マイ・ラスト・ソング

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2005年 06月 30日

【ビデオ】「ニノの空」 多国籍ナンパ映画?

◆1997年フランス映画、スペイン人の大男とロシア人小男のロード・ムービー。このパターンは「真夜中のカウボーイ」や「スケアクロウ」の踏襲なんだろうが、外国人2人組としたのがユニークである。これを日本におきかえれば、中国人と韓国人の2人組が北海道をヒッチハイクして回るみたいなはなしになろうが、とても無理だろうなあ。
b0036803_2211616.jpg◆原題は「ウエスタン」、大西洋に突き出したブルターニュ半島が舞台である。たしかにフランスの西端だ。陽光あふれる南仏にくらべて、空はどんよりで風も強そうだ。もともとはガリア人、ケルト人、ノルマン人など多人種の混淆による地域である。そんな街でひょんな縁から失業したスペイン人と放浪中のロシア人が仲良くなる。
配給会社がつけた副題は「幸せさがしの旅物語」、実際のところはオンナ探しの旅である。そのために、うそのアンケートをでっちあげて、家庭訪問したりする。オイオイそんなことしとっていいのか(笑)。
おそらく。配給会社もセールストークに困っただろう。
◆もうひとり、象牙海岸出身の車椅子黒人も登場する。つまり、主なオトコはみんな外国人である。この3人が街角で通行人に“ボンジュール”」の声かけをして、どれだけ返事をもらえるか、お遊びで競うシーンがある。なかには“国へ帰れ”と辛らつに返すひともいる。もしかしたら、外国人を試験紙にして、フランス人の国際感覚を問う意図なのかもしれない。
 ラストで2人が出会う女性は未婚の母親であるが、たくさんの子供の父親はみな異なっている。まるで、地球家族みたいなファミリーである。
そして、エンドロールでは、出演者、スタッフ名の両脇に国旗がズラリ並べられる。推測であるが、出演者、スタッフの両親の出自を国旗で表現しているようである。フランスの国旗が当然ながらいちばん多いが、他の国旗もかなり登場する。かなりボーダレスである。
もしかするとヨーロッパ統合の未来を示唆する映画かな。そんな深遠なテーマがあるようなないような、あるいはちょっとひねった恋愛映画かもしれない。
うーん、正直よう分かりませんでした(苦笑)。
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by chaotzu | 2005-06-30 22:14 | 外国映画
2005年 06月 30日

町山智浩アメリカ日記が読めんぞ(怒)

◆たまにのぞく“町山智浩のアメリカ日記”、いまみたら公開停止(プライベート・モード)になっている。独特の切り口による最新のアメリカ事情や映画情報をたのしみにしていたし、なにより文章に芸があった。こういう原因をつくったやつにはハラタツなあ、オオサワ親分に喝を入れてもらいたい気分である(憤)。
停止理由は「捨てハンによる嫌がらせ」の頻発としているが、大量のコピペ・コメントのみならず町山氏家族への誹謗中傷もあったそうだから卑劣きわまりないことだ。

◆数日前に、やたら嫌中嫌韓を標榜する捨てハン氏が闖入して、さんざん論破されて退散したそうだが、おそらくそれで逆切れして根にもったのだろう。いわゆる「ネット厨房」かもしれないが、大のおとなであるとしたら重ね重ね情けないはなしだ。親が知ったらさぞ泣くだろう。
云いたいことがあるのなら、自前でプログでも設営して、そこで堂々の論陣をはればいいのである。それが捨てハン使って、他人の庭を荒らしまくって鬱憤ばらしである。自立した考えというものがなく、他人のコピー&ペーストしかできないことをさらけ出しているようなもんで、みっともないかぎりである。b0036803_20392873.jpg
これじゃ、中国の反日デモで暴れまわった「愛国無罪」連中あるいは韓国の「職業反日家」とそれこそ同類じゃなかろうか(嘆)。
また、なにかと町山氏の帰化歴を問題視したいようだが、それがいったいどうしたというのだろう。ワタシはそんなこと全然気にもかけていないし、なにより、町山本の愛読者である。「アメリカ横断TVガイド」なんか名著じゃなかろうか。
まったく底の浅いナショナリスト気取りほどたちの悪いものはない。

◆わざわざはてな日記のユーザー登録をしてまでの嫌がらせである。この歪んだ熱意はいったいどこから来ているのだろう。
少しはまともなことに振り向ければよいのにと思わずにはいられんよ。

