マイ・ラスト・ソング

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2005年 11月 30日

【DVD】「ベッカムに恋して」 英国のインド人社会

◆かつて七つの海を越えた大英帝国の遺産ゆえか、国際都市ロンドンではさまざまな人種が街をかっ歩している。とりわけインド系のひとが多い、スーパーや八百屋ではインド人の経営者が目立っている。ところが、そういったインド系の人が実際にイギリスでどんな暮らしをしているのか、これまでほとんど知らなかった。
そんなインド系イギリス人のコミュニティを描いた映画をみる。インド系でも比較的金持ち層の家庭の設定であるかもしれないが、なにかと初物づくしで珍しいことはたしか。

b0036803_22213626.jpg◆2002年イギリス他映画、インド人がつくったイギリスの映画である。タイトルからみる前はちゃらちゃらした子供っぽい内容を想像していたが、なかなかどうしてよく出来た映画で思わぬひろい物だった。しかし、これほどタイトルとギャップのある映画も珍しい(笑)。
イギリスではインド系の人々が独特の地歩を固めているが、この映画のなかの男性はターバンやヒゲにこだわる人とそうでないひとに二極化しているようだし、女性も民族衣装派と西洋衣装派に別れている。そして、若者は公園でサッカー遊びに興じたり、あるいはカーセックスに興味を抱いたりしている、要するに白人の若者とあまり変わらない。なんとなく、これからの多民族社会のあり方について考えさせられる。娯楽性もしっかりあって、幅広い年齢層で愉しめるノリのいい映画である。

◆映画の舞台はロンドンの西部郊外ハウンズロウ、ヒースロー空港の近くである。インド系住民のコミュニテイがあるのだろうか。
主人公はサッカーの上手な少女ジェスミンダ、略してジェス。自分の部屋にデビッド・ベッカムの坊主頭写真を飾っており、ベッカムといっしょにプレーしてゴールを決めることを夢想している。ところが、両親はインド人の慣習伝統を守ることにうるさい。女の子が肌をさらすような格好などとんでもない。いい大学に入って弁護士になってほしい。もちろん結婚相手はインド人だ。白人黒人の相手はだめ、ましてイスラムなんかとんでもない。おまけに、かつてケニアでクリケットの名投手だった父親はイギリス人のチームに受け入れてもらえなかった。娘には同じ轍を踏ませたくない。まあ、そんな状況あれやこれやがあって、両親には内緒でサッカーチームに入っているのである。

◆試合中、相手選手から「パキ」と云われて激昂する。ラフ・プレーよりもパキスタン人呼ばわりされたほうが悔しいのだ。それほどイスラムへの反発はものすごいものがある。そのいっぽうで、ジェスが恋心を寄せるのはアイルランド人の青年監督である。女子チームの監督就任にあたって、契約で選手との恋愛禁止条項があるらしく普段はそっけないが、インド人のジェスには時々優しいときがある。これもアイルランド人という設定がミソなんだろう。
このほか、ジェスの幼なじみの男の子はホモで、ベッカムを本気で好きだと告白したりする。インド系の若者社会もずいぶん変わりつつあるようだ。

◆ふつうのイギリス人家庭も登場する。ジェスのチームメイトであるジュールズ一家、母親は娘が男の子に興味をもたない様子が気になってならない。もしかしてレスビアンだろうかと勝手に悩んだりしている(笑)。いろいろ男の気をひくファッションをアドバイスしたり、胸を大きくみせる小道具を指南したりするが、娘はサッカーに夢中で聞く耳もたない。たまりかねて云う。
“スパイスガールズで男がいないのは、スポーティ・スパイスだけだよ”
こんなことまで云う母親ってありか(笑)。

◆ラストはお約束の決勝戦、ところがあいにく姉の結婚式とぶつかってしまった。さあどうする。インド人社会の結婚式の大いなる盛り上がりとサッカー試合のクライマックス・シーンが、交互にリンクしつつ映し出される。いやなかなか達者なもんでありました。
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by chaotzu | 2005-11-30 22:34 | 外国映画
2005年 11月 29日

