マイ・ラスト・ソング

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2005年 06月 10日

【ビデオ】 「大阪物語」 漫才コンビ版夫婦善哉

◆(はる美)“どうもどうもよう読みにきてくれはりましたなあ。あんたもボーとしてんと挨拶せんかい”
 (りゅう介)“こんな零細ブログにまでようきてくれはりましたなあ”
 (はる美)“「おおきにおおきに“
 (りゅう介)“頼みもせんのに……”b0036803_22322592.jpg
◆1999年日本映画、関西テレビのなんとか記念製作である。「東京物語」といえば天下の名作映画であるが、「大阪物語」もちゃんとあったのだ。全然知らんかったけど。思わずレンタルしてしまうが、この間ボロクソに書いた沢田研二=ジュリーが出演している。
それにしても長生きはするもんだ。あのジュリーが“エロじじい”と罵られて、商店街で相方とレジ袋をぶつけあうケンカである。そしてトンボリ食い倒れ人形の格好までするジュリー(涙)。
◆夫婦漫才がテーマである。はる美&りゅう介という中年のさえない漫才コンビを現実の夫婦であるジュリーと田中裕子が演じる。子供が2人いて、若菜と一郎、あの昭和の伝説コンビであるワカナ・一郎にあやかった。もっとも実際のところ旧すぎて誰も知らない、ミスワカサなら知っているが(汗)。森光子の芝居「おもろい女」のモデルといえばいいだろうか。
 ご多分にもれず、このコンビも離婚する。またまたご多分にもれず男の浮気が原因である。だけどコンビは解消しない。離婚したほうがかえって人気が上がるというし、なにより生活の糧が必要である。元の家の4軒となりに新宅をかまえるジュリー、ネタの稽古でしょっちゅう以前の家に出向いて前妻と顔合わせするというけったいな関係。だけど、「蝶々&雄二」や「唄子&啓助」みたいにいかず、だんだん人気は落ち目になる。そして、また別の女に手を出す……。
◆沢田研二のダメ男、ダメおとうちゃんぶりがとにかくバツグンに傑出している。クラブ通いの次は賭場通いと悪癖やまぬジュリーにマネジャーが苦言。
“ほんま役に立たんことしかしまへんなあ”
“ワシは尖兵隊みたいなもんや、いろんな経験をしてそれをお客さんに伝えているんや”
“それほどの芸ですか” キツイナー(笑)。
前妻役の田中裕子もボロクソである。
“寂しそうにしてたしてたいうて、あんたが人助けいうてるんは、小便くさいオンナばっかりや”
とうとう娘の池脇千鶴にまでダメ出しされる始末。
“おとーちゃんはカスか?”
“そうや、しぼってもカスしか出ん”→このときのジュリーの表情がとにかく絶品である。
◆こうなればもう居たたまれず家出してしまう。それを娘が夏休みに、大阪中探しまくるということで、後半はロード・ムービー風の展開になる。大阪のあちこち紹介みたいなもので、格別きれいな景色があるわけでなし、ここは観るひとの好みが別れるところだろう。
◆ラスト、田中裕子がお墓の手配をする。はる美とりゅう介の墓である。線香をたてると、センサーが働いてありし日の2人の漫才が流れる仕掛け付き。 “全部借金や”
ここでほろっとくる。そして、ここまできて、やっと理解する。
なんだ「夫婦善哉」のトリビュートじゃないか。なんとアタマの鈍いことよ。
「夫婦善哉+父親探し=大阪物語」だった。そして柳吉はりゅう介か。
 そういえば、沢田研二、ことしは藤山直美と「夫婦善哉」の舞台をつとめたところだったな。
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by chaotzu | 2005-06-10 22:40 | 日本映画
2005年 06月 09日

【DVD】 「喜劇・駅前競馬」 馬なり悠々境地の喜劇、なんじゃそれ?

