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2005年 09月 30日

靖子はんに乾杯!

b0036803_230479.jpg◆「タンスにゴンのCM契約終わってん。
 フフ…いつまでもアホなことばっかり、やってられへんやろ。
 ワタシもう今年で26やで。
 ダレが26やねん、ウフフ……」

◆沢口靖子はん、貴女はえらい!
 さすが、与謝野晶子の後輩や。
 同じ26?のタイゾーくんも見習わないといけませんな。
 オイラも、もう今年で38や。
 もうアホなことやってられまへんな。
 いや、ホンマに(汗)。
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by chaotzu | 2005-09-30 23:02 | 身辺雑記
2005年 09月 30日

【DVD】「桃色の店(街角)」私書箱237を開けて僕にキスしておくれ

◆今でこそ文通なんて、ぷっと笑われそうなアナクロ趣味かもしれないが、かつては大流行りの時代があった。雑誌には必ず「文通相手求めます」のページがあった。そんでもって、何人もの女の子と文通していることを自慢しているやつがいた。かくいうワタシもボールペン習字の通信教育をやろうかと思ったぐらいである。
なかには女の子からの手紙を見せてくれる奇特なやつもいる。こちらも喜んでお相伴にあずかっていたものだ。いま思えばかなり情けないはなしであるが、つまるところ文通相手の写真がみたい一心である。はなしの成行きとして「品定め」になるが、「おまえの写真だけは送らんほうがいいぞ」なんて他愛もない結論に落ち着くのである。もっとも、相手の写真も保証があるわけではない(笑)。まあ邪気があるようなないような時代。
で、そんな奥ゆかしい文通から恋がはじまるというおはなし。いや、現実に文通からスタートした遠距離交際が結婚に発展した例もあるんですよ。メールではなかなかそうはいかんでしょ。

b0036803_22534658.jpg◆1940年アメリカ映画。エルンスト・ルビッチによるロマンチック・コメディの名作である。
夕方メールならぬ「ユー・ガッタ・メール」の元ネタらしいが、こちらのほうが断然おもしろい。
クリスマス時分にカップルでみることをぜひオススメしたい映画である。
なに?大きなお世話だ、放っといてくれって、こりゃまた失礼。

◆戦後の公開であるが、「桃色の店」とはあまりにひどい邦題である。客になにか勘違いさせようとしたのだろうか。たしかにワタシなんかは率先して勘違いして勝手にがっかりしたかもしれない。ちなみに原題は「街角の店」、これで十分である。なお元はハンガリーの舞台劇だったそうで、映画のほうもハンガリーの首都ブダペストの設定である。もっとも、とても中欧にはみえず、どうみてもアメリカの雑貨店である。この辺はご愛嬌か(笑)。

◆はなしの筋書きはおいておく、とにかく全編洒落れた愉しい会話に満ちている、そしてジェームス・スチュワートの若いこと、見終わって、心がうきうきする映画である。たまには、クラシック映画もいいものだ。
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by chaotzu | 2005-09-30 22:57 | 外国映画
2005年 09月 29日

おめでとうございます!阪神優勝

b0036803_2326412.jpg◆自民党の選挙勝利はほとんど詐術同然といってよいが、こちらは正々堂々たるものだ(いや負け惜しみじゃないですよ)。
勝つべくして勝った試合、まるで大相撲千秋楽、朝青龍と栃東の対戦みたいであった。
岡田監督、なかなかやるもんだ、これまで星野氏の存在感が大きすぎて気の毒な面があったが、これでだいぶ払拭したのではなかろうか。他球団経験と二軍指導者、これがこれからのプロ野球監督の必須条件だろう。そうなってほしいものだ。

◆それにしても、巨人の不甲斐ないこと、立会いから呑まれてしまっている。選手は悔しくないのだろうか、負け試合でヘラヘラ笑っているような監督では仕方ないか。
強いチームをつくるのは時間がかかるが、弱くするのは一瞬である。コイズミさんが自民党をぶっ潰したかどうかはまだ分からないが、野球チームとしての巨人軍は完全にぶっ壊れた。その貢献者はナベツネのおっさんとナガシマ名誉監督、そしてホリウチさんだろう。A級戦犯ひとり挙げるとしたら、人事権のあるナベツネ氏か。このおっさんが退場しないかぎり、フロントのコバンザメも居残るので、巨人の長期凋落傾向に歯止めはかからない。いや、ふつうの球団になればいいことだ。

