マイ・ラスト・ソング

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2006年 01月 19日

だから天下りがなくならない

◆「構造改革」を看板に掲げるコイズミ内閣、いちばんの「構造改革」は役人の天下り禁止(在籍省庁と関わりのある業界への再就職禁止)だと思うが、なかなか手をつけようとしない、あるいは手がつけられない。それは何故か?
ひらたく云うと、官僚に弱みを握られているからだろう。卑近なコトバでいえば、キン○マを握られている。だから、いつまでたっても天下りを粛清できない。

◆例えば渦中の耐震偽装問題、伊藤公介代議士がどうとか安部官房長官がこうとか、いろいろ囁かれるが、国土交通省の関係役人は一切口をつぐんでいる。官僚が腹を括って前向きに情報公開すれば、国会で喚問ショーをやるまでもなく、政治家(とくに与党)を取り巻くモヤモヤ感は一掃されるであろうが、けっしてそういうことはしない。黙っているほうが自分の保身や将来にとっても利益になるからだ。そこに国民の利益という発想はあまりみられない。

◆ただし、官邸等権力筋からのお墨付きがあればまた別である。かつての鈴木ムネオ追放劇のときに、どれだけ外務省の「マル秘メモ」が流出したことか。日本共産党の議員のところまで匿名による情報が届いたそうだからモノスゴイ。要するに政治家を潰してしまえる材料はいつでも溜め込んでいる。その蓄積が官僚の強みなのだろう。とりわけ外務省なんかは政治家が外遊したときのアテンドで「夜の醜態」なり「失言」をかなり把握している。だから、どれだけ無能省庁ぶりをさらけ出しても、外交官の高待遇は安泰である。

◆本来、政治家と官僚との間には節度ある緊張感の存在が理想なのであろうが、日本ではほとんど自民党の長期支配体制が続いている。だから、政官が癒着してしまう。コイズミ内閣がいくら公務員改革を唱えようが、霞ヶ関の特権官僚は何の痛痒も感じないだろう。自分たちに降りかかってくることではないことを熟知しているだろうから。
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# by chaotzu | 2006-01-19 22:12 | 時事
2006年 01月 17日

大震災11年

◆あれから丸11年経った。たいていの記憶は風化していくが、この震災だけは体の深奥までこびり付いており、いまだに恐怖感が甦る。誰かがテーブルを揺すっただけで、ビクついたりするぐらいである。まあそれでもいい、亡くなった6400余の人に比べれば恵まれているんだからと思う。そのなかには、暗闇で長時間苦痛を耐え忍んで力尽きたひと、生きたまま目の前に迫り来る炎を直視したひともいるだろう。そういう無念の塊りがある以上、絶対に風化させるわけにはいかないのだ。

◆それと共に、日本中から無償の善意が結集した時代がかつて間違いなくあった、被災者も互いにいたわり助け合った、そんな懐かしい感慨を巡らせたりもする。しかし、仮にいま同様の震災が起きれば、打って変わった薄情かつ不寛容な社会をみせられるのではなかろうか、そんな怖さもある。それほど、この10年ほどで、日本人の心の風景が変わってしまったように思うのだ。とくにコイズミさんが登場してから、その傾向が加速した。強いものが肥え太って礼賛され、弱者は蔑視されたあげく淘汰される社会である。「自己責任ホンダラ教」の出現といってもいい。

◆それでも、6400人余の犠牲を払って得た教訓が生かされたのならばいい。それがまた、なんとも心もとない。
本日、国会では耐震強度偽装問題に係る証人喚問があった。奇遇というべきかよりによってというべきか、それとも皮肉といったらいいのか。あれだけの大地震を経験したのだから、建物の耐震性能を上げる方向で頑張っていくのが普通と思うが、そうは思わなかった人間が少なからずいたことを、まざまざと思いしらされる。それどころか、手抜き建築のボロが露見しなかったこと、そっちのほうに着目した人間がだいぶいたようだ。またそういう発想で行動する人間を利する方向の規制緩和をどんどんやってしまった。それで、震災を契機にバッタモンの建築物が横行するようになってしまったとしたら、情けないはなしである。
震災の教訓を希釈してしまったこの11年はいったいなんだったのか。

◆それにしても、ビッグニュースてんこもりの日であった。まれにみるといってもいい。前述の証人喚問のほか、ライブドアの強制捜査続報、そして宮崎勤事件の最高裁判決まであった。いくらなんでも多すぎやしないか、というか姑息な意図が働かないとこうはならないだろう。
戦後最大の災厄があった日である。この日ぐらいは静かに犠牲者を追悼する日であってほしい、そう願う気持ちまで踏みにじられた、そんな思いもある。
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# by chaotzu | 2006-01-17 22:16 | 身辺雑記
2006年 01月 16日

