マイ・ラスト・ソング

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2005年 01月 16日

【ビデオ】「ムーラン・ルージュ」 ポップス版椿姫

◆2001年オーストラリア&アメリカ映画
冒頭のおなじみ20世紀フォックス“タン・タカ・ターン”からエンド・ロールまで、凝りに凝ったつくりである。いちおう椿姫をモチーフにした悲恋ものであるが、笑わせどころもあって筋書きや理屈は二の次でいいでしょ。遊び心満載の歌と踊りを堪能する映画。b0036803_10582750.jpg
 1899年のパリが舞台であるも、ユアン・マクレガーがサウンド・オブ・ミュージックを唄いだしてびっくり、これで引きこまれる。以下ビートルズやエルトン・ジョンなど多数のポップス・ナンバーのオン・パレード。なるほどこんな手があったのかと感心する。とくにマクレガーの「ユア・ソング」は聴かせどころだ。このほか、ムーラン・ルージュのオーナーと公爵による「ライク・ア・ヴァージン」や最後の舞台劇に紛れ込んだ殺し屋が踊りながらピストルを探すシーンなど抱腹ものです。
 なによりニコール・キッドマンをうっとり眺めるだけでも満足、いやほんま美人です。オーストラリア映画人の心意気をみせるミュージカル映画でした。「ロード・オブ・ザ・リング」といい南半球の映画人はなかなかやるよ。
 「人がこの世で知る最高の幸せ、それは誰かを愛し、その人から愛されることだ」
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by chaotzu | 2005-01-16 11:01 | 外国映画
2005年 01月 15日

法務省認可法人 (財)日本債権管理回収事務局?

◆「最終通告」と題したけったいなハガキがきた。インクジェットの官製葉書にパソコン印刷である。内容は「電子消費料金」未納分の督促で、法務省認可通達書とか民法特例法とかの意味不明用語のほか指定裁判所へ出廷、強制執行、債権譲渡証明書などの法律用語をあちこちにちりばめており、なかなかの力作である。そして最後に「書面での通達となりますのでプライバシー保護の為、請求金額・お支払方法等は当局職員にご確認ください。」とあって、東京の電話番号を代表番号以下管理課、入金課、相談課と5つ記している。どうもここがミソらしい。さらに業務時間 平日8:00~17:00 休業日土・日・祝日とあり、なかなか芸も細かい。
 しかし、内容証明なし、ただのハガキ1枚の「最終通告書」なんかあるのかな。どうみても出来損ないの詐欺だよ(爆笑)。
◆法務省のホームページ(サービサー関係)をのぞいてみると、案の定、同様の架空請求事例がたくさん紹介されている。「債権回収会社と類似の名前をかたった業者による架空の債権の請求にご注意ください」として、債権回収会社を詐称している等との情報の提供があった業者名を公表しているが、驚くなかれその数なんと約140社!すべて昨年6月以降である。どうも法務省許可のサービサー(債権回収会社)の商号を参考にして、あれこれ類似商号で騙っているようだ。そのほとんどは東京に集中している。実際は少数のグループなのであろう。
 それにしても、へたな鉄砲でも数撃てば当たるではないが、受け取った人のなかには法律用語に動転してしまい、つい電話連絡する人も必ずいるだろう。で、その電話は別のところの電話に転送されて、そこから「振り込め詐欺」の仕掛けとなるのだろうか。
 それにしても、この前の香港からのナンバーくじ勧誘といい、誰かに個人情報の横流しをされたようで、その点はどうも不愉快だ。インターネット懸賞なんかに気楽に応募しすぎたせいかもしれない。名前だけいろいろ使い分けてみて、漏えいサイトを逆探してみるか(怒)。
 しかし、これだけたくさんの情報が寄せられているというのに、警視庁は何かしているのだろうか。その気になれば摘発できると思うのだが。
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by chaotzu | 2005-01-15 20:59 | 身辺雑記
2005年 01月 15日