◆1966年東京映画、駅前シリーズ17作目。前作まで脚本を担当した長瀬喜伴が急死したため、藤本義一が脚本を担当している。だからどこか関西テイストがある。舞台は府中の東京競馬場駅前、前年に五冠馬シンザンが登場して、競馬人気が盛り上がってきた時代である。
◆シンザン→19戦15勝2着4回、要するに出走すれば全て連勝にからんでいる。直接は観ていないが、記録や証言からいえばおそらく日本競馬史上最強の名馬。最速馬は他にもいるが、シンザンこそ最強がふさわしい。
若い頃、日本全国を馬券師で行脚して回ればいいなと思ったことがある。小倉、新潟、福島、函館、札幌……、日本中の競馬場を旅して過ごしたいという、若者ならではの夢想(笑)。無謀より前にバカだな。現実は府中で泣き、中山でオケラのさんざんな競馬人生である(泣)。
b0036803_2217767.jpg◆閑話休題、この映画の駅前トリオもみんな無類の競馬好きである。女房の誕生日は忘れても馬の誕生日は覚えている。競馬に入れ込みすぎて寝言まで馬の名前を呼んでいる。だから奥方衆はみな欲求不満気味である。
◆だけど、その奥方衆、淡島千景、乙羽信子、大空真弓の会話もものスゴイ。みんな子供が欲しいんだけど、亭主は夜になると「アラアラ」「バタバタ」でサッパリ役に立たない。競馬にたとえて「見せムチ」や「鼻ネジ」が必要だと盛り上がっている。げに女性は恐ろしい(笑)。
映画は森繁、のり平、フランキーの競馬狂が馬主になって、その賞金は各夫人の「出産レース」で分配しようという、なんともものスゴいおはなし。女性を肌馬扱いで、今ならば絶対問題視されるにちがいないというか。
 とにかく、銭湯の亭主であるのり平が急にジョツキーで出場したり、競走馬の登録もすっとばしたりで、競馬映画とすればほんとにエエ加減なのである。藤本義一が知らぬはずはないから、おそらく承知の助なのだろう。東京競馬場も芝生コースじゃないので、どうもおかしいぞと思っていたら、いまはない山形の上ノ山競馬場で撮影したらしい。なにより右回りである(笑)。まあその辺の大らかさはたっぷり愉しめる映画である。
◆伴淳がやもめの競走馬生産者役で登場、今までとがらり役柄が変わり、女に目もくれない馬ひとすじの愛馬家を演じている。なにせウマと山形弁で会話している(笑)。
で、その放蕩息子が藤田まことであるが、毎度馬面ギャグばかりであまり面白くないのだ。てなもんやの後、しばらく低迷時代が続くが、なんとなくうなづけるものがある。
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by chaotzu | 2005-06-09 22:27 | 日本映画
2005年 06月 08日

【DVD】 「喜劇・駅前弁天」 なつかしの「シェーッ!」ざんす

◆1966年東京映画、駅前シリーズ14作目。こんどは信州諏訪湖畔の岡谷周辺が舞台である。駅前弁天とは、地方の美人コンテストの女王のことであって、当然ながら、レギュラー女優陣が新旧の弁天さんを演じている
◆森繁、伴淳、のり平の3人はかつての兵隊仲間であり、そして彼らの妻はそれぞれ淡島千景、乙羽信子、淡路恵子。いずれもかつての女子挺身隊(笑)かつ駅前弁天である。このうち、森繁は蕎麦屋、伴淳はタクシー会社で成功し、いまや浮気したくてしかたがない。いっぽうのり平だけは文字通り髪結いの亭主でうだつがあがらない。
b0036803_8285021.jpg◆映画はそばの出前コンテストではじまる。昭和30年代までは、自転車片手ハンドルでそばの蒸篭を大量に積み上げたお盆を肩支えして街中を駆け巡るという、今ならば道交法違反必至(笑)の出前スタイルがあった。その競争である。森繁義弟のフランキーが優勝するが、その時森繁たちは諏訪湖でわかさぎ釣りに高じている。わかさぎを釣針つきのまま衣を着けて揚げるという、“おどり揚げ”、店や会社を放り出して遊んでばかりだ。
◆この当時、流行りだしたのがゴルフ、池内淳子の芸者が大のゴルフ好きで、下駄履きの伴淳が練習につきあわされている。旦那と同伴ゴルフに出かけるが、その前にのり平のでたらめパーマで髪の毛をメチャクチャにされる爆笑シーンがある。
 まあ、物語は地方旦那衆の女遊びを巡るドタバタ騒ぎである。何ごとも鷹揚な時代だったのだろうか、とにかく遊びまわること。女に渡す小遣いをすまし顔で「奨学資金」と言い訳している(笑)。いまの中小企業経営者が観たらうらやましくなるだろう。

