マイ・ラスト・ソング

chaotzu.exblog.jp
ブログトップ
2005年 12月 15日

ナンバー・ディスプレイとIP電話

◆「おやじギャル」というコトバがある。肌合いの全く違うコトバの合成語なのに、なんとなく現実感があった。それにちなんで「お役所会社」というコトバを提起したい。いまのところ、その三傑は東証と日本銀行とNTT(日銀が会社かどうか異論あろうが、いちおう会社四季報掲載銘柄なのである)。
東証はただいま話題沸騰の会社であるので、本日はNTTのはなしとする。

◆NTTのナンバー・ディスプレイを利用している、これで間違い電話やセールス電話をなんとか排除できるようになった。なにせ、間違い電話やはた迷惑なセールス電話がやたら多かったのである。それでナンバー・ディスプレイを導入して着信音で受けるべき電話を区別できるようにした。これで、かかってくる電話の大半がろくでもない用件であること、それをはっきり思い知った次第。留守番電話のメッセージは99%カラッポ、なんだ、電話の大半は無視しても済むのか、そんなもんかと、いまさらながら思い知る(苦笑)。
さびしい気持ちなきにしもあらずであるが、とにかくそういう時代にいま生きている。

◆ところが、この前からそのナンバー・ディスプレイに表示されない電話が度々着信するようになった。いずれも知人のケータイからの架電である。おかしいなあ? 何かそういう表示を回避する仕掛けが出来たのだろうかと首をひねったものである。最近やっとその理由が分かった。
タネ明かしすると単純なことであった、NTT固定電話の番号ではなく、IP電話のほうの番号に着信していたのである。こちらがIP電話で相手方ケータイに発信して、その番号が電話帳登録されたらしい。なるほど、ナンバー・ディスブレイはNTT固定電話の有料サービスであって、IP電話には適用されない。思わぬ盲点であった。しかし、これではIP電話をあまり気軽に使えないことになってしまう。

◆いま現在、NTTの固定電話はもっぱら着信専用としての利用である、それだけで回線使用料として月額1700円加えて前述ナンバー・ディスプレイに月額400円をとられている。留守番電話の着信だけでも、毎月かなりの「不労収益」を与えてやっているのに、ちょっとぐらい還元してくれてもいいではないか、そう思いたいほどNTTのボロい商売である(泣)。
せめて、ナンバー・ディスプレイぐらいは、ケータイと同様の標準(無償)サービスにすべきだと思うのである。それもIP電話も含めてのサービスにすべきじゃないのか。そうすればいたずら・嫌がらせ電話やストーカー被害の減少にもなるはずだ。さらに、振り込め詐欺の被害もだいぶ減少すると思う。留守番電話にメッセージを吹きこむような詐欺師はいないだろう。

◆振り返ると、これまでNTTの「詐欺的商法」にどれだけ泣かされてきたことか。もともと競争相手のない殿様商売であったところに、民営化で妙な営利主義がはびこったため、商売のやりかたがぐじゃぐじゃになってしまった。あのISDNにはひっかかる直前までいった、ADSLの普及をどれだけ遅らせてくれたか。そして、わけの分からないプッシュホン、解約するだけで「局内工事費」として2000円とられた(再泣)。タイムプラスにも騙された、特定の市内電話が安くなるという売り文句、ところがインターネット・プロバイダのアクセスポイントでは例外があったりする。きわめつけは電話加入権の猫ババである。まだ半減の段階であるが、なにしろ「ずっと一家の財産になりまっせ」と云われて押し売りされたのである。それを買わないと電話を通してくれなかった。それを今になってチャラにすると云う。金額規模では史上最大級の詐欺といってもいい。上場会社のなかでこれほどたちの悪い会社はないといってもいいぐらいだ(苦笑)。腹がたつので、ケータイも別の会社にしたぐらいである。
来年、ケータイ電話番号のポータビリティ制度が始まれば、ドコモの加入者がだいぶ減るのではないか。グループであこぎな商売をしてきたことのつけである。
で、この際、なにか罪ほろぼしのまっとうなサービスを考えるべきだと思うのである。さて、どうでしょうか。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-15 23:14 | 身辺雑記
2005年 12月 15日

