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2006年 01月 31日

コミュニケーションの先祖帰り

◆仕事で電子メールを使うことがだんだんと窮屈になってきた。いまや、たいして中味もない形式的な連絡が大半になっている。一応お伝えしておきますよというだけの意味合いである。
LANが入ったとき、さあこれからは仕事の進め方も変えてもらいますよ、意識改革が必要ですよと尻を叩かれまくって、おじさん連中はあわてふためいたものである。黒船襲来といっていい。
大いにメールを活用して「ほうれんそう」に努めましょう、ムダな会議も減らしましょう、そして紙の資料も追放しましょう、とさかんに啓発されまくった。なるほど、これがIT革命というものかと目を瞠ったものだが、いったいあれはなんだったのか(苦笑)。

◆ひとつめは個人情報の紛失等事件が相次いでニュースになったこと、これでデジタル情報をやたらばら撒くのも考えものだなとなった。おまけにファイル交換ソフトなるなんだか面妖なスパイソフトを知らずに装着している人もいるらしい。それでますますおっかなくなった。そしてダメ押ししたのがライブドアの事件である。いや、別に法律違反になることを企んでいるわけじゃないのだが、これで記録が残るメールはやっぱりうっとうしいなという気分がすっかり定着した。アトになって判断ミスだと責め立てられてはたまらないし、うっかり冗談もいえないというわけだ。加えて消去したはずのメールも復元できるらしいとなれば、ますます敬遠したくなる(苦笑)。

◆そして、やっぱり大事な相談は直に顔つき合わせてやるべきだとあいなる。伝統的な口頭コミュニケーションの「よさ」が見直される。やれやれ、またつまらん会議が復活するのか。喫煙コーナーは依然賑わっているし、このままいけば、昔とどこも変わらなくなってしまう。この振幅の極端さはどう云ったらいいんだろうか。日本人らしいと云われればそうかもしれない。
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by chaotzu | 2006-01-31 22:09 | 身辺雑記
2006年 01月 31日

【NHKBS】「さらば冬のかもめ」 真夜中の水兵さん

◆自民党による日本国憲法の改正試案のなかで、軍法会議の設置が盛り込まれている。自衛隊を名実ともに軍隊にしたいとなれば、なんとしても軍隊専用の裁判所も娑婆とは別につくりたいらしい。そして軍隊刑務所とか軍隊警察なんかもくっついてくるのだろうか。そうなったら、同じ国民であっても、法律の運用が軍隊に所属する者とそうでない一般人とで違ってくることになるわけだが、はたして二重基準がいいかどうか。
さて、アメリカ海軍の憲兵(SP)が、窃盗犯の水兵を海軍刑務所まで護送するという、70年代ロード・ムービーの異色作である。

b0036803_2244038.jpg◆1973年アメリカ映画、原題は「ラスト・デティール」であるが、邦題はなんとも意味不明というかいい加減なつけ方である。多分水兵からの連想でかもめにしたのだろうが(苦笑)、かもめの水兵さんとはまるで無縁の内容だ。だいいちくせ者ジャック・ニコルソンの水兵である。
ノーフォークの海軍基地でニコルソンともうひとりのSPが、若い水兵をポーツマスの海軍刑務所まで護送するよう命じられる。ワシントン→フィラデルフィア→ニューヨーク→ボストンの経路で期間は1週間もあるから、上官は楽な仕事だという。なに遊びみたいなもんだ、こちらが行きたいぐらいだよ。かくて、三人組のけったいな旅がはじまる。

◆護送対象の水兵はまだ18歳、大男だがみたところ大人しくとても悪さをするようにみえない。おまけに募金箱から40ドル盗んで禁固8年だという、SPの二人も、そらちょいと刑罰が重すぎるのではと思う。よく聞いてみると未遂犯だという、そりゃひどいなとSPがだんだん同情してきて、手錠も外してやるのである。それにしても、手錠の囚人を一般市民も乗り合わせるバスや電車で堂々護送するのにもまたビックリである。