【DVD】 「「ふくろう」 恐れ入りました91歳監督の実験作

◆舞台劇の映画化あるいは映画の舞台化という例は多々あるが、舞台劇の様式そのまんまを映画にもってきたという、これまで例のない実験的作品である。場面はある開拓農家の囲炉裏端でほとんど固定しており、登場人物も前半はずっと2~3人である。舞台と違うのは、俳優のアップがあることぐらいか。低予算を逆手にとったやり方といえるかもしれない。
その点では近代映画協会の起死回生作品「裸の島」に通じるものがある。

b0036803_23281674.jpg◆2003年日本映画(近代映画協会)、今年93歳になる新藤兼人監督による、現時点での最新作である。脚本も書いているが、なにより、その若々しい感性に驚いてしまう、歳をとるとともに、大胆かつ過激になっていくようだ。本作品では、伊藤歩のオール・ヌード、しかも無修正~が突然出てきてギョッとしたりする。90歳を超えてエロスの極致にも挑戦しているみたいだ(笑)。つくづく人間は年齢ではないんだと思い知る。
新藤監督自身の人生も波乱万丈であるが、経済的成功を度外視して、独立プロで好きな作品づくりに打ち込んできたことがストレスの発散になって、長生きをもたらしているのだろうか。そして、女性への興味が旺盛なことも元気の秘密なんだろうな、そう思わずにはいられない(笑)。

◆東北地方のある辺鄙な開拓村、廃村寸前で住んでいるのは大竹しのぶと伊藤歩母娘の二人だけ。最初に登場する風体がすごい、汚れきった身体にボロボロの服、おまけに腹ペコで息も絶え絶えの有様である。唇も干からびている。木の根っこをかじって生きのびるのも嫌になったふたりの生存計画、それがなんとも凄まじい。
葬式の黒白幕と開拓団の赤い旗を裁断して、古ミシンで衣装づくりをはじめる。そして行水で体の汚れを落とし、絵の具で間に合わせの化粧をして、さあ作戦開始……。

◆♪泣きなさい~、笑いなさい~
作戦が「順調」に進むとともに、食事がランクアップしていく様子がなんとも可笑しい。
うな丼+カレーライス+コカコーラ→まぐろさしみ+ビール→手巻き寿司→すきやき(笑)
そして、電気が復活、水道も復活する。シャワーにありつく母娘は嬉しそうであるが、たった一軒のためにどれだけの手間ひまかけて送電や送水をしているか、係員から言われたりしている。
これは、お国の政策で満州に新天地を求めた農民が夢敗れて命からがら引揚したものの、今度は国内で棄民扱いされる悲劇に、その子孫が復讐するはなしである。民話調かつユーモラスに展開して合間合間にふくろうが登場、ポーポーッと鳴く。

◆なんといっても、大竹しのぶである。撮影時45歳、目じりや口元のシワは隠せないが、よほどの自信がないと出来ないだろう。手作りの黒白ワンピースにはちゃんとスリットがあって、ときどき下着をみせたりする。きわどいセリフもズバズバ、それでも艶かしい。
こちらも恐れ入って、「二代目杉村春子!」決定というしかない。
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by chaotzu | 2005-11-29 23:33 | 日本映画
2005年 11月 29日

筋者(すじもん)とペテン師がやってきた

◆良識の府たる国会議事堂に、これまでやくざまがいの人間が足を踏み入れたことがあっただろうか。もちろん、見学者と国会議員は別としてである(笑)。
本日開催された衆議院国土交通委員会、注目の強度偽装建物問題の参考人招致があった。
質疑の模様はニュース等で詳報されるだろうから脇におくとして、やっぱりキャラが際立つのはアノひと、ヒューザーの小嶋社長(52歳)である。6人の参考人の真ん中に座り込んだこのひと、顔つきといい目つきといい、失礼ながら暴力団員そっくりの雰囲気だ。

