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2005年 08月 31日

【DVD】「緋牡丹博徒・一宿一飯」もしかして任侠爆笑映画?

◆1968年東映映画、お竜さん渡世修業の旅、今回は上州富岡、生糸の産地である。「一宿一飯」の世話になるのは戸ヶ崎組、善玉の任侠一家で郵便馬車の事業もやっている。明治半ばの鉄道のない時代、地域名士が手がける有力な事業であったようだ。
b0036803_22101624.jpg近代産業が勃興しつつある時代、不平士族出のやくざは事業家に脱皮して、薩長連中のはなをあかしたいと思っている。しかし、その気持ちが逸るあまり、悪の道にどんどん踏み込んでいってしまう。郵便馬車の事業も不正に横取りしようとする。
しかし、最後はお竜さん&その仲間にばっさりお仕置きされるはめになる。なんというか、ものすごく分かりやすいはなし(笑)。おまけに、はなしの半分ぐらいは爆笑コメディ仕立てなんである。

◆お竜さんに憧れた舎弟志願の二人組みが登場、緋牡丹の刺青までしている。山城新伍
が胸毛の上に彫って「毛牡丹の七」、玉川良一が乳の上に彫って「乳牡丹の六」だ。おいおい、いい加減にせんかい(失笑)。
それで、この二人は舎弟入りの口利きを頼むために、道後の熊虎親分(若山富三郎)のところまでおしかけるのである。
・熊虎親分と二人組みが温泉に浸ってヘボ将棋、形勢不利の親分が温泉を将棋盤にぶっかけてごまかそうとしたり、王将が行方不明になったりする珍将棋である。王将は親分の頭にのっかっていた。指摘された親分が
“「おーしょう」かい” 、もう脱力するよ。
・憧れのお竜さんが戸ヶ崎組親分の信書をもってきた。目前でかっこよく読むふりをきめたいが、持ち方がさかさまだ。待田京介に云われてしぶしぶ妹に読ませる熊虎親分。
・お竜さんが風呂に入っていると聞きつけた熊虎親分、兄弟分だから背中を流すぐらい許してくれるかもしれんぞと虫のいい考えで風呂場に近づくと、既に二人組みがのぞいてヒイヒイ喜んでいる。親分逆上!薪を振りまわすが、勢いあまって戸口まで壊してしまう。なんだ入っているのは親分の妹じゃないか。おもわず絶叫。
“キモノ着てはいらんかい”
う~ん、ギャグが炸裂しまくりだ。熊虎親分シリーズのほうが面白いかもしれんぞ(笑)。

◆えっ、任侠のはなしはどうなったって、そっちはおきまりの勧善懲悪パターンのひと言(笑)。
天津敏の悪玉やくざが本家筋の戸ヶ崎組を罠にかけて壊滅させる、生糸工場に進出し高利貸と結託して、農家から徴発した女工をこきつかうなど悪逆非道、卑怯のかぎりをつくす、しかし、最後は助っ人の鶴田浩二にばっさり斬り殺される。それも片脚斬りおとされ片腕斬りおとされの、気の毒になるぐらいの惨めな最期である。

◆天津敏に犯された戸ヶ崎組の娘に自殺を思いとどまらせるお竜さん、肩の緋牡丹刺青をみせながら、
“女だてらに、こぎゃんもんば背負って生きとっとよ。女と生まれて人を本当に好きんなったとき、一番苦しむのは、こん汚してしもうた肌ですけんね。消えんとよ、もう一生。
だけん、体じゃなかとよ。人を好きんなるのは心、肌にスミはうてても、心にゃ、だあれもスミをうつこつはでけんとです“
このシリーズいちばんの名セリフ、名シーンになるかもしれない。

◆菅原文太が天津敏の用心棒で登場、元士族で強そうだが、あっけない最期。もうこの時分から仁義なきタイプのやくざをやっていたのか。
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by chaotzu | 2005-08-31 22:15 | 日本映画
2005年 08月 31日

【読書】 保阪正康「戦後政治家暴言録」 暴言王コイズミ

◆中公新書ラクレ2005年4月刊行、吉田茂の「バカヤロー」以来、戦後60年間の政治家による放言失言とその背景をまとめたもの。
戦後まもない時代の「暴言」は、池田勇人の「中小企業が倒産してもやむを得ない」「所得の少ない人は麦を食う」など、政治信念に拠るもので、どちらかといえば、ひっかけられたゆえの「失言」もあるが、時代が近づくにつれ、だんだん発言の品位が下がってくる。
はじめのうちは微笑ましく読んでいたが、しまいにむかついてくる(苦笑)。

b0036803_21385633.jpg◆著者の指摘として、いちばんたちの悪い「暴言」で突出しているのは、ほかならぬ現コイズミ首相である。
コイズミ暴言例(一部)
「この程度の約束を守らないことはたいしたことではない」
「人生いろいろ、会社もいろいろ……」
「自衛隊が行っているところが非戦闘地域」
著者はこれらコイズミ暴言を戦後最大の失言とみており、戦時下帝国議会における東條英機首相の答弁との共通性を指摘する。

