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2005年 04月 23日

【映画】 「シャル・ウィ・ダンス?」リチャード・ギアがまたシカゴで弁護士役

◆2004年アメリカ映画。
“封切初日に観てまいりました。そこそこ満席、年輩のかたが圧倒的に多かったよ”
“いま60歳前後のひとの青春時代はダンス・ブームと重なるからね、そりゃ懐かしいでしょ”
“ご存知日本映画のリメイクですが、もとのテイストはよく伝わっているね”
“そうそう、期待以上に愉しく仕上がっていた。登場人物のみんなが見失っていた自分を取り戻すというか、ひと言でいうと安心してみられる映画。リメイクの先入観なしなら、もっといいかも”b0036803_22301566.jpg
“とくに竹中直人と渡辺えり子の役はよく憶えておりました”
“パンチのあるおいしい役は日米共通だね、とくに竹中直人役のかつら演技は抱腹もので今回も大笑いした、あのひと「ターミナル」でも出ていたよ”
“はげのひとをはげしくはげます映画でしたね”
“オイオイ、他意はありませんから、該当のかたご容赦くださいよ”
“オリジナル版の奥さんはちょっと影がうすかったように憶えているけど、このアメリカ版ではその点よく練っているよ。ギアがバラ1輪を手向けるシーンはすごくよかった”
“そうそう奥さんを演じたスーザン・サランドンがよかった、もう大女優の貫禄だね”
“むかしはおつむの弱そうな出目金娘だったけどな、ティム・ロビンスが惚れたわけだ”
“それと探偵役も実にいい味だしてる”
“あの人、ダンス教室に入門するのかな”
“ひとりだけナンパ狙いでダンス教室にきたやつはとうとう報われなかったな”
“ちょっとかわいそうだったよな、おかまに転向したのかな(笑)”
“だけど本家の周防監督、あれから1本も監督してないね。もう9年も経つよ。”
“草刈民代さんをゲットしたけど、それで疲れちゃったんでしょう”
“オイオイ、なかなかお得意の超マイナー・テーマが見当たらないんだろう、本作レベルのアイデアはなかなかないよ”
“ホリエモン事件なんかどうでしょ、タイムリーだし。主役は村上ファンドの社長さんで、これは本木くん、キタオさんが柄本さん、ヒエダさんは伊東四朗さん、そしてホリエモンはうーん、ムズカシイ、が伊集院光ですか”
“………………”
“そして、タイトルは「シャル・ウィ・ファンド!」”
“………………”
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by chaotzu | 2005-04-23 22:35 | 外国映画
2005年 04月 23日

【NHK・BS】 「特別な一日」 ホモとすっぴんカップルの情事が反ファシズムに

◆1977年イタリア=フランス合作映画。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの共演となれば「見らずば死ねるか」(by内藤陳)である。「ひまわり」から7年後の製作であり、ご両人はすでに43歳と53歳。どうも日本ではあまり当たらなかったようで、記憶にない。
 ムッソリーニ治下黒シャツ党が闊歩する時代背景における熟年カップルのラヴ・アフェアであるが、強烈な反戦映画でもある。
b0036803_921697.jpg◆冒頭から1938年独伊協定締結の実写ニュース、そしてナチス鉤十字のクローズ・アップ。イタリア人にとって忘れさりたいであろうファシズム賛美の映像をドカンともってくる、まだナチスの旗を嬉々としてふったひとが相当生きているというのにこのいやみ(笑)。日本ならば満州国建国あるいは紀元2600年なんかの翼賛奉祝行事を正面からとりあげるようなものであるが、誰もみたくないのだろう、そのような映画の記憶はない。
 ローマの街はヒトラーがやって来たというので、お祭り騒ぎの「特別な一日」であるが、子育てにおわれる主婦のローレンは疲れきっている。母親は3人必要と呟く、ひとりが洗濯、ひとりが炊事、そして3人目が一眠りとひとり言。黒シャツ亭主との仲も冷え切っている。なんといってもすっぴん演技である。目のまわりのしわがすごい、だけどその勇気はもっとすごい。なんといっても夫のカルロ・ポンティ製作である。すっぴんがどうしたてなもんだ。
 いっぽうのマストロヤンニ、なんとホモでファシストからにらまれる役である。石田純一が同性愛者を演じるようなものであるが、このひとがやるとへんにみえない。
 まあ、そんなふたりの「特別な一日」でもある。静謐なラストはとりわけ秀逸。
◆そりゃそうと、郷ひろみが離婚したとのこと、いや再婚していたことすら知りませんでした。申しわけなしと思わずペコリ。しかし、50近くになっても、まだ「ヒロミ・ゴー」を演じつづけているんだなあ。
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by chaotzu | 2005-04-23 09:04 | 外国映画
2005年 04月 22日

