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2005年 06月 25日

ミュージカル・バトン〰わたしの5曲ほか

ちょっと出かけておりまして、その間にミュージカル・バトンなるものを頂戴しておりましたので、回答させていただきます。とどさん、遅くなりましたがご容赦ください。b0036803_9343489.jpg

Q1:コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量
A1:0バイトです。遅れています(泣)。

Q2:今聞いている曲
A2:「エンニオ・モリコーネ・クロニクル」〰つくづく間口の広い作曲家だと感じいっております。

Q3:最後に買ったCD
A3:モーツァルトの「クラリネット五重奏曲」(ザビーネ・マイヤー)です。最近はクラシックばかり買っております。800〰1000円で名盤がたくさんあります(汗)。

Q4:よく聞く、または特別な思い入れのある5曲
A4:
・松岡直也「ハートカクテル」VOL2より「兄のジッポ」〰松岡直也のハートカクテルは名曲ぞろいだなと思っています。
・高橋真梨子「トライアド」より「ハート」〰バラードの名曲、とても唄えませんが。
・大林宣彦・久石譲「草の想い」(映画「ふたり」の主題歌)〰素人どうしの歌がとても新鮮でした。
・ニール・ダイヤモンド「スィート・キャロライン」〰洋ものボビュラーソングにはまったのは、このひとからです。
・萩原健一「大阪で生れた女」〰本家はBOROですが、よく聴いたのはこっち。カラオケの定番です。
上記はおそらくこれまでの人生でよく聴きあるいは唄った5曲です、ただしビートルズは除きます。

Q5:バトンを渡す5人
A5:すいません。ここだけパスします。
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by chaotzu | 2005-06-25 09:36 | 音楽
2005年 06月 25日

【DVD】「お茶漬の味」これぞオヅ・マジック!元祖プログレ・ムーヴィー

◆1952年松竹映画。ビデオ・ストックの消化である。
この映画、タイトルこそありきたりであるが、社会風俗も家庭のあり方も、当時の最先端である。いやそれをも突き抜けているようだ。時代背景を踏まえると、内容はものスゴいというか、トンでる映画であり、まさにプログレしている。ちなみに黒沢明は同年「生きる」を発表している。b0036803_9263094.jpg
 講和条約でようやく独立したばかりの日本、まだまだ貧乏な国であるが、この映画はそういった雰囲気をみじんもみせない。登場人物の生活ぶりは垢抜けている。主人公の家には内風呂もあり冷蔵庫まである。そして、お手伝いさんもいる。なにせ主人である商社部長の佐分利信は、ウルグアイまで海外出張する身分である。そして、大磯に住む舅はなにやら財界の大立物風である(GHQの追放?)。とにかく当時としては破格の上流階級だ。
◆若い頃ならば、こんな現実と遊離しまくった映画なんぞとバカにしていたかもしれない。ところが、今みると、クスクス笑いがこみあげてなんとなくホノボノするのである。戦後の荒廃した風景があちこちにみられた時期である。地方のひとは生々しい現実よりも、華やかな都会風俗、そして貧乏臭のないモダンな生活をみたかったのだろうか。結果的に映画がまったく経年劣化しておらず、家庭ドラマとして今でも十分普遍性がある。これぞ小津の魔法使い?
◆もの云う女性の登場である。戦前社会の男性に従属したおとなしい女性はだれひとり出てこない。みんな闊達で云いたいことをいう。我慢しているのはむしろ男性のほうである。いんちきな理由をこしらえて修善寺温泉に行った小暮美千代は、亭主を“鈍感さん”と呼び池の鯉にたとえている。
その亭主の佐分利信、厳格かつ寡黙、まさに旧きよき時代の家父長的権威を感じさせるひとだった。その威厳のかたまりみたいなひとが、この映画では妻にボロクソなのである。汁かけ飯を食べたといっては罵られている(笑)。いまでいう「仮面夫婦」の先取りである。
◆小暮美千代と親友の淡島千景の会話、お景ちゃんのサッパリ感が毎度いい。
(景)“ウソつかないご夫婦なんて世の中にあるかしら、みんな少しはどっかでウソついてんのよ”
(暮)“お互いにウソつかない、いいご夫婦だってあるわよ”
(景)“ないないそんなの、もしあれば、お互いにもうすっかりあきらめているのよ、ウソつくのさえ面倒くさくなっているのよ”
◆ラストは、ちゃんと夫婦和解してめでたしめでたしである。ちょっときれいに終わりすぎかなと思わぬでもないが、観客はハッピー・エンドと東京の最新風俗のふたつで満足できる仕掛けである。まあ、戦後、女と靴下は強くなったという、それを実感させる映画である。
◆佐分利信の若い友人に鶴田浩二が登場、カンカン帽をかぶって、その若々しいこと。とんかつ屋、ラーメン屋にパチンコ店(店主がなんと笠智衆だ)、そして競輪など東京の最新風俗を案内する役も兼ねている。佐分利信に英語力を試されるシーン、
“南京虫は英語でなんというんだい”
“えーっと、ピーナツ……”
小津でもこんなギャグつかうんだなと、思わぬ感心。
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by chaotzu | 2005-06-25 09:26 | 日本映画
2005年 06月 21日

