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2005年 10月 31日

【DVD】「兵隊やくざ・俺にまかせろ」 てめえ、それでも参謀か

◆昨年亡くなった俳優の渡辺文雄、東大卒という知的イメージをかわれたのか、グルメや旅番組の常連タレントだった。ところが、映画のほうとなると、暴力系やエロ映画の出演が多く、失礼ながらテレビ・イメージとは正反対の役どころが多かったように記憶している。「冷徹な悪役」である。そして、最後はお仕置きされて酷い目にあわされる。映画では役柄運にめぐまれなかったといってもいいかもしれない。
だけど、演じた役柄と役者個人の信条は、正反対であることが多いという。左翼系の役者が特高刑事の役なんかを喜々としてやるようなもんである。
横柄な関東軍の参謀を演じて、最後はカツシンにポカポカやられてしまう、ちと気の毒な役回りであるが、こういう脇役もいないと映画はできない。

b0036803_22392775.jpg◆1967年大映映画、モノクロ。戦争も末期状態でいまや関東軍の流れ者となった有田上等兵(田村高広)と大宮一等兵(勝新太郎)、しぶとく生き残って木崎独立守備大隊に身を寄せている。どこに転属しようがカツシンは相変わらずで、参謀付の横柄な伍長(ボクサー)をKOしたり、因縁付けの古参兵をコテンパンにやっつける。そして、威張っていた炊事責任者の伍長を締め上げて、大隊の糧食やお酒をたらふくせしめたりする。まあ、このあたりは爆笑ものである。

ところが、渡辺文雄演じる隊付の参謀が冷酷きわまる曲者で、南方第一主義による転進=退却方針を達成するために、内田良平の曹長(このひとは私心のない叩き上げ兵隊さんの役)が率いる分隊を全滅必至のダミー任務に赴かせる。抗日ゲリラの目をそらせるためである。おまけに自分の醜聞を知る有田上等兵を営倉からわざわざ出して、そのおとり分隊に復帰させたりする。もちろん大宮一等兵もセットである。任務遂行のためには一切の私情を捨てたと広言するも、実際は私情まるだしで、大隊長よりもエラそうにしている(苦笑)。
それにしても、日本の軍隊映画はホトケの隊長さんと冷酷な参謀のパターンがちと多すぎというか、そんな気がせぬでもない。まあ、日本軍隊の人事のでたらめさは事実であるが。

◆辻政信のごとくしぶとく生還するダメ参謀もいるが、映画の世界でこんな悪い奴が逃げおおすことはできない。ラストは生き残ったカツシンに思いきりお仕置きされる。脱出中のクルマから引きずりだされて、
“テメエ、それでも参謀か”
下級兵に罵倒されたあげく、殴られる蹴られる、肩章は剥ぎとられるわと、みるも無残なやられようである。
痛快至極というか、溜飲が下がることうけおい。

◆おきまりの慰安婦との交流場面もある。かつて馴染みの慰安婦と邂逅して一夜を過ごすカツシン、しかし、慰安所が明日撤退するという場所を守備にいくなんて、ダレも変に思わなかったのだろうか(苦笑)。
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by chaotzu | 2005-10-31 22:51 | 日本映画
2005年 10月 30日

かくて社会のギスギス化が進行する

◆本日の朝日新聞朝刊に珍妙というか、ワタシ的には記者のレベル低下を痛切に感じざるを得ない記事があった。
「北九州市役所が、公務時間中の職務専念義務の免除特例に『散髪』を盛り込んでいたので、これを廃止する」とのニュースである。他の政令指定市には同様の措置がないからというのが廃止理由である由。
これって、単に職務専念義務免除(以下職免)規定に堂々とのせていたのがカッコ悪いから、文言上外すということではないのか。かの大阪市役所職員も「仰天」したとあるが、それは明文規則にしていたことについてであって、勤務時間中の散髪容認に驚いたということではないだろう(笑)。