◆退屈紛れに話しているうち、だんだん意気投合してくる3人(笑)、よしいっちょ、ム所入りの前に酒をたっぷり呑ませててやろうと、ワシントンでは缶ビール宴会にケンカの指南。もっと気概をもてとすっかり兄貴気分になったニコルソンが説教したりする。フィラデルフィアでは実母に会わせてやりたいと水兵の自宅まで道草する。そこで悲惨な家庭環境の一端をみてしまったSP、こんどは童貞のままじゃあまりに可哀想だとなり、ニューヨークではもっぱら女探しと、護送の旅はわき道に逸れっぱなしになる。

◆ボストンの売春宿で、水兵さんの「筆おろし」は無事完了(これがラスト・デティールか?)、ところが皮肉なことに、酒も喧嘩も女も教えてもらったがために、自立心が芽生えてきた若い水兵が脱走を企図、そこは2人にあっさり捕まるのだが、顔面血だらけで刑務所に引き渡したため、囚人虐待だと係官に注意されてしまう。やれやれこんな任務は二度とごめんだとぼやく2人、なるほど、アメリカ軍隊の官僚主義を皮肉った映画だったのか。

◆一夜の彼女を求めてニューヨークの街をさまようとき、3人は新興宗教らしき集会にまぎれこんでしまう。これがなんと日蓮宗、「南無妙法蓮華経」と白人の信徒が一心に唱えている。もしかしたら、創価学会かもしれないが、アメリカ映画のなかで、これだけ日本の宗教をみるのははじめて。
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by chaotzu | 2006-01-31 22:06 | 外国映画
2006年 01月 30日

東横イン(つづき)、そして靱公園ホームレス追放

◆東横インのやったインチキ、よくよく考えてみれば、みえみえと云えぬこともない。だいたい、完了検査時点のホテル正面、あんなけったいなというか奥の細道みたいなエントランスのビジネス・ホテルが実際にあるものだろうか(ラブホだったらまた別だろうが)。だとしたら、検査担当の役人もアトで改造されるだろうことを百も承知で、形式的な検査をしていたのではないか、そんな疑いも拭えない。つまるところ、検査もインチキではなかったかということだ。それとも、その役人連中は2度とそのホテルの前を通る機会がなかったということだろうか。いや、そんなことは考えられない。だいたい、何年も建築確認事務をやっていて、あの建主は事後改造する「悪癖」があるとかいう情報が何一つ聞こえてこないというのも、また信じ難いのである。もう面倒だから完了確認したあとは一切頬かむりしてしまえ、そんな役所の姿勢が、あの社長の横着会見に結びついているんじゃなかろうかといったら、想像のしすぎだろうか。

◆さて、ホームレスの人に対しては、いろんな見方、さまざまな意見があることと思う。でも、やっぱり、この寒い時期になァと思ってしまうのだ。世界バラ博があるから云々の事情はさておいて、よりによって、真冬のこの時期に追い出しをかけんでもと思ってしまう。

◆もちろん、実際に公園のあちこちをブルーテントで占拠されたり、薄汚くおまけに臭い連中に近場におられたら、どんなにイヤで迷惑か考えてみい、遠目できれい事を云うなというご意見もあるだろう。逆にホームレス支援にお金使うことなんかムダムダ、怠け者に税金を使うべからずの厳しい意見もまたあるだろう。だけど、とりあえず目に届かないところに追いやって、それが解決になるのかどうか。また、どんな社会にもホームレスは一定割合で存在するもんだというが、みんなが好き好んでホームレスになったわけではなかろうと思う。なかには必死で脱出したいひとも少なからずいるはずだ。