◆いっぽうパリーグのほう、もしかしたら、通算勝率で5割に満たない西武がバリーグ・チャンピオンそして日本シリーズの覇者にもなるかもしれない。短期決戦は強力な先発投手を擁しているところが有利である。西口、松坂の2枚看板がフル回転すれば、どうなるか分からない。しかしちと不条理すぎはしないか。89勝もしたソフトバンクがプレーオフというのは、どうも釈然としませんな。
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by chaotzu | 2005-09-29 23:33 | 野球
2005年 09月 29日

【DVD】「サイドウェイ」人生に寄り道は必要、だけど寄り道し過ぎてもダメ

◆映画は劇場でみるにこしたことはないが、DVD鑑賞にも利点はある。日本語吹き替えにしてかつ日本語字幕に設定できることだ。ことストーリーの理解に関してはこれがいちばんである。吹き替えも悪くはない、なにより画面に集中できる。そもそも英語のヒアリングに熟達しようというモチベーションもあまりないのだ。それと翻訳字幕の省略具合がとにかくよく分かる。だいたい実際のセリフの三分の二ぐらいしか字幕表記していないし、卑猥語なんかはほとんど省略している。
そうか、これまで外国映画に関しては、かなり限定された情報量で接してきたんだなということをつくづく思いしらされる。

b0036803_2240366.jpg◆2004年アメリカ映画、さえない中年男二人のロード・ムービー、それにワインのうんちくがかぶさる。一部でだいぶ評判になった映画だそうだが、自分的にはほとんどコメデイである、そして、中年になっていい塩梅の魅力がでてきたヴァージニア・マドセンに、うっとり見とれてしまう映画でもある。
主役は大学時代のルームメイト以来ずっと友人づきあいをしている二人の男。これが対照的、ひとりは小説家志望の国語教師でバツイチ、恋愛も小説もぱっとせず、老母のヘソクリまでちょろまかそうとするさえないオトコ、おまけにワインおたくという設定だ。
もうひとりはかつて昼メロで人気を博したテレビ俳優であるが、いまは落ちぶれている。それなのに病的なほどの女たらしというかセックス中毒なんである。
国語教師の小説が完成し、助平俳優もとうとう結婚(将来の打算?)することになった。そういうことで悪友二人の年貢納めツアーがはじまる。

◆ツアーの目的はカリフォルニアワインのワイナリー巡りとゴルフ、いわば悪友二人の趣味合体である。もうひとつ、俳優のオトコのほうにはナンパという目的もある。結婚1週間前だというのになんというファッキンな奴(苦笑)。もっとも、本人にしてみれば、それだからこそという理屈かもしれない。傍からみれば身勝手そのものであるが本人は大真面目である。
サンジアゴを出発してフリーウェイをぶっ飛ばして、ロサンゼルス北方のサンタバーバラへ、これだけでも相当な距離である。オトコふたりのワイナリー巡りがはじまるが、ナンパオトコにしてみれば、ワインなんかなんでもいい、ピノ種がドーダとかカベルネがドータラよりもオンナ、オンナである。これが大いに笑わせてくれる。ひと言でいうと全然懲りない、ワイナリーで働くアジア系の女性(サンドラ・オー)をたらしこんで、たちまちワイン農場主になることを夢想したりする。結婚式一週間前というのに、トンでもないファッキン野郎である。おまけにその女性に背徳がばれてヘルメットでポカ殴りされ鼻骨を折ったというのに、こんどはレストランの女給にチョッカイを出す。このひたむきな前向きさはいったいなんだ(笑)。とうとうしまいにとんだ間男になって、相手の亭主のハダカまででてくる。しかし、オトコのハダカってのは見たくないもんだねえ(嘆息)。

◆もうひとりの小説家志望のオトコ、こちらは、どうにもうじうじしてばかり。別れた細君に未練たっぷりのくせに、ワイン好きのウェイトレス(バージニア・マドセン)と寝たりする。そして友人が婚約していることまでばらしてしまい、せっかく親密になった彼女にも愛想を尽かされる。小説の出版もうまくいかない。それやこれやでますます落ち込んでしまうといったネクラである。
だけど、国語教師という定職があって、出版の見通しはともかく小説を書き上げて、カリフォルニアの陽光の下でワインを愉しんで、なにを鬱々することがあろうかてなもんである。いったい、最後のボーナスまで与える必要があったのかどうか、キビシイ見方かもしれないが、なんとも感情移入しづらい。まだもうひとりのナンパ男のほうがいい加減さはあるとしても、人生に前向きじゃないかと思ってしまうほどだ。
この監督さん(アレキサンダー・ペイン)では「アバウト・シュミット」のほうが人生の哀歓をよく切り出していると思う。

