マイ・ラスト・ソング

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2005年 12月 20日

強制捜査ショー

◆“指示じゃなくて提案なんです”  “数字はワタシの勘によるものです”
 “そういったかもしれませんが、あくまで法令の範囲内のつもりでした”
真に不謹慎ながら、「醜い言い逃れコンテスト」の様相を呈してきた偽装建物問題、やっと関係先の強制捜索に入った。110箇所以上、500人動員の「史上最大級」の一斉捜索だそうだ。とくに総研本社(グループ)には100人以上の捜査員が入ったらしい。

b0036803_22513374.jpg◆しかし、着手する前からマスコミにリークしまくりで、はっきり申しあげて、ケーサツお得意の「ショー・タイム」やりよったなという感想もある。こういうテレビ向けの演出はホントに得意である。なんせ、テレビカメラがスタンバイするのを待って、調査に着手するのである(爆)。
つい中島みゆきの唄を想い出してしまうほどだ。
♪いまやニュースはショウ・タイム
いまや総理はスーパースター
カメラ回ればショウ・タイム
それにしても、おそるべき予言ソングである。

◆それでも、ここまでやるからには、泰山鳴動ネズミ一匹というわけにはいかないだろう。建築基準法違反で50万円の罰金、はいオシマイなんてことになったら、そりゃ怒るよ。泰山鳴動イタチ五匹ぐらいにはなるかもしれない、いやそれもまた虚しいか。
それにしても、内河のじいさん、どこまでやってくれるものか。昼のテレビで平成設計からのキックバック先を現地取材していたが、福岡市内のなんとか企画というところ、経営コンサルタントというもののただの民家、要するにペーパー・カンパニーである。そこには60歳ぐらいの女性が住んでいて月に数回内河所長が訪れているという近所の人のはなしも伝える。なんだ「愛人」じゃないのか。妾?の手当てまで送金させていたとはなんちゅう人間かと呆れかえったりする。それでいて
“ワタシはコンサルタント料以外ピタ一文受け取っておりません”
なんてことを喋っているのである。もちろん、このペーパー会社の役員も12月8日付で退任済みだそうな。どこまでも往生際の悪い人だ、そうみえてならない。

◆国会では与党が証人喚問の追加を嫌がっているらしい。確かに司直の手が入った以上、立法府として取調べの真似事はしづらいだろう。しかし、建築確認制度の欠陥が明らかになった以上、建築基準法の改正時(1998年)に関係した政治家や建設省(当時)の役人、そして特定行政庁の担当者、関係業界の役員等を参考人招致して、法制度の奈辺に問題があったのか議論するのも立法府の役割ではないか。なにも国会が罪人捜しすることはないにしても、これだけ社会問題、それも相当額の国費を投入する事態になったのだから、国民のまえで堂々と法律制度の議論をするべきと思うが、自民党はそれをもイヤだというのだろうか。

追記(12/21)
ウチカワさんが「愛人」?のためにつくった福岡のペーパー会社は「栄光企画」である。それにしてもなんというイヤミきわまりない商号だろうか。
そして、証人喚問は与党の反対でやらないことになった。しかし、ヒューザーの小嶋社長は「証人喚問によんでほしい」と開き直っている。しかも「国土交通省の方が立場を失うことになるでしょう」と恫喝込みである。ここまで国会をこけにされていいものだろうか。
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by chaotzu | 2005-12-20 22:57 | 時事
2005年 12月 20日

【DVD】「この世の外へ クラブ進駐軍」 エンタツでアチャコじゃないか

◆小林信彦の「テレビの黄金時代」を読むと、進駐軍のクラブ回り経験があるバンドマンが戦後日本の芸能界を牽引していったことがよく分かる。日本テレビの名物ディレクターであった井原高忠、渡辺プロ社長の渡辺晋、ホリプロ社長の堀威夫、さらにはフランキー堺にクレージー・キャッツ……。
終戦後、いの一番にアメリカン・ポップ・カルチャーの雰囲気に接した人間が、そのまま日本のテレビ黎明期にかかわっていく、といってもはじめのお手本はみんなアメリカである。「シャボン玉ホリデー」しかり「ザ・ヒットパレード」しかり。最初はアメリカのポップソングを日本語にして唄うだけ。はっきり云って猿真似みたいなもんだから、子供のアタマでもなんだか面白くなかった。
だけどアトになって分かるのだが、実際に進駐軍のキャンプ回りをした人には複雑な気持ちもあったんだろうなと。実入りはいいかもしれないが、ついこないだまでの敵国「鬼畜米英」相手の商売である。戦勝国の横暴に腹立つこともあっただろうし、同胞のみる目もある。なにより、音楽センスの立ち遅れに歯噛みしたことだろう。しかしそういった悔しさを土壌にして、今のJポップが育っていったのかなんてことも思ったりする。

