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2005年 05月 18日

【ビデオ】 「カタクリ家の幸福」 ホラー・コメディ?、ホラー・ミュージカル?

◆かつて、沢田研二=ジュリーは大スターだった。「勝手にしやがれ」「時の過ぎゆくままに」
「TOKIO」……、紅白のド派手衣装もすごかった。耳に剃刀の刃をぶらさげたり、電飾付きパラシュート。なにをやってもさまになるという、まさに「太陽を盗んだ男」。
ああ、それがなんでこんな映画にまで出るんだろう(泣)。よりによってカタクリさんだ。
b0036803_22165532.jpg◆2001年日本映画、三池崇史監督作品ははじめてである。いちおうミュージカルらしいが、ホラー、コメディ、アニメまでぶっこんだなにがなんだか分からないちゃんこ鍋映画。
ジュリーは百貨店の靴売り場をリストラされ、一念発起したペンション・オーナーだが、ペンションの名前からして「白い恋人たち」で、客は来そうもない(笑)。
そもそも、この人にスラップ・スティック・コメデイは似合わないのではないか。
 ところどころ、笑えるギャグはあるが、もうひとつ乗り切れない。あれもこれも詰め込みすぎなのだろう。見どころはジュリーと松坂慶子のツーショット・カラオケ風映像ぐらいか。松坂慶子はやっぱり美人だなあ、それだけに「卓球温泉」あたりまではギリギリ許せるが、この映画はなあ。真知子巻きスカーフ&パジャマ姿で唄っているよ(泣)。
がまんして最後までみたが、虚しさがビュービュー吹き抜けます。
 くどいようだが、沢田研二や松坂慶子をこんな役でつかってはいかん(怒)。
◆それでも笑わせてくれるのは、忌野清四郎のペテン師。エリザベス女王の甥っ子で秘密諜報部員だそうで、もう天然のいかがわしさぶり。そして、霊界おじさん丹波哲郎の怪演、奇声発して飛ぶカラスを撃墜するわ、唄まであるわの大奮闘。格好よかった昔のイメージはもう台無しである(泣)。
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by chaotzu | 2005-05-18 22:24 | 日本映画
2005年 05月 17日

もういいでしょう、在日容疑者の通称名報道

◆札幌の「監禁王子」の次は奈良で監禁露天商。女子高生の手錠監禁で逮捕された鄭隆之(29歳)容疑者だが、朝日新聞だけが通称名の川本のみで報道している。
同紙は以前、京都府八幡市「聖神中央教会事件」のロリコン変態牧師、金保容疑者(61歳)も通称の永田名で報道している。b0036803_2232766.jpg
他紙もテレビ局もすべて本名で報道しているのに、なぜ朝日だけわが道をいくのだろう。
独自路線を貫くのもいいが、この件については如何。事実を淡々と報道すれば足りるのではないだろうか(もちろん警察発表を鵜呑みにするということではない、為念)。
◆おそらく、在日外国人差別の助長になりはしないか懸念しているのだろう。いやほとんどそうだろう。しかし、その感覚はもう旧いとしか思えない。それどころか、独りよがりの恩恵意識までちらついて鼻につくのだ。そっとしておきたい、寝ている子を起したくないという問題スルー意識では、いつまでたっても問題の根っこを隠微なかたちで温存するだけである。よけいにたちが悪くなりはしないか。どこか同和問題と似ていなくもない。
◆自分のみる範囲ではあるが、在日の人の本名使用はかなり普及している。地域の病院の窓口、あるいはスーパーやコンビニのレジなどあちこちでみかけるようになった。それで特段の違和感があるわけでないし、地域における日常的な交流があって、徐徐にでも相互理解が進んでいくはずである。この他、便宜上で通称名と併用している場合もあるし、昔のような通称名オンリーはずいぶん少なくなっている(なかには帰化している人もいるだろう)。とにかくかつてのことを思えば隔日の感がある。
そのような在日のひとの本名使用意識が高まるいっぽうで、犯罪容疑者について依然通称名にこだわるのは、いったいなんのためだろうか。
もしかして、もともと気の毒な生い立ちの人だから、警察に捕まったとき国籍までさらすのはやめとこうという考えがあるのだろうか。そうだとしたら、かえって侮蔑していることにならないのか。
◆もとより、朝日新聞を叩くつもりはない。長年の愛読者である。クォリティ・ペーパーを目指しているならば、主観の混入したフィルター付報道は極力やめてほしいということだ。
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by chaotzu | 2005-05-17 22:56 | 時事
2005年 05月 17日