阪神大震災回想4~住宅再建

◆生活のほうはだんだんと回復してきたものの、さて壊れたままの住宅をどうするか。あちこちに大きな亀裂が走ったままで、とくに各階のエレベータ・ホールがひどかった。
 復興作業に着手する前、罹災証明のことでひと悶着があった。「一部損壊」だ、いや「半壊」だの主張が対立して喧々諤々になったのである。「半壊派」には後々の見舞金や各種減免措置で不利は被りたくないという考えがあり、「一部損壊派」はマンションの資産価値を落としたくないという考えである。大半が居住しており、一部損壊が客観的にも妥当なところであったろうが、多忙な市当局は消耗論議に参加する気はなく匙を投げてしまい、自治会でもとうとうまとめきれなかった。その結果、同じ建物同じような被災で2種類の罹災証明書が発行される事態になった。このような事例は他の団地でもたくさんあったようだ。こと阪神大震災における罹災証明はいい加減なものである。これまで例のなかった大災害であり、つじつまのあわない決着はいくらでもあるということだろうか。そういえば持ち家復旧費用への公的支援は否定された、まあそのことで今さら文句不平があるわけではない。私有財産云々の理屈が持ち出されたが、実際の判断としては対象住戸があまりに多すぎて現実的に無理だということなんだろう。
 さて、住宅復旧である。戸建住宅ならば所有者の一存で決められるが、区分所有の集合住宅はそうもいかない。何度も理事会があり、区分所有者への説明会があった。被災状況の詳細把握、具体的な修繕の範囲、工事業者の選定、監理委託の要否、修繕積立金の改定、臨時徴収金額。棟毎の被災状況も区々であるから、各棟毎の意見もいろいろである。管理委託会社も頼りにならず、議論が錯綜してなかなかまとまらない。何より基礎杭の被災状況が気にかかるところであったが、検査にかかる費用、仮に結果を知りえたとしてそれでどうするのか、もうどうにもならないよということで、目をつぶる結果になった。おそらくいずこの団地も同じことだったろう。もう一度同規模の地震があれば、傾くかもしれないということである。そこはもう祈るしかないということだ(その辺の事情は市街地のビル復旧でも同じことだろう。表面は小ぎれいに修復しているが、果たして震災前の耐震性まで復旧したかどうかである)。修繕積立金も明らかに不足していた。販売業者が売らんがために低めの金額で設定しているからである。販売時の積立金設定については基準なりルールが必要だろうが、行政は今でもそれを放置したままである。このほか施工会社の瑕疵責任を問うべきとの意見や区分所有者が出来ることは自前でやろうという声まであった。もはや新築とはいえないし、素人が修繕できる範疇ではないのにである。さらに共用部分のみならず、自分の専用部分の修繕もしなければならなかった。
 今になって振り返れば、議論が沸騰し長引いたのは、震災が区分所有者の事業あるいは仕事や商売を直撃していたということの反映だったのだろう。人によって程度の差はあろうが、家の復興どころか事業の再建でたいへんな人もいたのである。誰でも生活の糧が優先である。復興論議もいいが、その資金のあてがなければどうにもならない。
 いろいろ疲れまくるほどの議論を経て、工事契約を発注、共用部分の修繕に着手したが、すでに震災から1年以上経っていた。専用部分の修繕はそれが終わってからになる。なんとか最終的にまとまったのは、まだ働き盛りの区分所有者が多かったからではなかったろうか。年代進行で老人世帯が多くなっておれば、どうなっていただろう。
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by chaotzu | 2005-01-15 14:08 | 身辺雑記
2005年 01月 14日

