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2005年 05月 09日

【読書】「世にも美しい数学入門」藤原正彦/小川洋子

◆数学はダメなくせに数学読み物が好きである。この点、お茶の水女大の藤原教授はかねてより数学者の必要条件として美意識や文系の素養を挙げている。数学オンチにとってなんとなく有難いお言葉であるが、それで著書を毎度買わされている(苦笑)。b0036803_21573448.jpg
 本書は数学に関する対談本、2005年4月刊ちくまプリマー新書。藤原先生は文章も巧いが喋りも達者なので、通勤の往復であっという間に読了。かねてからの自説開陳であり、とくに目新しいネタはないが、小川洋子とのキャッチボールという新機軸で、小難しくないお気楽読み物に仕上げている。
◆なんといってもインドの天才数学者ラマヌジャンの紹介である。朝起きる都度新しい数学の定理を5つも6つも見出してくる。常人には思いもよらない思考回路(ナーマギリ女神のお告げだそう?)で着想した定理、当時はなんの役にも立たないと思われていたものが、何十年か後に脚光を浴びる。
イギリスに渡ったものの、戒律ゆえフイッシュ&チップスなどの英国料理になじめず、栄養不良がたたって32歳で死んでしまう。時代のはるか先を走り抜けて夭折した大天才である。
 また、東大助教授となって来月結婚というときに自殺した31歳の谷山豊、後年フェルマーの定理の証明に寄与した「谷山=志村予想」の発想者である。婚約者も1ヵ月後に後追い自殺するという悲劇、いったい何があったのだろう。
 数式以上に数学者の人間ドラマには惹かれるものがある。
◆親戚の子弟に数学の大学院生がいるが、藤原先生曰く「当面何の役にもたたないのが数学」である。学問としての非有用性ゆえに偉いのだそうだ。それだけに院生の将来は茨の道じゃないが、なんだかたいへんそうである。なにせ、「たいていの数学の問題なら見た瞬間にぱっと解いちゃう超スピード回転アタマの持ち主はいっぱいいてさして驚かない」世界である。博士崩れになるとまともな社会復帰は最早望めそうもないから、はやく真人間に更生してほしいと周囲は気を揉むことしきり(笑)。
 
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by chaotzu | 2005-05-09 22:04 | 読書
2005年 05月 08日