◆だいたい朝日の記事そのものが、職場慣行としての「職免」を容認するかどうかについて巧妙に避けている、掘り下げが浅い稚拙な記事である。大衆迎合記事といってもいいかもしれない。
そもそも勤務時間中の職免事例を厳密に云いだせば、それこそキリがない、トイレに行く、喫煙コーナーに行く、それから歯医者や喫茶店に行くのも職免になってくる、いや四角四面に云えばサボリ行為になるだろう。これを突き詰めれば、ションベンに行くのも労基法規定の休憩時間内に行かねばならなくなる。昼休みがいちばん忙しくなるではないか(苦笑)。
だけど、朝日新聞築地本社や肥後橋大阪本社のビル内にも理髪店や歯科診療所はあるだろう。はたして職員は勤務時間中に一切行っておりませんといえるのだろうか。国会や霞ヶ関の中央官庁、県庁指定市となれば、このような「便益施設」はたいていあるはずで、記者クラブのひとも使っているはずだ。なにをトボケくさってである(笑)。

◆こんなことを書くと、オマエは公務員のサボリ行為を擁護するのかと叱られそうである。率直に云って、それぐらいいいじゃないかというのが、ワタシの考えである。これは公務員であれ、民間のサラリーマンであれ同じことだ。だいたい、仕事そのものがフレキシブルなのである。食事も摂れないぐらい忙しいときもあれば、ひと息つけるときもある。
ワタシの場合、散髪や歯医者は自宅近くで行っているが、それは好みの問題からであって、別段のポリシーがあるわけではない(白状すると散髪は千円理容の愛用者である)。ただ、地方の支店から親しい同僚が来るとちょっと喫茶店で雑談することはある。それもサボリだ、けしからんと云われればそうかもしれない。それでも、それぐらいいいじゃないかと開き直るつもりだ。強欲な経営者なら青筋たてるかもしれないが、同じ働く者どうしで目くじらをたてるようなことではないと思う。これはけっして既得権といったたいそうなものではない。それゆえ離席中の相互応援もあたり前のことと思ってやってきた。むしろ、仕事になんのメリハリもつけず、ただ机にしがみついているだけといった輩のほうが、はっきり云って面妖である。残業代ドロボーにみえるときがあるといえば、云いすぎだろうか。
だいたい民間企業では時間単位の有給休暇がとれるのかどうか、仕事にメリハリつけて頑張って、散髪に行く時間を工面してもいいのではないかと思っている。もちろん、それは公務員であっても同じことだろう。こんな調子でいけば、どんどんギスギスした社会になってしまいそうである。それがなにより心配だ。

◆もうひとつ、役所や民間のビル内で営業している理髪店や歯科診療所等は、そもそもビル内に勤務しているひとを対象に商売しているということがある。同様の喫茶店もあるだろう。それを勤務中あるいは公務中の出入りは一切まかりならんとなれば、たちまち商売上がったりになってしまう。
もともとは、高度成長を下支えしてきた日本社会独特の厚生文化の一端ではなかったか。かつては徹夜続きの体を理髪椅子で労わることがストレス解消になる時代もあった。このようなオフィス・ビル内の便益施設は、人口減少社会に転じれば、いずれ逓減していくかもしれない、それでも、いま現在それで生計しているひとも少なからずいるのである。

◆マジシャンの世界で「誤導」というテクニックがある。右手である方向を指し示してそこに観客の注意をひきつけておく、その間左手のほうが見られたくないことをしているといった具合である。働く人間にとってフツーの労働慣行を公務員攻撃を突破口にして、どんどん切り下げていく、最低限のレベルまで落とすいっぽうで、憲法や教育基本法改変などの布石を着々と打っていく。マスコミはその片棒を担いでいくつもりだろうか。
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by chaotzu | 2005-10-30 19:26 | 時事
2005年 10月 29日

田中角栄銅像に屋根? 「まるで個人崇拝特区」

◆夕方のテレビ・ニュースでみて、感動のあまり思わず絶句(嘘)。
写真がなくて紹介できないのが、ナントモ惜しい。

上越新幹線浦佐駅(新潟県南魚沼市)の駅前にある角栄さんの銅像(立像)に雪よけの「屋根」が完成して、本日除幕式が行われたとというニュース、田中真紀子夫妻が神妙な顔で列席している。
“パパが雪をかぶって寒いじゃない!”
とマキコ議員が地元一部の反対を押し切って設置したらしい。未だ震災復旧の済まない旧山古志村のひとなんかがみたら、どう思うだろうか、気になったりする。
いやもう何もいいますまい。