◆昭和16年12月臨時帝国議会における鶴見議員の質問
“(言論出版集会結社等臨時取締)法案でいうところの戦時下ではない状況とは具体的にどういうときをさすのか”
東條首相の答弁
“平和回復、それが戦争の終わりである”
法律上はどういうことか質問しているのに、子供だましみたいなすり替え答弁で終始している。たしかにコイズミさんとそっくりだ(苦笑)。著者は質問の意味がよく理解できていなかったのではないかと推察しているが、それにしてもである。

◆暴言王のコイズミさんであるが、なぜか国民の支持率は高い。同じことを森前首相がしゃべったとしたら、袋叩きにあっていただろうに、コイズミさんであればたいして騒がれない。逆に漫才みたいな不真面目な答え方が喝采を浴びている節がある。
政治を遊戯化して、テレビ・ゲーム感覚で論じる、そんなやり方に国民も馴れきってしまっているのではないか、そうだとしたら危険なことだと著者は指摘する。

◆いずれにしても、有権者がどう受け止めているかは、10日ちょっと先に判明する。
とにかく投票率が高いことを願うのみである。
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by chaotzu | 2005-08-31 21:39 | 読書
2005年 08月 30日

【ビデオ】 「忍びの者」 これぞ忍びウォーズ

◆1962年大映映画、モノクロ。村山知義の代表作「忍びの者」の映画化である。もとはアカハタ日曜版に連載されていたらしい。いまはどうか知らないが、かつてのアカハタ日曜版は芸能娯楽を重視したなかなかユニークな紙面だった。たしか手塚治虫もマンガを連載したことがあるはずだ。
原作小説は忍者の世界にはじめて階級史観を取り入れたものであり、この映画でも非情きわまりない上忍と、弊履のごとく扱われる下忍の哀しさが描かれる。いわゆるリアル忍者の先鞭をつけた作品である。

b0036803_23512278.jpg◆市川雷蔵演じるは石川五右衛門、大盗賊として著名であるが、この映画では伊賀百地党随一の忍者という設定である。とはいっても下忍であって半分は百姓みたい存在である。火薬を開発している父親は、忍者という存在に懐疑的な発言を洩らすまでになっている。
さて、頭領の百地三太夫(伊藤雄之助)の不安は浅井・朝倉連合軍を討伐して日の出の勢いにある織田信長の存在である。伊賀忍者のルーツは空海の真言密教だ、坊主を目の敵にする信長は仏敵であり、一刻も早く暗殺しなければならないとアジ演説をぶっている。
一方もうひとつの伊賀忍者集団である藤林党も信長の命をつけ狙っている。

◆三太夫が信長暗殺者の本命として目をつけたのは五右衛門、ただし、ストレートに暗殺指令を発しない、実にこみいった手をつかう。
まず、五右衛門を会計の帳簿付け係に指名して、頭領宅に日参させる。そこにはなぜか三太夫が一指もふれない妻の岸田今日子がおり、欲求不満状態が募っている。おまけに三太夫はなぜか留守ばかりしている。こうなると、頭領の妻が五右衛門を誘惑するのは時間の問題(笑)。あとはおきまりコースとあいなり、
頭領妻との情事→情事露見危機→頭領妻の不可解な死→五右衛門に殺人容疑
と進行する。実はこれがみんな三太夫の罠なのである。

◆こうなると、どうしても連想せずにはいられない。そう、スターウォーズでパルパティーン議長がアナキン・スカイウォーカーをフォースの暗黒面に引っ張り込んだ手口である。絶対的な忠誠を得んがために、ものすごくこみいった仕掛けと時間をかけているというところは、同じである。おまけに、三太夫はもっと大仕掛けのトリックを仕組んでいる(ほとんど周知のことだろうし、ちょんバレという声もあるが)。
だけど、そこまでして五右衛門を屈伏させるための手間と情熱があれば、それだけでもう信長を打倒できるんじゃないかと思ってしまうほどだ。なにより、頭領が直接、信長暗殺にかかわったほうがよほど間違いがないし、すっきりしている、まあいいですが(笑)。

◆一方の藤林党が送りこんだ暗殺者は西村晃、この時はまだまだ若い、雷蔵の五右衛門と暗殺競争である。ただし、五右衛門はなぜかドロボウ指令を受ける。百地党の資金工作だろうか、これで忍者というよりも盗賊五右衛門のイメージが出来てしまう。
さて、信長暗殺編、いろいろありまして、とうとう新築の安土城に侵入した五右衛門、信長(若山富三郎=全然信長っぽくない)の寝所の天井裏に穴を開けて、糸をたらす。この映画中白眉のシーンである。映画は忘れていてもこのシーンだけは憶えているひとがかなりいるのじゃなかろうか。三太夫伝授の猛毒がタラーリタラリと糸を伝わって、信長の口に入り込むという仕掛けである。さて、いかがあいなるか。

