マイ・ラスト・ソング

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2005年 10月 24日

【DVD】「美しき諍い女」 画家とモデルの丁々発止劇

◆少年時代、美大に憧れたことがある(汗)。その魂胆はただ裸婦のデッサンに参加したいな~と、全く己の能力を省みない身の程知らずのものであったが。
“オトコのモデルもあるかもしれへんで” “そんなんイヤやなあ”
たちまち転進を図る。
“カメラマンもなかなかカッコいいでえ”
少年の妄想たるやとどまるところをしらない。まことに呑気ないい時代であった。
その程度の人間が、さあ芸術の秋だということで画家とヌードモデルの映画をみる。ところが上映時間なんと239分、もう4時間近い。案の定途中でうとうとしてしまう(苦笑)。

b0036803_21135530.jpg◆1991年フランス映画、カンヌのグランプリというよりも、無修正で日本公開されたということで著名な作品である。このDVDもわざわざ「無修正版」と付記されている。ストーリーそのものは退屈なところもある。この惹句ひとつでおそらく売り上げは倍増以上にちがいない(笑)。
だけど、もういまさらである、最初だけのことだ。あのエマニュエル・ベアールが惜しげもなく裸身をさらしているというのに、すぐにウトウトしてしまう。えんえんと画家の下書きシーンがつづく。ペンがキリキリ、木炭がカサカサという音が聞こえるだけ。正直云って、絵心の乏しい人間には真に辛い。結局3日がかりでやっと見終える。
こういう映画のDVD鑑賞はすぐ逃げ出してしまうのでどうもよくない。体調を整えて映画館で集中してみればまた別の感想があるかもしれない。
それにしても、若いころならば、目薬を用意して充血しまくるぐらい熱心に見入っていただろう、いや何べんも見直しているにちがいない、ホンマにえらいチガイだ(苦笑)。

◆かつて「美しき諍い女」なるテーマの創作を手がけ未完のまま中断していた有名画家(ミシェル・ピコリ)がモデル候補の女(エマニュエル・ベアール)に出会って、再チャレンジするてんまつである。画家の妻(ジェーン・バーキン)がベアールに云う。
“一生をそっくり奪いとられるわよ”(大意)
さあ、どんな作品が生れるか、完成作品の行く末は如何。ラストだけはあっと唸らされます。だけど、それまでが退屈なんですなあ。これで4時間はちと辛い。

◆それにしてもモデルさんというのはたいへんである。始終、画家から注文がとぶ。もっと背筋を伸ばして、顔はこっちみるな、手足は部品みたいに無造作に扱われる。無理な姿勢のせいで関節脱臼したモデルさんもいるらしい。ベアールも足がつりそうとか云っている。
う~ん、芸術とは画家とモデルさんの格闘技かもしれません。
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by chaotzu | 2005-10-24 21:17 | 外国映画
2005年 10月 23日

神戸市長選投票率はぎりぎり30%

◆日本シリーズはロッテがまたも大勝、いやほんとにロッテは強い。ホークスとの修羅場決戦を経てさらに強くなったようだ。だけど、1点差でも10点差でも負けは負け。
阪神ファン“千葉ではこの辺にしといたるわい”(泣)

◆さて、本日投票の神戸市長選、予想通りの現職再選である。開票開始直後に当選確実のアナウンス、まだ公式の開票率が0%というのにどうなっているんだ。ほんとにトホホである。ちなみに投票率は30.23%で前回選挙よりも8%低下した。もしかすると、神戸市役所とその外郭団体の職員家族、そして取引業者筋が投票者の大半かもしれない(苦笑)。なんといっても市役所が市内最大の事業所である。そして残る7割の棄権者はすっかりしらけている。
しかしこれで来年2月に開港予定の新空港が再度信任された理屈になる、市民の血税投入にはずみがつくだろう。今度は「もう出来てしまった施設だからムダにするのはもったいない」という理屈が堂々とまかりとおる。まさに作ってしまったもん勝ちである。建設事業費の穴埋めに加えて運営費の赤字補てんまで、市民はずっと余分に搾取されることになりかねない。
それにしても、対立候補の42歳起業社長氏、「市政の民営化」をスローガンにしていたが、かつて「株式会社神戸市」ともてはやされた歴史があることを承知で云っていたのかどうか。株式会社に擬せられて調子にのって突っ走ったあげくが今日の惨状である。そして阪神大震災がそのポロ隠しになった。