【DVD】 「神阪四郎の犯罪」 万能俳優森繁の真骨頂

◆もともとは洋画のほうが好きだった。アクションもハデだし、ねえちゃんもキレイだ。なにより華やかである。日本の映画はどうもビンボーくさい。そもそも日本映画がどん底の時代=青春であった。だから、洋画に比べると日本映画はあまりみていない。
だけど、このところ日本映画がやけに懐かしいのである。いい年になってきたので、無意識に人生の記憶をたどる作業に入っているのだろうか。実際のところ、昭和30年代なんてろくに記憶していないのだが、いまあらためてみる当時の日本映画には、なぜか親近感がわく。もしかしたら幼児期の刷り込みがあるのだろうか(笑)。いまの若いひとが、スターウォーズの初期3部作をみる気持ちと、どこか共通するものがあるかもしれない。b0036803_22294746.jpg
◆1956年日活映画。初期の文芸映画シリーズであり、石川達三の同名小説が原作である。裕次郎の出現なかりせば、文芸路線はもっと続いていたかもしれない。もったいなく思わぬでもない。
冒頭、夜の銀座の暗さにびっくりする。今なら地方都市の駅前以下の暗さである。むかしの東京は、こんなに暗かったんだな。
映画は裁判形式のドラマである。被告人の森繁久彌について、証人みなそれぞれの立場から発する証言はさまざまで、いったいなにが真実やら判然としない。被告人の実相は最後まで薮の中である。つまるところ回想シーンのなかで、主演の森繁はいろんな人格を演じ分けられるという仕掛けになっている。はたして芸達者ぶり全開である。
まじめな父親の森繁、おねえコトバの森繁、卑屈に機嫌伺いする、セクハラする、やたら威張る、そして最後は法廷で大演説をうつ。もう百面相である。警察日記にあける田舎の朴訥人間のイメージはみじんもない。なかには渥美清を彷彿させる芝居もある、いや渥美清が森繁のコピーをしているのだろう。これほど芸の引き出しが多い役者だったのかとあらためて思い知らされる。
左幸子以下脇役陣もみな達者であり、いってみれば俳優の演技合戦のような映画になっている。
◆リアルタイムで記憶する森繁久彌は、昭和40年代のテレビ・ドラマ「7人の孫」あたりからであるが、この頃になるとホームドラマ特化の好々爺キャラになっている。駅前や社長シリーズなどの風俗喜劇にしても、映画俳優としては肩の力を抜いており、たいして全力投球したものではない。結局のところ、これまでは森繁のほんの一部分しかみていなかったことになる。
いやおそれいりました。
◆関係ないけど、阪神の岡田監督と森繁がちょっと似ている。よく亡くなった藤山寛美に似ていると云われるが、この映画における被告席の森繁のほうが似ていると思う。
まあどーでもいいが(笑)。
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by chaotzu | 2005-06-21 22:37 | 日本映画
2005年 06月 20日