◆ラスト・シーン、妻(藤村志保)の元に戻る雷蔵が歓喜を爆発させるかのように走っている。これだけ喜びの表情あらわな雷蔵はめずらしい。
笑顔満開の雷蔵もなかなかいいものです。
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by chaotzu | 2005-08-30 23:56 | 日本映画
2005年 08月 30日

はえぬき信仰の愚

◆巨人の次期監督は「星野」問題で喧々諤々である。阪神ファンはムカッとしている。巨人ファンもなんだか釈然としない。さらに中日ファンは憮然。スポーツ紙だけがはしゃいで、野球ファンはダレも喜んでいないようだ(苦笑)。
阪神ファンの気持ちは分からぬでもない。星野さんはまだ阪神球団と契約している人間だ。よりによって優勝争いで白熱しているときである、TPOわきまえぬ物言いはたしかに不愉快だろうし、なにより失礼である。こんなところにも読売グループの余裕のなさがあらわれている。

b0036803_22163325.jpg◆それにしても、ホリウチ監督がまだ指揮を執っているさなかの、公然たる後任論議である。清原選手の残留等気の毒な面もあったが、同情論なり擁護の声は一切聞こえてこない。選手やスタッフの気持ちがすっかり離反してしまったのだろう。よほど、ウラオモテがひどかったということか。長島さんは有能とはいえない指揮官ではあったが、それなりに首尾は一貫していた。ホリウチさんはそれすらもなかったということになる。

◆ここまでに至っても奇異に感じるのは、一部巨人ファンの生抜き指導者にこだわる心理である。素朴なファン感情としては理解できるし、たしかに原前監督も有力な後任候補だろう。だけど、未来永劫の生え抜き監督志向は、はっきり云ってもう無理があると思う。いずれは外人監督もあるというぐらいに思っていたほうがいい。
なにより、チームを抜本的に変えていこうとするときは、しがらみのない外様監督のほうがはっきりと適任じゃなかろうか。かつてのチーム・メイトがいれば、大ナタはふるいづらいものだ。人心の一新をアピールするには、目先損得抜きの思い切ったトレードも必要である。他のチームもこれまでそうしてきた。巨人といえども例外ではない。

◆もともと、選手のほうこそ生抜き重視でいくべきだった。ところが、巨人はこれまで、ずっとその逆をやってしまった。次から次に他球団の中心選手をお金で引っ張ってくるいっぽうで、川相選手のようなベテランの生抜きは追い出してしまう。チームにとって精神的なコアになりそうな選手の重要性をまるで顧慮していない。だから、高橋由伸や二岡など、生抜き選手の存在感はいまだに乏しいままである。そんなチームがいまさら、生え抜き監督にこだわっても、こっけいなだけである。
だいいち、これまでも、生抜き監督の目覚しい成功例がたいしてあるわけじゃない。巨人の川上監督と阪急の上田監督ぐらいしか思い浮ばない。この2チームはもともと、前監督の時代からチームの体制がそこそこ出来上がった、いわばある程度熟成したチームだった。ところが、ガタガタになったチームを生え抜きの監督が蛮勇をふるって再建したはなしはあまり聞いたことがないのだ。

◆外様監督のススメといっても、星野さんの巨人入りをプッシュするつもりはない。だいいち監督ひとりがのり込んで、チームの体質があっという間に変わるならばなにも苦労はない。どんなに素晴らしい指導者がきても、1年目から効果を期待するのは無理というものである。
さらに、巨人の場合は監督もさることながら、フロントも大幅に刷新する必要があるのではないか。長島名誉監督もこの際例外ではない。
巨人が実際に星野氏の招聘を決めるにしても、ナガシマさんの同意は必要だろう。あくまで推測であるが原前監督はナガシマさんにあまりよく思われていないのではないか。だけど、監督の人選にナガシマさんの好き嫌いがいちいち反映するとしたら、それこそ困りものである。今後、監督人事でドタバタしないよう、ナガシマさんもいっそのこと勇退していただき、療養に専念してもらうことだ。
再建する会社にあっては名誉職なんかは不要。それぐらいハラをくくらないと抜本的改革なんて口先だけにとどまること必至である。
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by chaotzu | 2005-08-30 22:29 | 野球
2005年 08月 29日