◆来月は大阪市長選である、民主党はもう同じ轍を踏むべきではない。辞任した関市長が芦原病院への無担保貸付130億円問題のみそぎをもくろんでいることはみえみえである。やっと大阪市問題の本丸のひとつ=同和利権が表面化してきた。芥川竜之介の「蜘蛛の糸」みたいな醜態なり暗闘がこれから展開されるだろうが、利権と一蓮托生の勢力と手を組むようなことがあれば、もう政党としての将来はない。それは間違いない。
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by chaotzu | 2005-10-23 23:30 | 時事
2005年 10月 23日

下北沢のマンガ読み屋 力丸さん

◆マンガ読み屋ってなに?
昨夜はプロ野球の日本シリーズをみて、ついついマリンスタジアムの濃霧中継までつきあってしまった。それからNHKの討論番組「日本のこれから~若者たちのこと」をみたのであるが、ゲストの泉谷しげるが話にやたら割り込みするので、もうなにがなにやら。泉谷ぁ、ウルサすぎやちゅうねん!いいことを喋っているかもしれないが、あれでは耳に入ってこない。
残念ながら途中からみたこともあって、本題のフリーターやニートのはなしは記事にまとめるほど頭にとどまっていない。憶えているのは先述の煩い泉谷とメイド・ファッションの女の子、相変わらず達者なワタミの社長さん、そして新発見のマンガ読み屋さんである。

b0036803_17343934.jpg◆東方力丸さん、31歳、街頭でマンガ読みのパフォーマンスをやっている。おそらく日本では初めての職業か(笑)。もっとも職業といえるかどうかだが、とにかく、これまでにみない大道芸人さんだ。思いっきり乱暴に喩えると、亡くなったマルセ太郎のマンガ版といったところ、正直云ってこれまで全然知らなかった。
ネットで検索してそのパフォーマンスをみたが、「東京大学物語」の朗読なんかは爆笑かつ衝撃ものである。テレビでみた朴訥繊細な印象が一変する。マンガは擬音が多いので実際に声を出して人前で読むなんてなかなか思いつかない。どんなことであっても、最初に思いついてそれを実践するひとはえらいと思う。

◆とはいえ、まだ月収10万円そこそこ、借金を抱えて風呂なしアパートの極貧生活らしい。たしかにセレヴとは思い切り縁遠い外見である。めがねのフレームに貼り付けているテープらしきものはなんだろうな。
かつてひきこもり経験があり、その憤懣を溜りにためた爆発が、今のパフォーマンスに至っているとのこと。そりゃそうだろうな、人前でマンガの朗読なんて恥ずかしくて、よほどの開き直りがないとなかなか出来ることではないと思う。
番組出演効果でたちまち準メジャー的存在になるかもしれないが、今後メディアに引っぱりまわされて消耗しないことを切に願う。
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by chaotzu | 2005-10-23 17:41 | 時事
2005年 10月 22日

便利さはどこまで享受できるか

◆ブルブル、途端に寒くなった。冬衣装の用意を急がねばならない。
本日は雨のち曇天の一日、プロ野球日本シリーズは中止かもしれんなと思っていたら、試合があって、おまけに濃霧コールド・ゲームときたからビックリ。だから云うわけじゃないが、この時期のナイターはどうも寒々しくみえて仕方がない。青空球場であるからなおさらである。休日ならばデー・ゲームでやってほしいもんだ。
試合のほうはロッテの快勝、いったんは阪神も追いついたんだけどねえ、ロッテはプレーオフの勢いがあったし、一戦目は試合勘の鈍っている阪神不利が否めない。
阪神ファンの方、「きょうはこの辺にしといたるわい(by池乃めだか)」ぐらいに思っていたほうがいいんじゃなかろうか(苦笑)。

