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2005年 09月 08日

【DVD】「緋牡丹博徒 お竜参上」 最強熊虎親分!

◆1971年東映映画、シリーズ6作目。3作目の「花札勝負」の続編的設定である。そういえば、ニセお竜の遺児である目の悪い女の子、せっかく手術が済んだのに、喧嘩出入りのためにその後ほったらかしであった。苦労して探しあてると、浅草で女スリ稼業に転落している。お竜さんとの涙の再会場面は、もうクサいのひと言。天使の如き緋牡丹お竜に比べると、もうひとつ感情移入しづらいキャラである。この女の子(山岸映子)と彼氏(長谷川明男)はその後も無思慮な行動でお竜さんに迷惑をかけまくる。無理矢理筋をつくるための余分なエピソードとしかみえない。

b0036803_2151254.jpg◆冒頭、廓の娘から「おばちゃん」と云われるお竜さん、このとき、藤純子はまだ26歳ぐらいだったはずだ。オイオイそりゃないだろうってもんである。実際にシリーズ当初に比べても、藤純子の美しさ、艶やかさが際立ってくる。尾上菊五郎との交際がだいぶ進んでいたのかと勝手に得心する。
今回の舞台は浅草六区界隈、私設警察的存在のアラカン一家にワラジを脱ぐ。アラカン、本シリーズに再三出ているが、役名はちがってもキャラ設定はみんな同じ、すなわち人格者で非戦主義の親分、だから毎度悪玉やくざにつけこまれる。
悪役は安倍徹、これからはキッタハッタじゃない、アタマで浅草をものにしてやるとにんまり笑う。ただし天津敏ほどの愛嬌は感じられない。

◆緋牡丹シリーズ悪役の特徴
・いやなことは直ちに忘れて、すぐさま次の悪巧みへ。どこまでもポジティブ・シンキング
・自分が悪いんじゃない、いつもダレかに責任転嫁でストレス対策はバッチリ
・約束は平気で破る、一対一の果し合いなんてバカのやることさ、勝てば官軍だ
・盆勝負には必ずイカサマを使う。偶然なんかにや頼らんぞ
なるほどなるほど、悪玉にも三分の理というか、どうしてどうしてバカにしてはいけない。

◆菅原文太がこんどは善玉の渡世人で登場、お竜さんを助ける。二人が雪の今戸橋でいったん別れるところは、情感あふれる名場面だそうだが、文太には実録やくざのイメージがありすぎて、どうもいけない。広島弁の文太がすっかり刷り込まれている(笑)。
お笑い関係は京唄子と鳳啓助、啓助が女優のおちょぼ口に感心、云わんでもいいのに、
“アンタの口やったら俵一俵入りまっせ”
唄子がすかさず逆襲、
“別れる前、ふとんの中でその口で食べてもらいたい云うたんは、どこのダレや”
おなじみこのコンビの定番ギャグだ。

◆執念深い安倍徹、アラカンを罠にかけて闇討ちする。アラカン、六区のお客さんが第一、事を荒だてるなと云いつつ絶命。
親分の意を汲んで安倍一派との和解の場に臨むが、そこでも縄張りを寄越せと無理難題をふっかけてくる、お竜さんもとうとう堪忍袋が切れかかる。
そのとき、熊虎親分(若山富三郎)が突然登場、悪玉衆を投げ飛ばしピストルをぶっ放し、こっそり逃げようとする黒幕天津敏ちゃんの首根っこをつかまえて
“夫婦の盃はかわしてへんけど、兄弟分の盃をかわしたわしの可愛い妹分に何してくれるんじゃい、お竜さん、こんガキどないしまひょ”
と凄んで、たちまちひとりで一帯を制圧してしまう。
お竜さんにはニンマリユルユルのだらけ顔が、悪玉衆に向けば鬼みたいな顔つきで睨みたおす。
安倍徹もびびりまくって、指つめてあやまるしかない。この映画いちばんの見せ場であり、スカッとすることうけおい。

◆指つめたぐらいで安倍徹の野望は消えない、謀略にかけてはどこまでも前向きで悪知恵はつきない。お竜さん、とうとう一対一の果し合いを申し込む。どちらが勝っても恨みはなかですばい。
場所は十二階こと凌雲閣、関東大震災で倒壊するまで浅草のランドマークであった。戻ってきた菅原文太が心配して随行すると、案の定親分ひとりどころか、子分がいっぱい。鉄砲まで用意している。まことに悪い奴ほど運任せにしない。
ラストはいつもの展開、こんなはずじゃなかったのにと悪玉が倒れます。
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by chaotzu | 2005-09-08 22:06 | 日本映画
2005年 09月 07日