◆こうなったら、世界初の屋根付銅像(たぶん)で大々的に名所としてPRしたらどうだろうか。なにコペンハーゲンの人魚姫だってそんなにたいしたもんじゃない。
北朝鮮の人なんかがみたら、感銘を受けて帰国するかもしれない。
“まだ、この手があったのか”なんてね。
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by chaotzu | 2005-10-29 23:55 | 時事
2005年 10月 29日

【DVD】 「けんかえれじい」 ああかの白き手、わが血潮のうずきよ

◆俳優の高橋英樹といえば、テレビ時代劇の印象が強いが、もとは日活青春映画でデビューしたはずだ。吉永小百合と浜田光夫、和泉雅子と高橋英樹といったコンビで売り出したのではなかったか。いや、旧いはなしはもうやめておこう、とにかく自分的には、映画俳優としてもうひとつ中途半端なイメージがあったということだ。ところがあったんですなあ、高橋英樹の映画代表作、なぜこれまでみなかったのだろう。

b0036803_22485129.jpg◆1966年日活映画、モノクロ。カトリックでありながらバンカラ「正当硬派」を気取る旧制中学の名物男を高橋英樹が演じる。時代は昭和10年ごろ、どんどん軍国主義に傾斜していく世相下、女性に憧れて悶悶とするその純情をもっぱら喧嘩で発散する南部麒六(高橋英樹)の青春物語。
喧嘩師範の先輩を川津祐介、下宿先の娘でかつキロクのマドンナを浅野順子が演じる。高橋英樹の岡山弁もまたご愛嬌である。
なお、余計なことを承知で云うと、このアト、浅野順子はずっと年上の大橋巨泉と結婚する、それだけはしっかりと憶えている(泣)。

◆「喧嘩キロク」、先輩スッポンの喧嘩奥義伝授にしたがって、またたきすることなく鏡とにらめっこしたり、ぶらさげた小豆袋を朝晩千回叩いたり、はたまた胆力修練でそっくり返って町中を歩いたりと喧嘩道を究めるのに懸命である。はたからみると滑稽そのもの。
下宿のおかみさんが
“勉強のほうもあれぐらいしたら、たいした偉口になるのになあ”と云っている。
実際のところ、本人は下宿の娘道子さんが気になってならない。日ごろの行動と逆に日記はもっぱら軟派一直線である(笑)。
“ああ俺はジャンヌダークの忠実な部下となって、彼女の足許にひざまづきたい”
“道子さん、ああおねえさま…… 貴女の瞳はなにゆえ清らかなのでしょう”
“みち子さんみち子さん、ああみち子さん、僕は自涜しません。ただ喧嘩で発散するんです”

◆岡山第二中ではオスムス団(オカヤマ・セカンド・ミドル・スクール)に入って、団長のタクワン一派と果し合いになったり、副団長になって風俗規定をつくったりと、みかけは硬派一途の青春だ。
「メッチェンのケツなど追いかけ回すのは下夫の仕業と知るべし」、ええホンマかいな(笑)。
しかし軍事教練の教官(佐野浅夫)に口ごたえしたことから、睨まれてしまう。
“鳥の一羽ぐらい背中に飛ばしたかて、えろうたいそうに喚かんでも”
裸足の足裏に画鋲をいっぱい踏みつけてまでの抵抗である。

やむなく会津の喜多方中学に転校、ところが、ここでも会津中学の「昭和白虎隊」と集団果し合いになってしまう。傑作なのは喜多方中の校長先生が会津中に勝ったということで、ご機嫌になることである。
“校長!良志久(らしく)ありませんぞ”
“人生には後で考えればバカバカしいと思うが、その時には命を張ってやることがある、それが男だ、学生よりもまず男だぁ”
校長先生、いいこというなあ。忘れていたが脚本は新藤兼人である。