【DVD】「カサンドラ・クロス」 ありえないけど面白い物語

◆「将軍様」を除く一般大衆にとって、海外旅行といえば飛行機が常識の時代であるが、それでもオリエント急行など複数国家を通過する国際鉄道の旅はなにやらロマンをかりたてるものだ。
さて、ジュネーヴを始発としてストックホルムまでいくヨーロッパ大陸縦断列車、途中通過するのはバーゼル、パリ、アムステルダム、コペンハーゲンときた。うわあ、すごいな、鉄道ファンなら垂涎ものだろう。もう走っていないだろうが、なにやら家畜運搬を連想するジャンボ機エコノミーツアーよりも、昔の鉄道旅行のほうがはるかに豪華に思えてしまう。
そんな国際列車をテーマにした映画であるが、思わぬ成り行きから、パリ方面に行くどころか、ドイツを通ってポーランドの強制収容所のあったヤノフに行き先を変えられてしまう。おまけに途中のカサンドラ鉄橋はもう30年間近く使われておらず、老朽化してボロボロである。つまるところ、地獄行き特急になってしまった、さあこの危地をいかに脱するかというはなし。

b0036803_22264437.jpg◆1976年イタリア・イギリス合作映画、冒頭ヨーロッパ・アルプスが映り、そしてスイスはレマン湖のほとりジュネーヴの街の鳥瞰となり、やがてそこにある世界保健機構に急病人が担ぎこまれるところからはじまる。
映像はキレイ、加えてパニックもの、そして鉄道アクションもありと思わぬ拾い物である。ソフィア・ローレン、バート・ランカスターなど大スターが共演しており、けっしてB級ということではなくA級としての作品づくりを意図したのだろうが、あれこれ欲張りすぎてしまって、結果としてB級映画としての愉しみ方だけ残ったような作品。あれ、ほめコトバのつもりなんだけどなんかヘンなような。まあストーリー的にも突っ込みどころはたくさんあるが、そこは大らかな気持ちでみたい映画である(笑)。

◆1970年代らしく、いちばんのワルはアメリカ陸軍である。外国の領土で秘密裏に細菌兵器の研究を進めたあげく、それがテロリストに破壊され感染者が出現したとなると、多数の乗客もろともひとつの国際列車を抹殺にかかる。もう目茶苦茶であるが、冷戦時代でCIAが暗躍し、加えてベトナム戦争の影響もあった。米軍ワルモノ映画が作られてもおかしくない時代であった。しかし、今現在でも実際何しているのか分からない部分はある。

◆主役のリチャード・ハリスがどうにもしょぼくみえてしまう。これがB級化したいちばんの要因だろう。ものすごいスーパーマンなのにちっともそうみえてこない。そして、「ガラスの部屋」レイモンド・ラブロックも出てくるが、なんだかヒロシがかぶってしまうのである(笑)。かのO.J.シンプソンも登場する、はじめは胡散臭い正体不明の役どころであったが、なんと○○役である。モノスゴイ皮肉というしかないが、意外とまともな芝居をしている、いったいどこで道を誤ったのだろうか。
そして、ラストのカサンドラ陸橋のシーンはかなりの迫力、というか鉄道模型ファンにしてみれば堪らないだろうことうけおい。
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# by chaotzu | 2006-01-16 22:30 | 外国映画
2006年 01月 16日

プア・カンパニー

◆上場以来黒字決算を続け、なおかつ当期は150億円を超える利益(連結)を挙げながら、無配を頑なに継続する会社、株主には株価で儲けてくれのトンデモ主張。それでいて社長個人は月収1000万円と巨額の報酬を得ている。そして、与党の応援を得て、縁もゆかりもないところから国政選挙に突然出馬したりする。まあいつも話題の自転車操業みたいなことをやっている。
こんな会社ってありかあと思っていたら、今度は検察庁に強制捜査に入られた。証券取引法違反(風説の流布)の疑いがあるという。

◆常識的かつ冷静にみつめれば、おそらくこれまでの日本の経済史ではあまりなかったであろう錬金術を駆使する「上場」会社である。かつて日本熱学というインチキ会社があったけど、それ以上に得体が知れない。ニッポン放送株式を巡るフジテレビとの攻防戦の際は応援する気持ちもあったけど、その後の有り様をみると、ITイメージで仮装した正体不明会社の臭いがどうにも拭えない。素直に云うと、とてもまっとうな商売をする会社にはみえないのだ。

◆構造改革特区を利用して日本にもカジノをもってこようという意見がある。だけど、それに近いものはとっくにあるのではないか、東証のマザーズに大証のヘラクレスである。これで、正体不明、得体のしれぬ会社が大衆から資金を容易に集められるようになった。コンプライアンスもガバナンスもないプア・カンパニーの濫造である。いってみれば白昼堂々の鉄火場開帳みたいなもんであるが、日本経済の土台にシロアリが巣食う心配はどうにも否めない。
そして胴元(取引所)も今や株式会社になって、自身が上場したいと言い出している。恥も外聞もないとはまさにこのことだ。
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# by chaotzu | 2006-01-16 22:01 | 時事
2006年 01月 15日

最高裁がインチキ金利に喝

◆貸金業者ボロ儲けの温床になっていた出資法上限金利(29.2%)の適用要件について、最高裁が厳しい判断を示した。これまで利息制限法という法律がありながら、それを出資法がザル法にしていた、いわば法律そのもののダブルスタンダード~あるまじき異常な状態が、これでやっと解消されるかもしれない。
それにしても、ここに至るまで随分と時間がかかったものだ。たくさんの自殺や自己破産そして犯罪の発生背景になっており、これまではかり知れない社会ロスをもたらして来たのである。改善を求める意見もいっぱいあった。それなのに、こんな相矛盾する法律の並存状態が長い間許容されてきたのは行政や立法機関の怠慢というしかない。最高裁がストップをかけるもっと前に、なんとかならなかったものか。