追記;7月2日からコメント欄なしで再開した、やれやれ。
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by chaotzu | 2005-06-30 20:43 | 映画周辺
2005年 06月 29日

【DVD】「人生とんぼ返り」リアリージュムいうのん、どこに売ってまんねん

◆連日、昔の映画ばかりみつづけているとさすがに不安になる。この前は「スラバヤ殿下」をみたが、そのことで自分の人生になにがしかのインプットがあったのだろうかと自問したりする。
いやないない。自分にとってもこの世界に対しても、なんのインプットもアウトプットもないだろう。
消費活動としてもたかが知れている。ただ時間が流れるのみ。
それでもきょうもまたみている(笑)。
b0036803_22212614.jpg◆1955年日活映画、モノクロ。丹下段平ならぬ、新国劇の殺陣師段平の物語である。
マキノ雅弘監督流の派手な泣き笑い映画で、物静かな小津映画とはとことん対照的であるが、はまる人は大泣きするだろう。 かくいうワタクシめも最後はまんまとしてやられました。
◆森繁の妻お春を演じた山田五十鈴が光っている。これまでほとんどバアさん俳優としか知らなかったが、セリフ回しの切れのよさ、伝法口調から一転しっとりと妻の情愛表現、うまいうまい、たまげました。途中で亡くなるが、全編登場の森繁に劣らない存在感である。
◆ストーリーは芝居にぴったりのコンテンツ満載である。
リアリズム剣戟を模索する沢田正二郎、いっぽう森繁の殺陣師段平は昔の歌舞伎調の振り付けしか知らない。“ようみとけよ、これがあ、山形あ~、そしてこれが千鳥い~ っや”
だから、はじめは沢正に受け入れられない。
“先生、いま云いはったリアリージュムいうのん、どこに売ってまんねん”
“先生、教えておくんなはれ、女房子供を質に入れてでも買いまんがな”
悲しいかな、文盲の段平、コトバだけではなかなか理解できない。
その後、地回りとの喧嘩騒ぎで新しい殺陣の発想に開眼するも恋女房の早逝や酒好きゆえの中風など暗転する人生、おりしも沢正が京都南座で、「中風の寝たきり国定忠治」を演じている。さあ殺陣師段平最後の出番や、中風病みの剣戟なら任せておくんなはれ………。
◆「中風の国定忠治」による剣戟なんて、スゴいアイデア(笑)。
森繁が大熱演、養女の左幸子も輪をかけて大熱演である。
まあアツいアツいそしてかぎりなくクサい映画です。
だけど泣かされます。
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by chaotzu | 2005-06-29 22:27 | 日本映画
2005年 06月 28日

両陛下のサイパン訪問にいたく感銘

◆両陛下による初の海外戦没者の慰霊、テレビでみたがたいへんな強行軍である。
朝早くから、日本、米国、北マリアナ自治政府の慰霊碑のほか事前に公表されていなかった沖縄出身者、韓国系住民の慰霊碑にも拝礼し、バンザイクリフなどでも黙礼された。b0036803_2224128.jpgこの間、元日本兵や遺族などとの対話もあり、まさに1泊2日のサイパン弾丸ツアーである。「すべての人々を追悼したい」という強いご意向ゆえの日程だそうだが、若いひとでも疲れるだろう。これだけでもアタマが下がるが、皇后陛下の腕を支えにして歩かれる今上天皇のお姿にはさらに胸をうつものがある。

◆これまでの人生、皇室についてはほとんど無関心で “天皇制なんて知ったこっちやないもんね”状態だった。そんなワタシであるが、天皇及び皇后両陛下がふたりで支えあって黙礼する姿、雨に濡れる姿をみるにつけ、粛然たる気持ちを禁じえないのだ。もとより天皇制賛美とか皇室崇拝などといったたいそうなものではない、ただただ人間としてわき上がる敬意ゆえである。もっと踏み込んで云えば、両陛下へのファン心理があるかもしれない。
◆今回のサイパンもいわば「贖罪の旅」だろう。これまでも、中国訪問(1992年10月)そして沖縄訪問(1993年4月)があった。サイパン訪問も今上天皇の強い要望と聞く。昭和天皇が大元帥として君臨した大日本帝国がひき起こした戦争の犠牲者すべてに追悼したいという強い意思がそこにあるようだ。
勝手な推測であるが、戦時中も戦後もずっと戦争の犠牲者に心を痛めてこられたのだろう。皇太子当時も沖縄を訪問されて火炎瓶を投げられたりしている。それでも沖縄には何回もご訪問されているはずだ。戦後60年経ち、たいていの日本人の戦争記憶が劣化しかかっているが、両陛下にとっては60年経とうが、まだまだ戦後のようである。
◆こんなことをいってはなんだが、先の昭和天皇があまりにも無責任すぎたのではないか。結局日本国内であるはずの沖縄には1度も行かずじまいだった。沖縄の返還は1972年5月であったから、その気さえあればいける機会はあったのに、すべて皇太子(現天皇)の代理に委ねてしまっている。それどころか戦後も米国大使等に米軍の駐留継続を希望していたそうだが、事実とすれば沖縄の住民にはむごいことである。
◆結局、その辺の負担というかつけを今上天皇が皇太子当時から肩代わりしてこられたように思うのだ。前の戦争世代になり代わり、その責任も一身に引き受けられて、贖罪の旅をつづけられる、その姿に感銘を覚え、そしてつい目頭もアツくなってしまう。
まさに孤軍奮闘の外交努力をされておられるようだ。
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by chaotzu | 2005-06-28 22:39 | 時事
2005年 06月 28日