b0036803_2202330.jpg◆2004年日本映画(松竹ほか)、阪本順治監督のオリジナル脚本による終戦直後の日本人と進駐軍兵士の群像劇である。
終戦を知らないままフィリピン戦線で死線を彷徨っていた広岡(萩原聖人)は、上空の飛行機から流れてきたジャズでやっと戦争の終結を実感する。楽器店の息子で軍楽隊ではサックスを吹いていた、さあやっと音楽が出来るぞ。引揚後、早速バンドを結成する、バンド名はラッキー・ストライカーズ!ところが、メンバーがみんな戦争の影やトラウマをひきずっている。
ベーシスト(松岡俊介)は、教師の兄貴が戦中の軍国主義教育の反動で共産党員になり、家は四六時中公安警察に監視されている。ピアニスト(村上淳)は浮浪児になった実の弟をずっと探している。神戸出身のトランペッター(MITCH)はヒロポン中毒、さらにドラマー(オダギリ・ジョー)は長崎で被爆した母と妹を抱えているといったぐあい、ラッキー・ストライカーズとはよくいったものだ(苦笑)。

◆戦勝国側である進駐軍兵士にも戦争の傷跡は残っている。基地慰安クラブの責任者である軍曹(ピーター・ムラン)は弟のダニーを戦争で亡くした。だから「ダニー・ボーイ」だけは演奏させない。沖縄戦線で日本兵を殺した記憶にうなされるサックス奏者上がりの兵士(シェー・ウィガム)もいる。さらに人種間の反目もあって、朝鮮戦争の勃発によって、黒人兵のなかには先に戦場に動員されるのかという怨嗟がたちこめている。

◆オダギリ・ジョーがコミカルな三枚目を演じる。哀川翔のニセ日系二世とともに、暗くなりがちなムードを救っている。
もともと太鼓経験しかないのに金欲しさでバンドに潜り込んだにせドラマーである。スティックのことを「ばち」と呼んだりするので、たちまちモロバレ(笑)。そんな彼がバンド仲間のケンカに絶叫する。
“いまはケンカよりジャズだろ、ヒロポンよりジャズだろ、GHQよりジャズだろ、六大学野球よりジャズだろ、羽黒山よりジャズだろ、バーグマンよりジャズだろ”
“いまのオレたち、ラッキーでストライクじゃないか、ハッピーでプリーズじゃないか、ワンダフルでビーチフルじゃないか、エンタツでアチャコじゃないか”
云ってることはもう支離滅裂ながら、実に真摯な思いがよく伝わるのである(笑)。

◆トランペットのMITCHを除き、出演者は楽器が素人のはずである、実際に俳優が音も出したのかはよく分からない。萩原聖人のボーカルがご愛嬌である、ほとんど笑わず無表情なのも、また役柄にあっている。
難をいうと、はなしが出来すぎていること、そしてエピソードが多すぎて焦点がぼやけた感があること。結局、戦争のトラウマを癒すのは音楽ということなんだろうが、それじゃ当たり前すぎるような、まあそこそこ愉しめる作品ではありますが。
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by chaotzu | 2005-12-20 22:08 | 日本映画
2005年 12月 18日

けっしてミラクルじゃない

◆この三日間、フィギュア・スケート浅田真央選手の活躍にすっかりなごんでしまった。まだ15歳である、顔つきはあどけないし、体もまだ小さい。それが氷上で堂々とのびやかに舞う、ときに笑顔もみせる。なにより姿勢がいいから気品がある。
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真に世のおじさん連中を勇気づけてくれる。久方ぶりに心洗われるものをみせたもらったような気分になる。本日のエキシビジョンではアンコールで転んでしまったが、なにご愛嬌というもの。
それにしても、新人の台頭が著しい世界だ。この間まで安藤美姫選手が若手の代表格だったのに、あっという間に押しやられてしまったような感がある。だけど、二人とも羨ましいぐらい若いし、先はまだまだ長い。浅田真央選手もこれから体の成長とのバランスで悩む時期がくるだろう。