◆さて、いよいよ戦時色を強めていく世の中、東京では大事件が起きる、憧れの道子さんの運命はいかに。そして麒六は東京へ旅立っていく。
とにかくただのワルガキ不良映画じゃない。今の時代ならば凡そ考えられないような純愛映画である。そして、とても清順映画にはみえない面白さがある(汗)。
1970年代のヒット漫画「柔侠伝」(バロン吉元)を連想する。この映画の影響を間違いなく受けているなと思った。

♪ひとつ、けんかは眼のつけ
  ふたつ、けんかは肝っ玉
  みっつ、けんかは腕の冴え
  よっつ、けんかは身のこなし
  いつつ、けんかは心意気、それ、こーころいーきー
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by chaotzu | 2005-10-29 22:56 | 日本映画
2005年 10月 29日

「旧明治生命」 またの名は詐欺カンパニー

◆某生保の定期養老保険に加入しており、病気入院特約もつけている。ちなみにいま渦中の明治安田生命ではない。
1回目の入院後に、通常額の入院給付金が支払われた。3年後に2回目の入院をする、ところがこんどは思っていた以上に給付額が多い。不審に思って問い合わせたところ、最初の入院給付金支払時に成人病特約の失念があったことを「白状」した。2回目の請求に至ってそれに気がついたもんだから、特約相当額を遡及して上積みしたという次第である。
事務ミスといってもいい。ふつうならば目くじらをたてることはないのだろうが、問題は契約者にそのことを全く知らせようとせず、素知らぬふりで過去の不払いを糊塗しようとしたやり口である。電話でその点を質したところ、応対の女性社員は黙りこんでしまう、代わりに出てきた総務課長はただ平謝りいっぽうである。まあ、こちらも呑気なところがあったし、そもそも目をつり上げるほどの金額ではないので矛を収めたが、この程度の営業感覚では、この生保もいずれダメになるなと思ったものである。
免責理由は目をさらにして探すものの、給付の失念チェックには少しも努力を払わない。契約するまでは賓客扱いだが、そのアトは放置状態である。いま現在、外資系生保が医療保険を席捲しているが、それは国内生保のこれまでいい加減な商売がもたらした結果でもある。
ところが、ダメさ加減でもまだ上には上があった。明治安田生命である。ここまでくるとサギ・カンパニーといっていいだろう。はっきりいうと、もう潰れるべきである。

b0036803_1114501.jpg◆明治安田生命といったら気の毒かもしれない。正確には旧明治生命のほうである。先ほど潰れるべきと書いたが、旧安田生命のほうはとばっちりであるから、さらに正確を期すと旧明治生命側の問題当事者を追放するべきなんだろう。しかし、三菱プランドのイメージも失墜したものである。
不祥事件の概要はニュースで取り上げられているので、ここではなぞらないが、1年間に2回も同様の件で行政処分を受けるなんて、異常を通り越して悪質そのものである。今年2月の1回目行政処分のときにしらばくれていたのだろう。不当な不払いの件数を他生保と比べると、組織的に会社ぐるみでやっていたことはみえみえであるし、なぜ刑事罰を追及しないのかと思ってしまうほどだ。

◆会社の危機を招いた背景のひとつとして、生保会社の「マスコミ支配力」もあると思う。大量の広告出稿やテレビCMを流している。少々やばいトラブルがあっても、広告代理店を通じた圧力でいつでもメディアを抑えこめるという思いあがりがあったのではないか。だとしたらとんでもないことである。
松井選手はこの生保会社のCMキャラクターを早くやめたほうがいい(笑)。サギ・カンパニーの片棒担ぎなんて本人も心外だろう。

◆もうひとつ、生保だけの問題ではない。苦情処理機関たる生命保険協会や監督当局の金融庁は何もやっていなかったのではないか。特定生保の苦情件数が突出していたであろうに、何もおかしいとは思わなかったのだろうか。怠慢のそしりは免れないだろう。
とくに金融庁、問題が発覚してから検査で追い討ちをかけたとしてもなんの自慢にもならない。むしろ恥ずかしいと思うべきだ。
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by chaotzu | 2005-10-29 11:21 | 時事
2005年 10月 28日

出馬しまセン・バタロウ?