【ビデオ】 「麻雀放浪記」 ドサ健とまゆみの熱愛物語

◆1984年日本映画(白黒)、むかし観た記憶があるが、そのときの印象はなんちゅう暗い映画。
20年後に見直したら、こりゃすごいやで、たちまち人生のフェイバリットに昇格だ(笑)。
かつて目茶苦茶モーレツに働いたこともあったが、いまや口先だけの落伍兵に成り果てている。この映画の登場人物は見事なほど世間の役立たずばかりだ。きっとそこに共鳴したのだろう。b0036803_21344739.jpg
◆ドサ健、上州虎、出目徳、女衒の達、そろいもそろってばくち常習者どころか、世間常識に照らせば性格破綻者である。いま風にいえば適応障害か。戦後の混乱期であるとはいえ、「お国の再建のため頑張ろう」なんて気持ちはさらさらない。まして「GHQ出ていけ」や「デモにいこう」なんかは慮外のはてだ。だいたいまともに働こうなんて気持ちははなから微塵もない。ヒロポン打ってまで麻雀する。虚無の極限。
努力といえるのはバクチの腕をみがくことだけだ。時間があればインチキ・プレー(積み込み)の練習に余念がない。いっそ清清しいというか(笑)。
◆この映画の軸はもうひとつあって、実質の主人公であるドサ健(鹿賀丈史)とまゆみ(大竹しのぶ)の物語である。天涯孤独のまゆみは泥沼に咲いた百合の花みたいな女で、どこまでもドサ健についていく。父親の遺した家作の権利証まで健がバクチのカタに費ってしまう。あげくまゆみ本人が借金の質草にまでされてしまう。
 それでもついていく 「だって、あたし健さんにたったひとつ残った持ち物じゃないの」
もう泣けてきますわ。
◆決めゼリフのオン・パレード、和田誠は脚本も冴えている。
 「俺たちゃこれで生きてるんだ。死ぬまでやるのさ。負けるってのは、つまり死ぬときのことなんだ。」
 「手前っちは家つき食つき保険つきの一生を人生だと思っていやがるんだろう」
 鹿賀丈史、とても四季出身にみえぬダボシャツ&腹巻ファションであるが、狂気じみた役柄のほうが絶対似合っている。ごたいそうな料理番組と引き換えに代表作を逸したような気がせぬでもない。
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by chaotzu | 2005-05-17 21:47 | 日本映画
2005年 05月 15日