◆それにしても、テレビ朝日の煩すぎというか仰々しい放送にはうんざりしてしまう。日本人選手にニックネームまでつけているが、みているこちらが恥ずかしくなるような(苦笑)。
・イケメン魔術師(高橋大輔選手)
・17代目の天下統一(織田信成選手)
・シンデレラガール(中野友加里選手)
なんちゅ~センス(呆)。

そして、真央選手には「ミラクルマオ」ときた。とんでもない、けっしてミラクルなんかじゃないって、練習に相当打ち込んだ賜物だろう。ほんとに無神経だなあ。
ただのミラクルでは、本番でとうてい実力発揮できないし、あそこまで心うつプレーは出来ない。心底そう思うぞ。
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by chaotzu | 2005-12-18 23:38 | 時事
2005年 12月 18日

メリークリスマス! ミスター・プレジデント

◆敬愛するジョージへ
一足早いクリスマス・レターだ。君のおかげでこの奇妙な国ではじめてクリスマスを迎えることになったが、けっこう愉しんでいるよ。だけどこんなに寒い国とは思わなかったな、テキサスが懐かしい。いや帰りたいと云ってるんじゃないよ、その逆さ。物分りのいい国だから仕事のほうは気楽なもんだ、君の配慮に感謝している。まあ、ベースボールとフットボールがみられないのはさびしいが、君がいま置かれている辛い立場を思えばぜいたくというものだろう。
対イラク戦の開戦口実や盗聴の件、苦しいだろうが、今のうちに認めておいてよかったと思うよ、ああむろん君を支持しているとも。あのフセインの糞野郎はいずれ叩いておかないとな。あれだけ面倒みてやったというのに、恩を仇にして逆らってくる奴だ。それに君の云うとおり、我々はいいことをしてあげている。なにしろ独裁者を追い出してやったんだ。イラク人が3万人かそこら亡くなったそうだが、犠牲者のいない戦争なんてない。

b0036803_21203227.jpg◆それにしてもここは変わった国だ、ふつうならインチキ戦争の巻き添えにされたとカンカンに怒るところだよ、それがデモひとつないんだからね。それどころか、ミニスターは君が贈った例のセグウェイに乗ってご機嫌でご出勤ときたから目を疑ったよ(笑)。わが国ならばひと悶着必至だろうが、国民はおとなしいものだ。おまけに牛肉の輸入まで再開してくれた。信じられないよ。マスコミも突っ込まないからね。あのヘレン婆さんみたいなうるさい記者もいないし、それどころか、支持率が上がっているらしい。なんというラッキーマンだろう。とにかく政治家にとっては最高の国じゃないか。
次のミニスター候補ナンバーワンは戦犯の孫だそうだが、
“大量破壊兵器が存在しなくとも合理的な開戦理由があった”なんて、頼みもしないのに代弁してくれる。ここまで物分りがいいと逆に気味悪くなってしまうほどだが、北京で仕事するのと比べたら、そりゃサイコーだよ。
ああ、ノース・コリアの件ではもう勝手なことはさせないよ、それだけは釘をさしている。だいたいあの独裁者のおかげで政権の人気があるようなもんだろう。そのことは十分承知しているはずだ。

◆だけど、国務省に特別レボートを送るようなめぼしい政治家はいないね。野党第一党の代表者なんて情けないもんだ、北京で相手にされなくて大恥かいてきた。無理に会いに行かなくとも向こうから会いに来たがるような存在になるべきなのに、とてもそんな器量はないようだ。欠陥ストーブをつくった有名電気メーカーの出身だそうだけど、欠陥政治家もつくっていたらしい(笑)。こんな有様だから、とにかく与党はなにをやっても安泰というわけだ。まあ、アジアで相手にされなかったのは、いまのミニスターも同じで、その点では与党も野党もよく似ている。たまたま政党が違っているというだけのようだ。
いま、欠陥建築物問題でもめているが、モノづくりで定評のあった国なのに、いまやあちこち欠陥品だらけというわけ。なかでもいちばんの欠陥品は政治家で、ミニスターは隣国の要人と会談すらできない、その代わりをしているのはなんと自動車メーカーの会長だし、野党の指導者はその隣国を「現実的脅威」なんて公言している。政治家たるものソフィストケーテッドな対話能力も必要と思うが、この国では威勢のいい言辞のほうが好まれているようだ。その割りにわが国に忠実なのは有難いがね。こんなこと云っちゃいかんだろうが、通商部の「年次改革要望書」をなんでも拙速に実現しようとしすぎだよ。ときどきそうアドバイスしたくなるときがあるね。
あ、そうそう、また君の牧場で特別飼育された厳選牛のサーロインステーキを食べさせてほしいね。ここじゃ、わが国の牛肉なんて怖くてとても食えないからね(笑)。テキサスの豆料理も時々懐かしくなる。じゃ奥さんと娘さんにもよろしく。
                         いつまでも君の忠実な友人である“トム”より
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by chaotzu | 2005-12-18 21:35 | 時事
2005年 12月 17日