愛ちゃん頼みの日中打開、外務省チャイナスクールはいったいなにしとる

◆戦争中に中国大陸で生まれ、その後日本に引き揚げたひとがたくさんいる。中国の記憶はほとんどないが、戸籍には中国・天津とか青島で出生とか記載されているので、いちどは誕生地を訪れてみたいと念じている。昭和18、19年生まれだといま60歳を過ぎたところであり、会社人生も卒業したところだ。だから、こんどの連休期間中に家族同行の中国旅行を手配していたひともいる。
 その矢先の中国騒乱である。もともとは中国にシンパシーを感じていたひとであるから、テレビの画面から受けたショックは大きい。さあどうしょうか、人生のメモリアルでありなんとか訪ねてみたいが、家族はみんな懸念している。5月4日の「抗日記念日」もツアー日程に入っている。いまのところ、キャンセル料がはねあがる3日前ぐらいまで様子見しておこうかというところである。行くとしても、安物の定食コースみたいな味気ないツアーを覚悟せねばなるまい。
 この他、ふつうの観光ツアーで中国旅行を予約したひとも、いまは思案投げ首だ。キャンセル料とられるのはしゃくだし、さてどうする。台湾にしとけばよかった(泣)。
◆今回の騒動、中国民衆の「反日」が取り沙汰されているが、それは前からもあったことで突然発生したわけではない。なんせ13億人だ、なかには突出するひともいるだろう。ただ、やっぱり紅衛兵の時分とたいして変わっちゃいないねと残念な気持ちはある。
それより日本人の「嫌中」意識がこれまでなかったぐらい高まっている。そっちのほうがむしろ心配である。年配層に若干なりあった戦中の贖罪意識が剥落してしまい、辟易どころか警戒心が沸騰している。日本人の中国旅行はこれからもっと落ち込むのではないか、行き来が減る分、相互理解の機会も失われる。悪循環になりはしないか、ちょっと悲観的である。
◆中国政府のアナウンスも報道されるかぎりお粗末である。“反省すべきは日本のほう”とか云っていいのか、開き直り、居直りとしか聞こえない。“目にしたくない光景”なんてまるで他人事である。日本人がおなじ答弁をしたらたいへんだろう。多くの日本人の感情を逆撫でしたようなものだ。もうちょっと別の云い回しがあったのではないのか。
b0036803_23404280.jpg◆ そんななか、上海の世界選手権に出場予定の卓球、福原愛ちゃん、中国の反日感情に対して「そのような(関係修復の)役目が出来たらうれしいけど…。何でケンカしちゃってんのかなという感じで見ていた。早く仲良くなったらいいなと思う。ケンカをしたら、いつかは仲良くなる。たぶん大丈夫だと思う」と、しっかりした受け答え。
 もしかすると、愛ちゃんのほうがコイズミさんよりよほど有用かもしれない。中国語も堪能だそうな。
しかし、まだ16歳の女の子に余計な負荷をかけていると思えば、真に申しわけなしである。
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by chaotzu | 2005-04-22 23:46 | 時事
2005年 04月 22日