◆ひとつ云えること、それはホームレスに不寛容な社会はとりもなおさず、居心地の悪い社会に変貌するだろうということ。街中で腰をかけるような場所がひとつもない社会、疲れたら地べたに座り込むしかない社会である。だとしたら。もうちょっとホームレスの自立支援に本腰を入れてもいいだろうと思う。それも公共事業のうちである。少なくとも偽装やインチキだらけを看過してきた建築確認の役所仕事よりはましだろうと思うが如何。
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by chaotzu | 2006-01-30 22:32 | 時事
2006年 01月 30日

【DVD】 「大列車強盗」 ジョンおじさんのまったり西部劇

◆マイクル・クライトンの原作そして監督による「大列車強盗」(1979年)を借りたつもりだったのである。ところが、実際に目にしたのはジョン・ウェインおじさんの同名映画(1973年)だった(泣)。片やビクトリア朝ロンドンの金塊強盗、片や強奪された金塊を回収する西部劇と内容は全然違うのに同名なのである。
ただでさえ、物覚えが悪くなっているから、まぎらわしい邦題は避けてほしいものだと日頃から思っている。同名ではないが、「愛と哀しみの旅路」「愛と哀しみの果て」「愛と哀しみのボレロ」「愛と喝采の日々」、これらの映画の区別つきますか? 今となれば、こちらの記憶もこんがらがってしまって、さっぱり憶えちゃいない。まして同名となればなおさらである。
それでも、もったいないからとみる、トホホ……。

b0036803_2222775.jpg◆1973年アメリカ映画、そんなわけでブツブツと複雑な思いを内包しつつみる。ジョンおじさんもご老体のうえすっかり太ってしまって、もうアクションが無理なことは一目まる分かりである。ただただ、男気だけである。「ジョン・ウェインの魁 男塾!」といってもいいぐらいだ。そして、拳銃やライフルが乱射されても絶対にあたらない、おまけに敵方の弱いこと、だからみてるほうの緊張感もあまり要らない。実にのんびり安心してみていられる(笑)。まあ、それがいいのかもしれない。
それより、この映画の眼目は、とにかく景色がいいことである。どこでロケしたか知らぬが、雄大な風景がすばらしくワンダホーである。あるいは「環境ビデオ」で使えるかもしれない。そりゃありませんか。

◆最後にちよっと小粋なおちがあって、思わず笑ってしまう。あるいはジョンおじさんのセルフギャグかもしれない。まァ気楽にみられるまったり西部劇でありました。
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by chaotzu | 2006-01-30 22:23 | 外国映画
2006年 01月 29日

【映画】 「博士の愛した数式」 江夏の背番号28は完全数

◆これまで実際に目にしたなかで、最高の投手は?
と問われたとする。確信をもってこう答えるだろう。
“阪神タイガース当時の江夏豊、とくに入団2年目(1968~昭和43年)”

◆もうだいぶ旧いはなしだから、いささか気恥ずかしい気分もあるが、30年以上昔の江夏の印象はいまなお強烈だ。当時ジャイアンツなかでもONの大ファンであったが、全く攻略できなかった。高校卒業して2年目20歳の若者にV9驀進中の川上巨人がきりきりまいさせられたのである。
とくに、9月(だったか)、甲子園球場の阪神vs巨人の4連戦における熱闘はモノ凄いもので、今でも鮮烈に覚えている。この4連戦で江夏はなんと中一日で二試合先発し、なんと両試合とも完封である。おまけに三振奪取の日本記録もつくったし、どちらの試合の決勝点も打者としての江夏が挙げた。まさに江夏vs巨人であり、怪物ピッチャーとはこういう投手のことをいうのだろう。