◆宅配便の配達時不在連絡票がはいっていたので、再配達依頼の電話をかける。もう夜の7時半だから、明日以降でかまわないと伝える。生ものではないし別段急ぐ品物でもない。ところが、受付嬢は「いいえこれからお届けします」と云う。滞貨を減らしておきたいのかもしれないが、実に親切なことである。結局配達員の青年がきたのは9時前、真に申しわけないと恐縮しつつ受け取る。
宅配事業はゆうパックの参入など競争もはげしいため、サービスが格段によくなったという。それは有り難いはなしである一面、毎度二度手間をかけて申しわけない気持ちもある。そして、こんな遅い時間まで、配達員に仕事させる権利はあるのかと自問したりする。

◆むかしのことを思えばたしかに便利になった。宅配便やゆうパックの発送では何段階かの細かい時間指定ができるし、受け取る立場でも再配達時間帯の指定ができる。夜遅くなければ当日の再配達まで依頼できる。
だけど、その便利さの裏側でいったいどれだけのムダが費やされているかだ。クルマの燃料の浪費、公道の常時占有はさておいて、配達員が消費させられるムダな役務提供はどれぐらいのものか。人的資源のムダづかいになっていないか。
そしてそれはふつうならば、コストに反映されて顧客に転嫁されるはずだが、競争環境によっては、もっぱら配達員の勤務条件にしわ寄せがいっているかもしれない。甚だしい社会的浪費があったとしても、価格にはね返らないかぎり顧客は無関心である。

◆コイズミさんは、民営化や規制緩和によって、市民生活はどんどん便利になりますよという。今までなかった夜間のサービスも拡大するという、ありがたいご託宣であって、そのこと自体を大上段から否定するつもりはないが、いったいその便利さをどこまで有り難がっていいのやら、ときどき迷うことはある。消費者がサービスをとことん欲張っていけば、その果ては労働力のムダづかいなり化石燃料の浪費にむすびつきはしないかということだ。
例えばのはなし、24時間営業のコンビニでいつでも好きなときにお酒が買えますよ、なんてそもそも有り難がるようなはなしではない。また、こんどはコンビニが銀行の代理店になって、家の近くで手軽に預金口座の開設ができるようになるという、たしかに便利かもしれないが、その分顧客情報の漏洩リスクも覚悟しなければならない。そもそも便利さと安心感が両立するものかどうか。

◆少子化で人口減少が予想されるこれから、消費者の利便性をオプションにする考えがもっとあってもいいと思う。たとえば、新聞の朝刊、戸口までの宅配は要らない、夕刊と同様に集合郵便受けに投げ込んでもらえばいい。その代わりに月々何百円か値引いてくれという「商談」は可能だろうか(もっとも、朝刊そのものがネット配信で代替できるという発想もあるし、そもそも紙媒体は1日1回で十分かもしれない)。宅配便もそうで、有償で代理受領を委託できる中継所があったら便利だろうなと思う。配達の二度手間がなくなるのだから、宅配料金も値引き可能だろう。団地の管理会社なんかは、いい副業になると考えるがどうだろうか。
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by chaotzu | 2005-10-22 22:52 | 身辺雑記
2005年 10月 22日

【DVD】「心の旅路」 記憶喪失の定番映画

◆恥ずかしいはなしだが、これまでの人生で記憶喪失の経験はけっこうある。もっともひと晩限りのことであって、白状すると酒を呑みすぎゆえのブラック・アウトである。朝起きてから決まりの悪いこと、同居人に叱責される子供は白眼視する、そして二日酔いの気分悪さよりも、記憶がないという不気味さがある。あ~なんかヘンなことせえへんかったやろなあ、とそれが気になって仕方がない。まあ、いまはすっかり改悛しておりますが。
ところで、記憶喪失の期間が3年もあったらどうだろう。実際のところ気持ち悪くてしかたがない。気が狂いそうになるかもしれない。おまけにその間オンナが出来て子供まで授かっていたとしたらどうか。今だったら、マジに記憶喪失になりたいひと、けっこういるかもしれません(笑)。

b0036803_21453287.jpg◆1942年イギリス映画、記憶喪失テーマの映画では定番というか、有名すぎるほどの作品である。子供のころのマンガで記憶を喪失した登場人物がよくあったように憶えている。とにかくやたら多かった。そしてみんな都合の良いときにぱっと記憶を取り戻すのである。いまから思うと、この映画が当時の漫画家にかなり影響していたのかもしれない。