【DVD】 「デュエリスト-決闘者」 ストーカー映画巨匠の処女作

◆1978年イギリス映画。イギリス人のリドリー・スコット監督の第1作は、ハリウッド俳優によるフランスが舞台の物語である。皇帝ナポレオンの時代、決闘オタク(ハーヴェイ・カイテル)につけ狙われて、何度も決闘するはめになる気の毒な同僚将校(キース・キャラダイン)のはなし。b0036803_2211220.jpg
◆実はカイテルが同僚のキャラダインを好きだったという隠れ設定だったかもしれない。だけどキャラダインは鈍感というかいつまでたってもつれない。そこで、自分の存在をみつめてほしいというわけで、とうとう「決闘」をだしにしたストーカー行為に及んだというわけである。いわば究極の愛の表現だ(嘘)。
その結果、15年間で5回(たぶん)も決闘することになる。200年前の昔は、愛情のやりとりも命がけの行為だったのであろうか。現代人の感覚でみればキ○ガイ沙汰であり、とても理解できないだろう。

まあ、そんな映画である。ストーカー男も最後はさすがに虚しさというかバカバカしさに気づかざるを得ない(笑)。そして、観てるほうはもっとムナシくなる。映像が美しいのが救いである。
◆参考までに付記すると、R.スコット監督の2作目もストーカー映画である。こんどは未来世界でなんと宇宙船のなかという密室設定である。何にも考えていない人格障害的なストーカーが登場する。ただ女の子を追いかけ回す不気味な奴だ。そしてヒロインのショーツに指先がかかる寸前まではいく。しかし一部観客の応援もむなしく、ラストはあっけなく宇宙空間に放り出されてしまう。ストーカー映画の金字塔として評価する向きもある。
 さらに、同監督の3作目もストーカーを描いた映画である。こうなると監督の趣味というか病気かもしれない(笑)。おまけにストーカーの対象は人間ではなく人間型のロボットだ。これもけっこう名作評価が定着している。
 こうなると、柳の下にドジョウが三匹もいたということになる。

 ふーっ、あんまりアツいから無茶苦茶書いてしもた。
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by chaotzu | 2005-06-20 22:18 | 外国映画
2005年 06月 19日

沖縄県民、かく戦えり

◆昨夜のNHKスペシャル「沖縄よみがえる戦場〜読谷村民2500人の証言〜」は、かなり胸をうつものがあった。沖縄本島の中部、広大な米軍嘉手納基地のそばを通り抜け、巨大レーダー施設「象のオリ」が目に入ると、そこが読谷村(よみたんそん)である。戦争末期、米軍はここから上陸した。b0036803_21363898.jpg
◆昭和20年4月1日、アメリカ軍が艦砲射撃の後、読谷村に上陸、有名なチビチリガマの「集団自決」事件はその翌日のことである。波平地区の避難住民約140人のうち83人までが亡くなったという。「集団自決」といわれるが、実際は「集団的な強制死」だろう。数少ない生き残りのひとがはじめて口を開く。米軍に見つかると殺されるとみんな思い込まされていた。ところが実際に助けてくれたのは米軍のほうだった。
 そして、しまいに日本軍の兵隊が疑心暗鬼のあまりスパイ容疑で住民を惨殺する。男は刀剣でめった刺しにされ、女子供は浜辺に並べて手榴弾を投げつけた。もちろんアタマのおかしくなった一部軍人の蛮行であろうが、なんたることか。
 前に並んだ女性は伏せて助かるが、後列は手榴弾を浴びる。血まみれになった幼女を米軍兵が搬出していくが、惨劇を生きのびた女性はその後がずっと気にかかっていた。そのふたりが60年ぶりに再会する。あの幼女は生きのびていた。だけど、父親は友軍に殺され母親は発狂、育ててくれた4歳上の実兄も後に精神を病む。手榴弾の傷跡だらけで夏でも長袖である。顔もキタナいと云われる。沖縄を捨てていま大阪に移り住んでいる。
◆60年前に自決した沖縄海軍隊の大田司令官による有名な電文。
「沖縄県民かく戦えり。 県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」
ほんとうにそのとおりだ。ヤマトンチューは沖縄の人々にはかり知れない負債を負っていると思う。
 しかし、まもなく戦後60年経つが、その間に日本人全体に記憶の浸食現象が起こっているようにみえてならない。沖縄の人々に対しても、基地太りとか公共事業漬けなど、ヤマトンチューによる冷笑的な視線を感じるときがある。この間は青山学院高校の入試問題で、ひめゆりの語り部を揶揄するかのような出題まであった(ネットで全文から設問まで読んでみたかぎりであるが、英語読解力の試験にしてはちと無神経だろう)。
 再掲する。「県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」
もう、その有効期限がきれかかっているのだろうか。だとしたら寂しいことである。いまだに読谷村の5割ちかくは米軍基地が占めているのだ。
 テレビをみてそんなことをつらつら考えた。
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by chaotzu | 2005-06-19 21:43 | OKINAWA
2005年 06月 19日