【マンガ】こうの史代「夕凪の街桜の国」この世におってもええんじゃろか

◆かねて評判の高さを伝え聞いていたのであるが、ずっと書店で見当たらなかった作品、それをようやく入手する。A5版、それほど分厚くない。連作短編が3作品収録されており、うち2作は週刊漫画アクションに掲載されたもの、残り1作は書き下ろしである。それにしても漫画アクションはときどき思いもよらぬ名作を載せる、なかなか油断ならないマンガ誌である。
b0036803_20241699.jpg閑話休題、テーマは原爆、ヒロシマのピカドン(1945年)から現在(2004年)まで60年間弱、原爆の災禍に遭った平野一家の生き残りとその次世代を描く長い物語である。舞台も広島相生通り(原爆スラム)から東京は西武新宿線沿線(新井薬師前~田無)に展開する。
原爆マンガとして名高い「はだしのゲン」とは異なり、説明を切り詰めた抑制のきいた描写は、再読するほどに胸に染み入るものがある、はっきり云って「はだしのゲン」以上。そして、つくづく人間は過去の歴史とは無縁でいられない存在なんだと思い知る。

◆作者のこうの史代は広島生まれであるが、1968年生まれ、だから原爆体験どころか昭和30年代の記憶すら無縁の世代である。それでも、被爆者等のはなしを聞き資料を渉猟してこれだけの物語を紡ぐ、創作者のイマジネーションたるや大したものであるが、あるいはヒロシマそしてナガサキ原爆の20万人を超える犠牲者や原爆症で亡くなった人々の魂が後押ししたのかもしれない。そう思わせる作品である。
作者のあとがきに曰く
「原爆も戦争も経験しなくとも、それぞれの土地のそれぞれの時代の言葉で、平和について考え、伝えていかねばならない筈でした」

◆「夕凪の街」
物語は1955(昭和30)年の広島、建築設計事務所?の事務員である平野皆美(23歳)は夏でも長袖のワンピースを着込み、同僚からおにぎりを包む竹皮を集めたりしている。そして土道になるといきなり靴を脱ぎだして裸足で歩きだす……という意表をつく発端。
そして、あまりにもの哀しいラスト、
“10年経ったけど、原爆を落とした人はわたしを見て「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?”

◆「桜の国」(1)
32年後、昭和1987(昭和62)年の東京、主役は平野皆美の姪である石川七波(11歳)、あだ名はゴエモン、野球大好き少女。母はおらず祖母と会社員の父親そして弟と中野区の団地住まいである。野球の練習をさぼって友達といっしょに喘息で入院中の弟の見舞いにいく、そして病室で桜吹雪をとばして叱られる。そんなワンパク少女の春から夏にかけての思い出が描かれる。

◆「桜の国」(2)
さらに17年経つて平成の現在に至る。石川七波も28歳のOL、ひ弱かった弟も研修医になっている。物語の実質的な主役はこれまで顔をみせなかった七波の父親。定年退職した父親の挙動がこの頃どうもおかしい、七波はばったり出会った旧友といっしょに、父親のアトをおいかける。父親の行き先は広島だった……。

◆三話あわせてひとつの物語ともとれる。成就しなかった恋愛、成就したものの途絶してしまう恋愛、そして成就するかもしれない恋愛、この三つの恋愛が描かれる。そのいずれも原爆が影を落としている。願わくば、最後の物語が成就しますようにと思わずにいられない。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-15 20:39 | 読書
2005年 12月 11日

シャッター商店街と道路特定財源

◆田舎に住む叔母は70歳をとっくに超えているが、いまだ元気なもので、車を運転してどこへでも出かけている。もっとも、目はだいぶ衰えているようだから、当方はあまり同乗したくない(苦笑)。本人曰く、田舎では70歳代の現役ドライバーなんて珍しくない、80歳代のドライバーもいるそうだ。
しかし、年寄りが車を運転することについて、周りは心配で気を揉んでいる。だから、どこへでも車で送ってあげるから、もう運転はやめたらどうかと示唆したりする。するとモーレツに反論される。車が運転できないと自立した生活ができなくなる、それはイヤだと口をとがらせて云う。たしかに、免許とマイカーさえあれば、嫁や孫に頼らず自由に外出できる。車に乗れなくなったら一日中家に干乾し状態で、いっぺんに呆けてしまうかもしれない。それほど、地方では車が必需品になっている。徒歩圏内の利便施設なんてほとんどないうえに、商業圏は郊外に移りつつある。どこに行くにも車が要るのだ。加えて都会に比べて鉄道やバスの便が少ない、1時間に1本すら運行していない。そして新幹線が開通するとおそらく在来線は死に絶えるだろう。つまるところ、足腰が達者な若者以上に、年寄りのほうが車への依存度合が切実である。
いずれ、団塊でやってくる超高齢ドライバーへの免許更新是否が社会問題になるだろう、いや今頃になってやっと認識したのか、問題認識が遅れすぎだよと笑われるかもしれない。