阪神大震災回想3~生活の復旧、人の強さ

◆このメモを書いてみると、つくづく記憶なんていい加減なもんだと思う。自衛隊が来て給水や入浴サービスが始まったのはいつ頃だったか、交通機関の復旧はさて何ヵ月後だったか、もう忘れてしまっている。それでも水の苦労についてはけっこう憶えている。電気は早々に通電していたし、ガスはカセットコンロがあったが、水がないと生活しようがない。震災後、全国各地から給水車が来てくれた。それは有難いことであったが、2時間余りの行列をしてやっとペットボトルの半分1リットル程度の給水だったりする。ボトルいっぱいの水をもらおうと思ったら、また2時間ほど並ばねばならない。とにかく慎重な担当者に当たれば災難だとこの点はみんなに不評であった。文句不平をいうなと叱られるかもしれないが、被災者も時間がたくさんあるわけではない。結局、通勤先でもらったり、近所の酒屋が頑張って仕入れてきたミネラルウォーターを買ったりした(そうそう大阪が全くの別天地であったことも驚いたことのひとつである。別に嫉むということではないが、あまりの極端な違いに戸惑ったことは事実)。さらに下水用の水も要る。噴水池の水、受水槽や高置水槽の放出水など、いろんなところから取水した。10リットルのポリタンクは絶対必要な常備品で、それも上水用と下水用の二つ必要である。幸いにというか季節柄入浴の欲求はあまり感じなかったし、洗濯も同様である。食器の洗い物もしない、紙皿にラップを敷いて使ったりしていた。シンプル・ライフというか、それが意外と気楽なのである。夜は家族が川の字になって寝るだけである。
 その水問題に関しては、自衛隊がやってきて小学校の庭に簡易水槽や浴場を設置してくれた段階で一息つけた。あの頃は仕事から帰宅してすぐさま校庭に向かったものである。そして、余震の恐怖がだんだん緩和され、水事情や物資の流通事情が改善するにつれ、生活レベルは着実に回復していった。交通機関も日々復旧が進む。通勤等今から思えばたいへんで、もう一度しろと云われてもしり込みするだろうが、当時はみんな同じ条件であり、なにより、これ以上悪くはならないだろうという思いがあった。自宅に住めた人ならば、だいたい震災後半年ぐらいで、8割がた元の生活レベルに戻れたように思う。もちろん、仮設住宅の人はまだまだであったが。
 いまふりかえって、当時の雰囲気はさばさばというか実にあっけらかんとしたものであったように思える。もちろん身内に犠牲者があったひとは別のとらえ方があろう、それは当然であって、そこは違うと云われたら甘受するしかない。
 一般に災害=悲惨、暗いといったイメージでくくられるが、ここまで強烈な大災害になるとどこか突き抜けてしまうものかもしれない。あるいは無意識のうちに哀しみを閉じ込め辛さは我慢して心のバランスを図っていたかもしれない。マイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになる現象にどこか似ている。それに加えて関西人特有の韜晦もある。悲惨さを強調するのはむしろかっこ悪い。「いやあ二階に寝とったんやけど起きたら一階やったわ」「目が覚めたら空が見えましてな」といった具合である。とにかく震災直後の数ヶ月間は原始共同体的というか人類皆兄弟のようなふんいきではなかったか。ふだんはない声かけが復活し、そして譲りあいの精神、みんな同じ被災者であるから他人に優しくなれたのだろう。
 しかし、半年たっても建物は亀裂をさらしたままで、その復旧は手つかずのままだ。苦労はまだ先にあった。
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by chaotzu | 2005-01-14 21:32 | 身辺雑記
2005年 01月 14日

コーポレート・バカザンス?

◆恒例の大学生就職人気ランキングが発表された。最近の若者もいろいろよく考えているねと微苦笑ものであるが、基本の大樹信仰は相変わらずである。しかし企業の20年、30年先のことは実際のところ分からない。それはなによりこのランキングの変遷をみると明らかだろう。それよりも“鶏口となるも牛後となるなかれ”の精神で人生にチャレンジしてほしいものだと思う。
 それでも何か安定就職先の検討材料にしたいとなれば、株式投資におけるSRIファンドの考え方が準用できると思う。これは社会的責任投資というもので、財務状況等の外形数字のみならず、社会貢献度や環境面への取組みも評価するものである。これで高い評価がつけられる企業は長期的にみれば、成長度も高いとしている。
 コーポレート・ガバナンスの成熟度もそこに含まれるもので、日本語では「企業統治」。何やら難しそうであるが、自分なりの理解では、経営者の暴走に歯止めをかける装置すなわち猫の首に鈴をつける仕組みである。これが頼りない企業は投資対象としてはどうも不適格ではないかということになる。例えば経営者が社内で神様みたいになってしまい、誰も意見できないような会社、俗に○○商店とか云われるようなところである。生身の人間である以上、連戦連勝の経営判断がどこまでも続くという保証はないわけで、そのうち大きな地雷を踏むことになる。近場の例でいえば、「ドン・キホーテ」「ダイエー」「西武鉄道」などがそうか。
 しかし、上場会社はそのような投資家の外部圧力が働くという点で、まだましなほうかもしれない。社外取締役(ご意見番)や監査法人という仕組みもある。この点、非公開の会社や協同組合、特殊法人などのコーポレート・ガバナンスははるかに立ち遅れている。いま現在でいえば、NHKがその最たるものだろう。
b0036803_21194526.jpg◆【ビデオ】「底抜け西部に行く」 1956年アメリカ映画
 ジェリー・ルイスとディーン・マーチンの「底抜けコンビ」はこれまで全然みたことがなかった。この前NHK・BSの映画特集番組(底抜けにつまらない番組だった)で江守徹が一押ししていたので、いっちょう観とこうかと録画しておいたものだが、はっきり云ってさっぱり面白くなかった。ルイスの「ギャグ」がなんとも古臭いのである。双葉十三郎は別の映画のルイスを「奇形児的な騒々しい阿呆ぶり」と酷評しているがさすがの慧眼である。ただ日本の昭和30年代テレビ・コメディにはまちがいなく影響をあたえている。
[追記]脚本はシドニー・シェルダンである。後年、あのアカデミー出版のベストセラー作家である。冒頭のクレジットで一瞬びっくりしましたね。まあシェルダンだから面白いということではないですが。
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by chaotzu | 2005-01-14 21:29 | 時事
2005年 01月 13日