【ビデオ】「リトル・ヴォイス」 ひきこもり歌姫と鳩青年の恋物語

◆1998年イギリス映画、以前「リトル・ダンサー」という秀作があった、そしてこの映画はごひいきマイケル・ケインとユアン・マクレガーが出演している。こりゃ傑作間違いなしとにらんでレンタルしたが、それほどでもなかったな(苦笑)。b0036803_22174828.jpg
◆ごくカンタンに云ってしまうとファザコン娘の自立物語である。だけど、そこにいたるまでが、モノスゴク難儀なのである。
音楽好きの父親が亡くなり、遺品のレコードを毎日聞いてばかりのひきこもり娘である。好きな歌手はジュディ・ガーランド、マリリン・モンロー、シャーリー・バッシー、耳がいいのか、美空ひばりみたいな歌の天才である。モンローの歌真似なんかお茶の子さいさい。ただし、その気になればのことだ。そこで、田舎の芸能マネジャーのケインがあれこれ介入してくる……。

しまいに、自宅は火事で丸焼けになる。マイケル・ケインは破産してしまう、母親は現実を知ってうちのめされる。もう死屍累々である。これでやっとふっきれましたって、鳩を飛ばしてすっきりしているが、はたして、そこまでする必要があったのか、ほんま、怒るで(苦笑)。はなしのバランスがちと悪すぎる。
◆母親のブレンダ・ブレッシンが出色である。もういい歳で肥満しきっている。それでもオトコが欲しくてしかたがない。イギリス労働者階級のダメ親で下品かつ卑しい役を見事に演じている(笑)。迫力がありすぎて、ヒロインがかすんでしまうほどだ。
いっぽう、マイケル・ケインの役がいやにマジなのである。このひとはどこかいい加減さがあったほうが面白いのだが、ラストは涙の“破産ソング”まで唄う大熱演である。
もうコメディとしてみたほうがよかったかもしれない。ユアン・マクレガーは寡黙なだけの鳩青年だし……。
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by chaotzu | 2005-06-28 22:21 | 外国映画
2005年 06月 27日

追悼 遠井吾郎

◆元阪神タイガースの遠井吾郎さんが肺がんで亡くなった。まだ65歳である。
山口県出身、巨人V9時代の阪神の主軸打者で、「仏のゴローちゃん」で有名だった。阪神タイガースの不遇時代を支えていたのである。王選手の一歳上ではなかったか。
肥っていて鈍足だった。この人の場合二塁ランナーにいてもスコアリング・ポジションにならない。三塁ランナーでもぎりぎりの印象があった。おまけに守備は「不動」の一塁手だし。b0036803_526818.jpg
そんな選手がオールスター戦でランニングホームランの大快挙をやっている。場内は大爆笑であった。地味ながらどこか愛嬌があったのである。
お酒が好きで球界引退後は北新地でバーをやっていた。その後郷里に帰ったとの情報であったが、もしかすると、お酒が寿命を縮めたのかもしれない。
旧きよき時代の野球選手が、またひとり去っていった、合掌。


◆ハナシ変わって、女子柔道の谷亮子選手が、妊娠発表と世界選手権出場辞退の記者会見。
正直云ってなんだか芸能人みたいで違和感が否めない。ちと仰々しいのではなかろうか。いや、もう芸能人としての仕切りがふつうであって、むしろこちらの感覚のほうが旧いのかな。
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by chaotzu | 2005-06-27 21:42 | 野球
2005年 06月 27日