◆大都市圏に住んでおれば分からないが、地方の既成商業地のさびれようを目の当たりにすると愕然たるものがある。シャッターが下りたままの店舗が延々とつづく、「貸店舗」の貼紙がいたるところにみられる。これをして「シャッター商店街」というらしい。では、その代わりの商業供給源はどこにいったかというと、郊外の大規模ショッピング・モールにごっそり移っている。コアになるスーパーを取り囲むように、家電、書店、おもちゃ、メガネ、古本、紳士服などの専門店が謂集する。ファスト・フードほか食堂施設もあるし、民間の診療所まである。要するに何でもそろっている。もっと大きくなると映画館(シネコン)やゲームセンターまでくっついてくる。家族で丸一日過ごせそうである。“あれ、街より便利やんか”と思ってしまいそうだ。
いまや地方では、そういう大規模モールの広域競争時代に入っているらしい。新幹線と高速インターがまちの有様を根っこから変えているといってもいい。ただし、車に縁のないひとはなかなか行きづらい。たいていが既存の交通機関との連絡がない町外れに立地しているからだ(シャトルバスはあっても駅前まで行かねばならない)。この間までレンコン畑だったところに、その地域の中心的商業施設が突然誕生したりする。広い駐車場があるだけではない、店自体の目新しさもあるからみんなこぞって行く。そして、目端のきいた既存商店主は新しいショッピング・モールに出店していくから、町の中心はどんどんさびれるいっぽうになる。地方では「駅前○○」なんてもうほとんど死語同然だ。そして、将来そのモールが撤退するようなことになったら、ゴーストタウンしか残らなくなる。そんな懸念もある。

◆道路特定財源の一般財源化、喧々がくがくいろいろ揉めた、まだ紆余曲折あるかもしれないが、なんとか目処ついたようである。コイズミさんには毎度批判的であるが、この件だけは賛成したい。
それほど、車社会がいきすぎている。ワタシもペーパードライバーであるが、日常ちょっとした用件でも車が要るというような生活はたいそうでかなわない、なにより、地方に住む大勢のお年寄りが実質棄民扱いされかねない、年をとれば地方に住めなくなるそんな社会は異常である。地方の人口が減ることは自動車業界の利益にも適わないだろう。なにより化石燃料の消費も抑制しなけれぱならない。
暫定税率を維持するということであるならば、その分は中心市街地の再建費用やバス交通への補助に回してほしいと思う。老若男女の人間がこぞって住めるまちをなんとか残していきたい。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-11 21:25 | 時事
2005年 12月 10日

【DVD】「肉弾」 神の国より人間の国

◆1968年日本映画(肉弾をつくる会&ATG)、岡本喜八監督による戦争映画であるが、政府や軍部の中枢を描いた「にっぽんの一番長い日」とちがって、無名底辺の兵隊と民衆をとりあげる。登場人物は全て名なしという徹底ぶりである。公開当時は新人大谷直子の全裸場面が話題になったが(そういうことだけはしっかりと憶えている)、メインテーマは学徒動員された21歳6ヵ月特攻兵の運命である。
しかし、岡本監督にかかれば単純な反戦映画にはならない、どこか喜劇調でもあり、また映像詩みたいな実験的作品にもなっている。要するに監督が束縛されず好き放題作った、そんな感じがする映画、見るひとによって好みは分かれるだろう。

b0036803_21172387.jpg◆“日本良い国、清い国 世界にひとつの神の国”
  “日本良い国、強い国 世界に輝く偉い国”
子どもが無心に唱えているが、もはや戦争末期であり、沖縄も米軍に占領された、やがて原爆も落とされる。それなのに、学徒動員された「あいつ」は本土上陸を想定した米軍戦車への肉弾攻撃要員としてしごかれている。制裁で全裸訓練の罰も受けたりもする。周りから
“あいつのチン○コでっかいなあ”など云われたりするが、本人は
“体じゅう顔にしておれば、風邪をひくひまなどない”と泰然としている。