【DVD】「緋牡丹博徒・鉄火場列伝」 必見!お竜さんの阿波踊り

◆ついついテンシンビンと読んでしまいそうな天津敏、真に中華帝国の刷り込みオソルベシであるが、それはさておき、このひとは緋牡丹シリーズのみならず他の作品でもずっと悪役を通しつづけたのではなかったか。
このところ、毎回お竜さんや健さんにぶった斬られるアマツさんをみるにつけ、やはりものの哀れをおぼえてしまうのである。生きてるうちに、善玉役もやらせたかったなあと思わずにいられない。つまり自分がみたいわけなんだが。情がうつるというか、よくよくみればお茶目な顔つきなのである。こういってはなんだが、待田京介のほうがよほど凶悪顔じゃないかと思わぬでもない。

b0036803_23225049.jpg◆1969年東映映画、再び旅の身空となったお竜さんが四国・徳島に登場する。徳島刑務所から出所する子分の引き取りであるが、その子分は重病で息も絶え絶えである。刑務所はやくざなんか人間じゃないと手当てもせず、早く出ていけの一点張り、嵐のなかを人力車で医者探しに奔走するお竜さんを、元やくざの待田京介か救う。こんどはいつもの富士松じゃなく、足を洗った元やくざという設定であり、筋目に厳しい。緋牡丹のお竜ならば出て行ってくれという。当の子分は看病のかいなく亡くなってしまうが、いまわの際に、かつて親分を「かたわの女」と侮蔑されたことで殺傷沙汰を起したことを告白する。やれやれ娘渡世の悩みは尽きない。

◆待田京介の運送業を手伝うふつうの人間としてのお竜さんが登場する。徳島藍の産地であり、出荷量の帳面付けをしている。平穏な日々だが、やっぱりというか長くは続かない、悪い奴がでてくるのだ。もっとも、このままでは映画にならないのだが、敏ちゃんとその黒幕の河津清三郎である。小作争議に介入して、待田京介が元いた組まで乗っ取ろうとしている。

◆鶴田浩二が「仏壇の三次」なるシリーズ随一といえるユニーク・キャラで登場。かつて渡世の義理で殺めた男の位牌と仏壇を携え、さらに男の遺児(女児)の手までひいている。これ以上はないというほど反省過多で良識ある侠客、ものすごくウソくさいが鶴田浩二ならさまになる。天津敏がやれば、女の子をすぐ売り飛ばしてしまいそうだ。そして、この鶴田浩二がお竜さんの悩める魂を救うのである。

◆今回、お竜さんの暴力面の助っ人は、大阪やくざの丹波哲郎、シリーズ第1作でお竜さんに倒された大木実の兄貴分という設定ではじめお竜さんと対決するが、直にお竜さんの正義を覚る。白ずくめ背広のキザっぽい役で、阿波のお大尽賭博でやってきたが、田舎ものの賭場はどうも性にあわない。ラストは見事に洒落たオチを決めてくれる。
もうひとり、お馴染みの熊虎親分(若山富三郎)、お竜さんのためなら何でも引き受ける。お竜さんにチクられた悪玉はたいへんだ。河津清三郎がなんぼワルだといってもなあ、そりゃないよというお仕置きぶりは、真に気の毒としか云いようがない。
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by chaotzu | 2005-09-07 23:25 | 日本映画
2005年 09月 07日

奇々怪々の星野報道

◆阪神前監督星野氏の巨人入り?に関する報道が錯綜というか迷走している。
はじまりは、9月5日(月)、
「年俸10億円!巨人・滝鼻オーナーが星野氏に監督を正式要請」(サンスポ08時03分)
巨人軍滝鼻オーナーが阪神電鉄本社を訪問し手塚オーナーと会談の後、星野氏に極秘接触、「1年契約、年俸10億円」、破格の条件提示とある。
翌6日(火)には、「巨人、阪神に『星野監督』要請していた」(スポニチ06時14分)と同様の報道がつづく。情報源ははじめ阪神関係者とされていたが、他紙の後追いで久万前オーナーと判明し、さらに同氏が「巨人入りを容認した」ということまで。
こうなれば、もう間違いなく巨人・星野監督の誕生だ、ダレもがそう思ったことだろう。

◆ところが同日夜に至って一転する。
「巨人から招請受けていない 阪神の手塚オーナー」(共同通信19時43分)
阪神の現オーナーが“久万前オーナーが会ったのは巨人からの使者ではなく記者だった”
と久万情報を全面否定、星野氏の球団シニア・ディレクター契約の継続も要請するという。さらに毎日の報道では、読売ナベツネ氏も阪神との接触を否定したとある。
いったい、どうなってんの? 84歳のクマさんが呆けとったってことですか(そんなアホな)。

b0036803_20313289.jpg◆直近のニュースが正しいとするならば、5日のサンスポは大チョンボの虚偽報道である。でっちあげといわれても仕方ない。ところが、年俸10億円とか情報がやけに具体的なのである、東スポでもここまで断定しない(笑)。
さらにサンスポ自身も、このニュースを軌道修正していないのである。ちなみに、本日の関係記事は「8日に星野SD続投要請…本音に迫りイッキ囲い込みへ」ということで、あくまで巨人から監督就任要請があったことを前提にした記事になっている。

◆これはもう、ヨミウリから阪神に接触があったとしか考えられない。ナベツネ子飼いの読売記者が「代理人」として動いたのだろう。もちろんペーペーの記者ではない、それなりの幹部記者だろう。実質トップのクマ爺さんに会って、上層部の意向を内々に伝えたにちがいない。球団との関係がないから、勘ぐられても記者としての接触だと言い逃れができる。だけど、いかに言訳しようが、新聞記者がフィクサーまがいの行動をしたとすれば、マスコミ人として職業規範を逸脱したとみられてもしかたがないことだ。
まともなメディアであれば、共同通信等の報道があれば直ちに社内調査するところだが、あいにくヨミウリはまともな新聞社ではないから頬かむりしている。なにより他ならぬナベツネ自身がこれまでフィクサーじみたことに手を染めており、その一端が韓国の情報公開で明らかになったばかりである(オカシなことに、どこもきちんと追及しようとしない。記者のフィクサー稼業はナベツネだけではなかったのだろう)。