【DVD】 「夫婦善哉」 頼りにしてまっせ、おばはん

◆1955年東宝映画
ムカシみたとき、こんな甘えたぼんぼんの放蕩ばなし、どこがオモロいねん、自業自得やんけ思いましてんけど、いまあらためてみますと、胸にしみまんなあ。
ほんま年いってみたほうがだいぶよろしおまっせ。あんさんもそうしなはれ。
ラストの雪のちらつく法善寺横丁でふたりが寄り添うとこは名シーンだ。
いや、ほんま男女の愛情ちゅうもんは奥深いもんでんなあ。
b0036803_21292292.jpg◆まえ、テレビで「東京ラヴストーリー」ちゅうドラマがおましたけど、これは織田作センセイの「大阪ラヴストーリー」でんなあ。だいぶドンくさいけんど。元祖「(ゼニを)取れんディ・ドラマ」や。
森繁はんの若旦那柳吉、甘えたでワガママの道楽モンやけど、根は優しいんでっせ。お景ちゃんの芸者蝶子はそこに惚れまんねん。そやけど手代の長助みたいなワルもおる。柳吉をそそのかしてつけこみよるなんて、ほんま何してけつかんねんだ。そいでオナゴはんにはいいとこみせたいんやけんど、うまくいかへんもんでどんどん屈託してまうんですわ。
きょうびの大阪にはこういうお人よしはもうおまへんな、船場のぼんいうたら、いまや村上ファンドの社長さんでっせ。あとは長助みたいなタカリばっかりや(嘆)。
そやけど、オトコ本位のムシのいい映画やありまへんで、弱いオトコのどうしようもないやりきれなさ、もう堪忍してえなあちゅうとこですわ。そいでオナゴはんはとことん強いでんなあ、昼間っから障子閉めるとこなんか、そらあんさん、ぎょっとしましたがな(汗)。
◆まあ森繁はんと千景はんの関西弁を堪能しとくんなはれ。
蝶子が自殺未遂を図ったとき、あわてふためく柳吉の関西弁なんかオモロイでっせ。
「生きる」の八段活用してますわ(笑)
“生きてまっせ”
“生きているかな”
“きっと生きてるねん”
“どないしよ生きてるがな”
“生きてるか”
“生きてまんな”
“生きてまっせ”
“ほんまに生きてんねん”
◆柳吉の勘当がとけへんで代わりに婿養子に入る京一、憎たらしいやっちゃが、なんと山茶花究でおますわ(笑)。なんかイヤミな役者がおった思てましたけど、駅前シリーズの軽みとは、別人でんなあ。なんせ“キチガイみたいなきれい好き”と陰口を叩かれてまっせ、もうソーレン屋みたいな根クラなやっちや。コメディアンが冷血人間やると怖いいいまっけど、ほんまそうでんなあ。
まあこの人も変わった役者さんでおました。
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by chaotzu | 2005-06-27 21:36 | 日本映画
2005年 06月 26日

【NHK】 「日本のこれから〰人口減少社会」 少子化って悪いこと?

◆ついつい2晩つづきでみてしまう。なかなか熱のこもった議論伯仲で面白かった。それにしても、遥洋子はあまり議論したくない相手であるなあと認識、気合だけでもう負けてしまうよ(苦笑)。
まあ、なにはともあれ「遥洋子」と「和民」の宣伝になったんじゃなかろうか(悪口ではない、念為)。
◆「クルーズ夫婦」、わざわざ私生活をさらして出演までしたのに気の毒だった。“クルーズ・ツアーに年間5回は行く年金夫婦”というビデオ紹介の段階で、もうスタジオに怨嗟ムードが充満している(汗)。NHKの担当者もそれぐらいの想像はじめからできないのかな(苦笑)。
たしかに今現在でみれば、恵まれたほうの身分かもしれない。だけど、子供時代は戦争中、青春期は戦後の混乱期という世代である。あるいは先憂後楽の世代といっていいかもしれない。もとよりこのご夫婦だけではない。海外パックツアーに年間何回も行かれる老夫婦なんてざらにいる。旅行業界なんかは、年金でもっているようなものではないのか。b0036803_234832.jpg
それが名指しで非難を浴びかねないような紹介のされ方はちょっと配慮に欠けていたのではないか。だいいち、この年代のひとにはおおいにムダづかいをしてもらわないといけないのだ。元気があるのはおおいにけっこうなことで、医療費の負担になるよりは余程ましである。