◆簡単にまとめると、再度の記憶喪失によって、いったんは途絶えた男女の愛がいろいろ紆余曲折あってメデタク復活するというはなしである。はっきり云って、現在の社会状況ならばまず思いつかない発想だろう。記憶喪失を奇禍にして嫁はんから逃げ出したいオトコならたくさんいるのではなかろうか。いや、その逆もあるか(苦笑)。
突っ込みどころもいっぱいあって、同じ記憶喪失テーマならば、「かくも長き不在」のほうがはるかに秀れていると思うが、それでもなんとなくつづきが気になってみてしまう。これが通俗メロドラマというものなのだろうか。理屈ではあれこれ抵抗すれども、やっぱり面白いものは面白いのである。

◆主役のロナルド・コールマン、このとき51歳、ちょっと年齢以上に老けすぎイメージである。それが青年将校から熟年の実業家まで全くオンナジ顔つきで演じる、おまけに15歳の義理の姪から愛を告白される役回りである。いまとなれば、もうアホらしくてみておれませんになりかねない。途中では、もしかしてロリコン映画になりはしないかとハラハラさせられる局面もある。まあ、そういうことにはならず、落ち着くべきところに無事着地する。
あ~よかった、とにかく妙なところでも安心させられる映画である。
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by chaotzu | 2005-10-22 21:49 | 外国映画
2005年 10月 21日

サッパリ盛りあがらぬ神戸市長選

◆現職市長の辞任アンド選挙再出馬で騒然の大阪市と比べて、神戸市長選挙のほうは、すっかり静かなもんである。あさって投票日であるということを、ほとんどの市民は気にもとめていないのではなかろうか(苦笑)。前回選挙で候補者が乱立した後遺症そして総選挙後の虚脱感もあるかもしれないが、はっきり云ってしらけている。おまけに大阪市のかげでかすんでしまったような、もう現職の安泰ムードが漂っているようだ。

b0036803_22222045.jpg◆今回選挙の立候補者は3人、毎度おなじみ市役所出身の現職候補と、市民団体擁立の女性候補(本籍は共産党)、そして無所属の40代若手社長である~このひとは何でも「民営化」を連呼しており、すっかり小泉チルドレン気取りにみえてしまう(笑)。
政党ベースでいうと、自民・民社・公明・社民4党相乗りの現職候補と、共産・新社会の統一候補、そしてコイズミ党アピールの無所属となる。
まあこんなこと云って申しわけないが、みな小粒すぎて現職市長の当選が確実な顔触れである。有権者の大半はしらけているだろう。投票率は前回の38%を下回りそうだ。もしかすると30%も切るかもしれない。争点がないわけではないのに、なぜこんな有様になってしまったのか。

◆これまでの神戸市政にしがらみがなく、行政実力のある対立候補が出馬すれば、間違いなく現職を打ち破るだろうと思う。前回選挙でも候補者が乱立してしまい、結局市役所出身候補が漁夫の利を得たという経緯であった。今の市長が市民から万全の支持を得たということではない。むしろ、有権者の大半はもう飽き飽きしているはずだ。
なにせ、これまで56年間も助役出身の市長が続き、直近の36年間は市役所職員上がりの市長であって、ほとんどオール与党体制できた。市職員の労組もあたり前のごとく現職市長を応援しており、ある意味で大阪市以上の「癒着構造」である。行政ミスがあっても誰も責任をとらなくて済むシステムが出来上がっている。複数の利権マフィアが手をつないで市政を壟断してきたといっても過言ではない。
その結果、これまでの開発イケイケドンドン行政になんの反省もなく、巨額の借金に鈍感な行政体質が温存されている。来年2月開港予定の新空港については、早くも市税投入の声が囁かれているぐらいだ。市民は思い切りなめられたものだ(怒)。
利権にからめとられた市役所出身の候補者ではもうどうにもならない。腐れ縁のない外部の人材がのりこんで、情報公開等どんどん進めていく、そして歴代市役所幹部の責任を追及できる態勢にもっていかないと、市政はいつまでたっても引き締まらないだろう。遠からず破綻するにちがいない。オール与党の無責任体制がもらした大阪市問題はけっして他山の石ではないのだが。