◆なぜ、ヨミウリがこれほどまでに焦っているのか?
まず巨人戦のテレビ放映権料1試合1億円の殿様商売が難しくなったこと、視聴率5%そこそこでは3000万円でも上出来だろう、いずれダンピングを迫られること必至である。そして日本テレビの深刻な売上不振もあると思う。ここ数年看板番組のはずの巨人戦がらみCM収入は減少一途であり、日テレは危機に直面している。
だから背に腹は代えられない、放映権料や番組セールスのためには星野人気に頼るしかない、同氏ならば、ゴールデンのスポットCMで1分1000万円の商売が維持出来ると踏んだのだろう。だから10億円払ったとしても安いものである。
それほど、ヨミウリ・グループはいま追い詰められている。とにかく手っ取りばやい人気回復が第一であって、球団の抜本的再建は二の次でしかない。自らの商売危機をいかに打開するかだけで、野球への愛はどこにもみられない。

◆現状はアドバルーンを打ち上げて、その効果は十分果たしたというところではないか。当面様子見しておいて、阪神が優勝すれば直ちに動きだすだろう。そのときにはサプライズは少なくなり、反発もだいぶ緩和されるだろうと見込んでいる。

もうひとつ、いやな疑問がある。
なぜ、首位争いで公式戦がいちばん盛り上がっているさなかに、このようなニュースが噴出するのかということである。良識ある野球関係者なら、公式戦の盛り上がりに水を差すようなことは避けるものなのに、おかまいなしである。
一連の報道が、総選挙の公示から投票までの間にあったということは、たまたま偶然のことなんだろうか。いずれにせよ、総選挙の目くらましになったことは間違いないのだが。
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by chaotzu | 2005-09-07 20:45 | 野球
2005年 09月 06日

【DVD】 「緋牡丹博徒・二代目襲名」 死んでもらいますばい

◆1969年東映映画、シリーズ4作目にしてお竜さんが九州に帰ってくる。そして矢野一家を再興する。もちろん、不死身の富士松(待田京介)も帯同しているし、後見人おたか親分(清川虹子)もかけつける。ただし、熊虎親分が登場しないせいか、コメディタッチはずい分うすくなる。

b0036803_2337587.jpg◆いまはローカル線のひとつであるが、かつては大動脈であったJR筑豊本線の建設裏面史、産業革命に邁進する明治中期の日本にとって、筑豊の石炭を効率よく若松港まで輸送するための鉄道建設はまさに喫緊の課題。しかし、既存の遠賀川水運(川船)業者は猛烈に抵抗する。なにせ「川筋もん」である。鉄道建設を請け負ったやくざ衆もたじたじである。そこへお竜さんの矢野組が登場、丘蒸気は時代のすう勢である、川船衆もいっしょにやりましょうばい、けっして悪いようにはしませんたいと、やくざ衆と川筋もんの和解に努める。
だけどやっぱりというか、鉄道利権の独占を狙う悪玉やくざが出てくる、そう天津敏、敏ちゃんが性懲りもなく出てくるのだ。助っ人は高倉健、この敏ちゃんに再三「教育的指導」をするのだが、サッパリ懲りない。なにせ男の約束なんて何回でもする敏ちゃんなんである。その子分がいかにもずるそうな小松方正とくれば、いやはや懐かしい。
ラストお竜さんが髪ふり乱して対峙します。

◆お竜さん、こんどは着物でなく工事用のはっぴ姿が多い。人足はみんなふんどし、女組長さんの前で汚いケツをみんなさらしている。とにかくオトコの尻がやたら目立つ映画である(泣)。なかにはかたこと日本語の人足もまじっている。説明はないが、当時の鉄道人夫にもかなり混じっていたのだろう。鉄道工事が済んでも石炭鉱山など働き口がいっぱいあった。おそらく当時の日本でも一、二の活況を呈していた地域である。
人足のなかにはお竜さんに夜這いをかけるような不届き者も出てくる。お竜さん、映画のなかでは弱冠23歳であり、なかなかたいへんである。そんなお竜さんにほれ込むのが石炭成金の下品なオトコ、富士松からハゲガッパと呼ばれる。貴族院議員をセールストークに求婚突撃するが相手にしてもらえない。人夫の緊急手配を頼めば、北九州一円の芸者をかき集める始末でさっぱり頼りにならない。清川虹子のおたか親分もため息をつく、“同じ大阪の人間として情けない” 熊虎親分不在のコメディ・リリーフである。

◆工事を完成させた組には永久出入りの特権(官製談合のルーツですな)を与えるという鉄道院の担当課長が中山昭二、どっかでみた顔だなあとしばし脳内検索するが浮ばない。出演者名でやっと氷解、ウルトラ隊長のひとだ。地球防衛軍であれ若手官僚であれ、このひとの印象は全然変わりません。
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by chaotzu | 2005-09-06 23:40 | 日本映画
2005年 09月 06日