まるでイタコ芸のJR事故報道

◆連日のJR事故報道であるが、このところレベルの低い煽情記事ばかりが目立っている。JR社員の「宴会」報道であるが、本日の読売地域版では、神戸支社懇親会の居酒屋予約表「JRの文字黒塗り」までとうとうニュースになった。勤務時間でもないし緊急招集がかけられていたこともない、酒ぐらい静かに呑ませてやれよと云いたいが、これは少数意見だろうか。なんだか「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式の戦時翼賛報道を想起せぬでもないトホホさ加減である。いまなら叩き放題というかマスコミが代わりに日勤教育をやっているみたいなものじゃないのか。b0036803_2125737.jpg
 もちろん、事故に至る「稼ぎが第一」経営の道筋をつけたこれまでの経営首脳や現場の一部管理職そして蝙蝠もどきの御用組合幹部は厳しく批判されねばならない、それもしつこくだ。だけど、JR西の社員一般を無差別に吊るし上げてどうするねん。彼らはなにか法律違反を犯したのだろうか。
◆まず事故当日のボウリング大会、たしかに自粛中止すべきであったとは思うが、それは今にして思えばのことである。ごていねいに、参加者のうち何人が事故を知っていたとか、何人しか中止を進言しなかったとまでしっかりと後追い報道しているが、はたして新聞の一面で再三叩くような重大事件なのかどうか。
今になれば、空前の大惨事であることはみな承知しているが、ふりかえって当日の昼間の空気はどうであったか、JR受け売りの粉砕痕を真に受けた「置石示唆」報道が繰り返されており、テロがあったのかと思ったほどである。JR=被害者的な感覚が幾分かあったのではなかったのか。いまのJR社員へのパッシングは、10日以上前の行為の理非曲直を、事後の理屈で裁いているようなもので、あまりにイージーな非難ごうごうであるように思う。まして勤務時間中の「宴会」行為ではないのだ。
また、問題視されたレクリェーション行事や懇親会等が、事故の救助活動とか原因の究明調査、さらにはJR西社の緊急配備体制にどのような影響を及ぼしたのか、具体的な支障があったのかどうか、その辺まで掘り下げた報道は残念ながらあまりみかけない。結局のところ、「喪に服しておれ」というだけであったらあまりに精神論的で感情に走りすぎと思わざるを得ない。そして、こういった粗探しが、事故再発防止のために、なにがしかの役に立つのだろうか。
また、事故当日JR西社の粉砕痕リークを鵜呑みにして垂れ流ししてしまい、後で恥ずかしさのあまり逆上してしまい、それが煽情報道になったといったら言い過ぎだろうか。
◆別段JR西社を庇い立てするつもりはないが、現状の尻馬報道にはなんだか気味悪いものを感じてしまうのだ。社員が4万人規模の大会社となれば、毎日なんらかの行事が進行しているのはあたりまえである。私的な集まりまで含めたらいっぱいあるだろう。いったいそれらを全て断罪するつもりだろうか、退職者の送別会もアウトか、年1回だけの会合もダメなのか、こんな調子ではJR西の社員は、私的な旅行(事故以前に予約済であっても)はおろか居酒屋、カラオケにも行っちゃいかんことになってしまいかねないが、ほんとにそれで気が済むのか。また、いつまで自粛せねばならないのか。いったいそれは誰が決めるのか。まるで魔女狩りだ。
なかには事故の犠牲者の御霊を持ち出して、水戸黄門的な昂揚気分で断罪する向きもある。「これでは死者がうかばれません」「死者のたましいを冒涜しているようなもの」……、叩くネタが切れかけると必ずこういったイタコもどきが出現する。思わずあのなあ、何様のつもりじゃと云いたくなるよ。阪神大震災のときでも、大阪新地の盛り場は賑わっていたし、それを悪く云うつもりもない、被災者も酒を呑んでいたし、カラオケ懇親会もあったのだから。
◆ただ、マスコミの一方的な糾弾報道、読者多数のニーズの反映という見方もある。マスコミは現状社会の多数派の空気を先取りしているだけで、多くの読者が求めるニュースを優先的に報じているだけ、それのどこが悪いねんというわけだ。
 そうだとしたら、なんとも窮屈な社会になったものだと思う。形にはめられた意見、「多数」に阿った意見の発露しか受け入れられないとしたら、それこそ中国の「愛国無罪」と同じである。なんでも一方に偏する世の中はこわい。マスコミの惨状をみるにつけ、意地でも少数意見派にならにゃいかんなと思うことしきり。
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by chaotzu | 2005-05-08 21:02 | 時事
2005年 05月 08日

【ビデオ】 「アントニアの食卓」 女系家族の終わらない物語

◆1995年オランダ=ベルギー=イギリス合作映画。
もしかするとオランダの映画は初めてかもしれない。このところ濫読ならぬビデオ濫見の毎日であるが、ときにああ見といてよかったという作品に出会うことがある。本作品もまさにそうで、だからこそ映画はやめられない。
◆肝っ玉かあさんの一代記であるが、ある種のユートピアを描いた映画でもあり、フェミニズム思想も混じっているだろう。かといって、それほど小難しくはなく、男性からみてむかつくということもない。
◆第二次大戦後のオランダの農村が舞台。いまのオランダは安楽死も認めているし、同性愛にも寛大、さらにエイズ感染防止のため注射器まで配っている。ちょっと行きすぎと思うぐらい自由の先進国であるが、映画中の農村は、さまざまな陋習があって、さらに宗教でがんじがらめにしているという旧弊なイナカ社会である。そして、そこにシングル・マザーの主人公が20年ぶりに帰ってきて……、というおはなし。b0036803_20581668.jpg
 ヒロインであるアントニアの家、庭においた大きいテーブルに、偏見のないアントニア母娘を慕ってさまざまな人が集まってくる。ずっとよそ者扱いのやもめ、知恵遅れ、兄弟に犯されつづけた娘、外国人、同性愛者、元カトリックの助祭、妊娠マニアの女……、さまざまなマイノリティが集まって擬似家族をつくっていく、だけど歳月はめぐりめぐって、いつか死亡というお別れがやってくる。
 それでも、親から子へ、祖母から孫へ、曾祖母からひ孫へと記憶は受け継がれていく。人々の別れはあっても、物語は終わらない。見終わってからしみじみ感に心底ひたれる映画。
◆余勢を駆って、「ロゼッタ」(1999年ベルギー映画)を見始めるが、これがなんともよく分からない。感情移入できずとうとう40分ほどでギブアップしてしまった。カンヌのグランプリだそうだが、よさがわからない。あるいは体調が影響したかもしれない、連休疲れか。生活のリズムが狂うので長い休みは案外苦手である。
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by chaotzu | 2005-05-08 21:00 | 外国映画
2005年 05月 04日