◆戦局悪化、とうとう人間魚雷にされてしまう、その前に一日だけ休暇が与えられる。
早速、古本屋にとび込むが、主人が笠智衆、空襲で両腕をなくしている。
“とにかく字が多い本ありますか?”
“あるよ、電話帳はどうかな”
“すぐに読み終わらず適当に面白い本がいいんですが”
“それなら聖書はどうだろう”
聖書をもらうのと引き換えに古本屋主人の小便の介助もしたりする。生きていさえすれば、小便でも満足すると主人はひとくさり。どこかひょうきんな笠智衆である。その後登場する老妻(北林谷栄)があいつには聖母様にみえてならない。
次に出会うのが、因数分解の勉強をしている少女(大谷直子)、実は亡くなった両親に代わって女郎屋の経営もしている。少女に啓発されて、数式を念仏みたいに唱えるあいつ。
“勉強してなかったら生まれ変わったとき、わらじ虫か屁こき虫になるかもしれないなあ”
“わらじ虫にはなりたくないなあ”
う~ん、なんだかものすごいシュールな展開、どこかつげ義春のマンガにも似ているような。

◆「人間魚雷」といっても魚雷にドラム缶をしぱりつけただけである。女郎屋の傘をさして、体を起こしたままで遠州灘を漂流すること10日間、とうとう前方に米国空母発見!と思いきや、なんと汚わい船だった。そして、ラストは強烈なオチのおまけつきである。
あいつを演じた寺田農、一世一代の……やっぱり「怪作」かなあ(迷)。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-10 21:22 | 日本映画
2005年 12月 10日

金融資産1億9千万円の新人政務官、片山さつき氏

◆昨日公開された、第三次小泉内閣新閣僚等の資産状況のなかで、とりわけ金満ぶりが目立ったのは、一年生議員で経済産業政務官に抜擢された片山さつき氏(46歳)。
b0036803_16450100.jpg日刊スポーツによれば、
「本人資産だけで1億9000万円あり、都心の億ション在住、500万円以上する高級外車ジャガー所有というセレブ生活だ。大物新人は、資産額でも新人離れしていた」
とのこと。なにせ全大臣、副大臣、政務官のなかで、堂々の三位ということである。まだ政治家なりたてなので、あるいは資産分散の時間がなかったのかもしれないが(笑)、それにしてもこちらとしては、石川啄木の詩でも呟いて「じっと手を見る」、そんな気持ちになってしまうではないか(苦笑)。
それはそれとして、いちおう公人であるから詮索してもかまわないだろう、いや、マスコミはもっと質問してみるべきではないか。
あえてかくが、ふつう20年ちょっとの役人生活では絶対にこんな資産形成はできっこない、そう思うのである。

◆朝日新聞記事によるご本人の金融資産は、預貯金5006万円に投資信託等1億2892万円、この他に港区にある自宅(億ション)の権利半分や高級外車を所有している。さらに公開対象外の普通預金もあるだろう。
在外勤務の長い外交官であったならあるいは可能かもしれないが、ほとんど霞ヶ関勤務である。例えば、一部上場企業の総合職女性が勤続20年余りで2億円弱の金融資産を貯められるだろうか。キャリア官僚の旨みは辞めてからの天下り先の厚遇にあるのであって、現役当時の給料はしれている~といっても、一般庶民からすればけっこうな額であろうが。

◆日刊スポーツによれば、
「主人(元マルマン社長の片山龍太郎氏)の関係で株式を持っておりまして、それを処分したのでちょっと多くなりました」とのこと、
なるほど株式で儲けたということか。
それでは、なんという銘柄か? どういう経緯で取得されたのか? 上場株か未公開株か? 取得価格と処分価格?についてもきちんと説明してほしいものだ。そのうえで、役所内部(財務省)の倫理規則や内規上の届出状況まで問題がなかったことを開陳していただく、それが政治家としてあるべき対応だろう。
ぼやかしておくとかえって疑いをもたれてしまう、新しい時代の政治家として、まずは資産公開の範を示してほしい。旧弊な政治家とは違うところをぜひみせてほしいのだ。
イヤミじゃなくそう思う、いや、ホンマに。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-10 16:10 | 時事
2005年 12月 09日