カトリーナの鉄槌

◆昨夜みたテレビでは、ミシシッピ・ワニが浸水したニューオーリンズの市街地を悠々?と泳いでいた。最強の大国とはとても信じられない光景!
アメリカ南部を襲ったハリケーンの「カトリーナ」、二重三重の災厄に遭遇した被災者は真に気の毒であるが、これを冷徹にみると「アメリカ帝国没落」の先触れととらえられるかもしれない。市街地を泳ぐワニは、歴史の潮目の変化を象徴しているみたいである。
b0036803_23133682.jpg1991年12月ソビエト連邦が崩壊した。半世紀近い冷戦に完勝したアメリカは地球史上最強国家の高揚気分を味わった。しかし、それもつかの間、2001年9月に同時テロに遭う。それからアフガン戦争、イラク戦争の泥沼に浸かりこんで今度は大災害だ。しかも、スマトラ沖の大津波や日本の阪神大震災とはちがって、予め十分予知できた災厄である。おまけに被災地は無法状態で略奪と暴行が横行するありさま、人種差別のフィルターまで剥落してしまう。
これが最強大国の実情かと、国民の多くは自信や気力がかなり減退したことだろう。

◆アメリカの民間シンクタンクの試算によると、イラク戦争でアメリカは1日あたり200億円余りの出費を余儀なくされているらしい。1か月で6000億円、1年間つづけるとなると7兆円になる。もちろん人命のロスもある。もう唖然とするしかないが、これでは長く続けられない。日本に米国債をもっと買ってもらうしかないがそれも限度がある。いずれ中途半端でも撤兵しなければならなくなる。
もともと大量破壊兵器があると言い張って強引にはじめた無理筋の戦争だった。そういうところにハリケーン襲来で、自国のお粗末な危機管理を露呈してしまった。ウソかホントか知らないがテロ対策が40兆円で災害対策費が40億円と囁かれている。そこまで極端なことはなかろうが、自国民を災害から守れずして、大金かけて他国にお世話をやく道理はない。米国民の多数心理は否が応でも内向きにならざるを得なくなるだろう。

◆もともとはサルがキジとイヌを誘って、はじめたような戦争だった。桃太郎も鬼もいない鬼が島退治みたいなもので、実にいい加減なものだが、身内を闇討ちされたサルが逆上してしまってダレにもとめられない。悪魔退治だと云い張る。仁義なき戦いならぬ道理なき戦いである。
サルとイヌ、ご先祖の昔は「犬猿の仲」といわれるぐらい剣呑な時代もあったが、いまやイヌはサルの忠実な子分=バシリである。イヌの近所に鼻つまみのアブナイ奴がいて、いざというときはサルに助力してもらいたい思惑から、なんでもいいなりの屈従だ。この間は念願の頼母子講の世話役就任までサルに邪魔されたばかりだし、近所のアブナイ奴にも舐められっぱなしである。だけど勝手に動くとサルが嫌がるので我慢するしかない。この頃はひきこもって内輪の刺客ごっこで憂さ晴らししている。
それでも最近になって、サルもさすがにヤバイなあともじもじしかけている。インチキ戦争のメッキが剥げてしまったところに嵐がやってきてアブラ代暴騰の追い打ち。人気低下で尻に火がつきだしてマッカッカである。もともと赤いから必死でとぼけ通しているがどこまでもつか。もうマンガみたいだ。
こんなサルにずっとつき合うんかいと突っ込みたいデス、いやホンマに。
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by chaotzu | 2005-09-06 23:20 | 時事
2005年 09月 05日

【DVD】「ジョゼと虎と魚たち」我々はまた孤独になる

◆フランソワーズ・サガン、18歳の処女作「悲しみよこんにちわ」で全世界にセンセーションをまきおこした早熟の女流作家。白水社から全集が出たりして、日本でも一時期かなりのブームに沸いた。だけど、近年は半分忘れられた作家みたいになっていたように思う。私も何作か読んだがあまり憶えていない。昨年ご本人がなくなり、そしてつい最近翻訳者の朝吹登水子氏が亡くなられたばかりで、自分的にはフェイド・アウトしていく作家の位置付けであった。
ところが思わぬところで巡りあうのである。サガンの小説が好きな身体障害者のひきこもり女の子のはなし、なかなか思いつけない発想だ。原作は田辺聖子である。
サガン=田辺聖子? うーん、これも盲点でした。

b0036803_2205126.jpg◆2003年日本映画(アスミック・エースほか)、題名から勝手に青春活劇みたいな内容を想像していたが全然ちがった、障害者をテーマにした映画である。
なんというか、変わったテイストがある。大阪が舞台のはずなのに、大阪らしい暑苦しい風景は出てこない、目をこらしてみたが、大阪のどこかさっぱり分からない。下肢麻痺の障害者がヒロインであるのに車椅子は出てこない。そもそもヒロインの生い立ち等よく分からない。

◆両足麻痺の池脇千鶴は祖母と二人暮し、祖母からは「壊れもの」視され、ほとんど家にこもりきり、本を読んで過ごしている。祖母が拾い集めた雑多な本を部屋に積み重ねており、月刊極道からSMキングまで何でもござれ、学校の勉強まで他人が捨てた教科書で自学した。お気に入りの小説はフランソワーズ・サガンの「一年ののち」、登場人物にあやかって、自分のことをジョゼと自称している。知識は全て読書で仕入れたものであり、現実の世界のことはあまり知らない。だからおばんくさいところと幼稚な部分が入り混じっている。