◆わずか3日で市長選挙の出馬撤回、自民党大阪市会議員の船場太郎の挙動が思い切り笑わせてくれる。三つ子の魂百まで? ちと違うか。さすが元ヨシモトやと云ったらイヤミだろうか。
b0036803_2381643.jpg吉本在籍当時は甘い二枚目ながらボケをかます役回りだった。しかし馴れてしまうとたいして面白くない、芝居もあまりうまいようにはみえなかった。吉本新喜劇がもうひとつ精彩がなかった時代である。周りは破滅型芸人ばかりで性にあわなかったのだろう。芸人に見切りをつけて、地方議員に着眼したのがいかにもこのひとらしい。
市議に転身してはや15年目、腰も低そうだし、業界仲間としてみるならば、そう悪いひとじゃないのだろうなとは思う。
だが、大阪市の利権構造にあまりにズブズブなのである。自民党の同僚市議からすれば、同じ鍋仲間、毒饅頭を分け合った仲だ。これほど安心できる候補者はいなかっただろう。だけどそう思惑通りにいくものではない。ここは政権与党の嗅覚たるや、さすがというしかない。

◆立候補の弁が、まず笑わせてくれた。
“職員出身でなく何のしがらみもない私は、本当の改革に進んでいける”
市会議員を10何年もやって「なんのしがらみもない」と云ってのけることがなんともスゴいことだ。吉本の座長当時にこれだけの芝居ができていたらなあと思わぬでもない(苦笑)。

大阪市問題は職員の厚遇問題だけではない、市会議員厚遇問題もある。加えて特定の市議と癒着した利権勢力もある。利権の一端を職員にもお裾分けして「一種の共犯」に仕立ててきたというのがこれまでの実態ではないのか。
おまけにこのご仁、回りもちとはいえ市会議長まで務めているのである。海外旅行等さぞや特権を享受したことだろう。その前はオリンピック誘致の旗振りをして、舞州とか咲州なとの臨海埋立地にさんざんムダな投資をさせた当事者ではなかったか。もうしがらみがありまくりなんで、そういう人間が改革を云うなんてちゃんちゃらおかしいのである。

◆それでも政治家としてのプライドがあるのならば、無所属でも立候補を貫くべきなんだろうが、公明党が推薦しないとなれば、たった一晩で腰砕けの体たらく。腹の座らぬ関前市長といい、こんどの大阪市長選挙、まるでタヌキとキツネの化かしあいみたいにみえてしまう。
それにしても、まともな候補者がたてば、無党派でも十分勝てると思う。それが公明党の意向次第なんてなんとも情けないはなしだ。
よっぽどオーサカは人材難なのであろうか。あるいは、二の足を踏むような隠された事情がまだあるのだろうか。問題の根の深さを痛感する。
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by chaotzu | 2005-10-28 23:10 | 時事
2005年 10月 27日

【DVD】 「兵隊やくざ・殴り込み」 大宮貴三郎一世一代の殴り込み

◆かつて、壮年の多くが軍隊経験者の時代があった。「ノモンハンで白兵戦を経験した」と噂の先生、いかにも剛直でおっかなくみえたものだ。戦争に関しては寡黙なひともいれば、「オモロイ経験もしたでえ」というひとまでいろいろ、近所のおっさんで「チャンコロがどう…」「パンパンがどう…」とか平気で子供にしゃべるようなひともいた。共通しているのは、ダレも「いい戦争だった」なんて云わなかったことである。あたり前か、いい戦争なんかこれまであったためしがない。
そんな実際に戦争に行ったひとがだんだん減るにつれ、「この前の戦争は東亜解放の聖戦だった」とか「やむにやまれぬ自衛の戦争だった」という声が出てくる。ほんまかいなあである(苦笑)、子供の耳記憶においては、だいぶいい加減なところもあったらしい戦争である。
勝新太郎と田村高広コンビで大当たりした「兵隊やくざ」シリーズを久々にみる。そうそう、40年ほど前の日本人は軍隊なんてこんなものと受けとめていたのではないか。