当面の米国産牛肉の普及広報について(未定稿)

◆標題の件につきまして、当社の提案を以下のとおり取りまとめましたので、ご照覧願います。
米国産牛肉の輸入は年明けから本格化するものと見込まれますが、国民の間になお一定の留保感情があることは遺憾ながら否めない現状でありまして、これをいかに緩和していくかが喫緊の課題であるものと存じます。当面は国民の不安感情の宥和に努めなければなりません。
b0036803_16541928.jpgしたがいまして、年内のうちになるべく多くの媒体を利用した積極広報策を推進して、米国産牛肉に対する「アレルギー」感情を少しでも払拭しておくことを、第一の広報目標に置いております。そのためには、いわゆるターゲット「B層」に徹底フォーカスすることが、いちばん効果的であろうと結論いたしました。
早急に関係各方面にてご検討いただきますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

~以下途中(略)

◆テレビCMの例
日米友好第一が持論の総理ご自身に出演していただいて、直接茶の間に呼びかけていただければ、間違いなく絶大なる効果が見込めるものと思います。あの郵政解散時の記者会見と同様、ワインカラーの幕の前で力強くきっぱりと発言していただきます。
“アメリカと仲良くしておきさえすればすべてうまくいきます。アメリカの牛肉とも仲良くしようではありませんか。私は死んでもかまいません。そういう決意でアメリカ産の牛肉を食べます。これは「心の問題」なんであります”
もうひとつの案は、いま渦中のオジャマモン社長が出演するプランです。全国民仰天、話題騒然間違いなしのウルトラ案と自負しております。
“(アメリカ産牛肉をおいしそうに食べながら)、まったく農林水産省もいい加減にしてほしいもんですね! これだけ安くておいしい肉なのに、これまで国民が食べる機会を奪っていたんですから、アメリカの検査に通ったものは信用するしかないじゃないですか”
さらに、ソーケンの所長さんも共演するという豪華プランもございます。
“ご家庭の経済設計はお台所のコストダウンから、それにはアメリカ産牛肉がいちばんです”
なお、CMの最後に「くれぐれも自己責任で召し上がってください」と小さな字幕を追加いたしますので、万一問題が起きたとしても、責任を追及される心配は一切ございません。

◆ラジオCMの例
ここは、売れっ子タイゾー議員の若々しい元気なメッセージはいかがでしょうか。
“いやあフリーター時代には牛丼よく食べましたよ、早い旨い安い、牛丼は若者の味方ですよ~、アメリカ産牛肉入るようになって、ホントうれしいっす”
これも小声で「くれぐれも自己責任で召し上がってください」の追加アナウンスが付きます。

◆その他各官庁における対策等
国会の食堂や外務省、農林水産省など霞ヶ関諸官庁の職員食堂において、米国産牛肉を使用したメニューを積極的に常時用意していただいて、それをテレビニュース等でとりあげる方法もあります。事務次官会議等で官房長官から強力にプッシュしてもらう必要がありますが、ここは米国産牛肉100%ハンバーグなど庶民的なメニューがいいでしょう。
また、与党の朝食会あるいは昼食会で米国産牛肉入りのカレーライスをおいしそうに食べていただくシーンなんかも紹介していただいたら、なおいっそうの宣伝効果があろうかと思います。センセイ方の脂ぎったテカテカのご尊顔は、国民を元気づけるにちがいありません。ぜひこの点もご検討をお願いいたします。
(注)実際に食べていただく必要はございません、あくまで宣伝であることにご留意ください。
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by chaotzu | 2005-12-17 17:03 | 時事
2005年 12月 16日

思わず仰天、金融資産28億円超の24歳会社役員

◆この前、片山さつき政務官(46歳)の金融資産1億9千万円におそれいったばかりであるというのに、今度はかのジェイコム株式の現金決済によって、24歳男性の「会社役員」が5億6300万円の利益を挙げたそうだ。買付するだけであらかじめ約28億円の資金が必要である。しかも全額自己資金であるとのこと、こうなると「じっと手を見る」どころか、口から泡をふいて悶絶しそうになる(苦笑)。

