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2005年 10月 05日

プロ野球戦力外通告の季節

◆社会人の人事異動は4月が多いが、プロ野球の選手となれば10~11月が人事の季節である。ドラフト指名で来るひともいれば去るひともいる。かつてのスター、夢破れたドラフト1位、故障に泣いた選手、ついこないだのルーキー……、スポーツ選手の悲喜こもごもである。プロ野球のコアなファンならば、こういった人事往来にも興味ひとしおだろう。
しかし、ほとんどの男児なら単なる夢で終わったことを、いちどは実現したのである。プロに入ったことだけでもたいしたことだ。ダレでも滅多に出来る経験ではない。けっして「負け犬」なんかじゃないのだから、第二の人生は胸をはってガンバレよと云いたい。

◆戦力外通告といっても、いろいろあるだろう。
・そもそもプロ選手としての体力・才能がなかった。スカウトのメガネ違いの場合もあるかもしれない、このケースでは見切りをつけるのは早ければ早いほどいい。若いうちならいくらでも人生のリセットは可能である。高卒で4年間、大卒等で2~3年間一軍出場がなければ、もう見切りをつけたほうがいい。ただ、なかには球団との相性が悪かった場合もあるかもしれない(後述)。
・治癒困難な故障あるいは健康上の疾患を抱えた選手、運が悪いのひと言である。しかし、人生は長い、再起の機会がないとはかぎらない。
・素行不良の選手あるいは自己管理ができない選手、これはもうどうしょうもない。いかに才能があろうが切るしかない。二軍等の成績からみて不自然なクビがあれば、このケースだろう。
・指導者との折り合いが悪い。実はこういう場合も少なからずあるのではないかと気になっている。たまたま最初に入った球団との相性がなかったのだ。これがいちばん辛いケースじゃなかろうか。

◆選手と指導者との確執?ということでは、今をときめく阪神タイガース今岡選手と野村監督(当時)の折り合いを思い出す。今岡選手にしてみれば入団3年目、バリバリの主力にのしあがろうかというときで不幸な出会いだった。はじめは些細なことがきっかけだったのだろうが、相性が悪いとどんどんこじれてくる。おまけに相手は粘着質で名高い監督である。しまいに監督があちこちで「アイツは何を考えているのか分からん」「気迫が感じられない」とまでしゃべりまくる。わたしのみるところ、これは野村監督のほうが悪い。一見マスコミを利用して選手の発奮を促しているみたいであるが、実のところは小遣い稼ぎの講演会でも「今岡ネタ」をさんざんつかっていた。
“このタイガースという球団は、選手がなにを考えているのかホンマ分からないんですわ、たとえば今岡という選手がおるのですが……” 身振り手振りを交えて面白おかしくしゃべる。どうみても選手に対する愛情が感じられないのだ。
今になって、「好き嫌いで選手起用する監督は最低ですよ」とかいっているが、あれだけアチコチでしゃべりまくったら、選手のほうが不信感をもつのは当然というものである(苦笑)。
もっとも、ノムラさん自身も阪神球団との相性が悪かったといえるかもしれない。
この今岡選手の場合はドラフト1位選手だからクビがもったのである。下位指名の選手だったら、さっさと自由契約になっていただろう。

◆新入団した選手が最初に接触するのが二軍の指導者である。ある意味で、既にプレースタイルが完成した選手の相手をする一軍指導者以上に重要なポストであると思うが、現実は待遇も位置づけも一軍より格下にみられている。実際には社会人としての教育も職務範囲だろう。だからこそ一軍のコーチよりも高待遇の二軍コーチがいてもおかしくないと思うのだが、あまりみかけない。
一、二軍の指導者の役割分担なり適正は全く異なるものであると思うが、そのことがどれだけ理解されているか。今なお二軍コーチに「降格」なんて人事もまかりとおっているぐらいだ。辛口でしじゅう難癖ばかりつける、悪いところばかりみてすぐいじりたがる、そんなコーチにずっとボロクソに云われつづけて、あげく開花することなく見切られる選手もいるのではなかろうか。
前述今岡選手のケースは一軍にいたから周知のことになったが、二軍となれば、ブラックボックスなのである。

b0036803_2214359.jpg◆去るひともいるが、戻ってくるひともいる。巨人は原監督が3年ぶりに復帰した。この前の退任はいったいなんだったんだろうとつい思ってしまうが、それはおいとくとして、いい顔つきになっている。やっぱりこのひとしかいないかな。
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by chaotzu | 2005-10-05 22:29 | 野球
2005年 10月 04日