◆これほど緊張感の乏しい選挙になった原因のいちばんは民主党の姿勢にあると思っている。中央では自民党と対峙しつつ、地方ではどこもかも仲良しというのは、どうにも説明がつかない。しかも政令指定市の首長選挙である。市労連との関係配慮があるとしたら、いったんリセットするべきじゃないのか。
だいたい労働組合が毎度臆面もなく現職市長を推薦するという構図が異常なのである。本来理事者側と一定の距離をおき緊張感を保つべきなのに、自らすりよっている。選挙で恩を売って自分たちの待遇をよくしようという計算である。それで組合員にとって短期的な利益は得られるかもしれないが、市民からは見放されるいっぽうになっている。
自らを常にきびしく律する姿勢を保って、市民の共感を得られる労働組合であってこそ、いざというときに組合員の正当な権利を守れると思うのだが、その逆をやっている。
あたり前のことを何度もいうが、労働組合はけっして利権団体になるべきではない。
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by chaotzu | 2005-10-21 22:34 | 時事
2005年 10月 20日

【DVD】 「霧の旗」 粘着娘の逆恨み復讐譚

◆倍賞千恵子といえば、「寅さん」シリーズのさくら役によって、愚兄思いの賢妹イメージがすっかり定着してしまった、いわば清純派庶民女優の代表格。本来はもっと幅広い役柄が演じられる女優さんだったはず、だけど、あまりにもさくらのイメージと一体化しすぎてしまった。そう思われてならない。この点、浅丘ルリ子が演じたリリーさんは実にもうけ役であったという気がせぬでもない、まあそれはまた別のはなし。
さて、その倍賞千恵子が寅さん以前に出演した映画で、珍しくも悪女風の役を演じている。
熊本弁丸出しのダサい娘が、兄貴の「復讐」のために上京、クラブのホステス勤めで雌伏の後、最後は自らの肉体を武器に弁護士に仕返しする。
正直云って、ちょっとやりすぎやがな~と思ってしまうほどの異色作だ。

b0036803_222788.jpg◆1965年松竹映画、モノクロ。松本清張の原作に橋本忍の脚本、そして山田洋次の監督となれば一般的には豪華作。そして倍賞千恵子と近藤洋介の演じた役が後年モモエちゃんと三浦友和のコンビで再現されるなど、テレビも含めて再三リメイクされている。いわゆる人気原作の扱いであるが、はっきり云って清張作品としてはそんなに筋がいいとは思えない。新しいタイプの女性像を創造したいという意気込みがあったのだろうが、はなしが極端すぎて破綻していてはどうにもならない。映画としても失敗作ではなかろうか。自分としてははっきりそう思う。

◆冒頭、熊本から国鉄の夜行列車を乗り継いで上京する倍賞千恵子、硬い4人掛けのボックス席に窮屈に座ったままで延々長時間を過ごす。今ならば飛行機でひと飛びであるが、ムカシの高千穂号とか西海号とか夜行の急行による移動はたいへんだった。その辺の上京苦労を厭わない妹の必死の気持ちをあらわしている。だけど、急に押しかけられた弁護士もたまったもんではない。お金はないけどぜひ弁護してくれという。熊本まで出張してほしいという。おそらくどこの事務所でもお引取り願いたい訪問客だろう。そして弁護を断られたあげく逆恨みに至る。ちょっとはなしが飛躍しすぎなのである。
本来であれば、罪を逃れた真犯人を恨むべきなのに、冷たい対応をしたからといって事件に関係のない弁護士をネチネチともてあそぶ。真犯人の見当もだいたいつくのであるが、それは放置したままになってしまう。滝沢修演じる弁護士はけっして、悪徳といわれるほどじゃない。なんだか気の毒にみえるほどである。