◆この映画が受けたのは、ワインに関するうんちくがたっぷり添加されたことだろう。とくにエグゼクティヴとかセレヴなんか(に憧れ)の層にはだいぶ受けたかもしれない。
ところが、こちとらは正直云ってワインのことはあまり知らない、いやホトンド知らない。何年もののシュヴァール・ブランとかなんとかかんとかの逸品が披露されてもチンプンカンプンである。だから、1本10万円はしようかという稀少なワインをよりによって、ファストフード店で隠れてグビグビ呑んでいるところなんかは、もうスノッブに対するあてつけとしかみえないのである(爆笑)。
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by chaotzu | 2005-09-29 22:57 | 外国映画
2005年 09月 28日

タイゾーくんはわるくない

◆自民党の新人代議士である杉村太蔵クン26歳が大もてである。国会議員の美味しい特権をお茶の間にこれでもかとばかり分かりやすく提供してくれた。代議士なり立て早々、いきなり殊勲甲の働きぶりだ。片山某とかゆかりにシカなどのコイズミ喜び組よりはよっぽどましじゃないかと思ってしまう。正直は罪じゃないし、おじさんとしては若者に寛容でありたい。まあ感心はしないまでも、これからの精進を期待していたのである。
それなのに、きょうの会見はなんだ(笑)。ちょっとがっかりしたよ。
自民党よ角を矯めて牛を殺すなかれ(笑)。

◆タイゾーくんよりはるかにムカツク連中がいる。大阪市交通局の組合幹部(市バス運転手)だ。夕方のテレビで報じていたが、組合役員専用の運行ダイヤがあって、1日3時間程度の乗務であとは事務室でぶらぶらしている。こうなると労働組合とはとてもみえない、ただの利権互助会である。弱いものが団結して社会正義を実現していくのが労働組合だろうに、全然逆のことをやっている。利権屋が組合を乗っ取った行く末である。
なおかつ市当局の弁明も課長代理がやっている。部長や課長は出てこんのか。
京阪神では市バスの運転手はどこもかもガラが悪い、福岡に行って西鉄バスに乗るとあまりの違いにビックリする。おまけに料金も100円である。
彼我のチガイはいったいどこからきたのだろうか。
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by chaotzu | 2005-09-28 21:42 | 時事
2005年 09月 27日

「女囚さそり」と1970年代

b0036803_2245055.jpgこのところのエントリーは、身辺雑記が多いが、映画DVDを見ていないということではない。ここ数日は「女囚さそり」シリーズ4作をみた。梶芽衣子の出世作であるが、オンナのひとのハダカてんこもり、かつ田村正和なんかがショボイ役ででてくる。まあすこぶる面白い。
ところがなぜか感想が書きづらい。
「まるでマンガみたいな面白さでした」、ハイおわりである。そりゃそうだ、元はマンガである。しかし、マンガの感想となるとどうにも書きづらい。

まあ1970年代の反権力ムードは十分堪能できる。いまならば「踊る捜査線」のような体制側視点の映画が大流行りであるが、70年代はそうじゃなかった。体制とか権威というものはあまり信用せず、あくまで個人の技量や才覚で生き抜く主人公が大半だったように思う。たとえ敗れたとしても前のめりで倒れる。
いま現在、若い無党派層が大挙して時の与党権力に投票するような時代とは大違いであって、隔世の感しきりである。あるいはそんなことまで考えてしまうから書きづらいのかもしれない。

◆そういった70年代思考の残滓と思えるものが、いまだにしみついている。
たとえばバスに乗ったときだ。いつも降車ボタンを真っ先に押してしまう、その「弱気の虫」が毎度歯がゆくなるのだ。いや理屈にあわない幼稚な心理であることは重々承知している。だけどなかなか直らない。いってみればバスの降車ボタンに反抗しているのである、それほどたいそうなものか(苦笑)。
小さな停留所ならしかたないが、駅前の停留所である。必ず降りる客がいるだろうに、ダレもボタンを押す気配がない(ようにみえてしまう)。いっぺん金輪際押してやるものかと思うときもあるが、実際に通過されてしまうと困るので。ぎりぎりで負けてしまう。こうなるとチキン・ゲームである。結局停留所では自分のほかに何人も降りている。ああオレってやっぱり負け犬かなあと思う瞬間だ。
こんな妙なことまで考えてしまう自分が情けない、いったいバスの降車ボタンにまで反発してどうするんだ(苦笑)。
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by chaotzu | 2005-09-27 22:54 | 身辺雑記
2005年 09月 26日