【DVD】 「警察日記」 かくて人生はつづく……

◆1955年日活映画。日活といえは、裕次郎に無国籍アクション、石坂洋二郎の青春モノ、そして日活ロマンポルノを想起するが、この映画は戦後の日活が映画制作を再開した初期の作品である。はじめてみたが、日活がかつてこんな映画もつくっていたのかという新鮮な驚きがあった。
b0036803_2126167.jpg◆会津磐梯山のふもとにある田舎町の警察署を舞台にした人間模様である。
昭和29年頃の製作だから、人々のまだ貧しいこと。それでも生き方はどこか大らかである。役人風をふかす小役人はいても、根っからの悪人はだれ一人出てこない。
いろんなエピソードをつなぐ点描スタイルの映画であるが、この前にみた「茶の味」よりははるかに訴求力がある。

◆冒頭から花嫁を乗せた乗合バスの運転手に、新婦の縁者が酒を勧めている、運転手も呑んで運転している。警察官を描いた映画であるというのに、なんという大らかさだろう(笑)。
 町出身の通産大臣が来るというので、役場や警察の署長はそのお迎えに大騒ぎであるが、森繁久弥たち警察官の職場では、戦後の貧困ゆえの事件が次々と押し寄せる。幼い姉弟2人の捨て子を抱えて森繁巡査が児童相談所等を奔走するが、どこも引き受けてくれず、たらい回しにされる。やむなく姉(二木てるみ)は自宅で面倒をみる。“なあに、子供がひとりぐらい増えたっておなじだ”
 三国巡査は困窮のさなかにある農村子女の境遇に心を痛めている、というか、女工として周旋屋に身売りされる女の子が気になってならない。
万引きや無銭飲食でつかまった母子がくる。殿山巡査が取調べする。
“ぼうずはなに食べたんだ、怒らないから云ってごらん”
”カレーライス“
”うまかったか”
“うん”
“それから、それだけか”
“ラムネ……”
(母親に)“おっかちゃんは何を食べたんだ”
“………”
“母親のほうはお茶を呑んだきりだそうです”
この母子、引揚者一家であるが、父親がずっと行方不明で困窮のきわみにあった。まだ、節度があった時代だったのである。そして母子と父親の再会場面は感動的である。
◆俳優メモ
・伊東雄之助;農村純情青年、後年の怪優ぶりがみじんもうかがえない純情演技がみもの。
・東野英次郎;息子5人を戦争で亡くして気がふれた元学校長、いつも軍服姿で万歳の連呼をしている。どこかモノ悲しいが、町の人の視線は暖かい。
・殿山泰司;あら珍しや、泰ちゃんの警官である。もうこの時分からふけている。
・宍戸錠;新人時代か、豊頬する前だから、誰かわからないぐらい別人である。
・杉村春子;周旋屋で登場、警察で取調べされてもけろっとしている。堂々たる貫禄芸。
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by chaotzu | 2005-06-19 21:27 | 日本映画
2005年 06月 18日