b0036803_2048979.jpg◆とにかく態度が悪いのひと言。議員に公表隠蔽疑惑について追及されると
国交省もいい加減にしてほしい! まったく
と、怒気をこめた返答をしたり、
イーホームズの社長が回答中にニヤニヤ笑って、突然後ろから
なに云ってんだよ、バカヤロー!
と罵声を浴びせたりしている。信じられない光景である。これまで、国会に呼ばれた参考人がこんな風に不規則発言を注意されるのは、ちょっと記憶にない(議員ならいっぱいあるが)。
まあ、切れやすいひとだなあの印象を受けた。猫撫で声と怒声を使い分けるのは暴力団員のやり口であるが、それにそっくりと言わざるを得ない。会社でもこんな調子でふるまっていたとすれば、ちょっとした恐怖経営ではなかったか。いずれ退職者等から内部告発されてボロボロになるかもしれないのに、それを意に介さない神経はちょっと信じ難いものがある。
この社長が宮城県古川市の高校を卒業して上京以来現在の「成功」に至るまで、いったいどんな仕事に就いてきたのか、なかには裏街道的な人生もあったのではないか、思わずそんなことまで想像してしまうほどだ。
しかし、こんな人間を中央省庁への「陳情」に案内して、のこのこ立ち会う伊藤公介なる代議士、いったい何考えていたんだろう。将来の有望資金源とみていたのか、脇が甘いというよりは欲ボケとしか思えない。

◆ワタシ的にはっきり目に映ったことは、このコワモテ社長がなんとしてでも、自分個人への刑事罰や民事上の損害請求を免れたいと画策しているそのさまである。何度も「罪はないが、売主としての瑕疵担保責任は認める」「そのための責任をとる」と云っているが、そんなものは法人を潰してしまえば、事実上免責同然になってしまうことである。いまはそのための環境整備を意図しているのだろうか。
つまり、あれこれ頑張ったものの、銀行にもそっぽを向かれました、公的資金の導入も無理でした、刀尽き矢折れました、だからもうカンベンしてください~ともっていきたいのじゃなかろうかということである。

◆事実上、法人としてのヒューザーは事業活動を停止している。木村建設は既に破産意志を表明し、イーホームズも先はみえている。ここまできたら、法人の資産はもとより事件に関与した個人の私財を仮差押等して、マンションの購入者にどれだけ配当できるか、それが先行きの焦点になるだろう。民事の弁護士はそのために知恵をしぼるべきだし、役所や金融機関もそれに協力すべきだ。そうでないと、この世に社会正義が全くないことになってしまう。
もっとも、本来であれば、自発的に私財による補てん意志を表明するのが、まっとうな経営者というものだろう。それほど、みんなたちが悪いし、自己の正当化は目に余るものがある。
木村建設コンビ(社長と元東京支店長)もなかなか面妖である。社長は「知らぬ存ぜぬ」の一点張り、そして元東京支店長なる篠塚某は「鉄筋減量を指示したかも知れないが、法令の範囲内で云ったこと」で言い逃れしようとしている。「○○せよと云ったかもしれないが、法令の範囲内で…」云々、なかなか便利な表現である、おまけにキックバックを「私の営業経費」と言い換える。世間ではそれをリベートというのである。

◆それにしても、事件が発覚しなければ、先の三社とも株式公開して、莫大な創業者利益等を得ていたことだろう。そうなると大がかりな証券詐欺になる。それだけは寸前で食い止めたことになる。
司直による事実解明を強く望む、なによりそれが再発防止策につながることだ。
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by chaotzu | 2005-11-29 21:10 | 時事
2005年 11月 28日

【DVD】「毒薬と老嬢」 寒くなればキャプラ

◆日本人からみて西洋人の顔はなかなか区別がつきにくいというが、ついこの前までワタシも、ケーリー・グラントとグレゴリー・ペックをよく混同していたのである。どうも、オードリ・ヘブバーンとの共演つながりでごっちゃになっているらしく、「シャレード」がケーリー・グラント、「ローマの休日」はグレゴリー・ペックなんであるが、これがなかなか覚えられない。真面目な固い役はペック、軽妙な方はグラントと憶えておけばよいのだろうが、グラントの役柄が実に幅広くて、なんでもありなのだ。
本日はそんなケーリー・グラントのドタバタコメディをみる。

b0036803_23145642.jpg◆1944年アメリカ映画、F・キャプラ監督にしては珍しいドタバタ喜劇であるが、さすがに達者なものである。
もともとはブロードウェー大ヒット劇の翻案らしい。日本でも淡島千景と淡路恵子のコンビによる舞台化があったらしいがよく知らない。かつての駅前ヒロインが老嬢役とは歳月のうつろいを感じるが、それはそれとして、いま見直してみるとけっこうヤバイ映画でもある。