◆利息制限法による上限金利は15~20%(元本によって3段階)であるが、サラ金業者やクレジット会社でこれを律儀に遵守しているところは皆無だろう。いずれも出資法で刑罰が科せられない上限金利の29.2%近くまで最高金利を設定している。それも堂々とである。これを「グレーゾーン金利」というらしいが、これでどれだけ儲かるかは、毎年の長者番付にサラ金業者のオーナーが上位に名を連ねるのをみれば一目瞭然であるし、巨額の脱税事件までもたらしていた。クレジット会社がよく宣伝するリボ払いもこの仕組みを利用したもので、金利計算に疎い消費者から詐取同然に法外な金利をまきあげていたのである。
さらに突っ込んで云うと、以前はもっと高かった、6年前までは約40%まで刑事罰がかからなかったのである。ほとんど犯罪に近い荒稼ぎといってもいい。アイフルのチワワ犬を使ったほのぼのCMとはウラハラに業界の裏側はドロドロである。
そして儲けの一部は政治献金になり、テレビ局のCM収入やスポーツ新聞や大衆週刊誌などの広告収入にも還流していた。もちつもたれつ暗黙の諒解がずっとのさばっていて、それがサラ金地獄を黙認していたのではないのか。

◆出資法金利をなくすと、かえってヤミ金業者が跋扈しかねない、おそらくその手の反論が増えるだろう。これまで何べんも繰り返されてきたいわば手垢にまみれた云い分であり、100%サラ金業者の代弁である。ヤミ金業者の存在と法外な高金利を天秤にかけるという発想がどうにもうす汚い。世の中、濡れ手で粟みたいなボロい商売があるべきでないし、それを法律が容認することがあってもならない。
そう思うが、さて新自由主義政府の対応は如何。
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# by chaotzu | 2006-01-15 16:21 | 時事
2006年 01月 14日

共産党不破議長の遅すぎる退任

◆雨降り日和であるが、気温はぐんぐん上昇し、まるで春の先取りみたいな一日。スキーツアーのひとには申しわけないが、やれやれこんな日が続けばいいのにな。

◆さて、本日閉会した日本共産党大会で、不破中央委員会議長がとうとう退任した。1970年代から政界の第一線にずっといたのだから、日本の現役政治家のなかではおそらく最古参だろう。かつての共産党のプリンスであり、一時は国民的な人気もかなりあった。街頭演説でもかなり人が集まっていたように記憶している。
しかし、今となれば、それもすっかり色あせてしまい、辞めるのが遅きに失したという思いしかない。正直申し上げて晩節を汚したのではないか。

◆1970年代のそう遅くない時期に民主連合政府が誕生すると高らかに打ち上げた。しかし、いま振り返ってみれば惨憺たるものだった。わたしより年長の団塊世代のなかには、この民主連合政府構想にすっかり熱中してしまい、お金どころか人生そのものを共産党に捧げつくしてしまったようなひとがいる。ある意味で詐欺にあったようなものである。
現実は民主連合政府が実現するどころか、結果として自民党政権の延命に手を貸してきたありさまである。しかるにその最高責任者の首にダレも鈴をつけられなかったわけだ。これだけ選挙で惨敗がつづけば、普通はトップが責任をとって辞めるのがジョーシキというものだが、「善戦健闘」なるわけワカメな選挙総括で居座ってきたわけである。
それどころか、「衆議院小選挙区選挙供託金支援基金」を満場一致で採択したという。とても信じられない(苦笑)。ほんとによくやるよというしかないが、はっきり云って人事の不透明性や多様な意見の封殺は、ただ今将軍様巡業中の某国労働党と大して変わらない。いくらいいことを唱えていても、これではダメなのである。

◆と書いてきたら、なんと常任幹部会員には残るらしい、アジャパー、故いかりや長介じゃないが、ダミだこりゃ。
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# by chaotzu | 2006-01-14 23:11 | 時事
2006年 01月 09日

【DVD】「アンドロメダ……」 アメリカ版手塚治虫のSF世界

◆現在1700点ほど刊行中のハヤカワ・ポケミス、その記念すべき1000点目が出たのは今から35年も前の1970年4月、そして注目の作品はアメリカ探偵作家クラブ賞受賞作とはいえ、なんと無名の26歳医学生が書いたものだった。
ジェフリー・ハドソン「緊急の場合は」。
よほど将来を嘱望されていたのだろう。その眼に狂いはなく、たしかに大ベストセラー作家になった。ところが、好奇心旺盛なのか作品はどんどんミステリの枠からはみ出していく、SF、冒険、企業、災害、そして原作の多くが映画化されていく。そのうちに作家本人が監督を手がけたりもする。医者出身で多芸多才なひと、そしてあらゆる分野に際限なく枝葉を広げていく、こうみると、なんだか日本の手塚治虫によく似ているのである。
現在はマイクル・クライトンで著名、大当たりした「ジュラシック・パーク」に先立つSFミステリの映画化作品をみる。巨大怪獣こそ出てこないが、サスペンスフルなSF佳作である。