【DVD】 「日曜日には鼠を殺せ」 ところでダレが鼠なんだ

◆1964年アメリカ映画、モノクロ。かなり印象的なタイトルであるが、実際は地味なつくりであって、ちとタイトル負けの感がある。配給会社の気張りすぎか。原題はヨハネ黙示録出典の「蒼ざめた馬をみよ」。
ハリウッド映画人の好きなスペイン内戦ものである。「ナバロンの要塞」で同志だったグレゴリー・ペックとアンソニー・クインがこんどは敵味方に別れる。ペックが元スペイン人民戦線の英雄、クインがフランコ政権下の警察署長で仇敵関係になる。クインはギリシア人をやって、とうとうこんどはスペイン人である。中国人の役でもやったかもしれない(笑)。
b0036803_10175963.jpg◆物語はスペイン内戦から20年後、フランスに亡命したペックの捕捉に執念を燃やすクイン署長が仕掛けた罠、それにどう立ち向かうかというサスペンスものである。
カトリックの若い神父(なんとオマー・シャリフ!この人も多国籍俳優だ)が悩んだ末、ペックを訪れて忠告するが、ペックがなかなか聞き入れようとしない。内戦のときに、カトリック教会がフランコ軍についたことへのこだわりもあるし、ペック自身も年老いて心中に屈折を抱えている。
ラストは「蒼ざめた馬」を承知で死地に赴くペック、そしてそれを不思議がるクイン署長の対比とあいなる。ハラハラドキドキ感はあまりなく、手に汗握るというほどではない、かといってつまらない作品というほどでもない。評論家の便利なことばでいえば“佳品”である。
 スペイン現代史に興味のある方はもっと面白いかもしれない。
◆冒頭、スペイン人少年がフランスに密入国する。山を登ったところに国境があるが、それも浅い川ひとつである。ものすごくカンタンにみえる密入国である。
そして、フランスでは空き地があれば子供たちがサッカーで遊んでいる。スペインから来た男の子もサッカーですぐ仲良しになっている。
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by chaotzu | 2005-06-18 23:59 | 外国映画
2005年 06月 17日