◆俳優メモ
・藤田まこと;当時「てなもんや三度笠」人気の絶頂だったのではないか。“あたり前田のクラッカー”は一世を風靡した。ところがたいして面白くない。この人の場合は、どんどんつっこむ人、いびる人が要るのだろうな。ただ、フランキーらとコサックダンスをして、最後「シェーッ!」で決めるところは笑った。そうそう「シェーッ!」も大流行だった。なにしろ、あのゴジラまでしたのである。
・津川雅彦:三協精機の好青年役で登場するが、さっぱり面白くもなんともない。この人の持ち味はある種のいかがわしさ、胡散臭さなのだろうが、男前が邪魔して若いうちはそれが発揮されなかったようだ。
◆なつかしの「シェーッ!」で思い出したが、生みの親赤塚不二夫先生の消息をとんと聞かない。
担当編集者の回想録が出版されたが、もしかして具合がよくないのだろうか、なんだか気にかかるところだ。
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by chaotzu | 2005-06-08 22:25 | 日本映画
2005年 06月 07日

【映画】 「ミリオンダラー・ベイビー」これは親娘の物語、「モ・クシュラ」にただ涙ボーダ

◆先週の週刊文春のシネマチャートは、採点者5人みんなそろって最高評価の五つ星だった。
これまでほとんど記憶にないことだ。
アカデミー賞作品はまだ観んぞと思っていたが、たちまち方針転換したよ。b0036803_21152646.jpg

 久々にノックアウトをくらった。テン・カウントどころか100カウント相当のダウンだ。見事にに打ちのめされた。
同じボクシング映画でも「ロッキー」が安っぽくみえる。

 エンド・ロールでサングラスをかけて、うつむいたままで家に帰る。
赤ワインの小瓶を呑む、サントネージュの酸化防止剤無添加有機ワイン、336円。
これぐらいいいじゃないか。

◆クリント・イーストウッドにはふたつ感謝しなければならないな。
ひとつめは、子供のとき、胸をときめかせてくれた“夕陽のガンマン”に。

ふたつめは、あらためて人生をそして孤独を直視する勇気をアシストしてくれたことに。
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by chaotzu | 2005-06-07 21:22 | 外国映画
2005年 06月 06日