b0036803_2243356.jpg◆1971年アメリカ映画、ニューメキシコの小さな村に人工衛星が落下し、村民の大半と回収に出向いた兵士が絶命するという発端。人類と地球外生命体のファースト・コンタクトのはなしであるが、その相手は2ミクロンほどの微細な結晶体、まあバイキンみたいなもので、接触した生物の血液をたちまち粉末に変えてしまうという極悪病原体である、名づけてアンドロメダ病原体。排泄はなくただ貪るのみ、原爆で焼き尽くしてもそのエネルギーを吸収して増殖するというから、究極無敵の生命体である。ところが、村民がことごとく絶命したなかで、酒飲みのじいさんと泣き叫ぶ赤ちゃんの二人だけはなんともなくぴんぴんしている。それはなぜか?

◆砂漠の地下深くに建設された秘密の研究所で4人の科学者チームによる不眠の研究がはじまる。まず回収した人工衛星にラットを接触させるとたちまちコロリ、サルも同様だ。空気感染にちがいない、次にフィルターを介在して「病原体」のサイズを探る……、この辺りの実験シーンが延々と続くがあまり退屈しない。科学的な説明の段取りがうまいのだろう。
また、この研究所自体の設定も面白い、地下深く5層構造になっており、深く潜るほど、無菌状態が徹底される。科学者も一段階下りるつど、裸になって洗浄され消毒される。表面の老化した皮膚が白い灰になるほど放射線で灼かれたりする。許容される食べ物も各レベル毎に変わってくるなど、この辺りの細密描写が凝っている。ときどきアナログ風の機器が登場するのも、またご愛嬌である。

◆この映画では、仄めかす程度にとどめているが、もともとは国防省が生物兵器を研究するために設置した研究所である。あるいは人工衛星も異種生命体の採取が目的であったかもしれない。しかし、研究どころか、地球外生命との「戦場」になってしまう。おまけに研究所各層のシールドが破れたら5分以内に核で自爆するという設定である。アンドロメダの弱点を突きとめねばならんし、自爆設定を強制終了させにゃならんはで、ラストはてんわやんわで、ハラハラドキドキになる、というか無理やりそんな展開にもっていく(笑)。
それにしても、人類滅亡の危機であるというのに、バタバタしているのはたった4人の学者だけである。政府の役人や軍部はけっこう呑気にかまえていたりする。み終ってから、ハラハラさせやがって損したなと思ってしまうのは、いったいなんだ(苦笑)。
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# by chaotzu | 2006-01-09 22:09 | 外国映画
2006年 01月 08日

医者は神になるべきでない

◆録画しておいた昨夜のNHKスペシャル「日本のがん医療を問うII」をみる。あらためて日本のがん情報体制の立ち遅れを痛感してしまう。なにせ、がん拠点病院の空白県が未だにあるというのだから、治療水準以前のはなしである。情報の収集分析もないまま、個々の医療機関がただやみくもバラバラに取り組んでいる。医師会~地域の医療ボスの既得権擁護と大学医学部の思惑がまずありきになっていて、患者の気持ちは後回しにされている。そして、厚生労働省は無力そのものである。結局のところ、頼りになるのは熱意ある医師の個人的能力だけとなる。これでは百年河清を待つ状態と思わざるを得ない。
番組に出演していた厚生労働省の技術統括審議官、おそらく技官(医師)のトップなんだろうが、云ってることは本省にご意見を伝えますだけである。こんなメッセンジャーボーイだったら、中学生でもできる。情けないはなしだ。

◆セカンド・オビニオンを求めて築地の国立がんセンターまで出向いたはなしは、以前にもエントリーしたが、そのときの説明は「なにも手のうちようがありません」だけだった。一泊2日で出かけた結果は5分もかからなかった。ほんとに簡単なものだった。こちらも動転していたのだろう、もっと食いさがって聞いとくべきであったかもしれないが、応対した医師がそのように判断した根拠背景の説明はなにもなかったのである。
少なくとも、いま現在、これこれの新薬が治験中ですが、効果のほうはまだ検証されておりませんとか、外国ではこんな有効情報があります。個人輸入する方法もあります。ただし、相応のリスクが伴うかもしれません、お金のほうもだいぶかかります。当面はなにもしないという選択肢もあり得ます云々……の補足説明があれば、また受けとめ方も変っていただろうが、ただ気落ちしにいったようなものだった。

◆番組に出演した医者が云う、はっきりしない情報を安易に伝えて患者をリスクにさらすわけにはいかないと(大意)。なるほど、もっともらしい云い分であるが、大半の患者にしてみれば藁をもつかむ思いなのである。こういう小ぎれいな云い方は、医者が自分の勉強不足を糊塗しているようにしかみえない。
なにもせず座して死を待つよりは、1%の可能性でもあればそれにかけてみたい、そう考える患者もきっといるだろう。そういう思いを医者が事前に摘み取ってしまっていいものか。最終の判断は患者自身の価値観に委ねるべきだろう。医者がその前に立ちふさがるのは真に大きなお世話というものだ。
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# by chaotzu | 2006-01-08 10:48 | 病気
2006年 01月 07日