◆ニューヨーク・ブルックリンに住むブルースター姉妹、といってもかなりのばあさんであるが、この二人は孤独な老人を天国に送ることを功徳と思いこんでおり、既に12人もあの世に送りだして地下室に埋めている。はっきり云って毒殺魔である。とはいっても、日本のタリウム娘とはちがって、ひたすら陽気で罪の意識なんぞまるでない。甥っ子のケーリー・グラントに得々と毒薬の調合を説明したりする。
“4リットルのワインにヒ素をスプーン一杯、ストリキニーネを半匙、それにひとつまみの青酸カリ”
“ひとりはおいしいと云っていたわよ”
要するに二人とも狂っている。
ブルースター家にはもうひとりおかしいのがいて、自分のことをルーズベルト大統領だと思い込んでいる。始終、突撃!とわめいて階段を駆け上ったりラッパを吹き鳴らしたりで、ご近所の迷惑になっている。そのため老姉妹の異常さが隠されてしまい、それどころか極めつけの善人で通っている。

◆つまるところ、ブルースター家という精神異常者を輩出する一家の物語でもある。まるでヴァン・ダインのなんとか家殺人事件みたいである。結婚届直前のグラントは両伯母の秘密を知ったことから、ブルースター家の特異な血統の秘密を察知し、婚約の履行を逡巡してしまう。気を取り直して、まずは近所迷惑のいとこから精神病院に送りだすことだ……。婚約者を放り出して作業にとりかかるが、そこにもうひとりキ○ガイが戻ってくる。グラントの実兄で、これが整形してフランケンみたいな顔つきの殺人鬼なんである。ここから、はなしがドタバタしっちゃかめっちゃかになっていく。

◆おそらく、現在であればあちこち禁忌だらけでとても製作できないキ○ガイだらけの物語であるのに、それが大笑いのコメディになってしまう。
両伯母の殺人記録12人にフランケン甥が対抗心をメラメラ燃やすところや、巡回の巡査が芝居マニアでさるぐつわをかまされたグラントにえんえんと創作を語ったり、新婚旅行で呼んだタクシーの運転手がずっと待ちぼうけされたり、間をおかないギャグが連続する。もうとても収拾がつかないのではと心配になるぐらい、ドタバタするが、ラストはお見事、鮮やかにきちんと着地を決めてくれる。さすが、F・キャプラ監督だ。
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by chaotzu | 2005-11-28 23:21 | 外国映画
2005年 11月 28日

カレーうどん あるいはカレーそば

◆突然食い物のはなしになるが、ときどき無性にカレーうどんが食べたくなる。あるいはカレーそば(又はカレー南蛮)でもよい。カレーライスとカレー丼が異なるように、完全に和風メニューとして定着している。店によって当たり外れはあるが、ときどき蕎麦屋さんのカレーそばで、絶品にあたるときがある。そういうときは嬉しくなる。ただし、単品でせいぜい700円前後である。千何百円もするようなものではない、えび天などのトッピングも余分だ。あくまで大衆食Bクラスのポジションである。
b0036803_2047271.jpgジブン的にはとろみが強いほうが好みである。指はかなり疲れる(笑)が、東海林さだお風に云うと、ウヒャウヒャ、アヘアヘ気分になること請負い。
ラーメンのほうはいまや冠たる国民食にのぼり詰めて、評論家も春秋戦国状況であるが、蕎麦屋さんのカレーも「準国民食」ぐらいには顕彰してよいと思う、今のところまだ少数派かもしれないが、将来はかなり有望とみている。しかも専門的評論分析は未だ確立されていないようであるし、これから早いもの勝ちの分野じゃなかろうか(ホンマか?)。

◆かつてはお酒呑みすぎ翌日の昼食定番だった。真夏に食べてもよし、真冬に食べるのもなおよし、ひとによっては七味唐辛子をドバっとふりかけ、汗だくになるという自虐的な食べ方もある。またはウスターソースを少したらしてもよい。注意せねばならぬのは、ネクタイに汁がはね返るおそれがあること、新品の1本をつぶしたことがある(泣)。ネクタイは外しておいたほうが無難だ。店によっては紙エプロンを用意しているところもある。同憂の士が多いということなのか。