【ビデオ】 「OUT」 女性4人の人生再出発物語

◆2003年日本映画、原田美枝子&平山秀幸監督つながりでレンタル。
桐野夏生の原作は途中挫折していたので、映画のほうもパスしていた。ところがみてみると、全然別物である。原作はクライム・ノベルだが、映画のほうはコメデイ。それで正解なのだろう。だから、原作の残像をおっかけてみるとちと辛いかもしれない。b0036803_2227288.jpg
◆夜中にコンビニ等に出荷する弁当工場で働いている女4人の物語である。全員深刻な問題を抱えた境遇にあって、コメデイ仕立にでもしないとやっていけないだろうと思わせるほどである。深刻さも臨界点を突破するとかぎりなく喜劇に接近していくのだろうか。あるいは女性の「現実からの決別」という視点でみれば、「テルマ&ルイーズ」の4人版かもしれない。
・原田美枝子;元信用金庫職員のしっかり者で、仕事仲間に金貸し業もしている。だけど夫はリストラされて昼間はカプセルホテルで時間つぶし、ひとり息子は口もきかない。もう家庭崩壊状態だ。
・倍賞美津子;師匠と呼ばれてみんなから頼りにされている。エロばなしが大好き。だけど家では寝たきりの義母が待っており、その介護がたいへんである。当の義母は“クソーっ、長生きしてやるう”と云うだけで感謝のことばも吐かない。10円貯金で知床オーロラ旅行が夢。
・室井滋;唯一のひとりものであるが、ブランド中毒で中村うさぎのごとき買物病、借金の自転車操業状態でもう破産同然である。“あたしにはモノしかないのよお”
仕事ぶりもたるい。原田美枝子からバカバカと面罵されてばかりで、元ワセダ演劇部の才媛もかたなしである。だけど、そのパープリンぶりがあっているんだな。
・西田尚美;バクチ狂いかつDVという最悪夫、おなかの赤ちゃん承知で蹴ってくる夫に反撃するのが、はなしの発端。おとなしそうで意外とずぶとい性格であったりする。すぐに幼児ことばをつかう。
◆よくまあ、現在ニホンの暗いはなしばかり集めたものである。だけど、どんどん深刻になるはなしと反比例するようかのようにギャグが炸裂する。
夫を殺害した修羅場で、冷蔵庫内の賞味期限チェックをしている西田尚美、倍賞千恵子が死体をみて、“皮かぶっているねえ”“カツオのたたきだねぇ”、ブランド品を見せればすぐに転ぶ室井滋。
なかでも、4人組がカラオケ・ルームで鳩首相談するところが爆笑もので、いつの間にか歌謡ショーになっている。はじめ嫌がっていたはずの原田美枝子が“人生いろいろ”を熱唱している。西田尚美のマラカスはちゃんとガイコツ仕様である。
◆吉本の間寛平がカジノの用心棒役で登場、いつもは無口で文庫本をずっと読んでいるが、実は凶暴きわまりない。吉本でよいよいのじいさん役で売り出したのが信じられないくらいの変貌、そういえば、全部逆転の発想である。家庭のおとなしい主婦が死体解体業、DV夫に虐げられるが、その実したたかな妻、ひきこもり息子に決別する母親、そして、ラストに出てくるトラックの運ちゃんは女性でなんと吉田日出子が演じている。
◆脚本の鄭義信、シリアスからコメデイときわめて守備範囲のひろい作家であることにあらためて感心する。かなり社会の底辺をみてきたのではないか。姫路の出身であるとは、うかつにもこれまで知らなかった。
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by chaotzu | 2005-06-17 22:28 | 日本映画
2005年 06月 17日

ノムさん流生き方

◆サラリーマンの読み物といえば、なにはともあれ日経新聞だ。最初に目を通すのは最終面、連載中のエロ小説である(大汗)、渡辺淳一の「愛の流刑地」。間違っても一面ではない。おそらく日本中の謹厳実直氏が毎朝熟読玩味し、こういうところへ自分も流刑されたいと願望している(笑)。
 次に読むのは「私の履歴書」、エラくなってここで好き放題云えたらどんなにいいだろうか夢想する。サラリーマン夢の殿堂である。ここに6月から野球の野村監督が登場した。これがまた面白いのである。
b0036803_21232484.jpg◆ノムラさん、サッチー騒動や阪神監督退任などで、すっかり落魄したかと思った時期もあるが、どうしてまだまだしぶとい。日本一を経験した監督が新興社会人チームの監督を務めるなど。そう真似のできる生き方ではない。球界の不倒翁は健在であり、月見草はたやすくしおれない。
今週の記事は南海時代の“蔭山新監督急死事件”に触れており、なかなか興味深いものがあった。戦後初の三冠王をとったのに、当時の鶴岡監督から“チャンチャラおかしいわい”と云われたこと、また蔭山派にみられて疎まれていたこと、派閥争いがもたらした蔭山新監督の心労などアケスケに開陳している。また、西鉄のエース稲尾投手に手こずり、打者としていろいろ攻略の工夫をする様子を、盟友の杉浦投手が稲尾投手にカンタンに喋ってしまったことなど、独特のぼやき節恨み節のさくれつである。
◆もっとも、鶴岡氏や杉浦氏などもう反論しようもない故人をあげつらうのはよくないという見方もある。なによりノムラさんの一方的な発言かもしれない、あるいは些細な行きちがいが歳月と共に肥大したかもしれない。そういうことはよく分かる。
それでも、今こそ常識のシンキング・ベースボールに逸早く着目するなど、日本野球の技術革新に目覚しい功績があることは誰も否めないだろう。いってみれば、ナガシマさんの生き方とは何もかも好対照である。日本人としては異端の人生かもしれない。毀誉褒貶はあっても、なにか惹きつけられるものがあるのだ。
 サッチーは好きになれないが、サッチーを最後まで見捨てないノムラさんの生き方、それもまた大したものじゃないかと思っている。
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by chaotzu | 2005-06-17 21:28 | 野球
2005年 06月 16日