【DVD】 「スウィング・ガールズ」 人間は何通りもあるべ

◆5月は花の季節。散歩道の両側は紅白のつつじが満開、花壇ではマーガレットにパンジー、ポピー、クレマチスが咲き乱れている。チューリップもまだ少し残っている。GWは近所にかぎるなあ、いや負け惜しみじゃありません。
◆さて、周防正行監督が切り拓いたレトロスポーツ路線、矢口史靖監督がミスマッチ風味も加味して、しっかりと受け継いでいる。こんどは女子高生によるビッグバンド・ジャズだ。
 電気サウンド以前の「バンド」といえば、ジャズ・バンドだった。デューク・エリントン、カウント・ベイシー、グレン・ミラー、ベニー・グッドマン……、日本全国コピーバンドがあちこち存在したのではないか。近所の兄ちゃんに連れ回されて聞きに行ったような記憶がある。生バンド付のダンス・パーティが流行っていたので、その下調べだったかもしれん(笑)。ジャズ・マン上がりの人気者もたくさんいた。フランキー堺にクレイジー・キャッツ、そうそう石原裕次郎も「嵐を呼ぶやくざなドラマー」というものすごい役をで人気を博したそうだ。それから、学校のブラス・バンドのレパートリーもジャズ・ナンバーが定番だった、これはいまでもそうかもしれない。閑話休題、まあそんなレトロものを女の子にやらせるという発想がにくい。
b0036803_21485850.jpg◆この映画、ジャンプする上野樹理ちゃんのポスターが印象的でかねてみたいと思っていた。遅ればせの鑑賞であるが、期待どおりに面白い。しろうとの女子高生が半年であれだけ上達するかという疑問はあるが、テンポよく進行し、はなしにたるみがない。交差点でジャズのリズムをつかんでからの、団地の布団たたきとのシンクロ・シーンなんかはとりわけナイス。助演の俳優さんもぜいたくにつかっているし、マンガみたいなギャグにも笑わされる。
 若いひとがみて、なにがしか人生を前向きにとらえられるものを感じられれば、いいんじゃないか、そんな映画。
そう、人生も“スウィングしなけりゃ意味ないべ”。
◆それにしても女子高生役のなかで、貫地谷しほり, 本仮屋ユイカ(朝ドラとはまるでちがうイメージ!)のおふたり、ものすごくめずらしい苗字である。本名だろうがはじめてみて感嘆しましたよ。
 スウィング・ガールズのモデルは兵庫県立高砂高校のジャズ・バンド部だそうだ。上野樹理ちゃんもお隣の加古川市出身である。そうすると、播州弁のスウィング・ガールズのほうが、正統派かもしれない。しかし、播州弁(いわゆる関西弁とは別物)も、そりゃ味わい深いことばだろうが、はじめて聞くひとはひくかもしれない(汗)。やっぱり、米沢弁のほうが正解だったかも。
 播州方面のみなさまにはもうしわけなし。
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by chaotzu | 2005-05-04 21:56 | 日本映画
2005年 05月 04日