◆4連戦しょっぱなの一回表、江夏がトップバッター高田に投げ込んだ初球、ずばっと膝元の直球でストライク、あれこそ自分が目にしたなかで最高の剛球である。この試合延長12回完封、そして中一日おいて再び先発する。いまだったら考えられないような酷使であるが、さすがに後半へばって肩で息していたものの、これまた9回完封。その前日が王選手への危険球からバッキー投手が荒川コーチと乱闘退場するなど騒然とした試合であったため、異常な雰囲気のなかでの完封だった。
今ふりかえると、もっと節制しておけば、あるいは若いときの酷使がなかったら、もっとスゴい成績を残していたことだろう。それでも200勝200セーブを挙げている。まっすぐ一直線にズドンとくる直球が美しかった。

b0036803_2118051.jpg◆おっと、映画のはなしがすっかり野球になってしまった。小川洋子原作のこの映画、内容を正確に云うならば、「博士の愛した数式~そして阪神タイガース」である。劇中で江夏の背番号28が完全数だという説明があるので、思わず江夏のはなしになってしまった。映画のほうはまたいずれ。

◆(オマケ)完全数とは、ある自然数の約数(当該数字は除く)の総和がその自然数に一致していること。
28=1+2+4+7+14
そして、連続する自然数の和にもなっているそうだ。
28=1+2+3+4+5+6+7
だから、そんなに滅多にある数字じゃない。なるほど!
ただし、映画の受け売りである(汗)。
ともあれ、数学は美しい、美しくなければ数学じゃない。野球もその点では同じことだ。
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by chaotzu | 2006-01-29 21:20 | 日本映画
2006年 01月 28日

東横イン“チキ”ホテル 某トップ流弁明術

◆東横インの西田某なる社長の釈明会見、実に噴飯ものであった。ああ日本人の品性、とうとうここまで落ちたのかと嘆かしめるほど、まさに恥も外聞もない言訳である。だけど、この国ではいちばん偉い人、国民の規範になるべき人が、詭弁、屁理屈、すり替えをいっぱいつかって、それが堂々まかり通っているのだ。上に立つ人間の物言いがそうであるならば、やがて一般世間にも同様の追随が波及するだろうことは免れない。魚は頭から腐るという。

◆「まあ、そんなに責めなくてもいいじゃないですか。そりゃ、たしかに違反はしました。だけど60キロの制限速度のところをちょっとオーバーしたようなもんですから。ソーケンさんが指導しているホテルに比べたら、耐震強度もしっかりしてますし、ずっとまともなんです。それとはあくまで別問題ですから。
それにうちはね、ネット環境がかなりいいって、マスコミの皆さんにもずっとほめられていたんですよ。現実にお客さんにも好評だったんですよ。だから、そんなたったひとつの問題じゃないですか。なにを皆さんそんなに怒っているんですか、そう急に手のひら返しされても理解できませんねえ。
直せばいいんでしょう、いや、そう云われるならば、批判は社長として甘受いたしますよ。だけどね、うちはね、これまでお客さんの要望に応えてきたつもりできたんですよ、それが結果的にこうなっちゃったということで……。
ね、人生いろいろ、ホテルもいろいろなんですから」
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by chaotzu | 2006-01-28 22:41 | 時事
2006年 01月 28日

【DVD】 「続拝啓天皇陛下様」 陛下、こんな赤子もおりました

◆亡くなった名優、長谷川一夫の軍隊時代のエピソードを同僚兵であったひとから聞いたことがある。ずっと昔のことである。昔の軍隊であり、とくに有名人だからといって特別待遇があったわけではないが、とにかく評判がべらぽうによかったそうな。裏表なくかいがいしく働く、ひとが嫌がることは率先して手を上げる。それで本人はケロッとしていたという。
“なあに、この程度の苦労なんて芸事の修練にくらべれば、苦労のうちに入りませんよ”
う~ん、すごいなあ。マンダム(意味不明)。

b0036803_22341190.jpg◆1964年松竹映画、続と銘打たれているが、前作に続くものではない。
今度の渥美清演じる山口善助は、貧困ゆえに拾った魚で家族が全滅、天涯孤独になるというものスゴイ設定。勉強の世話をやいてくれたオナゴ先生(岩下志麻)に花を捧げるつもりがはずみで抱きついてしまい、少年院送りになるという運のなさ。出所後は汚わい屋稼業で、悪童たちからは「ウンコ善助」と呼ばれている。口をきく友人といえば、周りから排斥されている中国人散髪屋の王万林夫婦(小沢昭一&南田洋子)だけ。まあ誰からも無視される悲惨な青春期であったが、そんなオトコでも、軍隊は別世界だった。叱られるにしろとにかく平等に扱ってくれる。みんな陛下の赤子だ。