阪神大震災回想2~街の惨状

◆震災3日後に市街地に出かけた。鉄道の線路伝いに西に向かう。リュック・サックに運動靴、みんな戦後の買出しスタイルみたいである。たしかに一種の「戦後」である。そして現実とは思えないシュールな惨状に呆然とする。後日テレビや報道写真でさんざんおなじみになった光景を目の当りにするのである。b0036803_21254881.jpgカーテン・ウォールがボロボロになった繁華街のビル、途中階が潰れたビル、派手にひっくり返ったビルもある。かつてダイエーの旗艦店であった三宮店は大きく壊れ、商品がのぞいている。とにかく新旧関係なく被災しているが、開口部の多い瀟洒なデザインの建物ほど手ひどく傷んでいるようだ。神戸税関など昔風の建物のほうがなんとか自立している。ビルの近くはガラス片の落下が怖くてとても歩けない。そしてあちこちがガソリンくさい。住宅地で倒壊を免れた民家は傾いて平行四辺形になっている。線路を伝ってどんどん西に行く、長田の町は火事でやられてまるで大空襲のあとみたいになっていた。二昼夜にわたって火事がなぶり尽くしたのである。そして鷹取、板宿もひどい。このあたりは住宅密集地で戦災復興の土地区画整理事業を延々とやってきたところである。零細なケミカル・シューズの事業所も多く、接着剤すなわち可燃物である。昨日ならもっと酸鼻きわまる光景だったかもしれない。人探しの張り紙がぼちぼち貼り出されている。校庭や公園には応急のテントが張り出されている。すすり泣いている人をみかけるが声のかけようもない。自分ももう仕事に復帰しなくてはならない。
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by chaotzu | 2005-01-13 21:29 | 身辺雑記
2005年 01月 13日

中村先生、そう興奮しないで

◆日亜化学工業との訴訟和解について、中村教授の記者会見を昨夜のテレビでみたが、いささかがっかり。失礼ながら申し上げるとあまりに興奮しすぎでわたしからみてイメージダウンの印象が強いのである。もしかすると余人のうかがい知れぬ事情があったかもしれないが、和解に応じた以上、もう少し冷静なトーンで会見してもよかったんじゃないのかな。200億円が6億円になったというが、それでも相当な大金である。お金と名誉のどちらを選ぶかで、ちと金銭に傾きすぎと受けとめられはしないか、惜しまれる。おそらく会社側は会見をみてほくそえんでいるだろう。
 この辺り、理科系の研究現場の方がどうみておられるか、興味がなくもない。b0036803_2112188.jpg
◆【ビデオ】「コレリ大尉のマンドリン」2001年アメリカ映画
もう解約してしまったけど、WOWOWの録りだめビデオがかなりたまっており、その消化。映画で歴史を学ぶということがあるが、本作はまさにうってつけの作品であった。第二次大戦末期のギリシア、ケファロニア島で多数のイタリア兵がドイツ兵に殺戮されたこと、戦後になって大地震があったことなど始めて知った。イオニア海に浮かぶ風光明媚な島でわずか10年そこそこのうちに戦争(占領)と大地震があったのである。
 難点は登場するギリシア人、イタリア人、ドイツ人がみんな英語を喋っていること。そんなことありっこないのに、アメリカ人は平気(苦笑)。それにしても、ドイツ人は今なお映画では悪役である。もう何もかもナチスが悪者でしたということで清算しているから、打たれ強いというか超然とできるのだろうか。つい考えさせられる。
 おまけ→スペイン人女優ベネロペ・クルズの腋毛には思わずときめきました。
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by chaotzu | 2005-01-13 21:24 | 時事
2005年 01月 12日

