえる作業にもなる。
 このノートそのものは市販しておらずNPOの直販、A4版の小冊子で送料込み1冊1230円であるが、正直云って割高感は否めない。内容更新が容易なパソコンソフトにしてもっと安くすれば、さらに普及するかもしれない。
◆がん患者からの生命保険買取りビジネス、裁判所も認めてほしいものだ。現実の査定はどんなものか分からないが、がん患者にとっては選択肢がいろいろあるほうが有難いことはたしかである。
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by chaotzu | 2005-02-07 21:03 | 病気
2005年 01月 26日

ガンの鍼灸治療

◆知人から紹介された鍼灸院に通いだしてから、早いものでもう1年になる。鍼灸といえば肩こり、腰痛や関節痛など、どちらかといえば外科方面の先入観があったので、たいした期待もせずにはじめた。当時は追い詰められたというか八方ふさがりのような心境にあったが、まあ副作用の悪さはないだろうし、いま以上に悪くはならないだろう、いちおう試してみるかといった具合である。だから周りにも吹聴していないし、主治医にも伝えなかった。
 治療はお灸も含めいろいろやってもらい、今は主に「置き鍼」という方法に落ち着いている。背中のツボに針を入れて10分間ほど置くのである。このはりを打てばたしかに痛みは緩和されるし、鍼灸を始めてからの病状は小康状態を保っており、CT画像も落ち着いている。
 院長のはなしでは鍼灸も免疫療法のひとつであるとのこと、はり一本で体のツボを刺激することで、自然に備わる免疫力を活性化するのである。脈診を重視しているようで、最近は「だいぶよくなった」と云われる。当たり前のことだが、そう云われて気分が悪かろうはずはない。b0036803_21444315.jpg
◆岩波新書で「鍼灸の挑戦」なる本が出たので早速読んでみた。これまであまりにも鍼灸に無知だったことを反省し、少しは勉強しなければと思ったのである。本書は共同通信の記者が全国の鍼灸院を探訪したルポである。著者自身も鍼灸師の資格をもっており単なる素人の訪問記事ではない。それにしても、ジャーナリズムが鍼灸をこれほど正面から採りあげた例は記憶にない。長い歴史伝統がある「もうひとつの医療」でありながら、明治以来西洋医学の風下におかれて、どこか古くさくて迷信じみたイメージがこれまで過剰にありすぎたのではないか。
 さて一読してみて蒙をひらく思いである。
・鍼灸はいろんな疾患の治療手段になっている。ガンのみならず、糖尿病や痔、ひいては歯槽膿漏にまで効くことがある。慢性疾患の有効な治療手段として注目されている。
・低コストの省資源医療としてWHOも推奨し欧米も注目するなど、100カ国以上で臨床に応用されている。 もちろん秘伝や秘儀のたぐいではない。誰でも修練すればできる技術である。
・若いひとで鍼灸師を目指すひとが増えている。京都府船井町に鍼灸専門の4年制大学もあるらしい(ずっと前に開学しているそうだが、恥ずかしながら知らなかった)。
◆巻末に著者が訪ね歩いた鍼灸院のリストが掲載されているので、慢性疾患等で悩んでいる方はひとつの参考になるだろう。もちろん鍼灸治療といっても万能ではない、患者の個人差もあるだろう。だけどそれは西洋医学でも同じことである。
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by chaotzu | 2005-01-26 21:53 | 病気
2005年 01月 18日