b0036803_22593718.jpg◆1967年大映映画、モノクロ。日中戦争最前線の野戦部隊が舞台であるが、戦争映画としてみれば荒唐無稽すぎ。それより軍隊なる組織の滑稽さを描いた作品である。
おなじみ大卒で幹候志願しない変わり者有田上等兵(田村)とヤクザ者大宮一等兵(勝)コンビが、知恵と腕力の役割分担よろしく痛快に活躍する。いまならば、ホモ映画と解釈されるかもしれない。たぶんそうだろう、プラトニックな同性愛?
そして、従軍慰安婦との交流も毎度描かれる。現在であれば、慰安婦否定派からのクレームが間違いなくありそうで、製作者側が萎縮してしまいそうな内容であるが、公開当時はこれでふつうの感覚だったのである。しかし、こんなことまで考えてしまうこと自体、時代の逆行感のあらわれかもしれない。

◆実際にカツシンみたいな階級無視の型破り兵隊がいたのかどうか。下士官の世界はなにより年次であるし、この映画では、若い尉官なんぞ屁とも思わぬ叩き上げの准尉等古参兵が登場する。おまけに昭和20年7月と言う時期設定であるから、軍規もかなり緩んでいるようだ。慰安婦が来れば、兵隊はみんなたちまち気もそぞろになって、上官のはなしなんぞ上の空である。
糧秣分配の際、一等兵が監督している伍長を不意打ちで気絶させて
“班長殿はてんかんの発作を起されました” もう目茶苦茶やってるわ(笑)。
ところが横取りしたつもりの天ぷら油が実はひまし油で、皆タイヘンな目にあったりする(爆笑)。

◆ラストはおなじみ、慰安所の経営者と結託していた悪徳上官(なんと少佐に准尉)を勝がポカ殴り、上官が一等兵殿にあたまを下げてペコペコする羽目になる。
“戦争に負けたのは日本であって、俺たちじゃないわい”
カツシンの痛烈な啖呵が炸裂する。オモシロイ、もういっぺん見直してみたくなった。
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by chaotzu | 2005-10-27 23:07 | 日本映画
2005年 10月 26日

究極奥義 「全部なかったことにする」

◆これまでの人生、誰しもふり返りたくない経験はしているはず、思い出すのも不愉快というやつである。
高校時代、憧れの君に突撃するも「仲の良いお友達でいましょうね」と体よくふられた、キャッチ・バーでぼったくられた、競馬でついアツくなって、帰りの電車賃まで突っ込んでしまったとか……、まあいろいろある、いやいっぱいありますか(泣)。とくに若いときはなにかと傷つくことが多い。そこはよくしたもので、年齢を重ねるにつれて、忘却能力というか防御反応が発達するようになる。
この厚顔能力もとい「人生の知恵」を究極まで進化させると、バラ色の人生はもう目前になる。コイズミさんだって、憲法第19条思想信条の自由を「心の問題」として訴えているぐらいだ、いやホンマか(汗)。

◆明日、日本の一部地域では野球というスポーツはなかったことになる。来年の春までは「野球のない国」だ。
そうそう、野球なんてもとからなかったんだ。野球ってなんだ?そんなの見たことも聞いたこともないぞ。ダレも野球のヤの字も云おうとしない。そして朝から黙々と仕事に精励するにちがいない。
腹の中は煮えくり返っているだろうに、人間とはつくづくけなげなものである(苦笑)。

◆そりゃそうと、
ロッテファンのみなさま、31年ぶりの日本一おめでとうございます。
バレンタイン監督はまさしく指導者のプロだなと感じ入る。選手の休ませ方ひとつとっても、これまでの日本野球の常識を覆した。日本人監督ならば「それぐらいの怪我で弱音を吐くな」が通例だろう。いや、おそれいりました。
それはともかくとして、……(以下略)。
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by chaotzu | 2005-10-26 23:44 | 野球
2005年 10月 25日