【ビデオ】「少年時代」日本映画史上ベストの主題歌

◆1990年日本映画、篠田監督つながりでレンタル。いつの間にか15年も昔の映画になっていた。主人公の母親役である岩下志麻のまだまだ若いこと。実を云うと篠田作品これまでほとんど観ていない。監督特権で美人女優をものにしやがって、仕事と趣味をいっしょにするなといった反発ゆえであるが、本音は僻み根性だ。この映画であらわされる田舎者が都会の人間に抱く憧憬と妬み相半ばの心境とどこか似ていないでもない(笑)。
それでも、「スパイ・ゾルゲ」でこの監督さんの昭和史へのこだわりを感じて、もうちょっと観とこうかと思った次第。本映画を観て半ば納得、少年期の戦争体験が篠田監督の原点だったんだな。
◆田舎の子供といえば純朴というイメージがある、今は知らぬが、自分の子供当時はとんでもない大間違いで、実際はこずるいワル餓鬼である。なにしろ兄弟が多いので、幼少時から生存競争にさらされている。よそ者に対する監視意識があるうえ、都会の子供に対してはコンプレックスの裏返しでわけの分からない敵愾心をもっている。
なにせ東京に行っただけでもスゴいことなのである。行けない子供はなんだかハラがたつわけだ。
その辺のこだわりがほどけてきたのは、新幹線が開業してからじゃなかったか。もっとも、今やユーロ・デイズニーとかフロリダのデイズニーに行ったとか平気でほざく小学生もいるご時世であり、都会と田舎の格差はあまりみられない。田舎の人間のほうがよほどおしゃれな時代である。b0036803_22245177.jpg
◆閑話休題、この映画は東京の小学五年生男の子が富山の親類宅に縁故疎開し、敗戦まで1年間過ごすはなしである。はっきり云ってかなり恵まれたおぼっちゃんである。
しかし、実際の主人公は疎開先の番長、武だろう。アタマもよく統率力もあるが、家庭が貧しくて中学進学も微妙であり、かなりの屈託を抱えている。だから東京からやってきた子供に対する思いは複雑である。仲良くなっていろいろ知識欲を満たしたい反面、嫉妬心や田舎番長の矜持もある。また、少年期特有の同性愛感情もあるだろう。その辺の複雑な感情がうまくあらわされている。
後半、政治力に長ける地主の子供が多数派工作で武を番長の座から追放するが、それでもけっしてくじけない。たったひとりになってもクラスで屹立している姿はアッパレである。
 しかし、この5年オトコ組のはなし、現在日本の姿とも重なってくるのである。風見鶏で多数派を見極める、少数派にはなりたくない。今現在でも同じ心根はある。60年前の子供の社会とあまり大差がないのか(泣)。
 そして権力掌握に成功した地主の息子須藤の家庭も、農地解放や財産税などの占領政策が待ちかまえているだろう。結局のところ、多数に付和雷同する子供たちがラスト・ウィナーなんだろうか、なんだかね。そういう意味ではかなり辛らつシビアーな映画である。まあ藤子不二雄でもアビコ先生のほうは、もともとシニカル畑である。
◆ラストに流れる陽水の同名主題歌、サイコーである。心にしみいる。
 ♪夏が過ぎ 風あざみ
  だれの憧れにさまよう
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by chaotzu | 2005-06-06 22:30 | 日本映画
2005年 06月 06日

「嫉妬社会」にご用心〰JR事故補償

◆JR福知山線脱線事故で電車が衝突したマンションの補償説明が1回目から紛糾している。
JR西社はマンション住民に対して、「購入価格での買い取り」を提示したが、これでもって目いっぱい最高額の補償と思い込んでいたのだろうか。だとしたら甘すぎる。慰謝料の提示をなぜしないのか。意図的かつ作戦的にそれを避けているとしたらとんだ勘違いだろう。それこそ誠意が問われるというものだ。b0036803_20445464.jpg
 
住民にしてみれば、突然被った大迷惑である。引越しするとしても、いっぱい煩雑なことがつきまとう。阪神大震災当時、ただの復旧工事だけであっても住民の負担はたいへんだった。まして住所を移転するとなれば、生活環境が激変する。現地補修の比ではないのだ。