ブログ・ストーカーって、いったい

◆週刊文春今週号にて「ブログ・ストーカ」見開き2ページの小記事。
 うっかりご近所の写真なんかのせると、それを手がかりに自宅まで突き止める輩がいるそうな。そして、自宅の写真を送りつける。
パズルを解く愉しみに似たところがある由だが、その熱心さの一部でも別のもっと建設的な分野に注力できないものかと思ってしまう。
もちろん、若い女性ブロガーが対象であって、おじさんブロガーをつけまわすような物好きはいないんだけど。
 だけど、これってホームページの開設でも、よく云われた注意じゃないのか。別に目新しいことではない。すでに有名な人あるいは有名志向のあるひと以外は、自分の属性を軽々にさらすべきじゃないだろう。
◆とくに最近は、ブログの「2チャンネル化」現象もある。一部のブログでは攻撃的なコメントを書き込みするひともみられる。いや議論はいいんだろうが、表現の仕方をもうちょっと練ったらと思わずにいられないコメントに出くわすのだ。匿名をいいことにして、未熟な感情をまき散らすのはみっともないことである。たとえば中国関係の記事なんかみていると、「反中」意識の高いひとが、やけに居丈高なコメントをしている。皮肉なことに、中国の血気盛んな「愛国無罪運動家」と重なってしまうのだ。「議論」に逆切れするひとも出てくるかもしれんと心配である。 だいいち自分の鬱憤ばらしのためのブログであるのに、それでストレスを抱えるなんてごめんである。ブログはのんびりひっそりやるにかぎるよ。
 そのうち「ブロガー殺人事件」なんて書くひとが出てくるかもしれない。倒叙形式で、日記の断片や投稿写真をてがかりに執念深く身元を追及していく……てっきり妙齢の女性だと思っていたら、野暮ったいおっさんだったので逆切れしてしまい(以下略)。
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by chaotzu | 2005-04-22 22:54
2005年 04月 21日

レ・“ミセリ”ブル 読売巨人これまでの「採用ミス」

◆とんとテレビの野球実況をみなくなった。いまや巨人戦のTV視聴率がガタ落ちと聞いても“あ、そう”である。趣味娯楽も多様化しており、昔の視聴率などもはや望めない、加えて積年の経営ミスによる自業自得部分もある。10%もあれば上出来だろう。
清原の500号本塁打で無理矢理盛り上げようとしているが、ヤクルト古田の大学社会人経由でおまけに捕手をやって2000本安打のほうがはるかに価値がある。
 そんななかで、ダン・ミセリ投手解雇のとほほニュース、日本の野球を甘くみていたどころか、はじめからやる気全然なかったんじゃないか。なかには引退ついでの「退職金稼ぎ」で来日したのではないかというはなしもある。いかりや長介ではないが、ほんとに「だめだこりゃ」。
◆以下は90年以降の巨人軍外人助っ人のうち1年限りでバイバイした選手である。ただし年俸1億円以上でピックアップしており、それ以下ならば星の数はおおげさだが、かなりいるはず(年俸はすべてマスコミ推定)。
 1991年 フィル・ブラッドリー(外野手) 19500万円
 1993年 ジェシー・バーフィールド(外野手) 18125万円
 1994年 ダン・グラッデン(外野手) 16500万円
 1995年 ジャック・ハウエル(内野手) 15000万円
 1996年 ジェフ・マント(内野手) 15000万円
 1998年 マリアノ・ダンカン(内野手) 14300万円
 2002年 ジョン・ワズディン(投手) 15000万円
 2002年 フェリペ・クレスポ(内野手) 10000万円
 2003年 ロドニー・ペドラザ(投手) 10000万円
 これ以外の2年在籍選手のなかでも、かの“肩に小錦”ヒルマン(97-98 25000万円)や韓国からきたチョン・ミンテ(01-02 12000万円)などのさっぱり不稼動選手もいる。昨年退団のペタジーニ(03-04)、そこそこ打ちはしたが、なんと年俸72000万円である。それがアメリカに戻れば3Aだ。極めつけは、前記のダン・ミセリだろう。1年どころか、1月ももたなかった。開幕3週間の記録的最速解雇、それでも5250万円ゲットしたらしい。1球毎に68万円、ワンアウトで656万円になる(怒)。
 90年以降に巨人に入団した外国人選手は40人ほどいるが、そのなかで合格点がつけられるのはシェーン・マック外野手とダリル・メイ投手のふたりぐらいだろう。それも甘くみてである。チョ・ソンミン投手はオールスターで壊れてしまったし、ガルベスは素行が悪すぎ、ペタジーニは金を払いすぎである。いわば外人獲得の成功率は5%あるかないかだ。これは狙っても難しい。デタラメに獲ってもこれ以上あるのではないか。
 つまるところ、外人選手のスカウト、巨人に関しては無残な失敗続きで、まさに死屍累々である。チーム成績だけなら、いっそ昔の純血主義のほうがよかったかもしれない。巨人ファンはみんなカリカリだろう。読売グループ全体としても経営の根幹事項であるのに、なぜ、これほどへたくそなのか。サル以下の学習能力なのか。
◆フロントと現場の両方に問題があることは間違いない。
 読売記者あがりのフロント幹部は、社内の政治力学で出世したような連中ばかりだから、目線は常に読売の上層部(ナベツネ)に向いている。腰をすえて人脈やパイプづくりに励むでもなく選手情報の収集も緩慢である。結局はお金に頼るしかない。だから、メジャー歴だけ鵜呑みにしたり、あるいは故障もちをつかまされたりする。予算を漫然と消化する役所とどこか似ている。チーム内の飼い殺し必至の補強でも平気である。2001年の韓国人投手3人や最近のペタジーニ、ローズ、キャプラーの加入なんかはその典型だ。何もしないよりは動きまわっているほうが、本社の見映えがいいと思っているのだろうか。現実は生え抜き選手の成長を阻害しており、それが視聴率にはね返っている。
 いっぽう、目先勝利主義の現場は辛抱して育成する根気に乏しいうえ、守備適性にも無頓着である。いきおい毎年とっかえひっかえになってしまうが、99年途中入団のエルマー・デセンス投手の如く、二軍で大半を過ごした投手が翌年メジャー11勝するような「逆出世」も出てくる。だから良心的な代理人等信頼できる人脈がいつまでたっても出来ず、金目当ての売り込みだけが近寄ってくる。それどころか、飼い殺しがたたって、韓国や台湾の球界とはすっかり疎遠である。
b0036803_2150583.jpg◆ミセリ投手との契約では、二軍落ちに本人の同意条項があったらしい。それを現場が知らなかったというはなしもある。足元をみられて不利な契約をしたうえに、開幕ダッシュ失敗の元凶にもなっているのだから、契約担当者は責任をとるべきだろう。しかし、これまで数々の補強失敗があっても、フロントの誰かが責任をとったというはなしを聞いたことがない。
 昨年の「一場問題」では、オーナーに加えてフロントの3首脳もそろって役員を退任した。しかし、ナベツネ氏は「前オーナー」としてなお君臨しているし、フロントのひとり(平取・副代表)は執行役員に横滑りし、前社長と前常務・代表も読売グルーフのどこかで抱え込んでいるはずだ。べらべら喋られたら困る事情があるのだろうが、さてこんどの「採用ミス」、誰がどんな責任をとるのか。
 なんべんも云うが、親会社との人事を遮断しないかぎり、いつまでたっても 「だめだこりゃ」
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by chaotzu | 2005-04-21 21:53 | 野球
2005年 04月 21日