【ミュージカル】 「マンマ・ミーア」 ダンシング・オバサンに脱帽

◆むかし、ロックが若者の音楽といわれた時代があった。ところがそれは早とちりであって、いまやロックは50代の音楽でもある。フォークに至っては60代ご愛用だ。つまるところ、年代進行とともに持ち上がるだけである。
 劇団四季のミュージカル「マンマ・ミーア」をみて、それを実感した。おばちゃんトリオのアバ・メドレーに、同年輩のおじさんおばさんたちがみんなが総立ちだ。
◆四季のミュージカル見物ははじめてである。チケットは昨年末に購入したが、休日のマチネにこだわったので、だいぶ先の日程になってしまった。お金はかかるが、先々の「ボーナス・ステージ」も設定しておかねばならない。ところが、当日に至って体調がいまひとつである。チケットをパーにしたくない一心でなんとか、大阪駅前ハービスエント内の四季劇場にたどりつく。駅から近いことに助かった。それでも、ラストのスタンディング・オペレーションに疲れまくる(苦笑)。何度も続くが、ひとりだけ座り込んでいるわけにもいかない。早く手仕舞いしましょうよと脳内で念じること(汗)。b0036803_2211398.jpg
◆いまさら説明の必要もない、ロンドン・ミュージカルのヒット作である。1970年代を席捲したスウェーデンのグループ、ABBAのメドレーがてんこもり。ストーリーそのものは結婚式をひかえた娘の面前に父親らしき男が3人出現と、はっきり云って角座の松竹新喜劇でよくあるような人情ばなし。要するに松竹新喜劇+ロック+ダンス+ひかりもの衣装。これで受けないとおかしい。最後は父親トリオまでゴレンジャーみたいな衣装で登場、とにかくケバくて突き抜けている。そりゃそうだ、いっとき浮世を忘れるための芝居見物である。
◆それにしても主役の久野綾希子、もうすぐ55歳だそうだが若くみえるなあ。青山弥生や森以鶴美とのおばちゃんトリオ、実際はおばあさんであってもおかしくない年代だろうか(汗)。それが若い衆をバックに従えて唄い踊る。最後の客席からの熱烈カーテン・コールが滋養剤になっているのだろうか、役者商売の醍醐味なんだろうな。
 違和感があったのは、父親役の男性出演陣、どうみてもおばちゃんトリオに貫禄負けしている。実際の年齢が反映したのかどうか、あまり父親風にみえないのだ。それと生オケがない、これで
11,550円は高すぎるよ。
それでも2時間半ちょっとまあまあ愉しめます。アバの名曲の力もあるだろう。ちょっと疲れましたが。
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by chaotzu | 2005-05-15 23:59 | 映画周辺
2005年 05月 15日

イラク人質~あのパッシングはなんだったのか

◆カンヌ映画祭に出品の日本映画「パッシング」、1年ちょっと前のイラク人質事件高遠さんをモデルにした映画らしい。
実際のパッシングもものすごかった。解放されて新千歳空港に帰還したときまで低劣なプラカードで出迎える輩がいたのに呆れた記憶がある。
たしかに彼女の弟妹の無思慮な態度にはすこぶる違和感があった。しかし、それは本人の与り知らぬことである。何も喋っていない高遠さんにまで波及したのは実に気の毒なことだった。
あのとき、政府与党の首脳が先導した「自己責任論」でポコポコ叩かれ、一部のマスコミもそれに追従したが、以前から取り組んでいる外地のボランティア行為がはたして、日本人全体の利益を著しく損なう行為だったのか。まして、解放されたのは、当のボランティア活動が評価されたゆえであり、政府の救出支援はなんの手助けにもなっていない。文字通り自助努力で助かったのにである。
b0036803_22571042.jpg◆1年たって、民間軍事会社員で元傭兵の斎藤さんが反米武装勢力に拘束された。今度はフランス外人部隊所属歴21年の元軍人で、イラク入国も米軍からの受託仕事である。まさに危険と隣りあわせの職業であって、冷徹にとらえれば自己責任がピタリあてはまる。外務省もイラク全土について「いかなる目的であれ渡航は延期されたい」旨の危険情報を依然発出している。
だけど、高遠さん批判のときの如き「自己責任」論はぴたりと聞こえない。
 斎藤氏を悪く云うつもりは毛頭ない。結局1年前の政府与党の態度は「法の下の平等」を踏みにじっていたのではないかということである。政治家が自らの政治的保身のために、日本国民を差別扱いした、いみじくも斎藤氏の件でそれが露呈したのではないかということである。
そして1年前に自己責任をさんざんぶった一部マスコミ、今度はなぜ云わないのだろうか。もとよりそういうことを云うべきではなかったのだ。
◆なお、現下の状況に照らして不謹慎な物言いかもしれぬが、斎藤氏について「いまどきこんなすごい日本人がいたのか」と思うことしきりである。フランスの外人傭兵部隊に所属する日本人は他にもいようが、21年間の傭兵歴というのがすごい。余人には想像もつかない人生を全力で駆け抜けているようで、なにやらうらやましく思えぬこともない。
 重傷の様子で安否が気遣われているが、なんとか生きのびていてほしいものと願っている。
ご家族の気持ちも察してあまりある。
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by chaotzu | 2005-05-15 23:02 | 時事
2005年 05月 15日