ガンの免疫療法

◆ガンの三大療法と云われるのが、手術、放射線、抗がん剤。そして、自分がいま取り組んでいる免疫療法は4番目の治療方法といわれている。過剰なストレスとか有害物質などで体のバランスが壊れて自然の免疫力が低下したときにガンが発症しやすくなるという着想であり、免疫力をアップさせてガン細胞の増殖を抑制しようという治療方法である。旧くは丸山ワクチンもそのひとつだろう。どちらかといえばガンに打ち克つための治療ではなく、ガンとの共存・共生をめざすという点で前3つの方法とは大きく異なっている。また、健康保険の適用がなく全額自費診療であるため、患者の経済的な負担はかなりある。自分も正直云って苦しい。あまりぜいたくは出来ないので、この無料ブログでぼやく程度である(苦笑)。
◆この免疫療法、一部の医者からはボロクソに批判されている。その論拠はひと言で云うと「科学的に効果が立証されていない」ということに尽きる。なかには「そんなことで大金を遣うよりリゾート地に旅行でもしてのんびり過ごしたほうがよほどいい」とはっきり言い切る先生もいる。南のリゾート地で思わぬ災害に遭うという不運の可能性もあるが、たしかにそういう考え方も否定できない。もしかすると免疫治療そのものに特別の効果があるわけでなく、むしろ自己暗示というか精神的な安定効果のほうが寄与するかもしれない。昨年の10月、近畿大学の八木田前教授の提唱する「新免疫療法」は、その治療データが患者に誤解を与えるとして日本癌治療学会から厳重注意処分されている。この新免疫治療は毎月30~40万円の治療費が要る。普通の勤め人ではなかなか続けられないだろう。これ以外にも、富裕層相手の金儲け商売みたいな免疫クリニックもある。1回の治療で普通の勤め人の1ヶ月の収入を超える治療費をとっている。こうなると「お布施」みたいなものでお金持ちならば何十回と続けられるが、一般人ではそうもいかない。生命保険という「担保」があるから、10回ぐらいはできるだろうが、たいていはそこで中断してしまう。ある意味でよく考えたニッチ・ビジネスになっている。
◆じゃあ、なぜ免疫治療を続けているのか。ひとつはもう他の手立てがないこと、何もせずにギブ・アップするのはやはり嫌であって、同じ死ぬにしても納得づくで死にたい(苦笑)。もうひとつは免疫療法といってもいろいろであること。あえて云えばかつての星雲状態から抜け出しかけたところかもしれない。詳述は省くがここ数年でも新しい治療方法がどんどん生まれている。一般患者でもなんとか経済的に追随できる治療費のクリニックも出てきている。治療が今より普及すれば、データもたくさん集まるだろうし、そしてもっと有効な手法が開発されるかもしれない。さらに、ガンの臨床経験を多数積んだ「ガン治療専門医」制度も発足する予定である。つまるところ、そういったところに希望をつないでいるのである。もっとも、それまで生きておればの話である。しかし、中途で討ち死にしたとしてもひとつのデータにはなるだろう。ま、気休めではありますが。
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by chaotzu | 2005-01-18 23:59 | 病気
2004年 12月 21日

がん患者の寂寥感

◆いわゆる「病気自慢」の母親である。会えば「どこが痛いここが悪い」、電話でも同じだ。毎月健康雑誌を買ってきては自分にあてはまりそうな症状を懸命に探している。年齢相応の老化で足腰は弱くなっているものの、食欲も旺盛で傍からみるとどこも悪いところはみられない。だから周りの誰もまともに相手にしない。当の母親はそれが不満げで、始終からだの不調を訴えている。こういうのを医者からみると「不定愁訴」というそうだが、つまるところ誰も相手にしてくれないという寂しさゆえのものだろう。訴えは父親が亡くなって数年後にはじまっており、初期の段階で、こちらがきちんと向きあってじっくりはなしを聞いてやればよかったのだろうが、忙しさにとりまぎれてしまったことが悔やまれる。
 そしていま、自分自身が病人になって、他人とのコミュニケーション・ギャップを痛感しているのだから皮肉なものである。病人にとりいちばん辛いのは肉体的な苦痛ではなく、精神的なストレスである。この世界でひとり取り残されるような寂寥感といってもいいかもしれない。「ただのぼやき」であっても、誰かにはなしを聞いてほしい気持ちはある。別に同情されたいということではない。現実には母親の例を挙げるまでもなく、病人のはなしを聞いてくれるひとはそういない。逆に「元気を出しなさい」なんて説教されかねない。だから堅牢なバリアーを築いて立てこもることになる。もともと宗教心が薄い性分であるが、いまそのことを悔やまぬこともない。
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by chaotzu | 2004-12-21 23:59 | 病気