ちと清張の原作に拘泥しすぎたように思う。後年の「砂の器」のように映画ならではの思い切った改変をしておれば、また別の作品に仕上がったかもしれない。
あっそうか、「砂の器」は橋本忍と山田洋次による清張作品への再チャレンジだったかもしれないな。敗者復活戦みたいなもんである。

◆それにしても滝沢修の演技の達者さにはびっくりする。はじめ尊大な弁護士がしまいに涙まじりの声まで出して、倍賞千恵子に土下座哀願する、その迫真さ! 同一俳優とは思えぬほどの見事さである。
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by chaotzu | 2005-10-20 22:27 | 日本映画
2005年 10月 19日

ペット飼育認否は集合住宅にとって改憲問題の如し

◆ブルブル、ぐんと寒くなった、10月19日にしてやっと夏が終わったことを体感する。突然秋がはじまった、たぶん短めに終わるだろう。もう「小さな秋みつけた」どころではない、地球温暖化を強く意識すること。

◆鉄筋集合住宅の経年劣化は早い。イレモノもそうだが、なかに入っている住民もあっという間に老朽化して、じいさんばあさんあるいはおじさんおばさんだらけになる。ハード・ソフト両面同時進行というやつだ。
20年ぐらい前ならば、あちこちで子供の声が聞かれたものだが、それもずいぶんと減った。替わりに増えたのが犬やねこのペットである。子供が減った分の埋め合わせになっているみたいだ。実を云うと、ワタシもペットは好きであって、他人が抱いているのをみるとうらやましくてならない。
で、内心こんなことをよく呟いたりする。
(“そこのきれいなお嬢さん、ジロジロみつめてドーモすいません。いやあ、そのワンちゃん実に可愛いですなあ。いっぺん抱かせてもらえませんか”)
実際に面と向かって云えば、張り倒されるかもしれないので黙っているが、別に怪しいおっさんではない、それを伝えられないのがなんとももどかしい(笑)。

◆ところが、集合住宅の管理規約ではペット飼育はたいてい御法度である。最近ははじめからペットオーケーで分譲する物件もあるが、かつてはそうではなかった。だから、今なおペット否定派と容認派の「冷戦」が絶えず、管理組合の役員になれば、必ず悩まされる問題になる。なにせペットを飼っている役員もいるぐらいである。だから議論も曖昧模糊としたものになってしまう。そういう点では、集合住宅のペット飼育問題は、国家にとっての改憲問題みたいなもんなんである(苦笑)。
ワタシ自身の考えは、まあ小型のペットで一匹程度ならばいいんじゃないかと思っている。だいいち可愛いじゃないの、要するに程度問題。ところが、反対派にしてみれば、そんな考えは甘すぎてとんでもないですぞとなる。確たる歯止めがないと、なし崩しになってしまい、そのうち無法マンションになってしまいますぞと云う。たしかにそれが当たっている面もあるのだなあ。
一匹どころか、三匹も四匹も飼っている住民がいる。大型犬に引っ張られて悠然と?散歩しているひともいるといった具合、なかには近づくのもおっかないような犬もいる。しつけの悪いペットもいるようで、この間はエレベーターにおしっこ事件があって、その臭いことや閉口したものだ(苦笑)。このほかウンチの放置とかバルコニーでのトリミングなど、ペット・トラブルのネタはつきない。

◆ペット増加の背景はまず住民の高齢化(子離れ)があるが、もうひとつ区分所有住宅の賃貸化という側面もある。バブル崩壊以降の経済環境の変化で、住民の相当数が非所有者(賃借人)に交替している。こんなこといってはなんだが、「資産価値の維持」という意識がないので、集合住宅住民としてのコミュニティ意識の乏しいひとが一部にみかけられる。管理規約なんかは眼中にない、なかにはペット飼育の何が悪いんやと開き直るひとまでいる。そういう一部のひとが全体のモラル低下を牽引している。実際残念なことである。