【読書】 久世光彦「大遺言書」 森繁爺さん、長生きの秘密

◆このところ、森繁映画にのめりこんでいるので、少しは俳優知識も仕入れねばならない。
3年前から週刊新潮に連載がはじまり、今も続いているコラム?を単行本化したものである。久世光彦が毎週世田谷区経堂の森繁邸を訪問して、聞き取った森繁節をまとめるという趣向。b0036803_520596.jpgなにせ森繁翁も気ままに語っているので、聞き書きといっても、大半は久世光彦の作家仕事であろう。また、書き手とモデルの距離が近すぎるので、よいしょ本のきらいもある。それでも面白く読ませる。
 だけどここまで続くと、森繁Xデーの前に久世光彦のほうが先に逝ってしまうかもしれない。
オソルベシ森繁ジイサンである。ただいま92歳。

◆これまで、森繁久弥はてっきり満州帰りの東京人だとばかり思い込んでいたのである。ところがとんでもない勘違い。実際は大阪・枚方生れの西宮(鳴尾)育ちである。佐藤紅緑一家と隣り近所だったらしい。なんだ関西人だったのか(笑)。
関西訛りがないし、「森の石松」イメージもあった、さらに上方の藤山寛美と並びたつ東京喜劇人の旗頭であった、いろいろあっての思い込みが重なりずっと勘違いのままだったのか。関西弁が意外とうまいなんて、そりゃあたり前だ。20歳ぐらいまで鳴尾にいたのだから(苦笑)。
参考までに云うと、鳴尾小→堂島小→北野中→早稲田大学(中退)が森繁久弥の学歴である。小学生時代から、大阪(梅田)まで越境通学していたのだから、子供当時は恵まれた階層だったのだろう。
◆とにかく、助平爺さんとしての森繁語りが多い。わい談が大好きで興がのるとアケスケにしゃべりまくる。50歳過ぎまでナンパしまくっていたそうで、松山英太郎にたしなめられた話や新珠美千代に連夜夜這い攻撃をかけたはなしなど出てくる。淡島千景とは誓って何もなかったと弁明している。八千草薫にもフラれたことがあるらしい。八千草薫叙勲祝いの会の森繁節“私は嘗ての日、この方と結婚したいと願っていました”もう爆笑である。
もっとも、今となれば、どこまで本当かウソか、もう本人ですら分からないだろう。ただ、黒柳徹子は会うたびに“いっぺん、どう?”のお誘いを受けつづけてもう50年と、本人自ら語っている。
◆驚嘆すべき健啖家である。食いものばなしのよく出ること。「経堂・江川」の鰻重、「とらや」の栗蒸し羊羹、「銀座コージーコーナー」のショートケーキ、「柳月」の三方六……、ぱくぱく食べている。おまけに肉も好きでお酒もなお現役である。タバコは90過ぎまで喫っていた。オンナも食うほうもそれぞれ好き放題している。
舞台役者は長生きするという、観客の生気を吸い取るのだろうか、それを地でいっているようだ。座長格であったから、ストレスがたまることもなかっただろう。テレビドラマでもアドリブをやって共演者を困らせるはなしがたくさんある(そんななかで、樹木希林がお気に入りだったそうだから、よほど役者としての勘所がよかったのだろう)。
◆それでも、敗戦後の一時期は相当に苦労したらしい、満州でのソ連兵の暴虐、母親と子供3人を抱えて引揚げ難民、日本帰国後の窮乏生活。それやこれやで俳優としてのデビューが遅くなったことが、逆に芸の肥やしになっている。人生万事塞翁が馬。
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by chaotzu | 2005-06-16 23:59 | 読書