◆支那事変で召集された渥美清は北京にある軍犬育成部隊に配属される。ここでシェパードの友春号に出遭う。この犬が可愛い、とことん主人に忠実を尽くす。渥美清が営倉に入れられたら、じっと建物のそばで待っている。ウンコ善助は感激の涙である。敗戦によってやむなくこの友春号と別離する場面もなかなか感動ものであるし、軍用犬の教官役藤山寛もなかなかいい味を出している。

◆とはいっても、軍隊場面は全体の三分の一ほどで済んでしまう。あとは敗戦後の荒廃した日本で必死に生きる人間たちの群像劇である。雇われ仕事で出向いた先は闇市にある三国人食堂の打ちこわし、そこでばったり王万林と再会する。その縁でカツギやになり、友春号の元飼主を京都南禅寺まで訪ねてみれば、財産税で息も絶え絶えの旧家、シベリアに抑留された夫の留守をひとり守る夫人(久我美子)は栄養失調でふらふらしている。ダレも他人のことなどかまっていられない時代であったが、渥美清はせっせと京都に出かけて支援する。ヤミで手に入れたラックス石鹸を米軍MPに咎められて、沖縄送り?にされたりと、敗戦直後の人物ドラマが点描される。なかでは、中国人を演じた小沢昭一が抜群の存在感である。

◆脚本に山田洋次が参加している。もしも寅さんが結婚していたら、いったいどうなっていただろう。もしかして、その解のひとつが提示されたかもしれない。大阪城近くのバタヤ部落で昔馴染みの宮城まり子に邂逅する。米軍兵に暴行された宮城まり子は娼婦になっていたが、渥美清はこだわらない。やがて二人は結婚する。そこから誤解等いろいろあって、女の赤ちゃんを遺して妻は逝ってしまう。
ラストは赤い夕日に照らされたなか、ねんねこ半てんで赤ちゃんを背負った渥美清が子犬を連れて、どこかに去っていく。う~ん、寅さん映画がこんな最後になっていたとしたら、ファンはとうてい承知しないでしょうな。
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by chaotzu | 2006-01-28 22:38 | 日本映画
2006年 01月 27日

【DVD】「影なき狙撃者」 ダイヤのクィーンにご用心

◆米ソ冷戦が続いた20世紀の後半は、万事猜疑心がはびこる時代であった。お互いに相手陣営の策謀を批難するやりとりの応酬があって、さらにそれぞれの国の内部でも国際的な謀略論が大流行りした。ソ連や中共の場合は粛清、そしてアメリカでは赤狩りである。ケネデイ大統領暗殺の背景にも共産陣営の魔手が取り沙汰されたりしている、まあなんでもあり。さて実際に両陣営が直接戦火を交えた朝鮮戦争、捕虜になったアメリカ人は帰国してからも相当洗脳工作を疑われたことだろう。そんなことを彷彿させる映画である。

b0036803_22272577.jpg◆1962年アメリカ映画、モノクロ。フランク・シナトラの俳優としてのキャリアのなかでは後期に属する作品、共産陣営の洗脳工作をテーマとした異色作である。1952年朝鮮戦争の最中、シナトラの小隊が不意打ちにあってヘリコプターでどこかに拉致される。気がつけばニュージャージーのホテルで開かれている園芸クラブの会合に顔を出している。ところが、園芸クラブのおばちゃん連が途中で東洋人に入れ替わるという不思議な出だし。実際は満州にある中共軍の洗脳施設、ところが米軍捕虜には園芸クラブの会合にみえるという洗脳工作のありさまを、うまく映像化している。