節度が大切、郵便局の投信販売

◆身内の恥をさらすようで情けないが、以前、母親が簡保のセールスにまるめこまれて、大量の保険契約をしたことがあった。月収10何万円かの年金老人に何口も鈴なり契約させて月10万円以上の保険料を払わせようとするのだから、メチャクチャである。子供の援助まで注ぎ込んでいるのだから、なおのことたちがワルイ。
ところが、母親がなかなか解約に同意しない。決まり悪さもあるのだろうが、“貯金とオンナジや”の一点張りである。“アンタらにお金を残しておいてやるんや”とまで云う。ふだんは自分がいかにつましい生活をしているか、そればかりアピールしているのにである(苦笑)。結局、兄弟がよってたかって説得し、なんとか解約にこぎつけたが、仕事がヒマであったなら郵便局と一戦交えたかもしれない。それぐらいハラがたった。

◆母親が貯金感覚でいるのは、郵便局の勧誘員がまさにそういう売り込みをしたからであろう。おまけに国がバックについているから、これほど安全で確実なものはないという。
これまで、簡保のセールスで表立ったトラブルはあまりきかないが、実際のところはけっこう無理な勧誘があるのではないかと疑っている。契約者本人と全然面接していないとか、デタラメのセールス・トークなどである。トラブルが起きたとしても、「大保険会社」であるゆえ、多少の中途解約なんか問題視されない。勧誘員は歩合の手当が入るし、なにより顧客の貯金情報が分かっているから、開拓営業はいくらでも容易である。

b0036803_21383342.jpg◆そんな郵便局が、投資信託を販売するという、正直云って心配だ。預入限度超過額疎開用の限定商品としたら理解できぬでもないが、ふつう郵便貯金と投信とではお金の性質が全然違う。
郵便貯金は老後の虎の子であり、なにより元本の維持が重要である。いってみればローリスク・ロー(ミドル)リターンの商品。投信は商品によっていろいろだろうが、なかにはハイリスクの積極運用商品もある。今回郵便局が取り扱う投信3本はいずれも株式が運用対象に含まれており、うち2本は株式インデックス投信である。これまでの郵便貯金とは全く性格がちがう。そして投信を買い続けていれば、必ず損する場面がある。きちんと元本割れリスクがあることを説明できるのか。5年先の販売残高1兆5千億円の目標があるらしいが、目標達成のために無理な売り込みをすることはないのか。
自分の見聞きした体験に照らしていえば、どうも心もとない。民営化をひかえて簡保セールスと同じような目標必達意識で取り組めば、大ヤケドすること必至である。そんなことは、上辺だけの研修でなかなか体得できるものではない。販売にあたっては、かなりの節度が必要な商品だ。少しでも迷う顧客に勧めてはならない。いわばセールス意識から捨て去らねばならない。そこのところが真底理解できるかどうかなんだが。

◆一般に公務員といえば、あまり仕事しないといったイメージがあるが、実際はそうじゃない。全体的にみれば「勤勉」な人のほうが多い(あたりまえだが)。問題は勤勉の方向であって、必ずしも国民一般が望んでいないことであってもシャカリキになってやることがある。例えば諫早湾の干拓とか舞州とか咲州など大阪湾の埋立地をみればよい。
妙な方向で勤勉な公務員は怠惰な公務員よりも始末が悪い。郵政公社の投信販売がそうならないよう切に望みたい。
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by chaotzu | 2005-10-04 21:45 | 時事
2005年 10月 03日

ドラフト珍事

◆第一回目のプロ野球高校生ドラフトで罪作りなハプニングが起きた。
大阪桐蔭の辻内投手と福岡第一高校の陽内野手、実際は巨人と北海道日本ハムが当たりだったのに、ハズレくじをひいたオリックスとソフトバンクの交渉権確定を堂々と発表してしまった。
b0036803_21475990.jpgプロ野球機構の大チョンボだろう。当たりくじをきちんと確認しないまま、間違った結果をアナウンスしてしまい、おまけにそれを二回も繰り返したのだから、何をか云わんやである。
こうなるともうはっきりと「アタリ」「ハズレ」の朱印にしておけばいいのにと思ってしまう。

とりわけ、台湾出身の陽選手が翻弄された。台湾国籍の王監督率いるソフトバンクが意中の球団であっただけに気の毒である。実兄がソフトバンクに入団する予定もあったらしい。最初のアナウンスでうれし涙を流したらしいが、一転、交渉権を得たのは札幌のチームである。やり直し記者会見で「うれしいです」と言葉短めの対応であったが、気持ちを整理するのにたいへんだったろう。くじけずに頑張れよと云いたい。