なお生きている

◆自分の日記なんだから、たまには自分自身の状況のことも備忘的に記しておくべきだろう。
体調のことである。このところ、どうにも寒さにまいっている。血行が悪くなってくると、体がとたんに動かなくなるのだ。お手上げである。末しょう血管が収縮して、手指は白くなり感覚がなくなってくるし、足の先も冷え切っている。それで、このところ、自宅に到着次第、すぐさまお風呂に直行、長時間入浴して自分自身を「解凍」しているありさまだ。だいたい一時間半ぐらいお湯に浸る、それでやっとひと息ついている。食事のあとは、まだ余熱があるうちにと早々に就寝している。
そんな具合だから、当ブログの更新頻度もだいぶおちてしまった。
春よ早く来てくれの心境である。
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# by chaotzu | 2006-01-07 18:37 | 身辺雑記
2006年 01月 05日

「心の問題」三態

b0036803_19582163.jpg◆「ココロの親分」というタヌキみたいなギャングのボス、かの赤塚不二夫が創造したキャラクターである。口癖は「○○のココロ」、だいたいセリフはこれで締める。さて、その親分がコイズミさんをみたらどんなことを云いだすだろうか。
“はぁ~、ポックンポックン、政治家が「心の問題」なんて乱発するなのココロ”
“く~だらない、く~だらない”
ニャロメも云うぞ “一国の総理たる者、個人の心象に矮小化するなニャロメ”

◆某セクハラ常習者の弁明
いやあ、彼女がいろいろ云ってるけどさあ、あれってボクのほうからすれば親愛の表現なんだよね。きれいな女だったら、そりゃ体全体で感銘をあらわしたくなるじゃない、ちょっとタッチするぐらいお宮さんにお参りするようなもんだ。それがけしからんなんてとても理解できませんね。逆に無視するほうがよほどセクハラなんじゃないの。だいいち、これはボクの精神の自由というか、心の問題でもあるんだよね。憲法にも保障されてるじゃないの。ダレにも立ち入ってほしくないね。断じてセクハラ問題に卑小すべからずだ。それに、いつでも話し合いに応じるといってるじゃないの。
えっ、相手のほうの心の問題はどうだって、そんなの分かるわけないじゃない。もしかしたらこれを出汁にして脅しにかかってるつもりかもね。そんなのカードになりっこないさ、いゃあ、とても理解できないね。
えっ、心の問題じゃないって、心の病だって、そうかなあ。

◆某痴漢常習者の独白
やっぱりさあ、電車んなかで可愛いねえちゃんみたら、ちょっと挨拶したくなるじゃない。何もしないほうが失礼じゃんか、だいいち、イヤなら専用車のほうに行けばいいんだよ。そうじゃないってことはさ、ほんとは触ってもらいたがってるんだよな。それにさあ、オレのポリシーでもあるんだよね。云ってみれば心の問題だなあ。自由な精神を解放してるってわけさ。それで二度と風俗には行かないという誓いもしてるんだよ。オレってえらいだろ。だから、それがけしからんって云われても理解できるわけないじゃん。
だいたいさあ、文句云ってるのは、とても触りたくないような女なんじゃないの、相手にしてほしくて騒いでんだよ。そんな、一つの問題ぐらいでガタガタ云うなっつーの。
なに、心の問題じゃない、犯罪だって。ほっといてくれや。
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# by chaotzu | 2006-01-05 20:03 | 時事
2006年 01月 04日

就学援助著増の「怪」

◆小学生の頃、クラスのなかでひとりだけ給食費をもってこない子供がいた。その子供は教科書やノートなんかもみんなタダでもらっていた。子供というものは無邪気というか残酷なもんだから、教師に質問したりする。
“センセイ、○○くんはなんで給食費を払わなくていいんですか”
“ああ、○○くんはいいんだ”
今から振り返れば、生活保護等で就学援助を受けていた家庭の子供だったのだろう。それにしても無神経かつ酷い教師がいたもんだと思う、大勢の級友の前でさらし者である。もっと上手なやりようはなかったのか。その子供はすごく傷ついたことだろう。
世の中全体がまだ貧しかった時代である、貧乏な家庭はたくさんあった。それでも、就学援助は50人のクラスのなかで1人か2人ぐらいだったように記憶している。子供に傷をつけまいと学校代はなにがあってもきちんと納めなければいかん、そんな意識が大人にあったように思う。

◆そういったかつての記憶に照らせば、昨日(1/3)の朝日新聞朝刊のトップ記事、ちょっと驚いてしまう内容である。
「就学援助4年で4割増」「大阪・東京4人に1人」。リストラや給与水準の低下が進むなか、生活困窮世帯が増えつつあることを反映して、公立小・中学校における就学援助の受給者割合が急伸しているという。同記事によれば、最高は大阪府で27.9%、次いで東京都が24.8%、三番目が山口県で23.2%とある。これだけでもモノスゴイ高率であるが、市区町村別となると東京都足立区が42.5%、ちょっとにわかには信じ難い数字である。すると、足立区の小・中学校平均では、10人のうち4人までが就学援助の対象児童ということか? それは、ちょっと多すぎるんじゃなかろうか。ここまでくれば、もらえるものはもらっとかねば損という発想がありはしないのか。