◆ふつうの大学生でオンナの子ともテキトーに遊んでいる妻夫木クンは、ひょんなことからジョゼと知り合い、ジョゼが作ってくれた出し巻き玉子に感激する。そしてイスから床にダイブする姿に強烈な印象を受ける。
紆余曲折あって一時途切れていたが、ジョゼのバアチャンの死を聞いて再訪すると、障害者の一人暮らしには健常者が思いもせぬ日常があった。
“隣のおっちゃんにオチチ触らして、ゴミ出し頼むねん”
”なんでアンタにうちのゴミ出し、ごじゃごじゃ云われなあかんねん”
“帰れ云われてはよ帰るような奴は、はよ帰れ(泣)”
やがて、ふたりはいっしょに暮らすようになる。ジョゼは初めて外の世界をいっぱい知る、動物園で虎をみた、海もみた。水族館はあいにく閉まっていたが、水族館みたいなラヴホテルに泊まった。若いふたりの黄金の日々、だけどいつまでもつづかないだろうことは、ジョゼ自身がなによりいちばん承知している。それがもの哀しい。

◆もうひとりオンナの子がからんでくる。女子大生の上野樹理、ツマブキくんのセックスフレンドによると、“ちょっと上目づかいで首斜め45度にして「相談したいことがあるの」”とオトコに近づく最強女、おまけに乳もデカいそうだ。
このとき17歳の樹理ちゃん、すごい役やったもんだ(笑)。
そして、この最強女がジョゼに嫉妬バリバリなのである。
“障害者のくせして私のカレ奪うなんて、正直アンタの「武器」うらやましいわ”
オイオイ福祉を専攻している女子大生がこんなこといっていいのかい(笑)。最強女の彼女にすれば、それまでは障害者=目下の気の毒な存在だったのだろう。すなわち紙の上だけの存在にすぎなかった。それに負けてしまうのだから怒りは半端ではない。
ジョゼも負けじと云い返す。
“ホントにそう思うんやったら、アンタも足切ってもろたらエエやん”
あとはふたりで平手打ちの応酬、後で分かるが樹理ちゃんはこれでダメージを受ける。この映画のハイライト・シーンである。

◆社会人なりたて健常者の青年と身障者の女の子の同棲、さてどうなるか。
女の子のほうは、電動車椅子で街中を走っている。ひきこもりからは完全に脱皮した。
オトコのほうは、人目をはばからず突然泣き崩れる。
障害のあるひと、特別に庇護されるものではなく、特別に気の毒がる必要もない、その前にあたりまえの人間としての存在がある。けっして「壊れもの」じゃない。いろいろ見方はあるかもしれないが、面白い映画だった。おじさんとしてはベッド・シーンがなければずっと良かったんだが、それじゃきれい事すぎるか。
なお、池脇千鶴が上野樹理より5歳も年上なんて知らなかった。芝居は上手いけど、童顔がこの娘にはつきまとうなあ。
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by chaotzu | 2005-09-05 22:12 | 日本映画
2005年 09月 04日

日本の借金ただ今754兆円

◆「日本の借金時計」という著名なウェブ・サイトがある。国と地方の長期債務残高を合計したもので、ただ今のぞいてみると、現時点の日本の借金は「754兆5928億円」。なにせ1秒間に100万円の増加ペースでカウンタがめまぐるしく動いているので、貧乏性の人間にとっては、ホラー映画をみるかのような恐ろしさがある。
b0036803_0534634.jpgちなみに一戸あたりの負担額は「1603万円」、とても正視できない数字である。もうわしゃ知らんよと云いたいが、貧乏人が日本を脱出するなんてとてもできそうもない。まるでニューオーリンズの水没地帯「スープ皿」に閉じ込められた貧乏人層(ほとんどが黒人だ)みたいな気持ちになる。

◆ちょっと前まで、日本には郵便貯金という国民の巨大資産がある。よって国がいくら借金しようが、郵便貯金の範囲内であるかぎり、なんの心配もありません、だから大いに公共事業を増やしましょう、景気がよくならないと元も子もありません……といった意見が幅をきかせていた、ところが、とっくに郵貯規模なんかはるかに超えてしまっている。超過分は民間の金融機関が国債を購入しているのだろう、すなわち民間のお金まで官に相当流れていることになる。
この現実を直視するかぎり、郵政民営化で「官のお金を民間に解放する」なんて、まるで夢物語としかみえない。はっきり云ってウソ八百である。

◆もっと深刻な想定がある。国の第二予算である財政投融資の不良債権だ。仮にいま現在郵貯銀行が存在するとして、民間金融機関と同等の金融検査をするとしたらどうなる。おそらく巨額の貸倒引当金計上が必要になるだろう。その際、政府の債務保証があるなんて意見はなしである。もう国の保証能力なんてどこにもありはしない。
郵便貯金の残高は210兆円あるとしているが、実際は相当部分が毀損しているのではなかろうか。だけど、これを正面から取り上げたらそれこそ社会不安を惹起しかねないので、政府の役人はダレも知らぬふりをしている。郵便貯金は国が元利保証しているので、毀損部分=国の隠れ借金になる。まあいろいろ心配してもキリがないが、日本の借金をいろいろ精査していけば754兆円どころではなく、さらに積みあがるだろうことは間違いない。