【DVD】 「緋牡丹博徒」 待ってました!お竜さん

◆だいぶ旧いはなしだが~いっつも旧いはなしばっかりやないかと云われたらそのとおりで真に面目ないが、まあそれはご勘弁いただいて~「スチャラカ社員」という朝日放送のコメデイを毎週ひいひい笑ってみていた。日曜日の午後、中田ダイマル演じるいいかげん社員がサイコーで、とぼけた味わいがなんともいえなかった。無責任社員の先駆的作品じゃなかったか。で、この番組に当時高校生の藤純子が出演していたそうである。
“ち~っとも知らなかったわ”
小野薬品にコレステロールはちゃんと覚えているのに、そういえばそんな事務の女の子がおったかなという程度である。その後、NHKの大河ドラマ「義経」で静御前をやった。これはほとんどみていない。
現実に藤純子を意識したのは、映画館のなかである。リアルタイムじゃないが、場末の三番館でいやというほどみた。肩の刺青ぐらいで興奮するのだから当時は純情なものである。
♪ムスメざかりをぅ渡世にかけて~、張った体にぃ緋牡丹燃えるぅ~
はっきりいって、目茶苦茶ヘタクソな唄(苦笑)、音程もあやしいし歌詞もよく聴きとれない。でもよかばってん、なんといっても青春のメモリアルたい。
“イョッお竜さん、待ってました!”

b0036803_23115825.jpg◆1968年東映映画、ふつうこういったシリーズものはあまり時系列にこだわることはないのだろうが、このお竜さんに関しては、第1作からみたほうがいい。
二代目矢野組襲名前史であるからだ。
いまみると思っていた以上にコミカルなシーンがあることに驚く。


◆松山の岩津組長が金子信雄、これでまず笑ってしまう。最初に金子信雄を組長役に指名したひとはえらいと思う。次に道後の熊虎組長が若山富三郎、その妹が若水ヤエコ、中盤はこのコミカル・コンビがはなしを支える。チョビひげの熊虎組長がお竜さんに惚れこんでしまう。妹が恋のキューピッドとして「固めの盃」を頼みに行くと、お竜さんがあっさり承諾する。熊虎が感激で大泣きするのである。なんのことはない、婚約儀式と任侠の儀式を取り違えていた。お竜さんが承知したのは兄弟分の盃であった。

◆父親の仇探しを続けるお竜が次にわらじを脱いだのは、大阪の堂満組、清川虹子の女組長、お竜の後見人的存在である。ここでも遊び人の倅山城新伍がとにかくおかしい。結局はなしの半分近くはお笑いムードである。
したがって、後半の展開はやくざ映画の定石どおり進行する。とことん卑劣なキャラ、自分だけタナに上げた逆恨みキャラ、そしてお約束の「先に逝ってるぜ」キャラ、とにかくものすごく分かりやすい(笑)。ただ、いつもなら鉄砲玉役が多い街田京介であるが、本作では生き残る。ダイナマイトを腹巻につっこんで大奮闘である。お竜さんに助力するオトコはみんな魅力的にみえてくるし、その逆はとことんいやらしくみえる。そういうわけで、大木実なんかは実に気の毒である。かつては純情刑事だったのになあ。

◆お竜さんの相方といえば、高倉健。発火点は異常なぐらい高いが、いったん発火するとダレにもとめられない。お竜さんとはもっとほのかな恋愛感情かと思いこんでいたら、これがけっこう2人ともお互い強烈に意識しあっている。実は好きどおしの仲だった。だったら早めに告白しとけよとなるのだが、健さんのすることは毎度ワン・テンポ遅れて、だいたいが後の祭りになってしまう。
それにしても昔の記憶なんていい加減なもんだと痛感する。

◆“わたくし矢野龍子、皆様方のお力添えにより、このたび矢野組二代目を襲名いたします。なにぶん未熟者ゆえしばらく渡世修行の旅をつづける覚悟でございます。
どうぞよろしくお願い申し上げます”
いや、こちらこそ宜しくお願いしますと、思わず平伏しそうな凛々しさでありました。
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by chaotzu | 2005-08-29 23:20 | 日本映画
2005年 08月 29日

晩節を汚す八代前議員の無節操

◆いったん立候補を辞退したはずの八代英太が、またぞろ無所属で立候補することを発表した。東京12区である。ご本人がぶちまけてしまったが、先日の立候補断念表明のうらには、自民党比例区名簿上位登載の「約束」があったらしい、密約である。なるほど、この19日の小泉首相との会談は比例区立候補公認の言質を得るためだったのかと合点する。

b0036803_21311964.jpg
しかし、自民党の郵政法案反対派前議員37名のうち、ひとりだけ例外を認めたら、公党としての節度もなにもない、政策よりも公明党との野合を優先しますよという意思表明になってしまう。そりゃ、さすがに筋が通りませんよマズイですということだろう。
実際のところ、コイズミさんのハラのうちはどうだったんだろう。
様子見して判断したさまは、つくづくアバウトな正体をうかがわせるのだが。