悩ましい高校球児の野球留学

◆本日、関西圏のサラリーマンはたいてい早々に帰宅したことと思うが、嗚呼それなのに……の結果になってしまった。これまで3試合の得点合計は30-2である。これじゃ池乃めだかネタもあまりに空しくて使えない。サッカーじゃなくてよかったよと思わねばならない。
阪神にとっては試合間隔が空いたことがつらい、かつて西武が巨人に4連勝したことがあるが、あのときの巨人もリーグ優勝してから1ヵ月経っていた。それにしてもロッテ強すぎ。
明日の出勤は辛いというか、不気味なほど静まりかえった職場がもう目に浮かぶほど(苦笑)。
で、別の甲子園ネタに変える。

b0036803_2242699.jpg◆高知県出身の知人が以前、高地県内の某甲子園常連校について、
“あんなガッコー、ダレも地元代表なんて思ってないよ”
と吐き捨てるように云ったことがある。
いまは事情が変わっているかもしれないが、その当時の当該高校の甲子園出場メンバーの大半は県外出身者ばっかり(とりわけ大阪)だった。
何もそこまでイヤがられて甲子園にこだわるのもどうなんかなあと思ったものだ。

◆昨夜のNHKクローズアップ現代は高校球児の県外留学特集。
高野連の実態調査によると、今夏の選手権大会では全国高校球児の3%。約2700人ほどが県外入学者、甲子園の出場登録メンバーになるとそれが21%に跳ね上がるらしい。ということは、夏の大会出場の高校球児のうち5人に1人は野球留学生ということになる(自宅からの隣県通学など留学にあたらないと思われるが、どこまで精査したか不明。あくまでおおざっぱなデータである)。
番組では野球留学生が顕著な高校を2校紹介した。名前を挙げて申しわけないが、青森山田高校と江の川高校(島根)である。優勝した駒大付属苫小牧高校にも兵庫県の中学から入学した選手がいるそうだ。こういった野球留学選手の出身地は大阪府が圧倒的に多いらしい。それにしても、あんまり留学組が多いと、野球技能が奥手の地元の子供が、少年野球でもまれた関西の子供に押しのけられているようであり、なんだか不びんにみえてしまう。

◆選手を送り出す側として、大阪羽曳野の少年野球クラブが紹介される。驚いたことに、エースの少年とかレギュラー選手では親元を離れてでも甲子園に出たいという子がはるかに多い。
羽曳野の少年球児は別として、現実に高校球児のスカウトが存在しているらしい。素質のある子となれば入学金、授業料そして寮費までのトリプル免除になる。三段階のランク付けがあるそうな(苦笑)。そして中学3年の夏頃には留学話が決まってしまうらしい。
ちょっとここまでくるとやりすぎのようにみえるが、受け入れる高校側にすれば、少子化時代到来、生き残りのための知名度アップに必死の思いがある。
いっぽうで、長崎県佐々町の県立清峰高校は野球部全員が地元の子供、今夏の選手権に初出場し、愛工大名電や済美高校の強豪校に勝利した。当然、地元はおらがチームの活躍に沸きかえり熱狂する。町民は大喜びである。“ああ、今年はほんとにいい夏やった”。
そんな高校もある。

◆高校生の野球留学を大上段から否定するつもりはない。甲子園出場という少年の夢が実現するのはそれだけでもいいことだ。また、高校の知名度が上がって世間の注目を浴びること自体も悪いことではない。不良だらけのどうしょうもない三流高校が甲子園出場を契機に脱皮した例もある。だから、野球留学そのものを悪いことと決め付けることはできない。ただし、程度問題はあるかもしれない。そう思っている。

◆だけど、できるだけ長く野球を続けたいとなれば、高校からの野球留学はあまりオススメできないなと思う。まだ体が成長過程にある時期に、腕も折れんとばかりの無理は禁物であるのに、特待生条件で入学した子なんかはどうしても無理をしがちである。野球留学したあげく野球断念では洒落にもならない。
現実にプロ野球で大成した選手で高校時野球留学の経験者がどれだけいるか、統計があるわけでなく確たることは云えないが、5人に1人もいないのではと思う。また、アメリカ大リーグ経験の日本人選手は、これまでひとりもそのような経験はないのではないか。
野球人生は長い、高校生の時代ならば、寄り道、道草をする時間がもっとあってもいいのではないかと思うが、さて如何。
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by chaotzu | 2005-10-25 22:52 | 野球
2005年 10月 25日