◆コイズミさんは「郵政民営化」一点張りであるが、実際の政治課題は「国の借金体質の是正」これ一点に尽きるのではなかろうか。郵政民営化も年金問題もその他の国内施策も結局はここに収斂する。おまけに日本社会における深刻な世代間対立までひき起こしているようだ。
若いひとからみれば、両親や祖父母の世代が勝手にこしらえたばくだいな借金じゃないか、それを押し付けるなよという言い分になる。ましてジジイやババアの年金財源が不足するからといって、増税なんかとんでもないとなる。
現実が閉塞しきっているからこそ、何らかの改革を待ち望んでいる。コイズミさんの改革お題目が受ける所以である。まして「死んでもいい」との大見得つきであるから、熱狂するのも分からぬではない。

◆だけど、コイズミさんが総理になる直前2001(平成13)年3月末の借金時計は約646兆円だったのである。コイズミさんになって100兆円以上も日本の借金を増やしている。亡くなった小渕首相のときも借金が増えて世界の借金王と僭称していたが、金融危機という特別な事情があった。実際はコイズミさんのほうこそ世界の借金王によりふさわしいだろう。若者を苛立たせる原因をこしらえたいちばんの張本人でありながら、もっぱらパフォーマンスだけで人気を保っている。野球界におけるナガシマさんみたいな存在である(苦笑)。この人は自分にドロがはねかかることはけっして云わない。国の借金を減らしていくことこそ、「死んでもいい」決意でやってもらいたいことなのだが、ユーセイミンエイカだけ唱えている。某学会の勤行の真似じゃあるまいが、すり替えばかり云って、そのうちメッキが剥げるだろう。

◆ほんとうに責任ある政治家ならば、必要なことは有権者に耳の痛いことでも訴えるべきなんであるが、いまどき、そんな気骨ある政治家はなかなか見当たらない。わずかに民主党が年金財源としての消費税を提言しているぐらいである、それでもまだまだへっぴり腰にみえてしまう。
もう高速道路を延ばしたり、新幹線を引っ張ったり、空港をつくったりの人気取りができる時代ではない、体を張って無駄な投資は抑えて欲しい。ただし、ありきたりの歳出削減だけでは間に合わない借金レベルになっている。増税が避けられないことも真剣に訴えていくべきだ。消費税の増税といっても、基礎食料品は非課税あるいは税率据え置きなどの工夫もできるのではないか。
そんな政党や立候補者がおれば、ちゅうちょなく一票を差し上げるのだが、現実はどこもかもキレイ事ばかり云っている。
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by chaotzu | 2005-09-04 23:53 | 時事
2005年 09月 04日

【ビデオ】「やくざの墓場~くちなしの花」 ラストは不敵なVサイン

◆本日のTBS報道特集で、運転免許証の更新時に任意の交通安全協力会費を「詐欺」的に徴収している実態を報じていた。集めたお金の大半が警察OB等の人件費に化けていることまで暴露している。警察の外郭団体がしているとはいえ、まるでやくざみたいな集金手口である。
さて、やくざ映画の興趣に攻守交替がある。暴力団員役の俳優がマル暴の刑事を演じて、刑事役が逆に暴力団員になる。いったいどんな顔して演じるのかみたいもの。たとえば、菅原文太の刑事、おそらく全然変わらないはずだ、どっちをやっても違和感がない。つまるところ、先ほどの交通安全協力費ではないが、やくざもケーサツも似たようなもんじゃないかってことになりかねない(笑)。もともとの暴力体質は共通しており、人生の運命は、さいの目の転がり次第といえば言いすぎか。
そういえば、幼馴染の友だちが幾星霜過ぎて、刑事と暴力団幹部で再会するというのも、エンタメ小説でよくある食傷パターンである。

b0036803_2174355.jpg◆1976年東映映画、冒頭に昭和51年度文化庁芸術祭参加作品のクレジット、ものすごいイヤミ(爆笑)であるが、こういうのって大好きである。
渡哲也がマル暴一筋のベテラン刑事役であるが、ダボシャツに紫腹巻と、かつての関西ヤクザの定番ファッションで登場、どっからみてもヤクザにしかみえない。仕事に打ち込むほどに、ミイラとりを実践してしまう。
それにしても、この人の場合、闘病経験が演技の凄みをましたようだ。

さて、大阪府警(たぶん)の陣容であるが、本部長が大島渚(ホンモノ)、副本部長が成田三樹夫、地元署長に金子信雄、所轄刑事に川谷拓三、渡哲也の同期刑事が室田日出男といった面々、なんだか、大島渚を別にすれば、ほとんどヤクザ俳優である。しかし、成田三樹夫なんかは黒ぶちメガネで神経質そうな警察官僚を演じてうまいもんである。その点川谷拓ぼんはチンピラ・ヤクザとほとんど変わらない、チンピラを武道場で喝入れするつもりが逆に投げ飛ばされたりしている。
いっぽう、暴力団側は藤岡琢也の組長に梅宮辰夫幹部そして、チンピラ小林稔侍などの布陣である。梅宮辰夫が警察の幹部を演じる映画をみたことがあるが、このひとの警察官だけはあまりオススメできない。案外真面目にこなすが、その分爆笑しかねない。漬物屋をやったりするからよけいにである。小林稔侍は長髪でまだ細く、なんにでも化けそうな現在の貫禄がウソみたいである。