禁煙戦線異状アリ

◆今年の1月から敷地内全面禁煙に踏み切った総合病院、さていまどうなっているか。
ちょうど敷地外となる公道付近にパジャマ姿の入院患者がゾロゾロ謂集して、片時を惜しんでスパスパやっているのである。あたり一面たくさんの吸殻だらけだ。
真に不屈の喫煙魂というべきだろうか? 熱波の夏であろうが、鼻水も凍るような真冬であろうが、吸うときは断固吸う、そのさまは宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を彷彿させるものがある。いやそんなことないか(笑)。
けっして、喫煙者を茶化しているのではない、病人でまだそれだけの元気があればいいじゃないかという見方もある。まあみっともないことは否定できないが。
実際に喫煙者の喫煙にかけるエネルギーたるや、ものすごいものがあって、ワタシは車椅子の入院患者が、看護婦の目を盗んでタバコ買いで外出するのをみたことがある。で、そのときは必死で歩いているのである。偽の車椅子患者ではない、まさに決死の買物行を敢行しているのである。そこまでの固い意思で生活を律しておけば、病気になることもなかったかもしれない……、いやひと様のことをとやかく云えたものではないか。
はなし戻って、病院の禁煙対策であるが、病院管理者の努力だけでは限界があるようだ。院外薬局の前でも堂々と喫煙しているし、道路管理者も含めて周辺施設が協調していっせいに取り組まないと難しいのではないか。いまの様子をみると、少々の熱発をものともせず寒中で喫煙するひとも出てきそうである。なんだか谷村新司の昴を連想せぬでもないが、それで病状が悪化すれば、なんのための入院か分からなくなってしまう。

◆病院の禁煙化はそれでも一定進んできている。しかし、一般飲食店のほうはまだまだである。喫茶店や居酒屋の場合、全面禁煙は難しいかもしれないが、ふつうの飲食店ならばもう禁煙に踏み切ってほしいものだ。いや、本来であれば「喫煙OKの店」のほうこそ宣伝文句になってもおかしくないと思うのだが、現実はまだそこまでの道遠しである。
満員の店内でタバコをふかして、他人の飲食物にケムリを吹きかけている、その神経はどうしても理解できない。ひどいのになると食前に一服、食後にも一服で平然たるものである。食べ終わったのなら早々に退出してくれよと云いたくなる。
ファミリー・レストランなんかでは分煙方式を採用しているが、喫煙席のすぐそばの禁煙席なんかはなんの意味もない。ケムリが流れて来るのは喫煙席と同じである。ただのアリバイとしかみえない。物理的に十分な距離をとるとか、間仕切りや換気扇を設置するとかしない喫煙席にはなんの意味もないのだが、マネージャーが全く理解できていないのか、あるいは知って放置しているか、どちらかである。
まあそんなことで、外食できる店がずいぶん減ってしまった。オフィス街でコンビニエンスのたいして美味くない弁当がたくさん売れるということは、価格要因もあろうが、外食でたばこのケムリに悩まされたくないというひともだいぶいるのではないだろうか。
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by chaotzu | 2005-09-26 22:18 | 身辺雑記
2005年 09月 25日

三宮ダイエー村の思い出

◆ダイエーのオーナーであった中内功氏が亡くなった。名前のつくりは「刀」だそうだが、昔はダレも頓着しなかった。自分オンリーの漢字にこだわってからおかしくなったように思うが、まあそれは横においておく。
最後にしくじったが、一代の梟雄であったことは間違いない。なにせ神戸・三宮の一角をほとんどダイエーの店が占めた時代があったのである。一企業グループの繁華街占拠率としては、ギネス級でなかったか。もう絶対にありえないことだろう。