◆NPOの花婿学校なるものがあるなんてはじめて知った。六本木ヒルズで待ち合わせしてとかデートの計画を真剣に練っている。その一方で出張アロマテラピー大好きで独身志向の映画宣伝ウーマン。いやはや、おじさんには勉強になるが、思いもよらない社会になりつつある。いずれにせよ6連敗中Yさんの健闘を祈りたい。

◆本題の人口減少社会、堺屋センセイに同調するわけではないが、あまり心配することもないかなと思っている。「このままでは国力が衰える」とか「国家的危機」などと心配される向きもあるようだが、物事にはなんでもいいこと悪いことの両面があるはずだ。
もともと日本の食糧自給率(カロリーベース)は40%ぐらいしかない。その点では今の人口1億2千万人は多すぎるのである。食糧安保に関していえば、自衛もへったくれもない。
そもそも人口と「国力」はリンクするものなのか、北欧諸国のごとく1千万人もいなくても、立派な存在感を示している国もあるし、あるいはその逆の国もある。
◆いくら政府が少子化対策に努めたとしても、いまの流れはある程度まで止まらないだろう。
漠たる発想であるが出生率の低下は日本人の「種全体」として、将来に向けての不安意識が反映した結果ではないのか。先の食糧のほか、エネルギー、環境、戦争、災害などいろんな要因が、いまのままではとてももたないと人口の過剰感を指し示しているのではないか。
◆俗に云われる構造改革も、人口の減少過程における必然現象とみることができる。爆発的に人口が増加した時代は、社会全体の扶養家族(あるいはパラサイト)が増えるため、あの手この手で「分配」する仕組みが出来上がる。卑小な事例でいえば、道路公団など特殊法人のファミリー企業、子会社どころか孫、ひ孫まであるが、ことの善悪は別として、なるべく多くの人間に食い扶持を分配するシステムになっている。談合もその範疇だろう。問題となった大阪市役所職員の厚遇問題もあえて別の見方がある。年間3億円の制服代で潤う業者もいるし、互助会に出入りの業者もいるだろう。官民接待に官官接待はいけないが、地方の料理旅館はそれでしのいでいた。NHKのタクシー代年間43億円はけしからんが、回りまわってそれで生活するタクシー乗務員家族がいるといった具合、いってみれば日本独特の共産主義みたいなものがこれまであった。人口が減ってくると、そのような過剰人口ゆえの「分配システム」が自ずと不要になってくる。政治家が旗振りしなくても自然に発生する構造改革である。
◆過疎の問題をどうするか。過疎地の方には申しわけないが、いま現在でも、補助金・交付金や辺地過疎債などの財政上の優遇措置、それに選挙区定数の不均衡でもって、なんとかもたせている状況ではないのか。それでも番組中で紹介された某町のごとき、ジリ貧状態になっている。無理矢理財政上の延命措置をとっても、なかなか現状のすう勢は変わらないだろう。
もっとも、セカンド・ハウスあるいは週末農園の普及など、新しいライフ・スタイルがどんどん生れてくるのではなかろうか。現時点では思いもよらない新しい発想がきっと出てくるだろう。
だから、それほど先行きは悲観したものにはならないと思いたい。きっとそのはずである。
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by chaotzu | 2005-06-26 23:10 | 時事
2005年 06月 26日