◆しかし巨人の堀内監督も呑気なものだ(笑)。この人の場合、出席することさえ不可思議なのにくじ引き役まで務めている。事実上クビ宣告されている人間がここまでするというのは、なんらかの「人事異動」の約束があるからだろう。
ところが、当たりクジをひいているのに、なんのアピールをしようともせず、日本ハム関係者から照会されて、やっと気がつくありさま。およそドラフト史上いちばんやる気のないくじ引き役である。まあその程度の取組み姿勢だったのだろうが、試合に喩えればサヨナラ負けの状況で、相手チームの決勝走者が本塁に触塁したかどうか確認しないまま引揚げるようなものである。およそ勝負の世界の住人としては考えられないほどの、アキラメの早さだ。おまけに、にやにや笑って記者会見している。「若いひとを振りまわしてしまい申しわけない」ぐらい云えたら立派なものなんだが、やっぱりこのひとには指導者として肝心なものが欠けているとしか云いようがない(嘆)。読売グループは「人事異動」案を見直すべきだろう(苦笑)。

◆指名された高校生は全部で38名、全国高校球児で僅かこれだけであるから、現時点でエリートの卵であることは間違いない、しかし、このうち一軍で活躍できるのはせいぜい3割程度ではないか。大半が落伍する厳しい世界だ。早期退団者については大学球界でやり直しできる途があってもいいのではないかと思う。その場合は契約金のあり方も見直す必要があるだろう。海のものとも山のものとも分からない高卒新人に1億円なんて契約金は論外だと思う。
実際のところ、ドラフトの指名順位なんてあまり意味がない。最近の高卒新人は下位指名から頭角をあらわしたひとのほうが多いのではないか。ソフトバンク川崎内野手は4位、西武の中島内野手は5位、楽天の岩隈投手は5位だった、みんなほとんど騒がれずに入団した。そうそうあのイチロー選手も4位指名である。入団した年のキャンプでたちまちモノの違いを見せつけたらしい。成長時期も人それぞれであろうし、17~18歳時点の順位なんて実にいい加減なものである。
指名された球児たちよ、指名順位なんて気にする必要はない、みんな横一線でガンバレ!
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by chaotzu | 2005-10-03 21:56 | 野球
2005年 10月 02日

ブログ一周年

◆1年間も続くとは我ながらオドロキである。最初はもうくたばっているだろうと思っていたのだ。もともとの発想は、記念CD-Rみたいなものを残しておきたいということであった。
ところが、それが完結してしまったら、いったいアトどーすんだという懸念が沸きあがってきたので、そっちは一時停止したのである。まあ縁起かつぎみたいなものである。
その代替ということで、映画の感想をおいおい書くようになった。実のところ、エラそうに書いている割りには、これまでの人生であまり映画を見ていないので、この分野に関しては無限の宝庫みたいなもんなのである(笑)。
とくに日本の映画をたくさんみるきっかけになった。ひょうたんから駒みたいなもので、それが自分の人生の追体験みたいなことにつながっていく。まことに有り難いことである。
ただ、最近の映画はあちこち末期がんの患者だらけである。ちょっと食傷せぬでもない。いちばんの不幸はJRの事故のごとく朝元気で出かけたはずがもう帰ってこないことだ、一瞬の喪失である。がんの場合は時間的猶予があってまだ恵まれている。その分ドラマにしやすいのだろうが、こうも多いと別の病気も考えてくださいよという気になってくる(苦笑)。

◆映画の感想といっても、たいしたもんではない、あたり前か(笑)。素人が好き勝手に書きなぐっているだけであって、技術的なことや細かいうんちくは苦手である。もっとも、カット割りがどう、カメラアングルがどうとか、そういうことはあまり書きたくない、専門的なうんちくは専門サイトに任せればいいことだ。あくまで100%主観の私的感想がモットーである。最近は、いかにあらすじを省略して感想を書くかということに腐心しているが、これがなかなか難しい。気がつけばあらすじだらけになってしまう(笑)。ただ、そういう自分なりの理想に近づきたい気持ちだけはある。あるいはもっと短文でもいいかもしれない。

◆いっぽうで、読書関連がずいぶん減ってしまった。全く本を読んでいないということではない。以前のような読書体力がないのだ。軽めの読みやすそうな本ばかりになっている。それらのたいていは感想をアップするほどのものではない。
それでも、最近は松本清張をもう一度読みたいなと考えている。宮部みゆきさんのセレクションを読んで啓発されたこともある。きのう観た「いつか読書する日」ではないが、ドストエフスキーも読んでみたい。そんな日々を1日でも長くもちたい、いまはそういう想いでいっぱいである。