◆景気がよくなった、株価が上がったといっても、それが一般庶民の暮らしぶりにはあまり反映されない。むしろ家計は縮小してるんじゃないかと思っている。これまでは消費者物価があまり上がらなかったので、目立たなかっただけじゃないか、そんな風に受け止めている。だから、就学援助対象児童等が増えることは分かる。それにしてもである。ちと地域的なバラつきがありすぎでないか。市町村によって甘い基準があるかもしれないが、一部に親のモラル・ハザードを疑ってしまうのだ。子供の学校代なんて、何があっても歯を食いしばってでも、優先的に確保するべき支出費目である。
親が学校代を払えない児童等が4人に1人あるいは5人に2人の割合までに増加している、だとしたら、援助の一部はパチンコ代に振り替わっているんじゃなかろうか、そんな心配すらあるが、そこまで云ったら云いすぎだろうか。もっとも、これも格差社会がもたらす歪みのひとつかもしれない。
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# by chaotzu | 2006-01-04 23:09 | 時事
2006年 01月 04日

【DVD】 「黒革の手帖1~4」 あんな小娘にぎりつぶしてやる

◆一度だけ銀座で飲んだことがある。ことわっておくが地方の○○銀座ではないし新橋や西銀座あたりじゃない、正真正銘、東京都中央区の銀座なんである。もちろん堂々の自腹である。これ以上タネあかしはできないが、もしかするとわが生涯の絶頂期であったかもしれない(笑)。そして世間知らずの増長おさまらず、こんどは銀座で鮨を食べたいと思っているうちに、バブル崩壊とあいなってしまったのである。今から思い返せば汗顔の至りであるが、銀座に一丁前の憧れと興味があったのである(汗)。田舎者のコンプレックスだろうと云われれば、そうその通りと頷くしかない(笑)。

b0036803_21224931.jpg◆テレビドラマは滅多にみないが、松本清張の原作かつ銀座ものということでみる。一昨年テレビ朝日が制作したもので、米倉涼子の主演で話題になった、それをこのお正月に通しで全部みる。中味はドロドロの人間欲ぼけ模様、とても新年にふさわしくないが、それが面白くてやめられない。原作を現代風に置きかえる為かなりいじっているので、半分以上は脚本家の力量だろう。
はなしそのものは、ひと言でいうと、色と欲にとりつかれた人間が織りなす大喜劇である。とくにオトコたちはみんな俗物根性丸出し、思いきりクサイ演技で大笑いさせてくれる。そのなかで、ヒロインの米倉涼子は悪女であるが、ほとんどダレの助けも借りず、己独りの才覚でネオンの海を渡っていく。オンナとしての武器も使おうとしない。みていていっそ清々しいというべきか、いやこれは人によって見方が分かれるかもしれない。ここまで欲望むき出し人間ばかりのドラマとなると不愉快になる人もいるだろう。とにかく、誰一人としてまっとうな健全人は出てこない(苦笑)。それでも俳優さんは悪役となるとみな愉しそうにやっているようにみえてしまう。なぜだろう?

◆ヒロインがのしあがる武器となるのは、銀行の架空名義預金を密かに記録した「黒革の手帖」である。もともと架空名義預金は禁止されておらず「自粛」だった。ということは「推進」と同然でやりたい放題になる。護送船団当時は預金量で銀行の収益が決まる、だから成績を上げたい銀行員はみな口座名義まで用意して協力に走った。これは云うまでもないが、脱税の手助けである。
いまは、本人確認書類が要るので、昔みたいな濫造は無理だろうが、それでも是正されないままの旧い口座がかなりあるだろう。とにかく、銀行員のヒロインがそんな架空預金口座の記録を取引材料にして、1億2千万円の横領を支店長に黙認させるところは、痛快である。そして並みのオトコだったら、その程度で満足してしまうところを、そのお金をタネ銭にして、銀座の一流クラブのママを目指す。極めつけの悪いオンナではあるが、見ているうちにだんだん感情移入してくるからフシギである。

◆もうひとつは、ゴージャス・ムード、ヒロインの着ている和服に帯止め、かんざし、それがしょっちゅう変わるので溜息ものである。見ているほうはナンボぐらいのもんだろうかと下種根性丸出し(汗)。洋服のほうも、ソニア・リキエルのパンツスーツ、ヴァレンティノのドレス、ディオールのワンピース、ピアジェのピアス、アルマーニのジャケット……、さながらブランドもの展示会である。思わぬ眼福でありました。
しかし、女優さんが着ているからこそ映えるのである。同居人なんかが着てもムダムダと内心呟いたりする。おっと聞こえでもしたらおおごとだ。
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# by chaotzu | 2006-01-04 21:29 | 日本映画
2006年 01月 03日