都島のポイ投げばあさんに地下鉄突き落とし37歳男

◆奈良平群町の爆音ラッパーオバさんにつづいて、こんどは大阪が熱い。
・都島区の高層マンション27階のベランダから籐製の植木鉢台を放り投げた78歳ばあさんを殺人未遂容疑で警察が逮捕、昨年の9月ころから、むしゃくしゃして生ごみなど度々放り投げていたらしい。
・中央区の地下鉄日本橋駅ホームでお年寄りを線路に突き落として逃げた37歳独身男が父親の付き添いで自首、被害者は頭蓋骨骨折の重傷であるが、電車が接近していたら轢かれていただろう。こちらも殺人未遂容疑の逮捕である。b0036803_21431413.jpg
◆ふだんの日常生活のなかに、殺人未遂というおそろしい行為が何気なく侵入してくる。ごく普通にみえた人が突然激情し、あげく容疑者になる。こんなんでは怖くておちおち外を歩けなくなるよ。
 それだけの元気があったんだから、まだ恵まれていると思わないのかい(怒)。
それにしても父親同行で自首とはね、なんか脱力してしまう。
 もう嫌になるよ。
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by chaotzu | 2005-04-21 21:48 | 時事
2005年 04月 20日

【NHKBS】 「屋根」 デシーカ監督に乾杯!