◆もう遅きに失したかもしれないが、ここまできてしまえば、管理規約を緩和したうえで、ペット飼育に関する新ルールを策定するしかないか。条件付許可案である。現実に年配者の住民にとって生きがいになっている面もあるいっぽう、今のままで放置すれば無法化が加速するおそれもある。
実際の検討事項となれば、犬やネコだけでは済まない。マウスやうさぎ、そしてヘビやワニ、カメ、サソリまでも規定せねばならないかもしれない(苦笑)。
“ネコがよくてなんでウサギがいけないんざますか”とか“飼育できるカメの品種を明示してほしい”とか訊かれるかもしれない。いやはやたいへんなことだ。
来年あたり管理組合の役員の順番が回ってくるかもしれない。
覚悟しておかねばならない。
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by chaotzu | 2005-10-19 23:54 | 身辺雑記
2005年 10月 19日

【DVD】「ホワイトハンター、ブラックハート」 垣間見える職人監督の自負

◆キャサリン・ヘプバーンとハンフリー・ボガートが共演した「アフリカの女王」という映画がある。ボガートのよれよれおじさんぶりと対照的な毅然たるヘプバーン、なかなか愉しい映画だなと気楽にみた思い出があるが、撮影の裏側は相当たいへんだったらしい。監督のジョン・ヒューストンが象狩りに入れ込んでしまうのである。いったいロケにきたのかハンティングにきたのかどっちやねんというありさまだったらしい。当然スターは不機嫌になってそれが現場に伝染する。だけど、そのダレもかも不機嫌な現場で撮影した映画がそれなりに当たってしまうのだ。
もう、これだけで映画のネタになりそうである。そう、やっぱりそういうはなしをハリウッド映画人が見逃すわけがない。

b0036803_22153233.jpg◆1990年アメリカ映画、意味不鮮明のタイトルを邦訳すると「白人ハンター、黒い心」になるのだろうが、もうちょっと芸のある邦題があってもいいのではと思わぬでもない。もっともこの映画自体、前述「アフリカの女王」のエピソードを知らないとサッパリ面白くないだろう、そんな映画である。
モデルにされたジョン・ヒューストン、監督としていろいろ有名な作品を手がけているが、自分的には俳優としてのほうが印象深い。出てくるだけで存在感ばっちりの迫力を漂わす。だからこの映画でも、いかにもこの監督さんらしいなというエビソードがいっぱいである。黒人差別でホテルの白人マネジャーにタイマン勝負を挑みノックアウトされたり、プロデューサーへの逆撫で言動とかの奇矯な行動は、はったりなのかあるいは自己演出かそれともホントにいかれているのか、実はこの映画をみてもよく分からない(笑)。いや、現実にハリウッドの映画監督という役を演じていたのかもしれない。どうも毎日芝居して暮らしていたような人物みたいである。

◆そのヒューストン監督らしき人物を演じるのが、監督兼任のクリント・イーストウッド。自分なりの感想では、とてもヒューストン監督へのオマージュにはみえない。逆にクセ者イーストウッドがヒューストンを揶揄しているようにみえてしまう。職人監督で名高いイーストウッドにすれば、せっかくのロケ・セットは放置するわ、スタッフを放り出して象狩りに行ってしまうなど、ヒューストン監督の行動がデタラメにみえたのかもしれない。
“こんな監督がオレより先にアカデミー賞とってやがるのか”てなもんである(笑)。だから、もう気持ちよさそうに演技している。そう見えてしまう。
もちろんワタシのうがった見方である。それにしても、重要であるべきシナリオ原稿を猿が抱え込んで、あげく紙が散乱するシーンなんかは、芸術家を自称する監督に対する強烈なあてこすりに見えてしかたがないのだが、さてどうだろうか。
なお、イーストウッドが「許されざる者」でアカデミー監督賞をとるのは、この映画の2年後になる。