◆ただ、体力的にかなり変動がある。それはブログのエントリーにも如実に反映する。元気がないときはどうしても短めの荒い文章になる。校正も不十分なかきなぐりである。読み返して恥ずかしいものも多々あるが、たいてい体調の悪いときだ。でもまあ、ありのままをさらけ出すということで、それもいいかと思っている。読んでくださっている方には申しわけないが、もう開き直り半分の心境である(苦笑)。無名人の記録ではあるが、2行記事になろうが、1行記事になろうが、エントリーは続けていきたいと思っている。それはなにより自分のためだから。
さて、明日から2年目だ。
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by chaotzu | 2005-10-02 23:40 | 身辺雑記
2005年 10月 02日

【映画】「メゾン・ド・ヒミコ」 あなたが好きよ、ピキピキピッキ~!

◆なんとまあ2日続けて映画館に行ってしまった。こんなこと滅多にないのだが、こんどは同居人の推奨である。内実を云うとナントカ割引の恩恵があるからということだ。なんだかトホホ気分もある。ところで、初回上映は11時10分から、お昼をまたいでしまう、生活のリズムを無視した妙な上映時間である。休日ぐらい午前中にきっちり1本上映せんかい(怒)と思ってしまう。まあ館主の発想というものはよく分からない。それでも映画のほうはなかなか面白かった。真に人生の深奥、ひとさまざまである。孤独であるが孤独じゃない、酷薄であるが酷薄じゃない。

b0036803_21213897.jpg◆2005年日本映画(アスミック・エースほか)、「ジョゼと虎と魚たち」と同じ犬童一心監督と渡辺あや脚本コンビ。こんどはおかまの老後という意表を衝く設定である。
正直にゲロすると、おかまと話すのは楽しいが、ホモと近場で暮らすというのはゴメンこうむりたい人間である。女装の梅垣義明(ワハハ本舗)が鼻から豆飛ばしてシャンソン唄いまくるのは大好きであるが、体育会系のホモにじっと見つめられたら、恐怖を感じるかもしれない、まあそういった差別野郎の自分であった。ところが、この映画となるとおかま専用の老人ホームのはなしである。ある意味先述体育会以上のコワサがあるかもしれない。
「はばあのおかまより、ぶすっとしたブスのほうが、まだましではないか」
そういった予断をもってみたことは否定できない、反省します。
結論から云うとヒジョーに「楽しくかつ哀しい」映画だった。コメデイ仕立で茶化すというかゴマカス方法もあったろうが、逃げずに現実を直視しようとする製作サイドの心意気はかいたい。

◆ヒロインの柴咲コウ、デビュー作の題名が「東京ゴミ女」というからスゴいが、「バトル・ロワイヤル」でもえげつない血まみれ女子高生だった。だけど、みるひとはみるんだなあ、キラキラ輝くものがある。この映画では24歳の塗装会社事務員で夜はコンビニ店員。そばかすで眉間にタテ皺、仕事の合間に風俗業界の求人情報を物色しているが、バニーちゃんの応募も断られる始末、おまけに成長環境もややこしいというトンデモない複雑系ヒロインである。まさにゴミ女、それがメゾン・ド・ヒミコの住人とのふれあいによって、だんだん輝いてくる。相方のオダギリ・ジョーもそうだが、まさにこのひとならではのはまり役だ。

◆おかまの父「卑弥呼」と娘「吉田沙織」の確執と和解?の物語でもある。
末期ガンで余命いくばくもない父は「茶番劇」と云い、一切の言い分けを峻拒する。
娘は父を責める“ママを苦しめたこと後悔したことある”
父は“道理はそうだろうけど、でもアナタが好きよ”
と切りかえす。これいいなあ、ワタシも何時かはつかいたいよ。
そのうち、娘は母親が卑弥呼と逢っていたことを知る。おまけにおかま仲間との記念写真にまでおさまっている。まことに人間模様は奥深い。
さて、沙織は父親を赦免するのだろうか。

◆あたり前だが、ホモといってもさまざまな人生を経ている。
生まれ変わったら、バレリーナか相撲部屋の女将になりたいという人気者のルビー、かつて捨て去った息子が市役所にきちんと就職したと喜んでいる。まだ見たことのない孫の「ピキピキピッキ~」が気になってならない。いったいなんだろう?
まだ見ぬ孫あてのハガキをいっぱい書いている。全部みんなピキピキピッキ~だ(涙)。
社会人当時はカミングアウトしなかった心やさしい元銀行?支店長の山崎、洋裁が達者で棺桶用のドレスまで用意している。女装の山崎を発見して嘲笑する元同僚に「アヤマレ!」と詰め寄る沙織の怒り泣き顔、この辺りからぶすっとしたブスが光り輝いてくる。