◆それにしても、八代というひとも情けない政治家である。確たる政治信条というものがまるでうかがえない。ただただ代議士のイスに固執するだけにみえてしまう。自民党の比例区立候補となっていたら、郵政民営化法案は賛成に宗旨替えだったのだろう。そして、こんど無所属立候補となれば、また元の反対に戻るのか。
そもそも、解散前はたとえ無所属になっても立候補すると言明していたのである、それが「誰よりも自民党を愛している。民主党を利することがあってはならない」ともっともらしい断念表明をしたあげく、本日に至ってまた翻意し「いつまでも小泉牧場の羊であってはならない」だから、有権者をすっかりなめきったはなしである。

◆もともとは、なんでもやさん的な司会者だった。バラエティから生CMまでなんでもやる、毒もないが個性もあまりないタレント、それが舞台での転落事故で一転車椅子生活になったのは気の毒なことだった。国会議員に当選したのは大衆の同情が大きかったこと、そして、障害者の代表として国会で働いてほしい期待があったからだろう。だが、それを見事に裏切っている。
先の国会に提出され結局廃案になった「障害者自立支援法案」、この障害者団体からも悪評高い法律案の厚生労働委員会審議において、この7月与党を代表して賛成意見を述べたのは、ほかならぬ障害者の八代議員である。わざわざ代表で賛成するほどの法案だったのだろうか。与党への忠義立てじゃないのか。
それが郵政法案のほうは反対したということは、選挙の利害をなにより優先する政治家であったということだろう。これまで忠義立てしてきたのだから、ひとつの反対ぐらいで罰されないだろうという計算もあったかもしれない。もとよりテレビ出身で郵政大臣歴もある、いわゆる郵政族であるのは周知のことである。
それにしても、今回のドタバタでたいした政治信条がないことをすっかり露呈してしまったようだ。もうタレントよりも議員人生のほうがずっと長いのである。政治家ならば政治信条に殉じてもらいたいものだ。
キャリアが長ければなおさらだろう。
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by chaotzu | 2005-08-29 21:48 | 時事
2005年 08月 28日

【DVD】「白昼堂々」 なんと渥美清と倍賞千恵子の夫婦ですか

◆子供のとき、町内に炭鉱離職者用の住宅が建てられた。鉄筋4階建てぐらいの集合住宅はみかけも間取りも当時の公営住宅と似たもので、いまの基準でみればウサギ小屋である。
今にして思えば、ずっと慣れ親しんだ筑豊や三池の故郷を離れて、見知らぬ土地で新生活をスタートさせたひとたちは、いかにたいへんであったか。ただし、子どもたちは皆しっかりしていた。親の窮状を理解していたのだろう。同じ貧乏人の子どもどうしでも、こちらが気おされるものがあった。東大に進学した者も何人かいたはずだ。
しかし、新生活に飛び込めるひとは、まだましなほうだったかもしれない。炭鉱労働者のなかでも最下層のひとたちは、どこにも行き場がない。在日、障害者、高齢者その他差別される者たちが身を寄せ合ってボタ山のスラムに住みつくようになる。そのうち生きていくために泥棒稼業をなりわいにするようになる。

b0036803_22193487.jpg◆1968年松竹映画、故結城昌治原作小説の映画化、実在の泥棒部落をモデルにしたものらしい。かつてスリでならした渥美清が炭鉱閉山で行き場をなくした40人のヤマ仲間にスリの技を教えるが、そのうちデパートの集団万引きに手を染めるようになる。そしてスリ一筋の有島一郎刑事と対決せざるをえなくなる。~と、筋書きを追えば、実にステキな題材なのである。それなのに、もうひとつ消化不良の出来映えである。いったい人情喜劇なのか、それとも社会派ドラマか痛快犯罪ものなのか、どれもこれも中途半端になっている。野村芳太郎監督、コメデイはあまり上手くないな。おっと、ついエラそうなことを書いてしまった。

◆集団万引きの手口とは? とにもかくにも組織的な連携プレーの徹底である。全体を把握して合図のサインを出すリーダー、売り場の全店員に応対させて注意をひきつける役、万引き現場を隠す煙幕役、高級反物等を盗む役、万引きした品物を店外に持ち出す役、さらに盗品を換金する役など見事なまでに役割分担がされている。場合によっては、わざとダミーの万引き騒動を起して注意をひきつける役まで用意する。このほか、マネキン人形を着せ替えと偽って、堂々と売り場外に持ち出す手口もある。
この調子で全国の百貨店を「巡業」してまわり、筑豊に戻ってドンチャン騒ぎをするのが、みんなのたのしみである。「泥棒部落」の入り口は鉱山事故で記憶喪失のマーチ(田中邦衛)が見張っており、侵入者を発見すれば、たちまち大音量の軍艦マーチが鳴り響く仕組みになっている。

◆倍賞千恵子がひとり稼業の女スリで登場、グループの顧問格で盗品の捌き役である藤岡琢也の仲介でグループに参加する。そしてなんと渥美清と「契約結婚」してしまう。
う~ん、ものスゴい違和感あり、やっぱり兄妹だよなあ。おまけに伝法な役で、太もものイレズミ(手書きのニセもの)をみせて啖呵を切る場面まである。おいおい下町の太陽がそんなことしたらいかんばい。
野村芳太郎監督はなにか恨みでもあったのだろうか(泣)。