◆1956年イタリア映画、連日のビットリオ・デシーカ監督作品であり、NHKも喜ばせてくれる。
本作品。あまり知られていないが、なかなかの佳作でありました。
復興が進みつあるローマ、あちこちで団地が建設されている。それでも地方からどんどんひとが流入してくるので、住宅事情はかなりひっ迫している。
 結婚したばかりの主人公夫婦、義兄の借りる小さな家に身をよせている。両親も入れてなんと9人、新婚さん2人だけの部屋はない。なんやかやで気まずくなって、義兄と口論の勢いあまって大八車(なんと懐かしい)に荷物を積んでとび出してしまう。さあ、なんとかしてふたりの家を確保しなくちゃというおはなしである。一昔前の日本とほとんど同じ。とにかく戸数が不足していて住宅は質より量の時代である。
◆日本の場合は、「文化住宅」なる安普請のアパートが大量に建てられたが、イタリアはちがう。お国柄というか、無断で建築してしまうのだ(笑)。屋根まで仕上げればいちおう「家」として法律で保護されるらしい。そこで、監視の警官の目をかすめて、ひと晩でレンガ積みの小屋を建ててしまおうというわけ、タイムリミットは朝の8時、けんかした義兄も応援に駆けつけてくる。ちょっとしたサスペンス仕掛けである。
ラストをハート・ウォーミングにしめているゆえ、人情喜劇ものにとられるかもしれないが、実際はシリアス・ドラマのつくりである。あるいは、もっとコメディに徹しておれば、古臭さは緩和されたかもしれない。
 それにしても、水道とか電気はどうするんだろう、後で考えるんだろうか。そこのところは、いかにもラテン気質である。ローマ・オリンピックが開催されたのは、この映画からわずか4年後のことであるから、なんとかなったのだろう。
 ことの良し悪しは別として、イタリア人には、役所をあてにせず(というかあてにならないのだろうが)、なんでも市民の相互扶助でのりきってしまうところがあるようだ。マフィアの下地でもあるが、かつて破産寸前国家と揶揄されていたのが、どうしてどうしてどこ吹く風で生活を謳歌している。
◆それにしても、アメリカ映画よりもヨーロッパ映画のほうが好きなんだなとつくづく思う。とくにイタリア映画には親近感がある。西部劇も本場ものよりマカロニウエスタンが先だし、洋画で最初の記憶は「世界残酷物語」だ(笑)。「黄金の七人」もよかったなあ。
 
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by chaotzu | 2005-04-20 22:21 | 外国映画
2005年 04月 19日

酒井俊「満月の夕」 ヤサホーヤ 解き放て

◆阪神大震災の被災者にあてたレクイエム・ソングである。10年経ったいますっかり定着した。
ちとクサイ表現をすれば、人間が太古からもつ情念あるいは自然と対峙する原始の生命力をかぎりなく意識させられる歌である。
 元々はソウル・フラワー・ユニオンが作った歌。同バンド、自分的には、ロック、ブルース、民謡、そしてちんどんやが融合したようななんとも不思議なバンドである。震災後、「ソウル・フラワー・モノノケ・サミット」として、被災地各所でライヴ活動を続けたことでも著名。
◆標題の唄、ソウル・フラワー・ユニオンのオリジナルもいいが、マイ・ラスト・ソングとしては、ジャズ歌手の酒井俊(女性というかもうおばちゃんである)によるものを採りあげたい。
 人の魂を揺さぶる歌声というと、大げさかもしれないが、それに値する迫力はあると思う。たまたまテレビでみて、翌日すぐさまCDショップに買いにいったほどだ。b0036803_2230135.jpg
 
 ジャズ歌手としたが、持ち歌はボーダーレスであり、正確には元ジャズ歌手かもしれない。アルバム「夢の名前」は全11曲のうち、捨て曲がないというか、どれもすばらしい。「満月の夕」のほかでは、「ヨイトマケの唄」かおすすめ。また、トム・ウェイツのカヴァー曲もグッド。
 ♪ヤサホーヤ うたがきこえる 眠らずに朝まで踊る
  ヤサホーヤ 焚き火を囲む 吐く息の白さが踊る
  解き放て いのちで笑え 満月の夕
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by chaotzu | 2005-04-19 22:38 | 音楽
2005年 04月 19日