◆そんな天下無敵メニュー、かつては家庭でもよく食べた。とはいってもカレーの残り汁利用である。うどんだしで割って小口切りした万能ネギを放りこみ、片栗粉でトロミづけをしたら出来上がりである。カレー粉(SBの赤缶)を追加してもよいし、麺はきしめんでもいい。どちらかといえば、自宅ではうどん系のほうがよいかもしれない。まあ、だいたいはなんでもあり(笑)。
日曜日にカレーを仕込んで、月曜日カレーライス、火曜日もカレーライスそして水曜日はカレーうどんという手をよくつかった。週のうち3日がカレー関係なんて、今なら児童虐待に問われるかもしれない(苦笑)。学校の給食がカレーライスという日もあっただろう。もちろん、子供の不満なぞ聞く耳もたない、実にいいかげんな親であった(反省)。
しかし美味しかった、カレーは時間が経つほど味がしみこんでうまくなるという、3日目のカレーうどんがいちばん旨かったかもしれない。

◆最近はカレーをほとんど作らなくなったし刺激の強い食事も避けているので、カレーうどん(あるいはそば)を食べることはほとんどなくなったが、寒くなるにつれて食べたい情熱がひたひたとわきあがってくる。ヒイヒイ食べて、汗をパッパラ流したいのだ。
いや、別にたいそうな料理じゃないんで、家でテキトーにマイルドなやつをつくればいいんだけど。
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by chaotzu | 2005-11-28 20:54 | 身辺雑記
2005年 11月 27日

【DVD】「ロング・エンゲージメント」 犬のオナラは幸運の前兆なの

◆2年前に亡くなったフランス・ミステリの大家セバスチャン・ジャプリゾの小説「シンデレラの罠」がはじめて日本で翻訳されたときの紹介惹句。
“私は事件の探偵であり、証人であり、被害者であり、そのうえ犯人です。いったい私は何者でしょうか?”
たぶん、これまでのミステリ出版史上、いちばんド派手なコピー(笑)。
そのジャプリゾ原作の映画をみる。先述のコピーにちなむと、
“この映画は戦争映画であり、ミステリ映画でありかつファンタジー映画であり、そのうえ恋愛映画です”となる。
一風変わった映画であることは間違いない、はなしはややこしいがよく出来ている。

b0036803_22105227.jpg◆2004年フランス映画。タイトルを直訳すれば「長い婚約期間」、第一次世界大戦に出征し戦死とされた婚約者は必ず生きていると、己の直感をひたすら信じて突き進む女性の物語である。
技巧派ジャプリゾの原作に監督が「アメリ」のジャン・ビエール・ジュネとなれば、一筋縄ではいかない。もう内容てんこもりで凝りまくっている。お腹いっぱいになりそうだ。
セピア調の独特な画像も美しい。


◆戦争映画としてだけでも相当な迫力である。乱れとぶ銃器の火線、咆哮する大砲、ドイツ軍の戦闘機アルバトロス、そしてじめついた塹壕。第一次大戦はものすごい人命の消耗戦でもあったらしいが、それを彷彿させる。
最前線のビンゴ・クレプスキュール(黄昏のビンゴ)、ここでは兵隊の生命なんか虫けらみたいなものである。厭戦気分が充満する兵士と無責任な将校、手を自傷して戦場を離脱しようとする兵士5人が敵前逃亡で死刑宣告されたうえ、塹壕から放り出されドイツ軍の銃火にさらされる。はじめこの5人の区別がなかなかつきにくいのである(苦笑)。
ともかく、そのなかに、ヒロインの婚約者がいたわけだ……。

◆ヒロインを演じるのは「アメリ」のオドレィ・トトゥ、
“夕食の前に、犬が部屋に飛び込んできたら、(婚約者の)マネクは生きている”
など縁起をしょっちゅうかついでいるのが微笑ましい。ヒロインを取り巻く人たちも善人ぞろいである。叔父さんが常連のドミニク・ピノン、毎度自転車で駆け込んでくる郵便屋さんとのやりとりが笑わせる。そして「イタチより悪賢い」が売りの私立探偵、車椅子にひっかかる弁護士さんなど、犬やネコまで実に可愛らしい。ヒロインの周辺は残虐な戦争場面ととことん対照的である。甘いかもしれないがそれで救われている。