ジョン・レノンと真珠湾といちご白書

◆「いちご白書」という70年代アメリカ映画、ユーミン(またはバンバン)の歌ですっかり著名になった学園紛争もの青春映画である。
そのラストシーンはコロムビア大学の体育館に篭城した大勢の反戦学生が、床を両手で叩き鳴らしながら、ジョン・レノンの「平和を我等に」を唱和する場面。やがて警察と州兵がやって来て、催涙ガスを撒き散らし学生の強制排除にとりかかる。警棒で学生が叩きのめされるシーンがえんえんつづく、そして、警察の群れにダイビングする主人公に、バフィー・セントメリーの主題歌「サークルゲーム」がかぶさって、ジ・エンド。
いまとなればなんちゅうことないストーリーが、当時の若者のハートをわしづかみにした。正直云ってそん時はベトナム戦争よりも、ノンポリ・カップルの恋愛の行方のほうに胸がときめいたのである。音楽もよかった。今でも、ジョン・レノンといえば、この「平和を我等に」を思い出す。この前カナダ制作のジョン・レノン・ドキュメンタリーをみたが、ベトナム戦争のさなか、ピート・シーガーがこの歌を唄い出すと、途端に会場全体の何万人もの観衆が徐々に唱和しだしたとのこと。圧巻だったらしい。
“ほんとに、ジョンはすごい奴さ”

b0036803_2337265.jpg◆そのジョン・レノン、亡くなってからもう25年、生きておれば65歳になる。この時期になると、レノン&ヨーコの「ハッピー・クリスマス」が流れてくる。すっかりクリスマスの定番ソングに定着した。ビートルズの後期は、ポール・マッカートニーのほうが実質リーダーかなと思っていたが、なんのなんの、ソロ活動になってからはジョン・レノンのほうが圧倒的に優れた歌を残している。それでビートルズのコアはレノンの音楽性だったということを、後になって思い知った次第。
奇矯な行動もあった、ご乱行も伝わってきた、そして主夫業に徹した何年間かの沈黙後、「ダブル・ファンタジー」で復活した、これがオノ・ヨーコのパートを除けば実に名盤なんである(笑~敢えて書くが小野洋子の実質はアーティストというよりは商売人である)。さあこれは期待できるぞというときに、ダコタ・アパート前の悲劇が起きてしまった。生きておれば、どれだけの歌を与えてくれたことだろうと嘆いても詮無いことであるが、その当時はだいぶ落胆したものだ。しかし、亡くなった後に生まれてきた人たちもファンに取り込んでいる、こんなソング・ライター、そうはいないだろう。

◆そして、ジョン・レノンが亡くなった日は、日本海軍がアメリカ・ハワイの真珠湾基地を攻撃した日でもある。
ワタシ的には、レノンの命日=太平洋戦争開戦日→レノンの反戦ソング→「イチゴ白書」と連想していく仕組みがすっかり定着しきっている。これを毎年反芻する、その繰り返しである。
64年前の真珠湾攻撃については、開戦通告の不手際等あって、日本人一般にはあまり愉快でないかもしれない。しかし、アメリカ人にとって「リメンバー・パールハーバー」はいまでも愛国心を鼓舞できる共通のキャッチフレーズである。現在同盟国関係にあるといっても「卑劣な奇襲攻撃」のことは絶対に忘れていない。いまでも、オアフ島真珠湾にある戦艦アリゾナ記念館は全米各地からの見学客で長蛇の列である。真に健忘症民族日本人と対照的であって、正直云ってけったくそ悪い(苦笑)。誰がみるかてなもんであるが、無謀な戦争の愚さを否が応でも思い知らされる仕掛けである。
残念ながら、ジョン・レノンの願いはいまだ叶えられていない。しかし、平和を希求するその歌は永遠に劣化しないだろう。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-09 23:45 | 音楽
2005年 12月 09日

立川反戦ビラ事件~かくて世間は窒息する

◆いま住んでいる集合住宅のエントランスに、各戸の郵便受けを共同で設置しているが、ここに毎日何種類ものビラ、チラシが放りこまれる。いちばん多いのは不動産や宅配など商売用のチラシ、エッチ関係もある。それから政治家後援会のビラ、これは各党みんなある。さらに宗教・カルト関係もあるといったぐあい。とにかく何枚も入っているので、ふつうの郵便物等や新聞夕刊がまぎれてしまって、こちらとしては傍迷惑なのである。それでこういったビラはみんな共用のクズカゴに捨てることにしている。ワタシだけではない、大多数の住民が即ポイである。しかし、そのそばで若い兄ちゃんがせっせとビラ入れしたりしているのである(笑)。厳密にいえば、このアルバイト兄ちゃんは不法侵入にあたるのだろう。
それでも、警察に通報してまで取り締まってもらおうなど思ったことはなかった。とにもかくにもゴミ箱行きで落着してしまうはなしなのである。おそらく団地住民の多数も同様だろう、これまで管理組合で問題になったということも聞かない。なによりビラ(とくに中古マンション相場)を見たいという住民もいる。
他にもっと迷惑かける輩(変質者に暴走族や押しかけセールス、詐欺商法など)がいる、警察にはそっちのほうの取締りをこそ期待しているのである。