【ビデオ】 「ミラノの奇蹟」 我らは明日も生きていく

◆1950年イタリア映画、NHK・BSで昨日放送されたその録画、白黒である。ずいぶん前に小説家の井上ひさし(この人も相当な映画狂)が絶賛していたような記憶があり、ずっとみたいと思っていた、やっと念願成就。
 レンタル店にハリウッドの駄作はいっばいあるが、こういうヨーロッパの過去の名作はあまり置いていない。ギリシアのアンゲロブロスなんかはほとんどみたことなしである(苦笑)。
◆「自転車泥棒」のビットリオ・デシーカ監督が贈るファンタジー(寓話)。キャベツ畑に捨てられた孤児が成長、善人トトとなり貧しき人々を助け励ましそして導く。b0036803_22224472.jpg
 いまやブランド工業都市のミラノが舞台であるが、敗戦国イタリアの戦後の荒廃、民衆の貧乏ぶりにはすさまじいものがあり、同時期のまばゆいばかりのアメリカ映画とは対照的である。もはや死語であろう「ルンペン集落」のありさまは、戦後の黒澤明映画とも通じるものがある。また、金持ち列車が通り過ぎる場面があるが、イタリアにおける共産党(現在は左翼民主党)の歴史的な強さ、その背景の一端をうかがわせる。
◆一条の太陽光がさしこむ下、貧しき民衆が集まり、寒さよけで足踏みする印象的なシーン、冬の寒い朝、小学校の校庭でおしくらまんじゅうをしたことを思い出す。日本人とイタリア人の感性はどこかで似たものがあるのだろうか。
 特撮もチープでちゃち、ネタも甘っちょろい、なにより古くさいとみられるかもしれない。たしかにラスト、ドゥオモ大聖堂前から、みんなが箒にまたがって空を飛ぶところなんかはオイオイと思ってしまいそうだが、こんな時代だからこそ、全編を貫く人間賛歌には心揺さぶられるものがある。デシーカ監督らしい辛口味もあちこちにまぶしている。
 日本公開は1952年(昭和27年)であるが、当時の日本人には生きる勇気と希望をかなり与えたのではないか。
とにかく生きているうちにみられてよかった。

 ♪生きていくには眠る小屋があればいい
  生きて死ぬには少しの土地があればよい
  欲しいのは靴と靴下と少しのパン
  我らは明日もそう信じて生きていく
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by chaotzu | 2005-04-19 22:26 | 外国映画
2005年 04月 18日

と゜うする?アイフル! アイフルどうする!

◆サラ金大手のアイフル、かぶりものの猫が落ちかけている。いやこの会社の場合は「犬をかぶっていた」というほうがいいかもしれない。
 以前から強引な取り立てなどえげつなさでは「東の武富士、西のアイフル」といわれるほどであった。これまでもっぱら武富士が叩かれたことや、テレビCMのほんわかタッチでカムフラージュしていたが、いつまでもごまかしがきくものではない。
 武富士が盗聴事件等の自己失で落ち目のいま、業界トップをうかがう勢いのアイフル、それにしても儲けている。1年前の決算における経常利益は1124億円、当期利益は625億円である。福田吉孝社長は高額所得番付の常連であり、いまや世界級の富豪視をされている。b0036803_21231541.jpg
 その背景には強引な営業姿勢がある。朝日新聞の記事によると、「お前らなんてつぶすのなんともねえ」「金融監督庁でも野球の監督でもつれてこい」「破産を撤回する文書を出せ」ともう目茶苦茶なことを云っている。記事が事実としたら貸金業法に違反している。そして、こんな会社が日本では一部上場企業である。
◆京都の貸金業者(そういえば商工ローンで悪名を馳せた“腎臓売れの”日栄~現在はロプロも京都である)をここまで肥大させたのは、チワワを使った例のテレビCMの影響が大きい。
実像とはうらはらの好感度イメージをばらまいて、消費者を錯覚させた。もともと金貸し業は、ほのぼの商売ではなく相当にシビアーな商売であって、堂々とお茶の間に売り込むようなビジネスではない。テレビ局は誤ったイメージ操作に荷担しているわけで、その咎は大きい。
 もう十分儲けたんだからいいかげんにCMの垂れ流しをやめたらどうだろう。
◆しかし、地方のテレビ局となると、サラ金どころか、パチンコ、パチスロのCMも堂々と流している。創価学会もそうだ。そのうちなんでもありになるのだろうか。金貸しにギャンブル、そして創価学会とCMが流れたら立派な三題噺になる。とても洒落にならないけど。
◆別のはなし
 昨日の日中外相会談、中国新華社は「町村外相は日本が中国を侵略した歴史について、改めて深刻な反省とおわびを表明」の記事発信。それにしても、ここまでやるかのプロパガンダである。中華民族の恥辱というか、まことに痛々しい。あるいは、中共権力の内部で暗闘があるのかもしれない。だとしたら、かなり追いつめられている。
日本人はくれぐれも馬鹿げた行動をしないことだ。だけど、やる奴がいるだろうな。残念ながら利用される側の人間はどこの国にでもいる。
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by chaotzu | 2005-04-18 21:37 | 時事