◆全国ダイエー店舗の旗艦店たる三宮店に紳士用品のゼントハウス(男館)、レディスタウン(女館)、電気製品のパレックス、もうあちこちダイエーだらけ。ステーキハウスのフォルクスまであった。場所は離れるがスポーツ店もあったし、駅前にはプランタン百貨店もあって、神戸の街はダイエー王国だった。1970年代が全盛期ではなかったか。それがだんだんジリ貧になってきたところに震災がとどめをさした。
いまはもうみるかげもない。パレックスはパチスロ店、ゼントハウス(男館)はユニクロに変貌し、旧三宮店は駐車場のままである。まさに、つわものどもの夢のあとみたいになってしまった。そごうもいちど破綻したし、いま現在、神戸の街の商業的な覇権は居留地界隈を開発した大丸にあるが、これが僅か30年ちょっとの間の出来事なのである。
とにかく、かつてそんな時代があった。ひとりの人間が裸一貫からつくりあげた街があった、そのことは記憶にとどめておきたい。
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by chaotzu | 2005-09-25 22:54 | 身辺雑記
2005年 09月 24日

なんだかムカつく国勢調査

◆5年毎の国勢調査が巡ってきた。今回は簡易調査であるが、それでも調査項目はいやに細かい。「1週間に仕事をした時間」とか「住宅の床面積」とかある。
はっきりいってだいぶムカつく(苦笑)。
そして「勤め先・業主などの名称及び事業の内容」とか「本人の仕事の内容」なんて調査項目が最後にある。「本人が実際にしている主な仕事の内容をくわしく書いてください」とあるが、まったく大きなお世話というものだ。

b0036803_22414264.jpgそもそも人口動態の統計であるはずなのに、集計しない項目まで詳細に書く必要がどこにあるのかと毎度反発を感じてしまう。もしかして、指定統計に便乗して役人が余計な調査項目を勝手に付け足したりしていないだろうか。そして少子化社会となれば、先行きは「1ヶ月間の性交渉の回数」まで書かされるようになるかもしれん。そうなると、思いきり見栄を張らねばならぬではないか、なんてことまで思い巡らしてしまう(苦笑)。

◆ところが、国勢調査令という政令がちゃんとあって、そこの第5条第1項に調査事項が規定されているのである。
そこには、「氏名」「男女の別」「出生の年月」とか国勢調査の基本事項が列記されているが、そのなかに「所属の事業所の名称及び事業の種類」「仕事の種類」「従業上の地位」なんかも入っているのだ。それにしても、従業上の地位なんて、ほんとにイヤミとしか思えない。それにあえて反抗的に云わせてもらえば、、支店や営業所の名称、官公庁の所属課まで書かせるのは法令を逸脱しているかもしれないし、「仕事の詳しい内容」ではなくて「仕事の種類」である。要するにそんなに詳しく書く必要はない。産業分類が分かればいいのである。
そうは云っても、法令のきまりとあらば仕方ありません、書きましょう。
その代わり、好きに書かせてもらう(笑)。
そういうことで、自分の憧れの職業に就くチャンスなのでもある。ホントか?
「ダンス教室講師」「割烹料理店板前」「駐車場経営」……、
さて今回はなんになりますか。著述業(ブロガー)とでも書いとくか(笑)。

◆提出に際して、封筒を糊づけすることは当然である。そのほうが調査員さんに負担をかけなくていい(はっきりとそう仰る調査員さんもいる)。その点、今年から封緘用の両面テープが添付されたことは一歩前進だろう。
かつては、記入内容をチェックする必要があるから、絶対に封をしてもらっては困るというトンデモ調査員がいて物議を醸したことがあるが、次第に雰囲気は変わりつつあるようだ。もっとも、地方によっては、封緘提出は他人行儀で水くさいとみられるところもあるかもしれない。市役所や町村役場はもっと啓蒙すべきだろう。そして、余分な調査項目や細かすぎる調査項目も見直してほしいものだ。
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by chaotzu | 2005-09-24 22:51 | 時事
2005年 09月 23日