常任理事国よりがん治療先進国へ

◆正直云って、アメリカという国、ずいぶん身勝手かつダーテイな国だと思うときがある。それもしょっちゅうである。イラク戦争なんかはその典型で、ありもしない難癖をつけて攻撃し、あげく占領してしまった。北朝鮮が“ブッシュは人間の屑”と反発したが、そのことば自体は真に正鵠を射ていると思わざるを得ない(笑)。
 ただ、アメリカという国の救いは、下衆野郎も多いけどすばらしい人物もたくさんいるということだ。「フェアであろう、そうありたい」とする考えが、国民の一定層に定着している。そして「真実への探求」にもかぎりなく熱心である。それらがとりもなおさず国力の源泉になっており、なにも軍事力だけで大国におさまっているのではない。航空宇宙、ITそして先端医療しかりで、いろんな分野に世界中の英知を結集している。
b0036803_21305673.jpg◆この前のNHK特集によれば、アメリカのがん死亡率は
1990年代以降、劇的に低下しているそうだ。日本と対照的である。
がん専門医の養成、抗がん剤の開発、代替治療の研究そして統合医療への発展など国の総力をあげて、がん征圧に取り組んでおり、着実にその成果が上がっているのだろう。たとえば、前立腺のガンなど、初期であればもはや軽めの病気扱いであって、俳優のロバート・デニーロやパウエル前国務長官など何ごともなく治療手術を受けて、素早く日常に復帰している。
 また民間でもサンタモニカのジョン・ウェインがん研究所など著名な研究機関はたくさんある。篤志家の出資や寄付もかなり集まるのだろう。まさに官民一体の取り組みで邁進している。
 ひるがえって日本では、いまだに毎年多くの人が亡くなり、それがなお増えつづけている。しかし、医者の一部は「もう打つ手はありません」「緩和医療を考えましょう」となかば諦観と悟りの世界である。患者の選択肢も狭い範囲にかぎられている。それで怪しげな民間療法が跋扈する。いったいこのちがいはなんだろう。
◆コイズミさんは、このところ日本の国連安保理・常任理事国入りにいやに熱心で、外遊先からもその方向に沿った発言を表明している。実際のところ、日本人にとってどうなんだ。少なくともわたしの近場で積極的に賛成するひとはいない。ほとんどがどうでもいいじゃん派である。なかには、常任理事国になれば、今以上の分担金の拠出を求められるから反対という声もある。アナン事務総長の日本支持はお金を引出すためのリップ・サービスだというわけだ。まあ入ってもかまわんだろうが、いま以上にお金をむしられるのはいやだというのが大勢だろう。
 中国で「反日」を叫んでいるひとが、こんな雰囲気を知ったら拍子抜けするかもしれない。
◆さて、日本があちこちに根回しして常任理事国に入れてもらったとしても拒否権のない二等席であり、なにより、アメリカが実質2票もつだけだという醒めた声もある。
以前、コイズミさんが国連総会でわざわざ英語演説したときも、議場は閑古鳥が鳴いていたそうだ。そんな現実を踏まえれば、いま外交の舞台で無理に大国を気取る必要はあるのか。高給取りの国連職員やアフリカあたりのタカリ外交官は喜ぶかもしれないが。
 それよりも、なにか一芸に秀でた国を目指してほしいものだ。それを切望する。たとえばがん対策なんかはその際たるものではなかろうか。将来世代への光明は必要である。それに世界中から患者を受け入れるがん治療先進国となれば、なによりの安全保障になるはずだ。
◆外務官僚によると、常任理事国入りは長年の悲願だそうな、情報収集で廊下トンビをするのがプライドを傷つけて絶えがたくイヤだそうである。だったら、おおいに廊下トンビをしてもらえばよい。とくに旧来の外交官試験からの入省組(実質二世等のコネ採用)には、それぐらいの汗かきはしてもらわないといけない。ワインを買いつけたり、絵画やインテリアの目利きをするひまがあるのなら、なおさらだと思うがさて如何。
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by chaotzu | 2005-05-04 21:45 | 病気
2005年 05月 03日

【ビデオ】 「8人の女たち」 唄って踊るドヌーヴ姐御の貫禄にただ平伏

◆2002年フランス映画、登場人物は9人、そのうち男性はひとりだけで後姿しかみせない。全編ほとんど8人の女優だけという異色作品。
 はなしは、外界と隔離された屋敷で富豪が殺される、犯人は滞在者の誰かですぐそばにいるという推理劇。いわゆる「吹雪の山荘」ものである。映画もほとんど舞台風の仕上げで、おまけとしてミュージカル風味も添加している。b0036803_22255417.jpg
 さて、人が殺されたというのに、残された女たち~妻も娘も実妹も義妹もそして愛人も、誰ひとりとして涙もみせようとしない。実に薄情きわまりない面々である。それどころか嘘ばかりついている。おまけに歌って踊っている(笑)。もうブラック・コメデイといったほうが近いかもしれない。
 だけど、ラストはきちんとミステリー・ドラマでしめくくっている、きれいにだまされました。オトコは常にだまされる(笑)。
◆この映画のうりはそれだけではない。女優さんのファッション・ショーだ。
 ・アルダン姐さんの赤と黒ファッション
 ・ユベール“地味”おばサン突然の変身ファッション
 ・ベアールねえさんのメイドファッション……
 このほか、ドヌーヴ姐御がなんとバック・ダンサーもつとめるし、おまけに唄のサービスまである。さらに、とっくみあい、つかみあいもするという大奮闘。ほんとにお達者だ。だんだん浅香光代に似てきたといったら叱られるかなあ(汗)。
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by chaotzu | 2005-05-03 22:46 | 外国映画
2005年 05月 02日