【NHKBS】「砲艦サンパブロ」混沌時代の中国描く大作

◆日中戦争以前の中国近代史、目まぐるしく変転するので、なかなかおぼえにくい。孫文率いる辛亥革命(1911年)で清朝が倒れたことは承知しているが、そのあとが何やら群雄割拠状態でワケワカメなのだ。
孫文や蒋介石の中華民国、毛沢東他の中国共産党、旧清朝の将軍であった袁世凱その他軍閥……、国中が実質分裂状態であって、おまけに西洋諸国や日本の権益も入り乱れている。要するにタ゜レが当時の中国を支配していたのかさっぱり分からない。国のかたちをなしていなかったそんな混沌状態の中国をやがてまとめていくのは、外国人排斥運動である。そういえば、日本の明治維新もはじめは攘夷思想が原動力になった。まあ、そんな時代の中国のはなし。

b0036803_22451646.jpg◆1966年アメリカ映画、「サウンド・オブ・ミュージック」のロバート・ワイズ監督による超大作であるが、がらりと趣向を変えてきたのでびっくり。職人監督の本領発揮というべきか。
この映画の主役というべきサンパブロ号はいまや死語となった「砲艦」、「軍艦」の一種であるがその小型版みたいなものか、この映画のなかではアメリカの既得権益を守るべく中国沿岸部や長江流域の巡視にあたっているから、巡視艇みたいでもある。もとは19世紀末の米西戦争による戦利品という想定であり、ポロ船であるが、ベテランの機関兵であるマックィーンは、こじんまりした砲艦のほうが戦艦より居心地がいいと考えている。
ところが、サンパブロ号に着任してびっくり、機関室にはたくさんの中国人が働いている。口出しすると中国人ボスがイヤがる。機関室だけではない、船中に中国人が住み着いている。コックに散髪屋、洗濯夫、甲板掃除……。別にアメリカ軍が雇用しているわけではない、雑用手伝いと食糧の交換でいつのまにかたくさん入り込んでいるのだ。だから、砲艦内部は二重権力状態になっていて、船長も機関室には入ってこない。

◆誠実な水兵であるマックィーンには他の米兵のような中国人蔑視の考えはない。なんとかして、中国人の負け犬根性を払拭したいと思っている。とくにマコ岩松演じる中国人青年に蒸気機関の説明をしたり、ボクシングのセコンドについて応援したりするエビソードは感動的である。だけど、中国民衆の完全独立運動は激しくなるいっぽうで、「ゴーホーム・外国の悪魔」がスローガンになり、アメリカ人と仲良くする中国人は見せしめにあったりする。マコ岩松も裏切り者として公開処刑のような目にあい、マックィーンは悲痛な決断をしなければならない。サンパブロ号にいた中国人もやがていなくなる。そして、中国人の小船が砲艦の周囲を取り囲むなど、一触即発の緊張関係に発展していく。

◆いったいどこで撮影したのだろうか、中国本土ではないはずだが、見事なまでに当時の中国らしい雰囲気を再現している。そして、アメリカ人も中国人もステレオタイプに描いていない。悪い中国人もおれば、狡いアメリカ人もいるといった具合。とりわけ、アメリカ人伝道師は呑気というか、せっかく救出に来た米兵に、国籍を離脱したからもう安全だ、帰れというありさま、かくてマックイーンたちは局地的な戦禍のなかに巻き込まれていく。
歴史映画であり、戦争映画であり、異文化が衝突する映画でもある。3時間を超える大作だが飽きさせない、それにしても、スティーヴ・マックィーンって、いい俳優だったんだなあ。
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# by chaotzu | 2006-01-03 22:55 | 外国映画
2005年 12月 31日

「情報」に踊って踊らされて年も暮れ…

◆年の瀬であるというのに、次々ときなくさいニュースが流れてくる。マスコミはただ中途半端な情報を垂れ流すだけであって、情報源をぼやかしたままであるが、国民に対する情報操作の片棒を担いでいるのだとしたら、恥ずかしいことである。それとも、同じア○なら踊らにゃ損損ってわけか。
中国上海の日本領事館職員の自殺事件、どうもよく分からない。いや、別に中国をかばい立てしようなんて気持ちは毛頭ない、女性の色気をつかった外交官の懐柔作戦は情報戦の古典的な手口であって、なかでも旧ソ連KGBの手口なんかは広く膾炙されており、もう秘密でもなんでもない。かつての共産国どうしの紐帯ゆえ、中国も旧ソ連を教師にしたのだろう。橋本“ポマード”首相の醜聞など、以前から中国の色気戦術は公然の秘密でなかったか。それが、今回にかぎって俄然騒ぎ出す、怪訝なことである。

◆なぜ今頃になってから、この事件を一部メディアにリークして騒ぎ立てるのか。あえて遺族の意思は捨象するとして、事件が起きたその時に、事実を公表して中国外交部に突きつけるというのならばまだ理解できる。しかし、1年何ヶ月もたってから、のこのこ抗議したって鼻であしらわれるのがオチである。
結局のところ、外交問題ではなくて内政問題、すなわちコイズミ政権の人気取りに利用しているとしかみえない。支持率が下がってきたら、いったん秘密裡にフタをした事実をリークして、ほらやっぱり中国って悪いことしてるだろう、こんな国に毅然と対処できるのはコイズミ自民党だけだよって云いたいってことか。それとも、他に目をそらせたいことがあるのか。だけど、毅然と対応するべきであったのは、当該事件が発生したそのときなのである。現状は、中途半端な情報小出しの悪い見本にしかみえない。