◆う~ん、28億円の軍資金かあ、これを取引証券会社(何社あるか知らんが)に換金可能な証券か現金で預けていたということになる。24歳の青年がいかにして28億円もの資産形成を成し遂げたのか、個人の投資家が株のウリカイ数年間で28億円も蓄積するなんて、ワタシのあたまではなかなか考えられない。仮に相続や贈与があったとしても生半可な金額ではない、不動産ならあり得るかもしれないが金融資産である。ベンチャー企業等未公開株式の大株主で上場利益を得たというはなしも聞かないし、これまで株式の大量保有報告で名前が出たこともない。森電機の大株主といっても、二部のボロ株であって大した金額にはならない。あれやこれやで、ちと申しわけないが素朴な疑問があることも正直云って拭えないのである。
20歳前後から株式投資いや投機をやりはじめたとして、この5年間ほとんど連戦連勝、倍々ゲームがうまくいったとしたらあり得るかもしれない。それほど株式の天才であるとしても、なおかつ幸運の女神がついているのだろう、たいていの個人プレーヤーは小金を稼げたら良しとする世界である。

◆それはまあいいとして、気になるのは、こういうことでマネーゲームへの憧憬が国中に蔓延しやしないかということである。「パチンコ社会」とはよくいったもので、ダレもが勝ったときのことを夢見る。だけど、僥倖な勝者は少数であって、圧倒的大多数は損をして泣く泣く撤退しているのである。
別に大儲けしたひとを責める意図はないが、一穫千金を狙うよりも、地道に汗水流してこつこつ働いて食っていけたらそれでよし、そう思えるような社会のほうがいい、そうあってほしいと思ってしまう。
この間、テレビで国民健康保険料を滞納して保険証を取り上げられてしまい、病気をぎりぎりまで我慢している人が増えつつあることを報道していた。それとあまりにも対照的なのである。はっきり云って、まっとうな社会のかくあるべしという姿だとは思えない。だいいちすでに28億円(最低に見積もって)持っていて、そのうえに5億円稼いだとしても使いきれない、ワタシだったらそうだ。
それはそうと、プロの証券会社と同様に儲けを返上しろという趣旨ではない、これは念の為。
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by chaotzu | 2005-12-16 23:44 | 時事
2005年 12月 16日

【DVD】「小さな中国のお針子」 文革下放青年の青春記

◆岩波文庫的な文学小説をとんと読まなくなってしまった。バルザック、スタンダール、デュマ、ゴーゴリ、キプリング……。いっぺん腰を据えて読み直したい気分もあるのだが、いまの生活のままではなかなか落ち着けない。どこかテレビも新聞も週刊誌もそしてDVDもないような世界に行けば、ボロボロになった文庫本でもむさぼるように読むかもしれない。きっと活字の一句一句が心の襞にしみわたるだろう。しかし、いまどきそんなところは刑務所あるいは拘置所ぐらいしか思い浮かばない(苦笑)。
ところが、30年ほど前の中国にはあったのである。国全体が刑務所みたいになってしまい、本が目の敵にされて燃やされた時代である。

b0036803_2145895.jpg◆2002年フランス映画、文化大革命さなかの1971年、反革命分子の子弟として中国の農村に再教育のため下放された二人の青年の物語。実際に下放経験のある在仏中国人映画監督がフランス語で書いたベストセラー小説をその監督自身により映画化したもの。
さぞかし暗い映画であろうと思いきや、意外と明るい。文革の悲劇を訴えたり糾弾したりするものではなく、ユーモラスな部分もけっこうある。
もちろん、農村の仕事は辛く生活も不便きわまりないし、不愉快な嫌がらせもある。そんななかで活字の力がこの二人を救う、そして本の縁で可愛い女の子ともなかよくなる。こうなると、ディズニーランドやアイポッドとかブロードバンドがなくとも十分に愉しめるものだ(笑)。そして、美しい山村の景色、水墨画のような風景や滝つぼに湧く温泉があったりする。「文革もまた愉しや」ということではないが、苦しみに満ちた時代、読書によって支えられた若者の物語である。

◆なにしろ、下放された先がどえらい農村、四川省は長江のずっと上流である。電気や水道なんぞむろんない。村民はみんな文盲で、目覚まし時計やバイオリンすらみたことない。料理の本までブルジョワを疑われる始末で燃やされてしまう。バイオリンは「毛主席を想う」曲を演奏して燃やすことをなんとか免れるが、ほんとうはモーツァルトのソナタである(笑)。
二人は村長にハッパをかけられる。
“トリ肉はブルジョワの食い物だ、トウモロコシと白菜食ってとことん働くんだ”
翌日からたいへんだ。豚の屎尿を木桶に入れて背中に担ぎ山上の畑まで運びあげる。慣れぬ都会青年の上体は糞尿まみれになってしまう。さらに、手掘り銅山の重労働、はじめはとにかく悲惨きわまりない。家畜同然の暮らしである。そしてそれは農民も同じなのだ。