◆実質的な主役はシナトラの部下であるローレンス・ハーベイ演じる軍曹、徹底した無表情のまま、洗脳医師の命ずるままに同僚兵を絞殺したり射殺する。それが帰国したときは戦場の英雄として迎えられる。義理の父親はマッカーシーを連想させる反共議員であるし、母親(なんと息子役のハーベイより3歳だけ年長だったそうな)は口うるさい。政治に利用されるワシントンを嫌ってニューヨークに勤める。ところが、あるモノを見せられた途端、たちまち面前の人間の支配下に置かれるという潜在催眠下におかれていたのである。究極の時限兵器、すなわち影なき狙撃者であるが、よくよく考えたらそんなのありかいという設定なんである。それでもなんとなく納得させられてしまう(笑)。役者の力もあるかもしれない。

◆ここから先はミステリ趣向である。ではいったいダレがハーベイを操るのか? 意外性はあるし、ラストのおちもなかなかやるわいである。また、共産陣営の非情な洗脳工作を採りあげるいっぽうで、アメリカにはびこった赤狩りの風潮も批判している。眼目は赤狩り批判にあって、洗脳云々はそのカムフラージュかもしれない。だとしたらうまく考えたものだ。
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by chaotzu | 2006-01-27 23:55 | 外国映画
2006年 01月 26日

ボキャ貧総理

◆「心の問題」
「たったひとつの問題」
「別の問題」
まあ、普通人がこの三つのフレーズをテキトーに使い回しておけば、とりあえずの言分けにはなるだろう。だけど、せいぜいが子供の口喧嘩レベルである。潔さというものが全然みられず、「おまえのカーチャン、出ベソ」と同類項の言い逃れ、論点そらしととられかねない。だから、大の大人がしょっちゅう使えば、そのうちダレからも相手にされなくなってしまうだろう。
いわんや、一国の最高権力の座についた人間であれば尚更のことである。おまけに、コイズミさんの場合は逆切れすると、
“そんなこと私に聞かれても分かるわけないじゃないですか”
“さっぱり理解できませんねえ”
まで云ってのけるのである。
理解できないのはこっちのほうである。

◆一般人が濫用すればどうか(使用例見本)。
“ボクのワイシャツに口紅がついてるからといって、それと浮気とは別の問題じゃないか”
“ボ、ボクが女性の下着を集めてるから付き合えないなんて、そ、そんなたったひとつの問題で仲良くできないってことないでしょう。なに、女装趣味もあるって。そ、そんなこと云うならつきまとってやるぞ”
“え~ワタクシが談合土建の銭亀社長と日頃親しくしているのは事実でありますが、え~そのことと入札で便宜を図ったという疑いは、まったくの別問題なんであります”
“あのねえ、僕が前の家内とまだ離婚手続きが済んでないからといって、結婚できないなんて、そんなのたったひとつの問題じゃないか。とても理解できないなあ”
“ええ、たしかに私の論文のうち20ヶ所ほどは出来杉君のところから引用してますよ。ちょっと了解もらうのが遅れているだけですよ。それを盗作と云われてもねえ、それは別問題とみてほしいもんですな”

◆いやしくも、一国の最高地位に就いた人物である。その人が語るコトバ、とくに国会における発言となれば、国民に向かって語りかけているのだから、誠実な説明責任の履行若しくは政治家としての含蓄なり哲学の一片を期待したいのである。それがあまりにも薄っぺらいペラペラの言い逃れを濫用してばかりである。単なる負けず嫌いや自分のことをタナに上げた開き直りを恬として恥じない。政治闘争だけは長けているが政治思想がお粗末な正体をすっかり露呈しているようだ。
国民のほうがそれこそ居たたまれない。
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by chaotzu | 2006-01-26 22:06 | 時事
2006年 01月 26日