◆ことし4月にあった、中国各地での「愛国無罪」暴動についても、ワタシの知るかぎり、中国政府はきちんとした謝罪をしていない。ただ、領事館等の建物被害は原状回復するという、これも本来は公式の謝罪が先なのである。それがない以上、あえて建物の外装は現状の汚れたままで保存しておくべきだった。これは過去の歴史云々とも全く別次元のはなしである。領事館等の職員には申しわけないが、暴動の事実を語るモニュメントとして晒してもかまわんという覚悟で臨んでほしかった。要するに何もかも中途半端で腰が引けている。
裏側では、首脳会談等要人会見のお膳立て交渉で、中国外交部にかなりの気をつかっているのだろう。それでかえって足元をみられている。表向きは相手を刺激するような威勢のいいことばかり云って、裏では会見の段取りなんとかせいでは、そら舐められるというものだ。日本の首相がそこまでの発言をすれば、そらムリですと割り切ってしまえばよいのだが、外務省アジア太平洋州局にそんな腹の据わった役人はいない。案の定、そのへんのチグハグさを衝かれてしまう、結局、国民にとってなんの利益にもならない不毛な外交をやっている、そしてそれを糊塗するための情報操作を繰り返しているが、最後にそのつけを払わされるのは国民である。

◆もうひとつ、北朝鮮拉致問題で、シン・ガンスの実行犯証言が出た。これもなんで今頃になっての「新証言」なのかよく分からない。シン・ガンスが日本人拉致に関与していたことはこれまで何度も指摘されたことであって、格別目新しいことではない。
帰国した方に問い質すようで申しわけないが、これまで「知っていることは全て、日本政府に洗いざらいお伝えしております」ということであったと憶えている。それでも「新証言」が出てくるということは、忘れていた記憶が突然甦ったということなのか。これも背景がよく分からない。
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# by chaotzu | 2005-12-31 23:54 | 時事
2005年 12月 30日

【DVD】「候補者ビル・マッケイ」 教えてくれ、これからどうするんだ

◆日本の選挙ではこれまで「どぶ板戦術」が最強だった。笑顔をふりまきダレとでも握手して回る、路地裏でミニ演説、商店街では桃太郎、農村では畦道を歩きときには水田に靴を踏み込むこともいとわない……。
それがコイズミさんの「劇場型選挙」で大きく変わった。候補者個人の人となりや政見がどうのこうのは関係ない、徹頭徹尾いいイメージを売り込むこと、旧くさい抵抗勢力なんかじゃない、我こそ新しい改革者なり、なにより有権者にそう思わせることだ。そしてテレビ映りもばかにならない。
なに、当選してからどうしたいかって? そんなこと分かるわけないじゃないか。

b0036803_22361564.jpg◆1972年アメリカ映画、R・レッドフォードの主演作品であるが、日本での公開は遅れたらしい。政治の内幕ものなんか到底あたらんと思われたのだろうか。ところが、これがアメリカの選挙実態をよく映していてなかなか面白い。アメリカではずっと前から劇場型選挙だったことがよく分かる。なにより、選挙区が広すぎてどぶ板なんかはじめから無理なんだろう。とにかくテレビでカッコよく映ればよい、それだけ(笑)。見ようによってはコメデイ的な素材でもあるが、徹頭徹尾大真面目に撮っている、それでラストの「大ギャグ」が痛烈に響く仕掛けである。
日本映画でもいつかはこのようなテーマを採りあげるかもしれない。さしづめコイズミさんの郵政解散総選挙などはかっこうの素材であるが、そんな勇気ある製作者がいるわけないか。

◆レッドフォード演じるカリフォルニア州の民主党上院議員候補者ビル・マッケイ、はじめは正義感あふれる少壮弁護士だった。個人の意見も率直に表明する。中絶手術は賛成か?→もちろん賛成さ。白人と黒人混乗の通学バスはどうか?→それも賛成さ。加えて父親は元カリフォルニア州知事、しかし、父親の威光には頼りたくないという。そんな理想に燃える若者である。
対する現職の共和党候補は百戦錬磨、フレンドリーだが悪者には厳しいマッチョイメージが売りである。ただし政治的信念など全くない(笑)。昔から云ってることがコロコロ変わっている。テレビ映りさえ良ければいいのだ。この新旧対決、はじめは現職の圧倒的有利でスタートする。実の父親でさえ日和見を決め込んでいるぐらいである。

◆候補者ビル・マッケイは選挙のプロ集団によって、どんどん個性を失っていく。もみあげは切るんだ、カメラをまっすぐ見すえること、原稿以外のことはしゃべるな。中絶の合法化について聞かれたらどうするかって、いま研究中だと答えておけばいい。いやいや父親を訪れて協力を頼んだりもする。もうここまで来たんだ、勝つためには理想は云ってられない。
レッドフォードの表情の変化が絶妙である。はじめは自信に満ち溢れた若手弁護士で登場する。それが目がきょろきょろ、のどごっくんと落ち着きがなくなったり、演説の録画中に笑い出したりと不安定な精神状態に落ちこんだりする。そして、選挙戦が進んでいくにつれて、だんだん無表情になっていく、かくて創りあげられた候補者ビル・マッケイが誕生する。
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# by chaotzu | 2005-12-30 22:45 | 外国映画