◆村でいちばん尊敬されているのは、足踏みの古ミシンを持って農村を巡回する仕立て屋の爺さん。その孫娘(お針子)と仲良くなって、別の下放青年が本を隠し持っていることを聞き出すと、その青年が都会に帰る機会をとらえて、かばんごと本を盗みだす。中国語訳の海外小説があるわあるわ、「赤と黒」「ゴリオ爺さん」「死せる魂」……。60年代の古本であるが、活字に飢える二人はむさぼるように読む。
辺鄙な農村では、北朝鮮映画の上映会でも代表で観に行った者が村民にあらすじを説明しなければならない。もみ殻を粉雪みたいにとばして村民に映画のはなしをする二人、まるでマルセ太郎である。ときには、バルザックの「ユリシュール・ミルエ」のはなしをアルバニア映画だと偽って語り聞かせたりする。傑作なのは「モンテクリスト伯」に影響された仕立て屋爺さんのファッションデザインがたちまちフランス風に変化したりするところである。

◆青年二人にお針子の女の子、この三人のせつなくも明るい三角関係の日々を描く。
そして、ラストは一気に25年後にとぶ。下放先の農村は三峡ダムの建設によってダム湖の底に沈む、そんな時代になっている。最後は話をちと拵えすぎかもしれない。
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by chaotzu | 2005-12-16 21:49 | 外国映画
2005年 12月 15日

ナンバー・ディスプレイとIP電話

◆「おやじギャル」というコトバがある。肌合いの全く違うコトバの合成語なのに、なんとなく現実感があった。それにちなんで「お役所会社」というコトバを提起したい。いまのところ、その三傑は東証と日本銀行とNTT(日銀が会社かどうか異論あろうが、いちおう会社四季報掲載銘柄なのである)。
東証はただいま話題沸騰の会社であるので、本日はNTTのはなしとする。

◆NTTのナンバー・ディスプレイを利用している、これで間違い電話やセールス電話をなんとか排除できるようになった。なにせ、間違い電話やはた迷惑なセールス電話がやたら多かったのである。それでナンバー・ディスプレイを導入して着信音で受けるべき電話を区別できるようにした。これで、かかってくる電話の大半がろくでもない用件であること、それをはっきり思い知った次第。留守番電話のメッセージは99%カラッポ、なんだ、電話の大半は無視しても済むのか、そんなもんかと、いまさらながら思い知る(苦笑)。
さびしい気持ちなきにしもあらずであるが、とにかくそういう時代にいま生きている。

◆ところが、この前からそのナンバー・ディスプレイに表示されない電話が度々着信するようになった。いずれも知人のケータイからの架電である。おかしいなあ? 何かそういう表示を回避する仕掛けが出来たのだろうかと首をひねったものである。最近やっとその理由が分かった。
タネ明かしすると単純なことであった、NTT固定電話の番号ではなく、IP電話のほうの番号に着信していたのである。こちらがIP電話で相手方ケータイに発信して、その番号が電話帳登録されたらしい。なるほど、ナンバー・ディスブレイはNTT固定電話の有料サービスであって、IP電話には適用されない。思わぬ盲点であった。しかし、これではIP電話をあまり気軽に使えないことになってしまう。

◆いま現在、NTTの固定電話はもっぱら着信専用としての利用である、それだけで回線使用料として月額1700円加えて前述ナンバー・ディスプレイに月額400円をとられている。留守番電話の着信だけでも、毎月かなりの「不労収益」を与えてやっているのに、ちょっとぐらい還元してくれてもいいではないか、そう思いたいほどNTTのボロい商売である(泣)。
せめて、ナンバー・ディスプレイぐらいは、ケータイと同様の標準(無償)サービスにすべきだと思うのである。それもIP電話も含めてのサービスにすべきじゃないのか。そうすればいたずら・嫌がらせ電話やストーカー被害の減少にもなるはずだ。さらに、振り込め詐欺の被害もだいぶ減少すると思う。留守番電話にメッセージを吹きこむような詐欺師はいないだろう。