JR西を側面援護するテレビ局の「遺族報道」

◆JR西日本福知山線事故の件、昼休みのテレ朝「ワイド・スクランブル」で同社垣内社長の遺族訪問のようすを報じていたが、正直みていてげんなりした。
遺影の前でお父さんらしき人が社長に怒鳴っている。ついで母親らしき人も面罵している。気持ちは分かる、よく分かるんだけどね……。
だけど、テレビ局のカメラを呼びこんだ場でむき出しの感情を発散するのはちとまずいんじゃないかなあ。家族の突然の不幸で取り乱している気持ちはよく分かるが、それならばなおさらのことだ。
◆まず間違いなく遺族に対する反発が起きるだろう。
 ・無抵抗の相手を罵倒してどうなる。
 ・大人気ない。やりすぎ、調子にのりすぎ……。
こういった放送は、絶対にJR西日本に利すると思う。JR西内部では、こういう絵をどんどん放送してくれと思っている輩もきっといるにちがいない。
 マスコミは遺族にたったつもりで放映しているかもしれない、いや、ただ愁嘆場の映像が欲しいだけで、なにも考えちゃいないか。
◆しかし、JR西日本という会社もひどいものだ。新型ATSの設置を待たずに運転再開を考えていたようだが、本日国土交通省大臣に釘をさされて途端にシュンとなっている。社長は退任について口を濁しているし。
 もう少し常識の働く幹部はいないのか。いたらこんな大事故は起きていないか、つくづくトホホな会社。
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by chaotzu | 2005-05-02 22:37 | 時事
2005年 05月 02日

【ビデオ】 「大喝采」 ルコントの白波3人男

b0036803_2227113.jpg◆1995年フランス映画、ルコント監督のコメデイである。
 3人のじいさん役者~そろって売れない大根役者が旅芝居一座にもぐり込み、はちゃめちゃ芝居とハプニングで人気沸騰、喝采を得るというはなし。
まあスラップスティック・コメデイである、はっきり云ってたいして面白くなかった。しかし、この手の映画は、そのときの体調とか気分に左右されるので、再見すれば感想も変るかもしれない。
◆ただ、俳優にしてみれば、「大根芝居」を堂々と演じられるので、愉しかったにちがいない。実際は“へたくそにみせる演技”ほど難しいんだろうけど。
 なにせ、フィリップ・ノワレが、気が小さくあがり症の役者、ジャン・ロシュフォールは女を口説いてばかり、ジャン=ピエール・マリエルは暴力的かつ金銭に執着とへんてこな役ばかり。「仕立て屋」のミシェル・ブランに至っては髪の毛もたっぷりでした。
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by chaotzu | 2005-05-02 22:26 | 外国映画
2005年 05月 01日