【DVD】「活きる」 私達に借りがあるのだから生き抜きなさい

◆地球の歴史上これまで最大の殺戮者は?
いろいろ諸説あるだろうし、犠牲者の人数にしてもアバウトなところはある。まあその辺はおいといて乱暴な想像をつづけてみる。
筆頭はソ連(当時)のスターリン書記長、2000万人は粛清したと云われている。次いで中共の毛沢東主席が文化大革命で数百万~2000万人。あとはナチス・ドイツのヒトラー総統がユダヤ人のホロコーストで300~400万人、カンボジアのポル・ポトが300万人、アフリカ・ウガンダのアミン大統領が30万人ぐらいといわれている。
くどいようだが数字はだいたい、思い出すかぎりであるが、みんな20世紀の出来事である。
だが、これに餓死したひとも加えたらどうなるだろう。
その場合、いちばんは毛沢東、1950年代の大躍進政策で2000万人の餓死者をひきおこしたといわれている。一説によると、毛沢東はその政治家としての治世で6000万人の国民を死に追いやったのではないかといわれている。数字は大げさかもしれないが、ぶっちぎりのターミネーター・ナンバーワンであることは間違いない。乱世の英雄であったにせよ、平時となるとこれほど酷薄無能な人物はいない。北朝鮮の金一家などはまだ可愛いものである。
ところが、この毛沢東、国民に未曾有の災厄をもたらした張本人であるというのに、いまだに天安門広場に巨大な肖像画が掲げられ、建国の父として崇められている。つまるところ、当時の国民の相当数が毛沢東の煽動に熱狂したあげく殺戮等非道な行為の共犯者として荷担したからであろう。毛沢東を批判すれば、自分自身に唾を吐きかけることになってしまいかねない。それこそ国民が分裂しかねないので、当分の間、「救国の英雄」として祀り上げておくしかないということになる。歴史を粉飾したがるのはなにも日本だけではない(苦笑)。
さて、そんな毛沢東のデタラメ施策に翻弄された中国庶民の物語である。もう10年以上前の作品であるが、いまだに中国内では検閲不許可で上映されていない。

b0036803_21302592.jpg◆1994年中国映画、チャン・イーモウとコン・リー、かつての実質夫婦コンビの作品には秀作が多いが、この作品にもずいぶん泣かされる。近頃は涙腺が緩んでいるからよけいそうだ。文革や大躍進に翻弄される庶民のありさまを淡々とときにユーモアも交えて描き出すが、それだけに中国の庶民を襲った痛々しい悲劇が胸をうつ。
福貴(グォ・ヨウ)と家珍(コン・リー)夫婦には子供が2人いたが、ひとり息子は大躍進運動のさなかに事故死、寝不足のまま集会に動員され、居眠りしたゆえの悲劇である。娘のほうは文革の混乱期に出産するが、ろくな医療も受けられず出血死してしまう。どちらも毛沢東政治の犠牲者なのである。それでも、この夫婦は明日を信じて生き抜いていく。

◆大躍進運動といってもいい加減なものである。家庭からナベカマの鉄製品を徴発して、自力で鉄を生産するぞと意気込むのはいいが、素人の原始的な製法ではお粗末な鉄塊しかできない。それでもこれで大砲の弾が3発できるぞという。さあ「台湾解放」だ、蒋介石の寝所に一発打ち込んでやる、便所にも一発打ち込んでやるとみんな意気盛んである。食生活の権利まで奪って台湾解放どころではないだろうに、そのつけはやがて確実に巡ってくる。
文革もデタラメである。娘が出産するというのに、医者は追放されている。子供みたいな紅衛兵の看護婦が病院を仕切っている。案の定急場ではうろたえる一方でとうとう娘を見殺しにしてしまう。

◆いつもながらの逞しい女性を演じたコン・リーもいいが、父親役のグォ・ヨウがなによりすばらしい。はっきり云ってどんくさいダメ親父であるゆえ、なおさら感情移入してしまう。子供が亡くなったことについても、無理矢理息子を集会にひっぱっていった自分が悪い、饅頭を7個も医者に食わせた自分が悪いと、もっぱら自責の念にかられている。おまけにお湯まで呑ませたから饅頭が7倍に膨れ上がって49個分だとくよくよしている。だけど、けっして、為政者に怒りをぶつけたりはしない。中国当局のチェックを意識した製作側の意図かもしれないが、結果的にそれが辛らつな権力者批判になるのである。

◆在りし日の父親と息子の会話
“いい子にしていれば餃子も肉も毎日食べられる。今はヒヨコのようなものだが、いつかはガチョウになる。ガチョウが大きくなり羊になる。羊の次は牛だ“
“牛の次は?”
“次は共産主義さ、毎日、餃子や肉が食えるようになるぞ”
何十年か後、孫のマントウと祖父母の会話
“このヒヨコが大きくなったら、鶏からガチョウになる。ガチョウは羊になって、羊は牛になる”
“牛の次は?”
“つぎはマントウが大きくなる番よ”
“大きくなったら牛に乗れる”
“牛ばかりじゃない。汽車や飛行機にも乗れる。その頃は今よりもっといい世の中だ”
なんという強烈な権力批判だろう。
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by chaotzu | 2005-09-23 21:48 | 外国映画