◆振り返ると、これまでNTTの「詐欺的商法」にどれだけ泣かされてきたことか。もともと競争相手のない殿様商売であったところに、民営化で妙な営利主義がはびこったため、商売のやりかたがぐじゃぐじゃになってしまった。あのISDNにはひっかかる直前までいった、ADSLの普及をどれだけ遅らせてくれたか。そして、わけの分からないプッシュホン、解約するだけで「局内工事費」として2000円とられた(再泣)。タイムプラスにも騙された、特定の市内電話が安くなるという売り文句、ところがインターネット・プロバイダのアクセスポイントでは例外があったりする。きわめつけは電話加入権の猫ババである。まだ半減の段階であるが、なにしろ「ずっと一家の財産になりまっせ」と云われて押し売りされたのである。それを買わないと電話を通してくれなかった。それを今になってチャラにすると云う。金額規模では史上最大級の詐欺といってもいい。上場会社のなかでこれほどたちの悪い会社はないといってもいいぐらいだ(苦笑)。腹がたつので、ケータイも別の会社にしたぐらいである。
来年、ケータイ電話番号のポータビリティ制度が始まれば、ドコモの加入者がだいぶ減るのではないか。グループであこぎな商売をしてきたことのつけである。
で、この際、なにか罪ほろぼしのまっとうなサービスを考えるべきだと思うのである。さて、どうでしょうか。
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by chaotzu | 2005-12-15 23:14 | 身辺雑記
2005年 12月 15日

【マンガ】こうの史代「夕凪の街桜の国」この世におってもええんじゃろか

◆かねて評判の高さを伝え聞いていたのであるが、ずっと書店で見当たらなかった作品、それをようやく入手する。A5版、それほど分厚くない。連作短編が3作品収録されており、うち2作は週刊漫画アクションに掲載されたもの、残り1作は書き下ろしである。それにしても漫画アクションはときどき思いもよらぬ名作を載せる、なかなか油断ならないマンガ誌である。
b0036803_20241699.jpg閑話休題、テーマは原爆、ヒロシマのピカドン(1945年)から現在(2004年)まで60年間弱、原爆の災禍に遭った平野一家の生き残りとその次世代を描く長い物語である。舞台も広島相生通り(原爆スラム)から東京は西武新宿線沿線(新井薬師前~田無)に展開する。
原爆マンガとして名高い「はだしのゲン」とは異なり、説明を切り詰めた抑制のきいた描写は、再読するほどに胸に染み入るものがある、はっきり云って「はだしのゲン」以上。そして、つくづく人間は過去の歴史とは無縁でいられない存在なんだと思い知る。

◆作者のこうの史代は広島生まれであるが、1968年生まれ、だから原爆体験どころか昭和30年代の記憶すら無縁の世代である。それでも、被爆者等のはなしを聞き資料を渉猟してこれだけの物語を紡ぐ、創作者のイマジネーションたるや大したものであるが、あるいはヒロシマそしてナガサキ原爆の20万人を超える犠牲者や原爆症で亡くなった人々の魂が後押ししたのかもしれない。そう思わせる作品である。
作者のあとがきに曰く
「原爆も戦争も経験しなくとも、それぞれの土地のそれぞれの時代の言葉で、平和について考え、伝えていかねばならない筈でした」

◆「夕凪の街」
物語は1955(昭和30)年の広島、建築設計事務所?の事務員である平野皆美(23歳)は夏でも長袖のワンピースを着込み、同僚からおにぎりを包む竹皮を集めたりしている。そして土道になるといきなり靴を脱ぎだして裸足で歩きだす……という意表をつく発端。
そして、あまりにもの哀しいラスト、
“10年経ったけど、原爆を落とした人はわたしを見て「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?”

◆「桜の国」(1)
32年後、昭和1987(昭和62)年の東京、主役は平野皆美の姪である石川七波(11歳)、あだ名はゴエモン、野球大好き少女。母はおらず祖母と会社員の父親そして弟と中野区の団地住まいである。野球の練習をさぼって友達といっしょに喘息で入院中の弟の見舞いにいく、そして病室で桜吹雪をとばして叱られる。そんなワンパク少女の春から夏にかけての思い出が描かれる。

◆「桜の国」(2)
さらに17年経つて平成の現在に至る。石川七波も28歳のOL、ひ弱かった弟も研修医になっている。物語の実質的な主役はこれまで顔をみせなかった七波の父親。定年退職した父親の挙動がこの頃どうもおかしい、七波はばったり出会った旧友といっしょに、父親のアトをおいかける。父親の行き先は広島だった……。