「畸形国家」北朝鮮、空々しい金正日マンセー

◆日本の現状を「泥棒国家」に喩える評論がある、たしかにあたっている面なきにしもあらずだが(笑)、その伝でいくと、北朝鮮という国は「強盗国家」になるだろう。ならずものが一国の権力を握り、収奪する一方で自国民の生命財産の保護はすっかり放棄されている。国民が何人死のうが平気であり、いわんや在外同胞などまったく顧慮していない。
ただし、そのような「強盗国家」だけならアフリカの一部にもみられる。北朝鮮の特異なところは、「謀略」にも血眼になっていることだ。「畸形国家」のほうがふさわしいかもしれない。もちろん一般大衆は被害者であり、為政者とその取りまきがキ○ガイなのだ。
◆脱北日本人妻の「奪還」でいかにも得意気に記者会見するさまをみると、そんな思いを強くする。インチキな工作ばかりやって、生産的なことはほとんどしようとしない。核兵器の「開発」を公言すれど取り合ってくれないので、本日は日本海にミサイルを撃ちこんだようだが、このほか偽札づくりや密輸、麻薬栽培、そしてプロパガンダ工作である。
日本でも、正業に就こうとせず、いんちきの生活保護にたかる暴力団くずれの輩がいるが、どこかその心性と似ていないこともない。
まあ歴史上あまり例をみない国である。かつて高句麗時代の栄光は微塵もみられない。
 この金王朝国家の産みの親と育ての親はそれぞれ旧ソ連と中共であるが、北朝鮮が崩壊すれば、たちまち、日帝侵略が招いた悲劇と云い出すこと必定だろう。先行きそれでむかつくことがなきよう、今からクギをうっておくことだ。
◆しかし、諜報戦争という側面からみると、先の日本人妻「帰北」の件など、日本の情報機関の頼りなさにもまた情けないものがある。横田夫婦への非難に加えて「金正日マンセー」まで叫ばされた当の日本人妻も哀れであるが(後ろ足で砂かけたと憤る向きもあろうが、強要されているのである)、同様に脱北帰国した人や日本の支援組織の情報が筒抜けになった可能性が高い。これでは北朝鮮が崩壊するまでずっと緊張した生活を強いられてしまう。
◆本日の朝日朝刊特集記事で、公安警察による37年ぶりの国家公務員法違反の逮捕事件をとりあげている。裁判の証拠記録によれば、休日に共産党のビラ配りをしていた国家公務員51歳の男性ひとりに対して、2003年11月の衆院選の時期に29日間延171人の警察官を尾行のため動員したとのこと、たったひとりに仰々しいことをよくまあやることだ。公務員の政治的行為ならば、地位利用の悪質事例は他にあるだろうに、休日のビラ配り事案に延べ171人の動員なんて税金のムダ遣いもいいところである。組織維持だけでこれまでの定番仕事に拘泥しているのがミエミエであるが、いっぽうで、今回の「帰北」事件はむざむざと看過している。帰国妻の身辺介入は難しいとしても、パスポート取得の段階で政府として必要な助言なり情報管理を懈怠していたと思わざるを得ない。秘密でもないビラ配りの監視に大量の人員を回せるのにである。
b0036803_2328487.jpg◆ワールドカップ最終予選の北朝鮮開催権剥奪及び無観客試合の処分、当然の決定というべきか、あの国ではなにが起こるか分からない。無観客試合であっても、中立国でやるほうがよほどましである。なにより人工芝のサッカーなんてふつうじゃない。
 それでも、国際サッカー連盟に異議申立てするそうで、イラン戦の騒動も平気で事実無根と開き直っている。現場の写真をみれば恥を曝しているとしか思えない。
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by chaotzu | 2005-05-01 23:32 | 時事
2005年 05月 01日

【ビデオ】「オール・アバウト・マイ・マザー」すべての「女性」に捧げる映画

◆1999年スペイン映画、スペインつながりでレンタル、タイトルの由来は「イヴの総て」(オール・アバウト・イヴ)。
 退屈することなくあっという間に見終わってしまう、うーん、面白不思議な映画。
 とにかく、いろいろな「女性」が登場する。以下ネタバレ注
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◆主人公の女性は、臓器移植のコーディネーターとして働らくも息子に先立たれるシングル・マザー。そして、レスビアンの大女優、ヤク中の女優、おかまに妊娠させられる修道女(ペネロペ・クルズが演じるが、なんたるものすごい設定!)、エイズ怖さに孫をはばむ贋作画家(これまたなんちゅう設定だ)。
まだまだすまない、以上の女性陣のほか、女になりきりたい元男娼と女を孕ますエイズもちのおかま(両刀つかい)も登場する。まともというか世間常識にかなう「オンナ」はまるで出てこない。しかし、ノンケの男はもっと影が薄い、元男娼にフェラ○オをせがむ奴(おかまは承知である)、実娘も分からなくなった痴呆老人である。
◆はなしの発端は父親を知らぬ息子の事故死であり、そのことを伝えるべく主人公がかつて別れた相手を探しにマドリードからバルセロナに出る。が、なにせ当の父親が両刀つかいのおかまなのである。加えて、前記の人物設定がある。こりゃ息子に悪いけどコメデイでごまかすしかないよと思ってしまうが、それをシリアス・ドラマにしてしまう。主人公の包容力が本人も含めて周りを再生していくはなしである。すべての「女性」そして「母性」への賛歌なのだろうか。スペイン映画おそるべし。

 ラストのアルモドバル監督による献辞。
 B.デイビス、G.ローランズ、R.シュナイダー
 女優を演じた女優たち
 すべての演じる女優たち
 女になった男たち
 母になりたい人々
 そして、わたしの母に捧げる
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by chaotzu | 2005-05-01 20:39 | 外国映画