◆おそらくJR西社にすれば、マンション建物の経年減価相当額を控除しないことが、最大級の誠意と見込んでいたのだろう。しかし、物的被害の補償と慰謝料をドンブリ勘定にするとはなんともまずいやり方だ。いままで例のない大規模な惨事である。時速100キロ超で電車がぶつかって、死者だけでも100人を超えている。想像するだに恐ろしい地獄絵図であるし、住民多数に精神的な相当のショックを与えている。
ここはやはり物的補償とは別に迷惑代というか慰謝料を提示するべきだろう。早期に解決したほうが会社再建のためにもむしろ利益である。JR西社の垣内社長は「かなり踏み込んだ」つもりだそうだが、物的補償だけで踏み込むというのはさすがに云いすぎではないか。どうも、やり方が常識的でないように思う。
◆慰謝料の金額としては、たとえばマンション時価の1〰2割相当額として、一戸あたり200万円から400万円ぐらいだろうか。もっともこれは小生の感覚的な相場観だから、専門家の意見も参考にすればいい。慰謝料だから、専有面積にかかわらず、各戸均等の金額にするのもひとつの考え方である。
◆大きなお世話かもしれないが、当該マンションの住民側も、ほどほどのところで決着したほうがいいと思う。本意でない住所移転で思いもせぬ負担がかかるひともいるだろう。「同じ環境を返してください」などと抽象的なリクエストをせず、明確に慰謝料として請求すればいいではないか。はっきり云って元の住環境はもう戻ってこない、無理難題なことを突きつけて買い取り価格の上積みを狙っている、ゴネているとみられるのは本意ではないだろう。
 昨今の社会心理が、つまらぬ嫉妬感情で動くのも残念ながら事実である。交渉が紛糾するほどに「あいつらうまいことして儲けやがって」とか「あんな線路のすぐ脇に建てりゃ評価は安いのが当然」「事故の犠牲者をだしにした欲張り」などの感情的反発が、見栄えのいいことばでドレッシングされてたちまちパッシングになる。いやもうはじまっているかもしれない。
そして、世の中の嫉妬心を煽ることで、部数増を狙っているような一部のマスコミはそれを待ちかまえている。
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by chaotzu | 2005-06-06 20:52 | 時事
2005年 06月 06日

夏の「寒さ」にご用心

◆暑い暑い、真夏日いよいよ到来である。暑さはおおいにけっこうである、これからは逆に「寒さ」に用心する季節だ。
霞ヶ関では、「クール・ビズ」とか称するノーネク・上着なしの執務キャンペーンがはじまっている。国会中継の風景もがらりと激変した(もっとも云うことはサッパリ変っちゃいない)(笑)。b0036803_2037949.jpg
政治家みなさんの服装、それぞれ違和感はあるものの、基本的にはけっこうなことである。だいたいこれまでが冷房をきかせすぎなのである。
◆大病して以来、夏場の「寒さ」が堪えるようになった。冬場ならば相応の防寒対策をしている。だけど、夏に冷房ガンガンの場所にいけば、どうにも防ぎようがないのだ。いちばん酷いのは大阪の地下鉄内、異常なまでの冷やしぶりである。強冷車というかハワイの映画館といい勝負だ。さて今年はどうだろうか。それから地下街の飲食店も寒い。当然冷たい飲み物は厳禁である。真夏でもホット・コーヒーすすってます(笑)。

◆夏場の「寒さ」対策必需品
 ・上着〰ふだんは手に抱えている、やっぱり手放せません。
 ・携帯用カイロ〰貼るタイプを冬場に買いだめしておく。
 ・吸汗かつ速乾の肌着〰断然着心地がちがいます。
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by chaotzu | 2005-06-06 20:43 | 身辺雑記
2005年 06月 05日

【ビデオ】 「がんばっていきまっしょい」ショイ!おじさん感涙の郷愁映画

◆1998年日本映画。このところ、駅前喜劇なる異次元空間にまったり浸りきりである。ときには口直しというか、若さあふれる映画も観なければならん。「駅前仙人」になるのはまだ先だ(笑)。b0036803_20333397.jpg
ところがなんのことはない、青春映画に仮託しているものの、おじさんおばさんのノスタルジーをかぎりなくかきたてる映画である。とくに物語の時代である1970年代に高校生であったひとにはたまらないだろう。ユーミンではないが、“あの日に帰りたい”
 そう、もはや無理だろうが高校生に戻れるものなら戻りたい。ほいじゃけん、いまならもうちょっとは賢くなっているはずだ。