まるで詐欺師の見本、フェアじゃないよコイズミ自民党

◆“やっぱり「改革」してくれるのはコイズミさんしかいないよなあ”
 “なんだかだいっても、信念の純ちゃんだけさ、「構造改革」できるのは”
お待たせしました。コイズミ流「構造改革」劇のはじまり、はじまり……。
そうか、「構造改革」というのは、ビンボー人からさらに金を巻き上げることだったのか(泣)。

b0036803_190352.jpg◆総選挙で圧勝した自民党がいよいよやりたい放題、言いたい放題になってきた。「実るほどコーベをたれる稲穂かな」の謙虚さなんぞどこにも感じられない(苦笑)。
衆議院は与党が三分の二の議席を占めたまま4年間選挙の心配はないし、参議院は既になきがごとし。有権者の不興を避けて選挙前はぼやかしていた国民負担増の辛口施策、いまのうちにやってしまえといわんばかりである。コイズミ信仰が薄れぬうちにという思惑もあるのだろうか。

◆一発目は、定率減税の廃止。
選挙前は「半分廃止にとどめた」、「所得税については、所得が捕捉しやすい『サラリーマン増税』を行うとの政府税調の考え方はとらない」とはっきりいっていたはず。ところが舌の根も乾かぬ9月20日には、はや財務相が全面廃止の示唆発言をし、コイズミさんもこれを否定しない。もともと小渕内閣のときに恒久減税だとさかんに宣伝して実施した施策であった。ところが今になって、あれは「恒久的」減税なんだ、一時的な措置を廃止するものだから増税にはあたらないんだとの言い逃れである。

◆次は医療費制度改革と称する医療費自己負担額拡大の地均し。
厚生労働省がこの19日改革試案なるものを発表したが、その内容たるや高齢者医療費の窓口負担率の引き上げ(現行1割→2割など)や保険免責制度の導入など、次から次と患者負担増大項目を並べ立てる。そのいっぽうで医者の診療報酬見直しのほうは目をつぶっているが、経済財政諮問会議はもう追認しそうな雰囲気である
これも選挙前はどう云っていたか、
「医療制度改革の断行、安心で質の高い医療提供体制、持続可能な医療保険制度の確立」 実にこれだけなんである。改革断行の正体は値上げだけか、それだったら、ダレでも思いつきますぞ。

◆そして、消費税の増税
いよいよ消費税増税の地均しだ。自民党の財政改革研究会が、この24日に社会福祉目的税としての消費税率引上げを示唆した中間報告を24日に発表した。コイズミさんはこれについて、「(民主党案の3%で)足りるのか」とまで云ったらしい(ロイター・ニュース)。
これも選挙前は「消費税を含む税体系の抜本的改革」と曖昧模糊たるものだった。おまけにコイズミさん曰く「私の代は上げません」、これで当面消費税アップはなかろうと錯覚した有権者もかなりいただろう。なんのこっちゃない、一年間だけの仮猶予であるのに。

◆これらの増税あるいは負担増施策の是非そのものについては、いろんな見方があるだろう。ワタシ自身も消費税の増税(かつ複数税率の採用)はいずれ避けられないだろうと思っている。
どうにも釈然としないのは、選挙前はあいまいな言い回しに終始して、選挙が済んだ途端、全面委任されたとばかりに辛口施策を矢継ぎ早やに打ち出してくるその姑息なやり口である。ユーセイ、ユーセイの一点張りで大勝したが、いつのまにか白紙委任状をもらったつもりでいる。
民主党はまだ消費税の3%アップをマニフェストで訴えていた。愚直かもしれないが、それが公党としてのあるべき姿というものだろう。選挙前は口をつぐんでおいて、アトになって「3%で足りるのか」なんて言い草は、まるで詐欺師のやり口である。とてもフェアとはいえない、
いやホンマモンの詐欺師もひれ伏して、恐れ入りましたとコイズミ信者の列に合流しているかもしれない。それもまた想定内か。
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by chaotzu | 2005-10-25 19:06 | 時事