【ビデオ】 「秋日和」 珍しや小津の爆笑ムービー

◆1960年松竹映画。ビデオ・ストックの消化であるが、30分ぐらい経ってから、どうも前にみたことがあるようだと気づく、それでもけっこう面白い。最後までクスクス笑いっぱなしである。b0036803_22521498.jpg
テーマは「花嫁の父」ならぬ「花嫁の母」、なんと原節子が花嫁の母になる。おまけに母娘で鉄筋の団地住まいである。リアルタイムでみた人にとっては、衝撃が走ったかもしれない(笑)。
そりゃそうで、このときまだ40歳なのだ。まだまだ娘役の司葉子を凌駕するものがある。はたして後述のおじさんトリオも同じ話題で盛りあがっている。
吉永小百合なんて還暦間近になっても、恋愛映画に出演している(汗)。それに比べると実に思い切りのいい女優さんだったんだなと、あらためて思いしる。
◆みていて愉しい映画である。とくに佐分利信、中村伸郎、北竜二のおじさん3人組の“漫談”がいい。ビジネスなど俗世間の話題は一切なく、学生時代の思い出や亡くなった親友の娘の縁談などで座が盛り上がる。女将をからかうシーンなんかは定番ギャグになっているようだ。
いわば「中年閑居して不善をなす」ならぬ「中年閑居して大きなお世話をやく」はなし。他愛のないはなしが、ふくらんでいって、なんだかおかしくなってくる。
佐分利信、どこか星野仙一に似ている。正確に云うと星野仙一のほうが似ているのだが、いや新発見であった。そうすると中村伸郎はヒロオカさんか、じゃ北竜二は誰があてはまるんだろう、てなことを考えてしまう。いや、ドーデモいいですが(汗)。
あと、ジョニ黒が平然と出てくるのにもビックリ。今ならばなんちゅうことないが、当時はサントリー・オールドでも上出来の時代ではなかったか。
◆もうひとり重要人物がいる。岡田茉莉子である。司葉子の同僚OL役ではじめ脇役かとみていたところ、なんのなんの後半ぐいぐいアピールすること。とくにおじさんトリオをとっちめる場面は、愉快ツーカイで抱腹ものである。北鎌倉あたりの良家の子女ではなく、東京下町の寿司屋の娘で世間慣れしているという、これまでの小津映画にはあまりみなかった強烈キャラで、完全に司葉子を食っている。
そう、この映画は原節子&おじさんトリオvs岡田茉莉子の映画でした。
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by chaotzu | 2005-06-26 22:54 | 日本映画
2005年 06月 25日

【DVD】「スラバヤ殿下」森繁のデタラメ外国語炸裂の怪作

◆1955年日活映画。奇妙奇天烈な珍作であって、今ならゲテモノ扱いされるかもしれない。よくぞDVDにしたものよと、まずは日活担当者の勇気に敬礼したい(笑)。
冒頭から寅さん映画風のオープニング、森繁久弥が1人3役をこなす。生真面目な原子物理学者の兄と詐欺師の弟、そして顔を黒塗りした“スラバヤ殿下”である。最後は無国籍風ミュージカルまでやるという怪作。原作はなんとかの菊田一夫である。ビキニ環礁の被爆事件を逆手に取った人情喜劇であるが、よくもこんな珍作、書いたものだなあ(笑)。b0036803_6501891.jpg
◆“わたしいのラバさ〰ん、酋長の娘♪”といったかつての日本人が抱いていた素朴な南洋土人ものであるので、今ならば物議をかもすこと必定だろう。いつも踊ってタイコドンドンで過ごしている、酋長の娘に惚れられたら一生寝そべってパラダイス気分、そばには山盛りのトロビカル・フルーツ。これって昔の日本男児ならみんな罹った南洋楽園願望そのままじゃないか(笑)。おまけに、「土人」のオンナはみな上半身ハダカでおっぱいポロリである。「土人」のオンナなら映倫もパスするのか?(苦笑)。
それでも、途中までは面白い。もうとことん、徹底してオバカ喜劇で押し切ってもよかったのだ。あにはからんや、ラストは瞼の父ドラマや兄弟愛でお涙ちょうだいにしてしまっている。惜しいなあ(嘆息)。
◆森繁のあやつるデタラメ外国語のおかしさ、ずっと後にタモリが売り出したが、森繁はそのパイオニアだったのか。こういうのはアドリブだろうが、なかなかたやすく出来ることではない。
“マクロネシア”からの留学生と称する三木のり平とのあやしげな会話に爆笑する。
“パチコンパチコン、チンジャラジャラ”
“ポポライ、ポポライ”
”オームカイ、ムカイ”
“チンタラカムシャマヨ”
“オーカムシャマ、カムシャマ” いつの間にか、安里屋ユンタになっとる(笑)。
このほかにもアカランド国のスパイ有島一郎やドルマニア国のスパイ千葉信男による珍妙な外人日本語も滅法おかしい。
“オーッ、ワッタシ、ソレホシイデエス、ソーリーネ”、大の大人がみんなふざけまくっている。
◆日本の“四さま”こと伊東四朗がこの映画の大ファンで、主題歌が今でも唄えるとか、そしてそれを森繁翁に教授したというエビソードをどこかで読んだ記憶がある。当の森繁がもう忘れていることを、しっかり憶えこんでいる伊東四朗、とてもおかしい。だけど、この当時、こんな作品を何度も丸暗記するぐらいみていたなんて、伊東四朗の青春の屈折がうかがえるハナシでもある。
 ♪バズー、バズー、腰ふりダンス~
こんどCDをさがしてみたい。
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by chaotzu | 2005-06-25 23:59 | 日本映画