◆この前、電車で隣に座った女子高生、鏡を取り出して早速お化粧である。おまけにものスゴイ音漏れヘッドホン、もう親の顔が見たいわいだ(泣)。その点、この映画の高校生はみんな朴訥だ。ちょっと生意気なところはあるが茶髪もピアスもない。そして、ドラマチックなはなしが展開するわけでなく、四国松山の平均的な高校生の物語が淡々と進行する。松山弁がなんともいい味をかもし出す。
 ヒロインであるクリーニング店の二女悦子、出来のいい姉に比べられて家ではたいした期待も注目もされていない。
 “おばあちゃん、あたしきょう家出したんよ”
 “そう、家出したんけ、こんどするときはばあちゃんも連れてって”(笑)
実際はなかなか強情な娘である。高校入学に際して姉からのアドバイスは
 “あんたはオトコに熱うなる、クラブはいいオトコのおらんバドミントン部にしとき”である(笑)。
もちろん、そんなことききやしない。先生を言いくるめてひとりで女子ボート部をつくってしまう。
◆ボート部のコーチは中島朋子、なんとあの蛍ちゃん! わけありの役を好演している。
 “コーチ、オトコおらんのですかあ”
 “アホー”
 海もキラキラ、波頭もキラキラ、そして青春もキラキラだ。
 観ていて目頭がアツくなる。
◆ヒロインの田中麗奈ちゃん、目と目の間がかなりあるけど、なんとなく可愛いんだなあ。ちょっと皮肉屋さんの長身女の子も印象的だった。数学の先生、いたいたこういう嫌味だけど懐かしいやつ、たしかにおりました(笑)。
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by chaotzu | 2005-06-05 20:39 | 日本映画
2005年 06月 04日

【DVD】 「スパイ・ゾルゲ」 もともと地上には道はない

◆2003年日本映画、篠田正浩監督畢生の大作にして、最後の監督作品のふれこみ。
 もう亡くなられたが、尾崎秀樹という評論家がいて、大衆文芸の評論で一家をなしたひとだった。一時、エンターティメント系読み物の解説はこの人の寡占状態であり、いわば文庫本あとがきライター界の頂点をきわめたような存在だった。
この映画で本木雅弘演じる尾崎秀実はその実兄であるが、戦時中はスパイの肉親ということで相当嫌な目に遭ったようだ。だから戦後、評論のかたわら、ゾルゲ=尾崎事件の紹介にもまい進する。執念といっていい。ソルゲ事件が広く世上に知られているのはこの人の功績が大だろう。
 ということで、かねて観ようと思いつつ、3時間の長尺についつい敬遠していた映画であった。b0036803_8405534.jpg
◆実際に観たら、ゾルゲや尾崎秀実は狂言回し的な役どころであって、主役は「敗戦までの昭和史」そのものである。平成17年のただ今でも、「昭和史」は取扱注意の微妙なテーマである。観る人の立場によって、思い切り評価が分かれる作品になるだろうし、世代的要素もある。
しかし、興業的にはふるわなかったかもしれないが、真正面から昭和の前半史を取り上げたその勇気はおおいに賞賛したい。個人的には十分面白かった。
◆上海の日蓮宗僧侶殺害事件、盧溝橋事件、農村部の疲弊と2.26事件、近衛内閣、日独伊防共協定、仏印進駐、ABCD包囲網、真珠湾攻撃、……。ところどころに当時の記録フィルムも挿入される。天皇の登場するニュースは、大きな「脱帽」字幕つき、今ならば爆笑ものだろうが、当時は大真面目である。
あらためて見ると、日本があのバカげた戦争を回避できる節目がなんどかあったのである。僅か半年~2年の石油の備蓄量で宣戦する幼稚さ、あの戦艦大和や武蔵も巨大な盆栽同然になる。何も知らされない国民は悲惨なめにあい、夥しい犠牲者を生む。まさに昭和の暗黒史だ。
 もうひとつは空疎なイデオロギーなりスローガンに翻弄され斃れゆく人々の悲哀、2・26事件に激昂する昭和天皇そして「天皇陛下万歳」と叫んで銃殺される叛乱将校。ゾルゲの最後のことぱは「国際共産主義万歳」、だけどコミンテルンは冷酷さ、底知れない人間不信にあふれている。
◆本木雅弘、申しわけないがどうしても「しぶがき隊」のイメージが重なってしまう、寿司食いねぇである。アグネス・スメドレー女史もなんだか山田の邦ちゃんみたいだしな。いや、文句たれみたいだけど、ゾルゲ役のイギリス人俳優がなかなかきまっていたので、つい比べてしまうのだ。
◆後半は冗長かもしれない。とくにインターナショナルにベルリンの壁崩壊シーン、そしてイマジンとつづくラストは反則技である(笑)。とりわけイマジンは賛否両論あるだろう。だけどいい歌である。
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by chaotzu | 2005-06-04 23:59 | 日本映画
2005年 06月 04日