【DVD】 「拝啓天皇陛下様」 陛下、最後の赤子が戦死しました

◆ともすれば、昭和の戦前が全て軍部圧制下の暗黒時代であったかのごとく錯覚しそうであるが、実際はそれほどでもない。軍部もしょっちゅう戦争を仕掛けていたわけではないし、大正デモクラシーの余韻をひきついで、モボにモガそしてエログロナンセンスが大流行りのときもあった。江戸川乱歩なんかがモノスゴイ猟奇小説を書いていた時代である。
個人的な見方であるが、小林多喜二が特高警察に虐殺された1933年(昭和8年)あたりまで、大雑把にいって日本国内は平穏な時代だったのではなかろうか。だから、その時分の軍隊(除く外地)にはまだのどかな雰囲気があったかもしれない。
~なんてことを書いてみたが、もともと明確にそう意識していたわけではない。白状すれば、映画をみてああそうであったかと認識し直した次第なんである(汗)。

◆1963年松竹映画、原作は棟田博(今やほとんど忘れさられている)、監督脚本は野村芳太郎、そして渥美清が俳優としてはじめて評価をあげた作品である。今見れば、後年の寅さんのルーツにもなっている。渥美演じる主人公の山田正助こと山ショウは天涯孤独の前科もので無学無教養、人のいいオトコでインテリへの憧れもある。だけど何をしでかすか分からない不気味さもある。そして女性との付きあいがへたくそ……、
なんだ寅さんとほとんどオンナジじゃないか。

b0036803_2143886.jpg◆1931(昭和6)年、徴兵で岡山の連隊に入営した初年兵の3人組、渥美清と長門裕之と桂小金治、先輩兵と和気あいあいだったのは初日だけで、翌日から二年兵(西村晃)が鬼みたいになる。とはいっても、その二年兵も満期除隊が近づくにつれ、一年兵に媚をうるようになってくるところが大いに笑わせる。渥美清たちも二年兵になれば天国だ、飯も山盛りいっぱいたらふく食べられる。中隊長(加藤嘉)もうっとうしいぐらい優しい、営倉に入れば黙って正座を付きあってくれるし、読み書きを勉強する段取りもつけてくれる。軍隊に入ればみんな天皇陛下の赤子で平等だ。せちがらい娑婆と比べりゃ天国じゃないか。これは、おそれおおくも天皇陛下様のご慈悲なんだろう。
だから、南京陥落(1937年)で戦争終結の噂が流れたときは大慌てする、思い余って崇拝する天皇陛下様あて手紙で直訴しようとする。「どうか軍隊においてください」、さすがに長門裕之に「不敬罪になるぞ」と制止される。

◆ただし、軍隊時代は映画の半分ぐらいしかない。後半は主人公の戦後苦闘編である。もともと立ち回りが上手な器用人間ではない。カツギ屋になったり、信州の開拓団に入ったり職を転々とする。想いをかけていた未亡人(高千穂ちづる)にもすげなく振られてしまう。そして、やっと嫁さんになってくれる女性(中村メイコ)にめぐりあうのだが……。天皇陛下の赤子であり続けた男の悲しい一生である。

◆喜劇的なところもあるが、全体は幸福に恵まれたとはいえない男の一生であって悲劇である。また、天皇制批判なのかあるいはそうでないのか、そこのところは巧みにぼやかしている。とはいえみるひとが見ればはっきりしているだろう。
今現在、こんな直截的なテーマで映画制作できるひとはまずいないだろうことはたしか。それほど、世の中の空気がおかしくなっている。昭和天皇が亡くなる時期の「自粛」騒動は異常であったが、それがまかり通ってしまった。皮肉なことに、いま現在そんな風潮の防波堤になっているのは今上天皇である。
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by chaotzu | 2006-01-26 21:45 | 日本映画