◆それにしても、アフリカの風景は素晴らしい。いっぺんはアフリカ大陸の土を踏んでみたい、ビクトリア湖に沈む夕陽をみたいと思うが、現実はムズカシイ。見果てぬ夢である。
亡くなった渥美清が元気な時分は毎年のごとくアフリカ旅行をしていたらしい。寅さんの原動力の源泉はアフリカのサバンナだったようだ。
ジョン・ヒューストンがアフリカにとりつかれたのも、分からぬではないか。
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by chaotzu | 2005-10-19 22:24 | 外国映画
2005年 10月 18日

ロッテ優勝影のMVPはDHよしこさん?

◆千葉ロッテ・マリーンズの本拠地である千葉マリン・スタジアム、何回か行ったが風がやたら強いのが難点である。弁当の包み紙なんかすぐ飛んでしまう(苦笑)。そんな球場で行われたパリーグ・ブレーオフのパブリック・ビューイングに5日間で6万人近いロッテ・ファンが参集したらしい。雨の日もあったのに大型テレビをみるだけでこれだけ集まるなんてスゴいのひと言である。プロ野球もまだまだ捨てたもんじゃないなと思い、かつ読売巨人軍への一極人気集中時代の終焉を強く感じる。これからは巨人も東京地盤のフツーの球団にならざるを得ないということだろう。それを強く感じる。

◆さてそのプレーオフ、制度としては理不尽きわまりないなと思いつつも、試合としては接戦があいつぎ、ハラハラドキドキのいいシリーズだった。ホントにどちらが勝ってもおかしくなかった。ホークスは城島選手の欠場などちょっと短期決戦運がなかったようだ。その城島が涙ぐむ的場捕手を慰めている。とてもいいシーンだった。敗者ではあるが共鳴するものは多い。それにしても2年続きのレギュラーシーズン1位敗退とは、福岡のファンにとって気の毒な結果だと思う。長期シリーズとなれば実力発揮は間違いないと思うのだが。

b0036803_20174.jpg◆第4戦と第5戦は、テレビ東京(大阪)が実況中継してくれたので、リアルタイムで視聴することができた。おかげでロッテ・チューインガムのCMも初めて拝見したのだが、これがなかなか面白い。仕事かなんかで落ち込んでいる女の子をバレンタイン監督以下ロッテの選手が励ますストーリーであるが、いきなり球場に切りかわって、「DHよしこ」のアナウンス、バレンタイン監督が“よしこガンバレヨ~っ”て試合に送りだす。ガムをどうぞってさし出すのはリリーフ・エースの小林投手か、ロッテの選手がみんな素人っぽいところがまたいい。当然悩める女の子は元気を取り戻すのである。もしかして、ロッテ優勝のMVPは、この未知の新戦力「DHようこ」効果かもしれませんぞ(笑)。

◆そのロッテ優勝、まずはバレンタイン監督の手腕だ。とくに第4戦後の発言は名語録である。
“キャンプのころから言っているが、野球は楽しいこと。この時期にできるのは、限られたチーム。その楽しさを選手には体全体で感じてほしい”
“それができないなら、他の仕事を見つけた方がいいよ“
単純な勝負意識に凝り固まった日本人にはなかなか云えないセリフであって、かつて広岡GMと仲たがいした背景も分かるような気がする(笑)。
それと、スカウトなど編成部の力も大きいのではなかろうか。優勝を決めた第5戦の影のヒーローはファインプレーの早坂内野手だと思うが、ドラフト8位で入団した高卒三年目選手である。無名であるが潜在能力のある選手を発掘していった地道な努力が結実したのだと思う。なにもかも金任せ補強に頼り切って本来の編成努力を怠ったあげく自壊したどっかの金満球団とは大チガイである。お金だけでチームが強くなるということはありえない。
海の向こうでも、ヤンキースが早々にプレーオフ敗退した。
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by chaotzu | 2005-10-18 20:08 | 野球