◆基本はミステリ映画である。伏線もちゃんと張っており、アンフェアなところはない。ただし、はなしが錯綜しており、いっぺんみただけでは分かりづらいかもしれない。トリックの核心はジャプリゾの得意手であると種明かしすればそれまでだが、ミステリ映画としても一級品に仕上がっている。
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by chaotzu | 2005-11-27 22:14 | 外国映画
2005年 11月 27日

紅白歌合戦出場者事前説明会

◆え~、担当プロデューサーの猫騙でございます。さきほど、エグゼクティブの挨拶にもありましたように、半世紀以上続いてございます日本人の魂の番組であります、多くの海外在留邦人の方もたいへん愉しみにされております(エヘン)。そういう国民的行事でありますことを我々も自負しておりますから、いささかも後ろ指をさされるようなことがあってはならんと、そんなふうに考えております。どうかよろしくご協力をお願いいたします。

b0036803_2063555.jpg◆まず、こういうこと聞くのちょっとアレなんですが……、交通違反などされてですね、ケーサツの呼び出しをシカトされ、いやその後の手続きを適切にお済ませになっていない方いらっしゃいませんか。本日は代理出席のマネージャーさんが多いようでありますが、是非その辺は必ずタレントさんに直接確認されてですねえ、くれぐれも遺漏なきよう、万一そういう事態がありましたならば、直ちに罰金を支払って後顧の憂いなきようにしていただきたい。そして私どものほうにもご一報いただけるようお願いしたいと、これはしつこく申し上げておきます。

◆それからですね、アドリブはくれぐれもやめていただく、台本にそって整然とやるということ、これ肝心なことですから。いいですか、アドリブはぜ~ったいっ禁止です。やはり、1年のしめくくりでございますからね、お茶の間の視聴者にも厳粛な気持ちがあると思うんですよ、くれぐれも下品なセリフは謹んでいただきたい、とくにお笑い関係の方にはこの点ご注意くださるよう重ねて申し上げておきます。いいですか、不愉快なニュースを想起させるようなことは絶対厳禁ですから。
火をつける”とか“燃えまくる” “ファイアー”なんか絶対ダメですよ、
赤組は真っ赤に燃えてますぅ~
君のハートに火をつけたい
もダメですからね、ここは念押ししておきますよ。

◆参考までに、気をつけてもらいたいセリフをいくつかにお伝えしておきます、あっ、メモはとらんでいいです、いいです(汗)。
まず「イソノ」、あわせてその関連で「アワビ」も「サザエ」もいけません、「猫ババ」「水増し」「キック」アト「やらせ」「介入」、そういうのもうっかりコントなんぞで紛れ込まんように気をつけてくださいよ、とにかくアドリブは一切ダメ、断じてダメ!(キッバリ)。わたしのクビもかかってますから、子供が来年お受験なんですよ、とにかく頼みますから。

◆え~アト、何かご質問等あるでしょうか。
えっ、なに?、ユーミンが上海から生中継するのはナマイキだって、弱ったなあ、ユーミンにもバックダンサーやらせるべきだって、カンベンしてくださいよぅもう……、分かってるくせにい(苦笑)。
アトなにか、えっ、宇宙ステーションから唄ってみたいって、ユーミンが上海ならオレは宇宙からだって。いやお話は承っておきますから……(汗)、ちゃんと上司にも伝えておきますから。ブルー・スクリーンだったら考えときますけどね、いやこれは聞き逃してください……(以下きりがないしアホらしくなったので略)。
なお、本文と写真の関係は一切ありません。
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by chaotzu | 2005-11-27 20:12 | 時事
2005年 11月 26日