阪神大震災回想~その時

◆10年前の平成7年1月17日の朝5時46分、阪神大震災がおきた。昨年は中越地震やインド洋の巨大津波があり、なにを今更の感があるかもしれない。阪神間の街も見た目では復興している。個人的にも大した被災をしたわけではなく、家族も親類もみんな無事であった。はっきり云って恵まれたほうである。それでも自分にとっては、これまでの人生で最大のストレスであった。
◆起床して点灯した直後にそれがやってきた。電気が消えていきなり暗闇ジェットコースター状態。部屋の壁が目の前にのしかかってきそうでとても立っていられず、ベッド脇のイスにしがみつく。ああこれでもう終わりかと一瞬観念する。揺れがやっとおさまるも暗くて様子が分からない。物が散らかった寝室、廊下を抜けるのに大苦労したあげく妻子に向けて声をはりあげる。返事が帰ってきてやれやれ。明るくなるにつれ、各室の散乱状況がみえてくる。家具はみな倒れているか場所が変わっている。部屋中に物が散乱して手のつけようがない。足を切って血を流しており、履物を探してから通路を確保する。次いで住戸の外に出てみると共用の廊下は浸水状態である。エレベータが使えず非常階段をえんえんと下ってやっと外に出る。西のほうを見やれば、赤い空をバックに巨大な黒煙がたなびいている。誰かが神戸の西半分は壊滅状態というが、地震の全容がまだ分からない。全体の被災状況に係るニュースが入りだしたのはやっと10時頃である。b0036803_221822.jpg
 自宅に戻って、倒壊した家具等に埋没してしまった電話機をなんとか「発掘」する。しかし全然つながらない。最初の着信はなんとアメリカからで、発信元はアメリカ在住の妻の甥、CNNのニュースで神戸がたいへんなことになっているとのこと。震災に関する客観情報をはじめて入手したのは国際電話であった。その後も東京からの電話があったが中・近距離の電話はさっぱり通じない。勤務先にもまったく連絡がとれない。
 自治会の役員をしていたので、この日は団地全体の安否確認、施設点検等で動きまわる、余震の恐怖感から何かしていたほうがむしろ落ち着く。夜は家族そろって川の字になって寝る。ラジオが安否情報をはじめている。後で知ったが、小学校の体育館は避難者でいっぱいだったらしい。災害当日の役所はまずあてにできない。初期の対応は住民が判断して動くしかないということだ。
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by chaotzu | 2005-01-12 22:29 | 身辺雑記
2005年 01月 12日

北朝鮮は「他山の石」にあらず

◆モスクワ放送の伝えるところによると、北朝鮮では男性の頭髪は5センチまでしか伸ばすことが許されないとし「国の男性全員が『散髪前線』に送られている」そうだ。さらに、「長髪は脳から酸素を奪い、人間はばかになる」との北朝鮮当局の見解も紹介している。
 こういう「トンデモ」ニュースに接すると、なんとおバカな国なんだと思ってしまうが、歴史上今の北朝鮮とよく似た国はいくらでもあるわけで、近場では60年前の日本がそうであった。「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」「進め一億火の玉だ」などの戦時標語のもとで、国防婦人会が女性のパーマを白眼視した件と同じことである。こういったニュースが流れてくること自体、北朝鮮の崩壊がそう遠くないということだろう。日本でも「一億玉砕」がたちまち「一億総懺悔」になった。
 しかし今なお、戦前のカルト日本を懐かしむ方はいるようで、外交評論家の加瀬英明氏は、雑誌「WILL」において、先の皇室園遊会における今上天皇のご発言「(君が代・日の丸は)強制になるということでないことが、望ましいですね」について、政治色がきわめて濃いと口をきわめて批判している。国会での政府見解に沿ったご発言であり、なぜこの程度のごくまっとうなご発言を問題視するのだろうか。よほど悔しかったのだろう、「天皇、皇后両陛下は、なるべく静かになさっていらしていただきたい」とまで言い切っている。皇族は黙っておれといわんばかりである。昔ならばそれこそ不敬罪である(笑)。
 また、本日の朝日新聞朝刊記事によると、4年前の2001年1月、自民党中川代議士と安部官房副長官(いずれも当時)がNHKの特集番組(旧日本軍慰安婦問題)について放送前日に注文をつけていたとのこと。慰安婦問題にさまざまな意見はあろうが、番組の評価は最終的に視聴者が行うものである。ましてNHKは国営放送ではない。中国や北朝鮮が気味悪い理由のひとつに報道を党中央がコントロールしているということがあるが、こういった「事前検閲」をやるということはNHKを朝鮮中央テレビのようにしたいということだろうか。「戦争を知らない政治家」にも困ったものである。b0036803_2225151.jpg
◆【ビデオ】「ペイルライダー」 1985年アメリカ映画
 クリント・イーストウッド監督兼主演のマカロニ調「シェーン」。イーストウッドはなんと牧師兼ガンマンで最後まで謎の存在である。ラスト、悪い奴らが次々と倒されるので、痛快このうえなし。ジョン・ウェイン西部劇と異なり悪漢の倒し方もいろいろ工夫している。007シリーズ“ジョーズ”でおなじみの巨漢リチャード・キールがいつもの「根は善良な悪漢役」で登場しているのもご愛嬌。
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by chaotzu | 2005-01-12 22:16 | 時事
2005年 01月 11日