◆三話あわせてひとつの物語ともとれる。成就しなかった恋愛、成就したものの途絶してしまう恋愛、そして成就するかもしれない恋愛、この三つの恋愛が描かれる。そのいずれも原爆が影を落としている。願わくば、最後の物語が成就しますようにと思わずにいられない。
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by chaotzu | 2005-12-15 20:39 | 読書
2005年 12月 11日

シャッター商店街と道路特定財源

◆田舎に住む叔母は70歳をとっくに超えているが、いまだ元気なもので、車を運転してどこへでも出かけている。もっとも、目はだいぶ衰えているようだから、当方はあまり同乗したくない(苦笑)。本人曰く、田舎では70歳代の現役ドライバーなんて珍しくない、80歳代のドライバーもいるそうだ。
しかし、年寄りが車を運転することについて、周りは心配で気を揉んでいる。だから、どこへでも車で送ってあげるから、もう運転はやめたらどうかと示唆したりする。するとモーレツに反論される。車が運転できないと自立した生活ができなくなる、それはイヤだと口をとがらせて云う。たしかに、免許とマイカーさえあれば、嫁や孫に頼らず自由に外出できる。車に乗れなくなったら一日中家に干乾し状態で、いっぺんに呆けてしまうかもしれない。それほど、地方では車が必需品になっている。徒歩圏内の利便施設なんてほとんどないうえに、商業圏は郊外に移りつつある。どこに行くにも車が要るのだ。加えて都会に比べて鉄道やバスの便が少ない、1時間に1本すら運行していない。そして新幹線が開通するとおそらく在来線は死に絶えるだろう。つまるところ、足腰が達者な若者以上に、年寄りのほうが車への依存度合が切実である。
いずれ、団塊でやってくる超高齢ドライバーへの免許更新是否が社会問題になるだろう、いや今頃になってやっと認識したのか、問題認識が遅れすぎだよと笑われるかもしれない。

◆大都市圏に住んでおれば分からないが、地方の既成商業地のさびれようを目の当たりにすると愕然たるものがある。シャッターが下りたままの店舗が延々とつづく、「貸店舗」の貼紙がいたるところにみられる。これをして「シャッター商店街」というらしい。では、その代わりの商業供給源はどこにいったかというと、郊外の大規模ショッピング・モールにごっそり移っている。コアになるスーパーを取り囲むように、家電、書店、おもちゃ、メガネ、古本、紳士服などの専門店が謂集する。ファスト・フードほか食堂施設もあるし、民間の診療所まである。要するに何でもそろっている。もっと大きくなると映画館(シネコン)やゲームセンターまでくっついてくる。家族で丸一日過ごせそうである。“あれ、街より便利やんか”と思ってしまいそうだ。
いまや地方では、そういう大規模モールの広域競争時代に入っているらしい。新幹線と高速インターがまちの有様を根っこから変えているといってもいい。ただし、車に縁のないひとはなかなか行きづらい。たいていが既存の交通機関との連絡がない町外れに立地しているからだ(シャトルバスはあっても駅前まで行かねばならない)。この間までレンコン畑だったところに、その地域の中心的商業施設が突然誕生したりする。広い駐車場があるだけではない、店自体の目新しさもあるからみんなこぞって行く。そして、目端のきいた既存商店主は新しいショッピング・モールに出店していくから、町の中心はどんどんさびれるいっぽうになる。地方では「駅前○○」なんてもうほとんど死語同然だ。そして、将来そのモールが撤退するようなことになったら、ゴーストタウンしか残らなくなる。そんな懸念もある。

◆道路特定財源の一般財源化、喧々がくがくいろいろ揉めた、まだ紆余曲折あるかもしれないが、なんとか目処ついたようである。コイズミさんには毎度批判的であるが、この件だけは賛成したい。
それほど、車社会がいきすぎている。ワタシもペーパードライバーであるが、日常ちょっとした用件でも車が要るというような生活はたいそうでかなわない、なにより、地方に住む大勢のお年寄りが実質棄民扱いされかねない、年をとれば地方に住めなくなるそんな社会は異常である。地方の人口が減ることは自動車業界の利益にも適わないだろう。なにより化石燃料の消費も抑制しなけれぱならない。
暫定税率を維持するということであるならば、その分は中心市街地の再建費用やバス交通への補助に回してほしいと思う。老若男女の人間がこぞって住めるまちをなんとか残していきたい。
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by chaotzu | 2005-12-11 21:25 | 時事