◆フランキー堺が万引きグループの顧問弁護士格で登場、すっとぼけたいけシャーシャー演技で有島刑事を苛立たせる。どんな役でもこなすが、やっぱりこういうこずるいというか胡散くさい役回りがこの人にはいちばんあっている。
いっぽう、藤岡琢也のほうはどうも湿っぽくなっていけない。もっとからっとしたコン・ゲーム風に仕上げれば面白かったと思うのだが、このひとの役回りがどうもウェットすぎる。中途半端な喜劇になってしまった原因のひとつであると思う。
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by chaotzu | 2005-08-28 22:25 | 日本映画
2005年 08月 27日

【DVD】「社長千一夜」どっかの社長モン映画みたいや、もう飽きたわ

◆1967年松竹映画、社長シリーズもとうとう25作目である。森繁夫婦もすっかり倦怠期に入り、妻の久慈あさみは仕事仕事と言い募る森繁に不機嫌そのもので、おまけに浮気も疑っている。
b0036803_21385212.jpg事実、森繁も浮気の虫がうずうずしてしかたがない。本作では長年秘書課長を務めた小林桂樹がとうとう部長に昇格するが、意図的に後任を空席にしている。ひとりで身軽に遊びたいからだ。それを察知した妻が加東常務に手を回して秘書を配置させるなど、糟糠の夫婦といえども、火花がとびちるような丁々発止のやりとりがある(笑)。
そして九州観光編。別府、大分、湯布院、やまなみハイウェイ、熊本、天草、島原、いやうらやましいコースだ。だけどビジネスと観光だけにすりゃいいものを、懲りない社長さんは浮気まで仕組もうとするのである。いまならば内部告発で失脚間違いなし、経営者にとっては、まことに古きよき時代でありました。

◆森繁氏は会員制リゾート・マンション事業等で上昇基調の観光会社社長、大阪万博前のミニ・バブル的な世相を反映して、万事イケイケであり、慎重派の加東常務に“石橋は叩くものじゃなくて渡るものだ”とのたまっている。新任の小林桂樹開発部長企画の天草地区ホテル計画にも積極的である。そこへ大阪の直営ホテル支配人の三木のり平が耳寄りなはなしをもってきた。ブラジルの日系富豪(フランキー堺)が一族のルーツである天草にホテル建設を計画しており、日本側のパートナーを探しているという。ひと晩寝ずに考えた、パートナーとなればやっぱりうちの社長しかいない。加東常務が呆れて、そんなのひと晩かけて考えることかと突っ込む。
まあいろいろありまして、九州横断ツアーとあいなります。

◆新任秘書として黒沢年男が初登場、あいさつした途端、森繁社長がハンカチで顔を覆う。“君は昨夜なにを食べたんだね”
“はい、朝鮮焼肉を食ったんであります”
真面目だがまだ秘書として全然洗練されていない。小林先輩から“秘書は豆腐やこんにゃくを食うもんだ”と云われている。ホントカ?

◆日系ブラジル人のフランキー、役名はペゲロ・ドス・荒木、このひとは毎度変な名前ばっかりである。今回は日系人風「五木の子守歌」を唄うが、珍妙なテイストはとても文章化不可能(笑)。まだ独身であり、大分高崎山でばったり出会った別府の美人芸者にひと目ぼれ、ホテル計画そっちのけで追いかけ回す。それを苦り顔でみている森繁社長もちゃっかり女性を同伴しているのである。

◆新珠三千代が大阪のバーマダムで登場、同時期は「氷点」の怜悧な母親役を演じていたはずだが、本作ではうって変わったコメディエンヌぶりを発揮する。このひとのここまではじけたお笑いをみるのは、はじめてかもしれない。
森繁とセルフ・パロディをやっている。
“うちらの関係、どっかの社長モン映画とそっくりや、うちもうあんなん飽きたわ”
“わしも飽きたよ”
それで、今回は女性のほうが積極的なのである。森繁氏がいみじくも「イロノーゼじゃないか」というぐらいだ。
別府杉の井ホテルのモリシゲ氏、ゴキゲンのあまり、鼻歌までとびだす。
♪絶えて久しき据え膳の味~
 男子の本懐これに過ぐるはなし
ところが、黒沢秘書の勘違いでフランキー熱愛の芸者が飛び込んできておじゃん。
島原観光ホテルでは、新珠三千代のネグリジェ姿がスゴイ!
モリシゲ氏、こんどは別府の恨みを島原で晴らすと大張り切り。
しかしながら、急遽出張してきたのり平にジャマされるのである。のり平、偶然を装って妨害してるんじゃなかろうか。そんな気がしてきた。
つまるところ、旅先の情事は思惑どおりいかず、結局は長年連れ添った女房の元に戻るというはなしになる。なんだかんだいっても、このシリーズは道徳的なのである。