お金が大事だよ~がん患者の本音

◆某医療保険のテレビCM、♪お金が大事だよ~みもふたもない下品な即物コピーではあるが、実際そういう面は大いにある。体調のことを訊かれることはあっても、ふところ具合を問われることはないが、たいていの病人にしてみれば重大関心事ではないだろうか。お金があれば、悩みの相当部分は払拭される、少なくとも自分はそうだ。もちろんそれが全てではないにせよ。
b0036803_18540100.jpg◆自分のことしか知らないが(あたり前か)、とにかく毎月の医療費がばかにならない。病院の外来に行くだけで2〰3万円はかかってしまう。ジゴージトクであるにせよ、コイズミさんがやってくれた自己負担3割がうらめしくもある。
ここ数年間、医療費控除はずっと上限の200万円を超えている。ということは月平均にして17万円は突破しているわけで、思わずうひょーである。よくこれだけ出せるもんだなと思うが、要するに過去の蓄積を食いつぶしているだけだ。それだけに、生活費全般を切り詰めねばならないが、妙なことに病気で世間が狭くなった分、交際費がうんと減ったことでずいぶんと助かっている。自分の酒代もほとんどなくなったし(?)、こどもの教育費負担もだいぶ減った。まあ、あれやこれやで辻褄をあわせている。
 だからいまは、まだ恵まれているほうだろう。それでも、先行き危険水域が近づけば、抜本的見直しというか、治療リストラは避けられない。もうチキン・ゲームみたいなものである(笑)。
◆本日の朝日朝刊の特集記事、現状ペースで毎年医療費が増加するとして公的負担をGDPの伸び範囲に抑えた場合、20年後の窓口負担割合を試算している。結果は70代後半で4割(現在は1割)、現役世代で6割(現在は3割)になるとのこと。とくに70代後半の夫婦は毎月10万円近くの負担になり、年金収入の4割が医者代で消えてしまう。もちろん、あくまで仮定の計算であって、それにやきもきしても仕方がないのだが、消費税も上がるだろうし、自分なんかはとてもやっていけない。もっとも、20年後まで生きていればの心配である。
 いまのすう勢をみるかぎり、どんどんアメリカ式に近づいているようである。お金がそこそこあれば自前の保険(それも外資だ)に加入して防衛する、あるいは外国まで医薬品買出しツアーに出かける。それが出来なければ、何もしないでもう観念するしかない。
◆お金の心配は医者代だけではない。自分が消え去ったとしても、家族になにがしかのお金を残しておきたいと念じている。借金だけ残しましたではそれこそやりきれない。
そういう観点でみれば生命保険がいちばんの頼りになるが、これが終身ではなく定期養老保険なのである。もう今さら入れないし、60歳過ぎたらアウトだ。だから、まだまだ先のことなのに、60歳まで生きのびたらどうしようなんて、実に変なことまで思案する。心配もここまでくれば、倒錯の極みである(苦笑)。
 ♪お金は大事だよ〰、もう十分分かってます。当面の対策として毎週せっせとロト6を買っている、1回5口で千円。ところが、これまでかすりもしないというか、はっきり云ってさんざん食いものにされている(泣)。それでもなかなかやめられない。やめた途端にどかんと大当たりしそうで心配なのである。
 それやこれやで、筋違い角ながら、青森だか札幌の24歳「監禁王子」クンの件、はっきり云ってむかついている。月40~50万円の仕送りで「調教ゲーム」三昧だって、いい加減にせえ、去勢しろとまで思ってしまう(汗)。
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by chaotzu | 2005-05-15 18:58 | 病気
2005年 05月 14日