◆金子信雄の署長も某組長のまんまで、まったくいっしょ(笑)、制服を着ているかいないかだけだ。地元暴力団とべったり癒着していて、平気で宴席に同席し芸者を要求したりする。
かつて地元暴力団の組長と交際する警察署長がいたことも事実。歴史的な経緯もあるし、地元の顔役とパイプを通じていることも署長の内々の仕事とみられていたのだろう。もちろん、本部のキャリア本部長や刑事部長は見てみぬふりである。それで組長の息子の結婚式に来賓出席して新聞に叩かれる署長もいたぐらいである。この映画では、さらに警察OBによる金融会社まで登場する。やくざの上前をはねる無敵みたいな存在である。
主役の渡刑事は、こういった警察と暴力団が裏で癒着していることが我慢ならない。だんだん警察組織のなかで疎外感を感じるようになっていく。

◆在日を堂々と標榜する暴力団員も登場する。地元組の武闘派幹部梅宮辰夫は警察と一線を画しており、“100%あっちの人間やで”と渡刑事に打ち明ける、そしてなんというか、兄弟分の盃を交わしてしまうのである。それぞれ所属する組織のなかではアウトロー的存在である故、意気投合してしまう。マル暴刑事と暴力団員の兄弟盃、とうとうやくざ映画もくるところまできた。

◆渡哲也が唄った「くちなしの花」がヒットしたので、それに便乗してつくられた側面もある。だからやくざ映画と悲恋映画のハイブリッドだ。刑務所に懲役中の若頭の妻(梶芽衣子)は朝鮮人と日本人のハーフという設定である。大陸引揚者の渡刑事はやがて親密になっていく。ただし恋愛映画としてはどうも中途半端で無理矢理とってつけたみたいだ。男女のさまざまな愛という点では、「仁義の墓場」のほうが奥が深い。
鳥取の海岸で、渡刑事と梶が海水に濡れそぼって抱き合ったりしている。リアルタイムでみた人は、渡哲也の健康が気になってしかたなかっただろう(笑)。

♪いまでは指輪も回るほど やせてやつれたおまえの噂
 くちなしの花の 花のかおりが 旅路の果てまでついてくる
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by chaotzu | 2005-09-04 21:26 | 日本映画
2005年 09月 03日

【読書】 新藤兼人「愛妻記」 不倫愛のかくも見事な昇華

◆映画監督と女優の夫婦はけっこうある。吉田喜重と岡田茉莉子、大島渚と小山明子、篠田正浩と岩下志麻……、そのなかでいちばん強烈なカップルといえば、新藤兼人と故乙羽信子だろうか。
12歳年上の新鋭監督兼脚本家に女優が惚れこんでしまい、大映専属女優の座まで捨ててしまう。ところが男のほうは妻子もちである。不倫ではじまった関係は女優が死ぬまで42年間つづく、うち16年間は正式な夫婦で過ごす。
乙羽信子の最期のことば
「センセイが目が見えなくなったら、仕事をやめて手をひいてあげようと思ったのに…」
82歳の夫が70歳の妻に接吻する。もう涙なくして読めない愛情物語である。

b0036803_21125052.jpg◆岩波現代文庫、単行本初刊は1995年12月。
新藤兼人の監督第一作が「愛妻物語」(1951年)、脚本家修業で苦悩する夫とそれを献身的に支える妻の物語である。監督自身がモデルであるが、この最初の妻は戦争中に結核で亡くなってしまう。洗面器一杯に血を吐いてしんでしまう妻を演じたのが乙羽信子で、実際イメージも似ていたようだ。
その乙羽信子も亡くなってしまい、夫が綴ったのがこの「愛妻記」。新藤監督は愛妻を二度喪ったことになる。

◆妻は亡くなる1年半前に肝臓ガンの手術を受けるが、既に末期状態で医師から夫に余命1年から1年半を告げられる。そして夫は告知せず、妻にとって最後の映画制作を決意する。この本は新藤映画のメイキング・ブックでもある。
女優乙羽信子の遺作「午後の遺言状」、何度みても胸に迫るものがある。異様な迫力と言いかえてもよい。じいさんばあさんだらけで、なんのサスペンスもアクションもあるわけでなく、しいていえばコメデイに近い映画であるが、今から思えば製作側は異様なスリルを感じていたはずだ。いつ何時俳優が倒れるかもしれない不安である。俳優のほうはもっと切迫した覚悟で臨んでいたかもしれない。事実、最後の撮影場面では体調にあわせてシナリオを変更している。

◆それにしても赤裸々である。乙羽信子との最初の体験から逢引きの場所まであからさまに記している。なにもそこまでと思うが、新藤監督はときどきドキッとさせることがある。「午後の遺言状」のラストで乙羽信子が杉村春子の大事な石をポイと捨ててしまう。棺桶の留めクギを打つ石なんてどうでもいいではないか。もっと本質的に大事なことがあるはずだ、人間の真実とは何か?当然男女の性もそのうちではないのか。
ただいま93歳の現役脚本家は、人間の生死の真実をくり返し考えつづけてきたのだろう。