◆恒例の宴会芸は、島原観光ホテルで森繁演じる「落城の賦」。
♪天草灘に日は落ちて 岬の城に風寒く
 四郎の夢がうの鳥の 羽音悲しき古戦場
のり平がいないので 森繁堂々の朗唱と剣舞である。
カラオケとフィリピン・ショーが日本のお座敷文化を駆逐しちゃったなと、しみじみ痛感。
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by chaotzu | 2005-08-27 21:52 | 日本映画
2005年 08月 26日

【DVD】「豚と軍艦」 横須賀ドブ板通り、コイズミさんの原風景

◆暴力団といっても、暴力団なる仕事があるわけではない。実際は表向きの仕事ももっている。あくまで影のオーナーであるが、土建業、廃棄物処理、貸金業……、もちろん役員に前科者はいないし、税金も払っている、資金洗浄も必要だ。末端の組員でもたいていは嫁はんになにか商売をやらせているだろう。目端がきかずに落ちぶれる奴は生活保護が商売になる。とにかく金づるは必要。儲かりそうなビジネスだとみればなんにでもクビを突っ込んでくる。介護ビジネスなども参入しているかもしれない。
それでも、暴力団が養豚業をやるってのはさすがに聞いたことない。

b0036803_22271945.jpg◆1960年日活映画、アメリカ海軍基地がある横須賀を舞台に、チンピラヤクザとその恋人の苦い青春を描く。筋書き的にはそんな説明になるが、ブラックユーモア風の喜劇でもある。笑うに笑えない喜劇、ほかにも多様な見方ができるだろう。今村昌平監督のまぎれもない傑作。
タイトルの「豚と軍艦」、豚は日本人そして軍艦はアメリカの象徴とみることもできる。
経済的な存在感断トツの米軍基地と米兵に「従属」する日本人のこっけい哀れでいて、それでもなおしたたか懸命に生きるさまを描いている。


◆三島雅夫の日森組長が日系二世の米軍軍属から、基地の残飯利権をもちかけられる。“あなたも実業家にならなくちゃ”にのせられた組長、早速強引な金集めで資金をこしらえて養豚業をはじめる。とはいっても豚の世話はチンピラの長門裕之に押し付けられており、兄貴分はダレも知らん顔だ。当のチンピラは早くボーナスをもらって恋人の吉村実子と暮らしたいと思っている。
その吉村実子宅、小さな食堂をやっているが、姉が米兵のオンリーさんで羽振りがいい。近所の婆さん(武智豊子)が羨ましがっている。母親(菅井きん)は妹もオンリーさんになってほしいみたいだ。“はやくアメちゃんのフレンドにならないのかねえ”
何も知らない弟妹も無邪気に声をそろえる。“ぼく、アメリカ人になりたい”
とにかく、アメちゃんにふりまわされる日本人のやりきれない現実がつづく、殿山泰司演じる冷徹な中国人金貸し(元ギャング?)はそれを笑っているかのようだ、

◆ラストに至って、溜まりこんだフラストレーションが爆発する。逆噴射のチンピラが機関銃を乱射、身勝手な親分や兄貴は逃げ惑う。そして大量のブタが大進撃だ。
いっぽう、吉村実子はオンリーさんを決然と拒否して家出する。横須賀駅前のオンリーさん志願サングラス日本人女性の群れを尻目に、ひとり逆方向を歩む。エンディンク゜の横須賀駅周辺の俯瞰シーンは素晴らしい。

◆とにかく後年の映画に大きな影響を及ぼしている。いちばんは「仁義なき戦い」で、三島雅夫が演じる日森組長は山守組長の前身みたいであるし、タクシー屋のおっちゃん打本組長みたいな人物もでてくる。深作欣ニが助監督についていたんだからある意味当然か。丹波哲郎の人斬り鉄次、背中の南無妙法蓮華経からクビの数珠まで刺青を彫っており、一見恐さ知らずのコワモテ風であるが、その実ガン・ノイローゼの小心者である。これもどっかでみたような(忘れた)。その丹波哲郎が自分の殺しを依頼しておいて、後になって殺し屋から逃げ回るというのはカウリスマキ映画でもあったはなしだ。そしてヤクザ関係の登場人物はこれ以上のみっともなさは考えられないというほどの最期を迎える。