【DVD】「グッバイ、レーニン」 東西ドイツ統一の光と影

◆2003年製作、ドイツの映画となるとあまり記憶にない。封切時から前評判が高く、かねて観たかった映画である。
 1989年11月のベルリンの壁崩壊、群衆の歓呼が沸きかえるブランデンブルグ門の映像を衛星中継で目の当たりにして、かなりハイな気分になった。日本人でさえそうだから、当事者たるドイツ人は東西問わずもっと高揚したはずである。だけど、その幸せムードもあまり長続きしない。b0036803_23182671.jpg
 主人公の東ベルリン青年、壁崩壊前はデモに参加するような非共産青年であったが、東西統一をひかえて急速に浸透する資本主義に馴染めぬものを感じる一方である。人をかりたてる競争主義、そして物質万能主義、もっとゆったりしたテンポの社会であってもいいのではないか。そんな気持ちが母親に対する献身的な介護に向かわせる。東独のピクルス瓶を探す姿に思わず目頭が熱くなる。
◆1990年10月の東西ドイツ統合、いま現在に至って、おそらく多くのドイツ人が統一の大義こそ否定しないものの、それで得た果実については釈然としないものを感じているはずだ。主人公とその友人(映画狂の西ドイツ青年!)が母親のため偽のTVニュースまででっちあげる。やがて、つじつまあわせのため、どんどん現実と乖離してとんでもない展開になっていく。西と東あべこべになったブラック・ユーモアが、ドイツ国内で大受けするが、これはドイツ人の諧謔なのだろうか。
◆ただし、物語はコメデイにとどまらない。そこからセカンド・ストーリーさらにサード・ストーリーが派生する。はたして母親は息子の偽計を知っていたのか。そこは観た人の想像に委ねられる。また、母親がずっと別れていた夫と再会するシーン、2人の間にどんな会話が交わされたのか。それはまた別の話ということで省略される。これも観た人それぞれのドラマになるだろう。
さらに、永年にわたる東西ドイツ分断の悲劇そして統合の労苦など、ドイツ人がずっと背負い続けている負担のたいへんさ。物語の奥行きの深さを意識させられる。
◆名シーン、まずヘリコプターで運び去られる巨大なレーニン像。本作の象徴的なシーンであって、フェリーニ映画のキリスト像運搬シーンを思わず連想する。意識していること間違いない。そして、真っ赤なコカコーラの広告幕、共産主義がなくなっても赤い旗が依然君臨するという皮肉。
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by chaotzu | 2005-05-14 23:35 | 外国映画
2005年 05月 13日

【DVD】 「人生は、ときどき晴れ」 しんみりタイトルの妙

◆2002年イギリス=フランス合作。イギリス映画お得意の底辺大衆もの。
とにかく邦題がすばらしい。いつもけちつけてばかりの映画タイトルであるが、本作は日本人の感性に訴えるグッド・ネーミングである。なお原題はオール・オア・ナッシング。
◆白タク運転手の父親はぐうたら、スーパーレジ係の母親はやつれきっている、老人介護施設雑役の娘は無口、ニートの息子は反抗してばかりと、どうみても明るい展望がみられない4人家族、おまけに母親以外の3人はでっぷり肥えている。住んでいる下町の団地は落書きだらけ、そこに住む若者も生気がない。
なんというか、どーにもこーにもやりきれんよという環境設定である。
これでドラマになるのかなあ。それがちゃんとなっている。
◆淡々かつ地味なはなしの進行であるが不思議に飽きさせない。白タク業界とかカラオケ・バーなど、あまり目にすることがないロンドンの一面を混じえながら、夫婦の再生そして家族の再生を描いた佳品である。
 人生は、ときどき晴れか、そうそう晴れの日もないとね。
 主人公の父親役、どこかでみた人だなと思っていたら、なんとハリポタのねずみ男だった。しょぼい役が似合うもしんみり巧いひと、日本ならば田中邦衛みたいな役者かな。
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by chaotzu | 2005-05-13 23:55 | 外国映画
2005年 05月 11日