◆横浜のダンスホールで、突然出現する夢のようなダンス・シーン。メゾン・ド・ヒミコの住民もそうでない人もみんないっしょに群舞する。ミュージックは尾崎紀世彦の「また逢う日まで」、解放感全開、楽しくてハッピーそのものだ。まるで異次元空間に入り込んだかのような至福のシーン。これほど幸福感あふれる絵はちょっと記憶にない。ここで不覚にも涙ぐんでしまった。なぜだかよく分からない。映画中白眉のシーンである。

♪また逢う日まで 逢えるときまで
別れのその理由(わけ)は話したくない
なぜか寂しいだけ なぜか虚しいだけ
互いに傷つき全てをなくすから
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by chaotzu | 2005-10-02 21:28 | 日本映画
2005年 10月 01日

【映画】「いつか読書する日」 カイターッ!50男女の美しき不器用愛

◆はじめは1日1回だけの上映で2週間ぐらいの予定だった。ところが、お客がどんどんおしかける。ほとんどがおじさんおばさんだ。休日なんかは満席で立ち見が出たらしい。映画館はとうとう続映を決定、しかもこんどは1日2回上映だ。これは行かずばなるまいとあいなる。期待を裏切らない秀作、ここ数年劇場でみた日本映画でのなかでは感動度バツグンである。
50代男女の恋愛となれば、昔なら「老いらくの恋」扱いされたかもしれない。だけどそんなことは全く感じない。そして50歳田中裕子の美しいこと、若い頃より素晴らしい。
おじさんおばさんのファンタジーかもしれない。だけどいいじゃない、あくまで独りでみにいって、独りで泣く映画である。

b0036803_1921205.jpg◆大場美奈子(田中裕子)50歳独身一人暮らし、牛乳配達とスーパーのレジ打ちをやっている。読書が唯一趣味で「カラマゾフの兄弟」のある一節を何度も読んではひとり嗚咽している。そして、スーパーのセクハラ店長(香川照之)からは「大場さんて、バ、バージン?」と訊かれたりする。世間的には無表情の暗い女だ。
だが、朝は別の顔をみせる。早朝坂の多い町を牛乳壜抱えて走る。階段を登るときは「よしっ」と気合を入れる。登った先はあの人の家だ。
“私には大切な人がいます。でも私の気持ちは絶対に知られてはならないのです。どんなことがあっても悟られないようにすることは難しいことです。しかし、その人の気持ちを確かめることが出来ないのはほんとうに辛いものです”

◆高梨槐多(岸部一徳)50歳、市役所の「みらいのおとな課」勤務、最近呑んだくれの母親に食事も与えられていない様子の子供が気にかかっている、この人もほとんど無表情。
“オレ若いころにさ、絶対平凡に生きてやるって決めたんだよ。必死になってそうしてきたんだ“
飲まない牛乳を2本ずっと配達してもらっている。配達しているのは美奈子である。寝ているふりをして、実は配達音にじっと耳をすませている。市電に乗っては自転車の美奈子を見る。スーパーで買い物しては背中合わせで美奈子をみている。

◆高梨容子(仁科亜季子)、槐多の妻であるも末期癌で寝たきり状態。食事もできず点滴で栄養を摂っている状態であり、余命いくばくもない。夫はこれ以上ないほどやさしい人である。だけど、実際はどういう人なのかずっと判じかねていたが、あることから、全てを理解する。

◆槐多と美奈子は高校の同級生で親しくしていたが、ある不幸な事件を契機に疎遠になってしまう。それから30年余り、ずっと秘密に育んでいた2人の愛のてん末である。
触媒になるのは容子であるが、真意は実際のところ分からない。美奈子は容子の頼みに「ずるいです」といったん拒否する。だけど認知症老人の捜索で遭遇してつい呼んでしまうのだ。
“高梨さん、高梨さん……、槐多ぁ!
30年間以上ずっと抑え込んできた感情がほとばしった瞬間だ。そう、ひとはこのときのためにこそ生きているのだろう。

◆最後の思わぬ結末まで、全く中だるみすることなく映画世界に引き込まれる。児童虐待や認知症老人のエピソードも描かれるが、無駄なエビソードはない。それらがみんな関連しあって結末に収束する。
ラストシーンは牛乳配達の途中で丘の上に立つ美奈子、朝日に照らされた町を見下ろして瞑目する。そう、いつか読書する日だ。
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by chaotzu | 2005-10-01 19:26 | 日本映画