ナガシマさん「復帰」と読売の憲法改正私案

◆読売グループが長嶋巨人軍“終身名誉”監督の顔見世興行に躍起である。オーナーを辞めたはずのナベツネ氏が今月中に東京ドームの巨人戦にナガシマさんが登場するであろうと明言している。だけどもういい加減にしてくださいよである。
選手としての長嶋茂雄はたしかにすばらしかった。戦後プロ野球人気の立役者である。だけど指導者としてのナガシマさんには疑問符がいっぱいつく、まあ功罪相半ばで差し引きトントンといったところではないか。もう晩節を汚してほしくない。b0036803_23233254.jpg
◆推測するに日本テレビの巨人戦視聴率のみならず、旗艦たる読売新聞の部数落ち込みも甚だしいのであろう。読売グループの最大コンテンツとなればジャイアンツであり、これまで巨人戦のチケットが新聞拡販の切り札であった。ところがご存知堀内巨人の人気凋落である。
よほどの危機感があるのだろうか、巨人軍のテコ入れになりふりかまっていられないということで、グループ総帥ナベツネ氏の球団会長就任も公然化した。不祥事でオーナーを辞めて1年も経たぬうちに、会長で復帰するというあつかましさである(呆)。滝鼻オーナーがいて渡辺会長がいる。君たちがいてボクがいるじゃないが、およそ最悪の企業統治である。
だいたい、いまの堀内監督を指名したのもナベツネ氏である。東京ドームでの御前解説が気に入ったらしいが、口先が回るというのが監督選任根拠だったわけで、こんな旦那感覚では球団再建なんてとてもおぼつかない。いや、さらにひどくなる可能性大である。まあそちらのほうが、全体としては望ましい方向なんであろうが(失笑)。
 ジャイアンツを再生するには、生え抜きの人気選手を発掘して育成する努力が不可欠であり、それには、いまの選手を大幅に刷新して、3年ぐらいは最下位覚悟で臨む必要がある。またそれがいちばんの近道だろう。だけど目先を追って辛抱しきれないのが、いまの読売首脳陣である。
◆なぜ、それほどことを焦るのか。これまで読売新聞は日本国憲法改正私案を発表するなど、メディアの域を超えた「提言報道」に大熱心である。無知な国民を善導してやろうという気分横溢で、はっきり云って大きなお世話というか不愉快であるが、なにせギネス認定世界一と称する発行部数(ほんとかどうか知らぬが1000万部超)があるゆえ、鼻息が荒いのである。羽織ゴロの大言壮語も、大部数を出せばなんとなく高論卓説にみえてくる。
それゆえ部数の翳りはなんとしても食い止めねばならない。そのための巨人人気のてこ入れであり、第一にナガシマさんの「復帰」ではないのか。
だけどナガシマさんはもう読売グループには十分貢献している。顔見せ復帰するとしても病み上がりの体である以上、私人としてあくまでマイペースで計画すべきであろう。しかし、みたところ、読売の企業都合でまるで客寄せパンダの如く扱われているようである。
 ふたたび云う、ナガシマさんをいいように利用するのはもうやめてほしい。
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by chaotzu | 2005-06-04 23:29 | 野球