【NHK・BS】 「地下水道」ナチスと対峙したのは連合国だけじゃないよ

◆1957年ポーランド映画、1944年夏のワルシャワ蜂起事件を描いているが、もうみもふたもないというか徹底したリアリズムである。同じワイダ監督の「灰とダイアモンド」で登場人物が“地下水道の経験”に言及していたが、なるほどこのことだったのか。
なにせ、冒頭のナレーションからして「悲劇の主人公がそろった 彼らの人生の最期をお目にかけよう」である。b0036803_2274834.jpg
 タイトルは地下水道であるが、実際は下水道だ。雨水も流れるが汚水も流れている、不潔そのものというか、強烈に臭いだろう。靴を脱いでも臭いが残るほどだ。それが、ナチスドイツに対抗するレジスタンスのメインストリートになっていたわけで、もしも匂いつきの映画というものがあったなら、ほとんどの観客が退席するだろう映画(笑)。
◆そんな地下の下水道に逃げ込むポーランド人レジスタンスたち、白黒映画でよかったと思うほどの酸鼻さである。
暗闇のなか方向に迷う、汚水まみれの移動である。爆弾でやられる、発狂する、行き止まりの出口、物語は最期までなんの救いもない。いや、負傷した小隊長を最後まで見捨てず付き添った連絡係の女性に一点の曙光がみられるかもしれない。
 なお、反ナチスドイツとみせかけて、実は蜂起を傍観したソ連を強烈に皮肉った映画じゃないのかな。
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by chaotzu | 2005-05-11 22:15 | 外国映画
2005年 05月 10日

【DVD】「笑の大学」 お国のためかお肉のためか

◆2004年日本映画、三谷幸喜の著名な舞台劇の映画化。
 舞台はみていないが、戦時下の検閲というおよそ愉快じゃない題材ほど喜劇の神様が宿るのではないか、よくぞ見つけたりである。こりゃたっぷり笑わせてくれるだろうという期待深々でみる。
 前半はすこぶる快調、どこかコント55号を連想させる。とくに警視庁検閲官を演じた役所広司、尊大かつ面白みのない役人を達者に演じている。さすがの芸名だねえと妙な感心。サディスティックな面や今川焼でみせる俗物根性も笑わせてくれる。
いっぽう、稲垣メンバーもとい稲垣吾郎も気が弱そうな台本作者がはまっている。この人の場合演技がどうこうよりも、役柄にはまったかもしれない。吾郎ちゃんが逡巡して恥ずかしそうに演じる「さるまた失敬」もこのひとならではだ。
 以下ネタバレ注
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◆惜しむらくは最後までコメディで突っ走ってほしかった。検閲官は笑顔を見せずずっと仏頂面のままでいてほしかった。ラストはなんだかいい人になってしまい、まるでお涙頂戴劇になってしまったではないか。これでは笑の大学を卒業できない、中退だ。台本作者に来た赤紙もギャグにしてしまうほどの破天荒な展開にできなかったものかなあ。
その点成り行き任せの無茶苦茶なストーリーのまま突っ走った「ラジオの時間」のほうが面白かったように思う。
 ギャグの自由度が高くなんでもありの映画ならではの「笑の大学」があってもよかったのではないでしょうかね。いや、こりゃまた、さるまた失敬!
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by chaotzu | 2005-05-10 22:15 | 日本映画