◆おすすめシーン
余命3日と聞いた丹波哲郎、ショックのあまり病院をとび出して彷徨する。それにしては元気すぎるぞ(笑)。電車に飛び込みを図るが挫けてしまう。その電車が通過した後に登場するのがこの映画のスポンサー企業である「日産生命」の沿線看板である。観客もここで笑ったことだろう。緊張と緩和の実践シーン。スポンサー様である生保の宣伝に自殺未遂場面をつかうとは、たしかにインパクトありすぎ(笑)。
その日産生命も既に破綻していまはない。
いっぽう、丹波哲郎の弟分である加藤武のはじけぶりがスゴい。流れ者ヤクザの死体の始末なんかは、とにかく目茶苦茶で(以下略)、兄貴分丹波哲郎の病気がこれで悪くなる。
そうそう、先述のタクシー屋のおっちゃんはこのひとがやっていた。本作とはうって変わった軟弱ぶりだった(笑)。

[追記](8/29)
  深作欣二の助監督云々はすっかり勘違い、浦山桐郎と混同しておりました。
  訂正しておきます。
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by chaotzu | 2005-08-26 22:33 | 日本映画
2005年 08月 25日

【DVD】 「社長紳士録」 パッパカラァのパァッといきましょ

◆1964年東宝映画、第一期社長シリーズの棹尾を飾る作品(厳密には「続・社長紳士録」になるが)で、小林桂樹秘書がやっとこさ司葉子との結婚にこぎつける。もっとも、その結婚式の日取りも媒酌人森繁社長の都合で、再三振りまわされるのである。

b0036803_2395796.jpg◆森繁氏、はじめは社長でなく大正製紙の常務として登場する。左ト全社長から子会社である大正製袋の社長を命じられる。よーし、小なりといえど一国一城の主だ、小林桂樹秘書を伴って、勇躍着任すると待ち構えていたのが、加東大介営業部長にのり平総務部長そして、バネがすぐ壊れるポロ椅子である。
のり平が早速宴会の提案をする。
“パッパッとやりたいと思っております。一次会がパッ、二次会がバッ”
“下の社員食堂でね、あんパンとラムネでやればよろしい”
“あんパンとラムネでは胸焼けしてしまいます”
なにせ、のり平のレゾン・デートルである。簡単に引き下がるわけにはいかない(笑)。

◆これまでの社長シリーズのなかでは艶笑度がいちばん高い。もちろん、ただ今の映画にある大胆な性描写に比べればほのぼのしたもんであって、実際はキスシーンすらないのである。エッチ方面はもっぱら会話オンリーで展開していく、貝原益軒の養生訓まで引き合いにでるが、子供が聴いてもなんのことか分からないだろう。
森繁と草笛光子クラブママの会話
“じゃお互いに満たしあおうじゃないか”
“いつも口先ばかりで勇気もないくせに”
“いや勇気は満ちあふれとるんだがね、残念ながらチャンスがないんだよ”
“チャンスは勇気が作るものよ”
ここまで云われると、モリシゲ氏も奮い立つ、子供の運動会より浮気である。小林秘書にダミーの用事をもって自宅に来るよう申し付ける。奥方向けのアリバイ工作である。ところが、桂樹さんは自分の結婚式の段取りでアタマいっぱい、すっかり忘却のかなたで、モリシゲ社長が必死に示唆しているのに気がつかない。もう大笑いする。
なんだかビリー・ワイルダーの艶笑喜劇に似たテイストである。そうそう、社長シリーズはワイルダーのB級コメデイを日本に移し変えたところがあるなと、今頃になってようやく気がついた。

◆社長として初出張は鹿児島、取引先の若社長がフランキー堺であるが、なんと稚児趣味の薩摩人という設定である。城山観光ホテルで恒例の宴会芸は「田原坂」
♪雨は降る降る 人馬(じんば)は濡れる
  越すに越されぬ 田原坂
ところが、フランキーが三木のり平演じる馬上の「美少年」をみて、“よかにせの稚児どん”とひと目ぼれ、のり平をおいかけまわすのである、まさに珍演。のり平がすっかり消沈してしまい、森繁社長から“パァッといこう”と云われる始末、立場が逆転するのがなんだかおかしい。
薩摩弁の勘違いもいろいろ飛び出す
「すっぱい」=全部≠なにスパイだって、そりゃたいへん(のり平)
「けしん」=亡くなった≠そりゃよかったですな(のり平)
「ちんちん行きもうそ」=そろそろ行きましょう≠いやそこまでロコツに(森繁)
しまいに薩摩弁の標準語「翻訳」字幕まで出てくる、はじめてみもしたでごわす(笑)。

◆森繁社長の結婚式スピーチ、いやうまいもんです。
“このう、昔から嫁に行くにしても「片づく」といいます。まことにそのぅ片づく生活で、
えー嫁に行ってしまいますと、
「あなた、朝早く起きて下さらなきゃ片づかない」とこう云います。
で、夜になりますと、
「ちっとも食事に帰ってこないから片づかない片づかない」と云います。
そうしてだんだん女性も歳をとって
「ばあさんもとうとう片づいたか」なんつって………”
(1拍おいてびしっと決める)“こういうことではいけないんであります”
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by chaotzu | 2005-08-25 23:22 | 日本映画