◆新藤監督は1950(昭和25)年以降、ずっと独立プロダクションで映画を製作してきた。表現の自由と引きかえに資金繰りは綱渡りである。いつ潰れるか分からない。そんなところに、新進の若い女優がおしかける。もちろん監督に魅かれてである。
大映の重役はひきとめようとする。
“冷静になれ、アゴが干上がっちまうぞ”
“干上がってもいいんです”
とうとう永田社長に直談判する。ラッパがしまいに折れる。
“君の熱意に負けたよ、やりたいようにやり給え”と契約書を破り捨てる。
永田ラッパ毀誉褒貶はあるが、日本映画史にとどめたい人物ではある。
以後、半世紀近く乙羽信子はこの独立プロの専属女優であり、出資者であり、時には食事当番もお茶くみもする。新藤監督の実質パートナーであった。監督が映画で描いたどの恋愛よりもドラマチックで熱いものだったようだ。ときに現実のほうが創作を凌駕する。

◆はなしは脱線するが、女優倍賞千恵子と某監督についても、似たような関係を想像することがある。倍賞千恵子の最初の結婚は誰かに対する面当てみたいな唐突なものだった。邪推そのものかもしれないが、男女関係の終了とかいった事実がないとそれこそ説明がつかない出来事だったように記憶している。
だけど、寅さんシリーズはちゃんと続いたし、結局のところそれはそれでよかったのだろう。
人生いろいろ、恋愛もいろいろ、そして別離はひとしくおとずれる。
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by chaotzu | 2005-09-03 21:26 | 読書
2005年 09月 02日

【DVD】 「仁義の墓場」 大笑い30年の馬鹿騒ぎ

◆NHKの大河ドラマで主役が途中交代したことが1回だけある。1974(昭和49)年の「勝海舟」、1ヵ月も経たないうちに渡哲也から松方弘樹に交代した。病気(膠原病?)で降板した渡哲也は無念だったろう。あたら国民的人気俳優になれるチャンスを棒にふってしまった。おまけに急遽代役の松方弘樹の評判は上々で、共演の仁科明子まで略奪GETするという果報者ぶりである。その時点では明暗くっきりだった。
だけど、渡哲也も吹っ切れたのだろう。仕事復帰後の1作目はとんでもない作品だ、日本映画史上最悪最凶といわれるキャラを演じて、目を瞠る凄絶演技をみせる。そして、その後は再三の病魔にも屈せず、今なお現役の俳優としてたしかな存在感を示している。大河ドラマにも何回か登場した。
そして、松方弘樹のほう、浮気性がたたったのか今や俳優業はサッパリ、ショボイ通信販売の広告キャラなんかやったりしている。ホントに先のことは分からない。

b0036803_22241811.jpg◆1975年東映映画、「仁義なき戦い」の深作欣ニ監督がとうとう「仁義」まで墓場に突き落としてしまった、そんな感じのする作品である。こんなみもふたもない映画をみて、元気がでるわけじゃない、カタルシスを得るどころか気持ちが落ち込むかもしれない。
唯一効用があるとしたら、ああまだ、ここまでは落ちぶれちゃいないぞといった、微々たる安心感かもしれない。

◆もはやヤクザ映画の域をとびこえてしまった、なにせハナ肇や梅宮辰夫の暴力団組長がまっとうな常識の健全社会人にみえるぐらい、主人公の非常識悪逆非道が際立つのである。そして、こんな目茶苦茶人物石川力夫が実在したのである。
渡哲也が潜伏するドヤを警官やヤクザが包囲する。もういきなり拳銃を乱射して反撃である。やくざ連中はへっぴり腰の投石で対抗している、そして弾丸尽きた渡哲也が突撃してくると、途端に背中を向けてみんな逃げ惑う。
やくざ社会に叛旗をふったということで、一時は命を狙われるが、とことん非常識が突き抜けてしまうと、やくざも避けて通るようになる。キチガイのタマを殺っても、なんの利益にもならない、相手にしないのが無難、そんな存在になっていく。

◆渡哲也の情婦が多岐川由美、身勝手きわまりない男なのに保釈金の工面までして尽くすが、結核が悪化して絶望の果てにとうとう自殺してしまう。その10日前に婚姻届がされており、正式な夫婦になっている。いずれの発意かは不明。
吐血したオンナの顔一面の血だらけを拭ってやる渡哲也、そして火葬場で骨上げするとき、サングラスの端に滴る涙、もうやりきれません。
きわめつけは、かつて半死半生にあわせた元親分(ハナ肇)の組事務所にノコノコ顔を出して、亡妻のホネをポリポリ齧りながら無心する。やくざ連中みんなひいてしまって気押されている。そして、墓石の字を刻む石工を見守る渡哲也の表情はもう涅槃にいっている。

◆渡哲也のヒロポン仲間が田中邦衛、青白い顔でいかれきった役を演じる。ずっとあと、テレビドラマ「北の国から」の黒板五郎でブレイクする。うんちくつづきで恐縮だが、「北の国…」の倉本聡も「勝海舟」の脚本を途中降板している。
そうか、大河ドラマのアクシデントが異色ヒーローを二人生んだのか。
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by chaotzu | 2005-09-02 22:34 | 日本映画