大阪市長選どこにいった

◆欠陥マンション問題がいよいよきな臭くなるその陰で、大阪市長選挙がまるで盛り上がらない。
期日前投票も低調なようであるし、前回の投票率33%を下回るのではないかと心配するほど。市役所問題への憤懣はいったいどこにいったのだろうか。こういってはなんだが、候補者のタマにもうひとつ魅力がないな、そう思ってしまう。改革を期待する市民はしらけてしまったようだ。その点では、現職市長の突然辞任出直し作戦がまんまと当たったことになる。
b0036803_1845127.jpg大方の予想でも、現職が優位な情勢と伝えられている。なにしろ無所属とはいえ、自民党に公明党そして民主党の一部(地方組織)が応援団についているのだ。
本日夕方のテレビ・ニュースをみると、かの「人気者」杉村タイゾーくんが六甲おろしを唄い、“現職の候補を応援します”とぶちまくるいっぽう、民主系候補のほうの応援弁士はなんと羽柴秀吉さんである。いったい何を考えとるんだ、トホホ……(以下略)。

◆しかし、現職が再選されるとなれば、大阪市役所の抱える問題構造はほとんど変わらないだろう。一般市職員の優遇既得権だけ粛正して、あとの利権は有耶無耶のまま温存される可能性大である。市会議員の特権的待遇(口利き&豪華海外旅行付)、開発土木利権、保守系の同和利権、創価学会の福祉利権、幹部職員の外郭団体等天下り……どこまで手をつけられるものか甚だ心もとない。
ほんとうの市政改革となれば、市議会と理事者のあり方から見直していかなねばならないのにその気配はない。だからこそ、自公民の市会議員は現職を公然と応援している。毒饅頭仲間の現職市長ならば安心感があるが、新人市長では何するか分からない。コイズミさんも公務員叩きで大勝した、その手がまだ使えるぞ、なにうちの職員に内部告発するようなコンジョーがあるものか、とくに現業職員なんてほとんど「縁故」採用だ、エラソウなこといえるもんか~なんて、すっかり見切られているのだろう。自律意識をなくした労組の末路である。
しかし、局長、助役、市長として10年以上も市政の中枢に関与してきた人物を、こんなに簡単にリセットさせていいものだろうか。赤字で沈没寸前企業の代表取締役(しかも取締役歴10年)が、経営責任をとるどころか「私なら必ず再建できます」と威張っているようなものである。フツーなら考えられないこと、それが現実に起きている。

◆あるいは対抗馬が一本化しておれば、また別の展開になったかもしれない、とくに共産党系の候補が自発的に下りて「自主投票」となれば、市民のムードは様変わりしたかもしれない。こんなこと書けば、間違いなく共産党を支持される方からお叱りを受けるだろうな(苦笑)。
“先に立候補表明したほうがなぜ降りねばならないんだ”
“民主党なんて、自民党と同じ穴のムジナじゃないか”
いや、おっしゃるとおりかもしれない。だけど、現実を見据えれば、対抗馬候補の票を分散しているようなもので、「共食い」が否めない。多少の不満はあったとしても、少しでもましなほう、一歩でも半歩でも望みがあるほうへ現実が動くことを期待したいのだ。
共産党がそんな決断をしておれば、あちこちから見直したという声が澎湃と沸きあがったことだろう。もう遅いだろうが、そんなことまでつい思ってしまうほどだ。
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by chaotzu | 2005-11-26 18:52 | 時事
2005年 11月 25日

【DVD】「深夜の告白」 終点まで降りられないふたり

◆レイモンド・チャンドラーといえば、日本でも人気高いアメリカのハードボイルド作家であるが、ハリウッドに呼ばれてお抱え脚本家をやった当初、半ノイローゼになってしまったという有名なエピソードがある。なにしろ、脚本化する原作がジェームズ・M・ケインの「倍額保険」、これがそもそもチャンドラーの作風とあわない。そして、脚本執筆の相方がオーストリア移民で監督のビリー・ワイルダー、チャンドラーほど物事にこだわりのない映画職人である。相性がいいとはとてもいえない。ところが、こんな修羅場で作られたシナリオの映画化がヒットする。そして、チャンドラーはその後小説世界に復帰する。ハリウッドで生き抜くほどタフでなかったのだろうか。

b0036803_22573674.jpg◆1944年アメリカ映画、いまやワイルダー監督による古典傑作の位置づけであるが、画質はもうひとつよくない。それにしても、日本と戦争している最中であるというのに、こんな犯罪映画を作ってしまうのだから、真に彼我の力の差の歴然たることを思い知る。
保険会社のやり手勧誘員である主人公(フレッド・マクマレイ)が深夜、自分の会社にやって来て、ディクタホン(口述録音機)に向かって、ひとり語りを始める。相手は管理担当の部長(エドワード・G・ロビンスン~好演)、題名どおり深夜の告白である。
ちなみに原題は「倍額補償」。