津波映像はスペクタクル・ショーにあらず

◆近頃はあちこちで街頭募金をみかける。災害支援、交通事故遺児救援、○○さんに移植手術を云々。乱立気味であるから、胡散臭い輩も混じっているかもしれない。そういうことで、大半はパスさせていただいている。ほとんどは真面目に取り組んでいるだろうに申しわけないことだが、もう街頭連呼オンリーの募金活動は見直してもいいのではないだろうか。自分の場合、募金は口座振込みが郵便為替である。最近はインターネットで足を運ばずとも出来るようになった。文字通り“貧者の一灯”であるからして、手軽に出来てそして確実に伝わるのがなによりいちばんだ。
◆ここにきて生々しい津波映像が次々とメディアに流れるようになった。思い出すのは昨年みた映画「デイ・アフター・トゥモロー」のニューヨーク津波シーン。CG駆使の大迫力でその時は感心したが、現実をみてしまった今となれば小ぎれいなつくりものにすぎない。これまではなんとなく潮水の塊りを想像していたところが、現実はごみの濁流であることをまざまざと知ったわけである。立木、車両、動物、家屋の残骸その他もろもろがいっぺんに押し寄せる。おそらく人類が史上初めて目にする光景だろうが、何度も視ているうちに安全圏の茶の間で大スペクタクルショーを眺めているみたいな感覚についおちいってしまう。真に申しわけない次第である。あらためて犠牲者の方々のご冥福と被災者の再建を祈りたい。b0036803_20512547.jpg
◆【DVD】「チョコレート」2001年アメリカ映画
 このところ、DVD中毒になりかけである。ビデオで感じる画像のストレスがほとんどない。大画面TVならば、映画館の雰囲気にだいぶ近づいたのではないか。なにより、分かりづらいところは後で簡単に見直しできるのが有難い。
 本作は、アカデミー賞授与式における主演女優ハル・ベリーの涙のスピーチが印象にあって、タイトルからファンタジーっぽいものを予想していたが、なんのなんのヘヴィーな内容だった。だいいちビリー・ボブ・ソーントンが主演だ。
 これも家族がテーマ、簡単にまとめれば崩壊した2つの家族があって、それぞれの父親と母親がいっしょになって再出発するというはなしである。ただ女が死刑執行囚の妻で黒人、男が死刑執行した白人看守で黒人嫌いの一家育ちという、ふつうちょっとないよなーというかほとんどありえない設定にしているのがみそ(あっそういう意味ではファンタジーか)。
 原題は“モンスターズ・モール”「怪物たちの夜会」とでも訳すのか、邦題の「チョコレート」には賛否あるだろう。人種差別の隠喩もあったのかどうか。しかし、ハル・ベリーなら人種の壁なんてそりゃ誰でもノー・プロブレム間違いなしだ(確信笑)。この役をウーピー・ゴールドバーグが演じたらほめてつかわすといったところ。まあ途中は心配したが、いちおうハッピーに締めたのでよかったよかった。
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by chaotzu | 2005-01-11 21:16 | 時事