◆保険勧誘員をたらしこんで、夫殺しの保険金詐欺を仕組むのがバーバラ・スタンウィックの人妻、このとき30代半ばを過ぎているはずだが、こんな美女にお色気で迫られたら、そら断れんわなあと思ってしまう。いってみれば悪女の魅力!もういいわい、行けるところまで行ってしまおかという気になるかもしれない。
日頃から保険金の不正請求にうるさいロビンスンの部長曰く
“市電に乗ったふたりは終点まで降りられない、そしてそこは墓場だ”
そう、そのとおりにならざるを得ない。見方を変えれば、欲得と愛情が入り混じった男女の風変わりなラヴロマンスである。ゼニカネだけになったらやりきれない、そこが救いになっている。

◆ビリー・ワイルダー、コメディやってよし、サスペンスやってよしの達者な監督さんである。この映画でもこれでもかとばかり、ハラハラシーンを演出してくれる。
松葉杖の主人公が事故偽装のため列車の最後尾の展望車両に行くも、おしゃべりな親切男が居座っていてなかなか立ち去らない、またその男が後日保険会社に現れたりするのである。観客はいつのまにか主人公に感情移入してハラハラドキドキする仕掛け、その辺は憎たらしいぐらいである。
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by chaotzu | 2005-11-25 23:00 | 外国映画
2005年 11月 25日

【DVD】「ある殺し屋の鍵」 カネで転ぶ女に用はない

◆今から40年前の1965(昭和40)年、佐藤内閣の当時に吹原・森脇事件という政界を震撼させる大事件があった。と、えらそうに書くが、まだガキ時代であるから、大したことを知っているわけじゃない。ただ、森脇将光という世間では無名の高利貸が、政財界のフィクサーとして暗躍していたという~戦後日本の闇の世界の一端がポロッと明るみに出た、そんな事件だったように憶えている。政治家では黒金泰美という池田内閣当時の官房長官が失脚したが、真相はとうとう判然とせぬまま幕引されたのではなかったか。今でいえば、「国策捜査」のはしりであったかもしれない。
さて、その森脇事件をモデルとする映画である、さすがに映画のなかでは、ラスト・ボスもきちんと退治される。

b0036803_0114965.jpg◆1967年大映映画、80分の掌編であるが、ラストまで話はたるみなく、スピーデイに展開する。
「ある殺し屋」の続編みたいでもあり、そうでもない。市川雷蔵演じる殺し屋の人物設定は別人である。前作は割烹の板前兼店主、そして本作では日本舞踊の師匠である。ただし、殺しの道具(尖らせた畳針)は共通している。藤原審爾の原作であるが、主人公も含めて日本的な風土では思いつかない登場人物の造形である。なにせ、みんなワルばっかり、正義とか友情とか博愛精神なんてものは見事なぐらいない(笑)。翻訳小説の影響があるのかもしれない。

◆ひところの日活映画に出てくるような冗舌な殺し屋と異なり、雷蔵の殺し屋はクールそのものである。増村保三ほか製作スタッフは、フランスのギャング映画(フィルム・ノワール)を強く意識していたのだろうか。ラストのオチなんかもご愛嬌である。
“品物を売ったり買ったりしたんじゃないんだ、小切手で人が殺せるか”
なんて、雷蔵が決めセリフを吐く。旭や裕次郎、宍戸ジョーなどがやるとバタ臭くなるが、雷蔵だとなぜかはまる。
難点を云うと。雷蔵の肉体が貧弱すぎるというか、水着姿にはならないほうがいい(苦笑)。服を脱ぐと、とても強そうな殺し屋にはみえないのだ、女優との濡れ場なんかは無理だろう。それも含めて稀有な俳優だった。

◆敵方の最終ボスは山形勲、時代劇ではとにかく悪役つづきで、子供時分は憎くてしかたがなかった俳優である。まあそれだけ貫禄があったということだろうか。なにしろ、後に黄門様になる西村晃がペコペコ這いつくばっているのだから(笑)。
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by chaotzu | 2005-11-25 00:15 | 日本映画