b0036803_21294218.jpg◆昨年(2004年)の1月、立川の自衛隊宿舎の郵便受けに「自衛隊のイラク派兵反対」のビラ投げ入れた市民団体の3人が、1月以上たってから立川警察署に逮捕されるという事件があった。東京地裁の一審判決(2004年12月)は無罪、そして本日の東京高裁控訴審では一転「有罪」判決(罰金10~20万円)となった。
そりゃ、四角四面にとらえれば「住居侵入」なんだろうが、なにもそこまでして刑事罰に仕立てあげんでもなあと思うのが素朴な疑問。たとえば創価学会の宣伝ビラで警察に苦情を云えば取り締まってくれるだろうか。
“聖教新聞を勝手にポスティングされてたいへんな苦痛をこうむっています”
なんて云おうもんなら、逆にこちらの身元を根掘り葉掘りせんさくされるだろう、もちろんケーサツは忙しいんだととりあってくれないことは目にみえている。
他のチラシ類には目をつぶって、政府の施策に反対する特定のビラだけ狙い撃ちするというやり口は、大昔の思想犯弾圧と変わらない、しかも一月以上たってから突然の強制調査に逮捕、そして75日間の拘留である。いくらなんでもやりすぎというもので、恣意的かつ陰湿な公権力の行使ではないかと云わざるを得ない。権力の身勝手なのである。
日本歯科医師連盟から1億円の献金を受け取ってすっとぼけた橋本元首相の政治資金規正法違反容疑は不起訴処分、もちろん拘留もされていない。いったい、どちらのほうの罪が重いか、ビラ配布で拘留75日と罰金刑があるいっぽう、1億円のヤミ献金はお咎めなしで済む。巨悪の「人権」は尊重されて、権力為政者の意に沿わない大衆の「人権」は弊履の如く扱われる。それこそ法執行権力の鼎の軽重が問われるのではないか。

◆最近はこのようなセコイ逮捕~「プチ逮捕」というらしい、が多くなっているらしい。公安警察の仕掛けであろうが、何十人もの警官を動員して仰々しくやるそうだ。なんだか戦前の治安維持法を想起せぬでもない。政府の方針にたてつく奴はどんな小さな咎でも必ず見つけて(あるいはこしらえて)、引っぱるぞというやり口である。これがエスカレートすると、それこそいまの北朝鮮や中国と変わらなくなってくるだろう。
国民はそんな社会を望んでいるのだろうか。なにを大げさなと思われる向きもあるかもしれないが、有無を言わせぬオイコラ警察の復活は、なにやらじわりじわり真綿で首をしめられる息苦しい社会を予想させてしまう。
政治的な意見を開陳したビラ配りで逮捕され有罪になるのなら、いずれはブログでも似たようなことが起きるかもしれない(苦笑)。ある日突然、トラックバックで苦痛を受けたという申し立てを起こされるかもしれない。だから、エッチ関係のトラックバックを無闇と送りつけている諸氏は注意したほうがいいですぞ(笑)。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-09 21:42 | 時事
2005年 12月 08日

偽装政党公明党がゆく

◆昨年、イラク戦争の発端時に日本人の若者3人が人質になったとき、世間は自己責任論で沸騰した。たしかに当人たちの無謀さや家族の不用意な言動は否めないにせよ、もう気の毒になるぐらいボロカスに攻撃されまくりだった。人格非難や中傷がエスカレートして「イラク三馬鹿」とまで云われたのではなかったか。
そして、政党のなかでも、公明党は際立って辛らつだった。とりわけ冬芝幹事長は「かかった費用を公開すべき」と費用請求にまで言及したぐらいである。
なぜか? 人質のなかに、日本共産党員の家族がいたからである。もう鬼の首をとったみたいな政治家による下品なパッシングであったことを思い出す。
仮に人質が創価学会員あるいはその家族であったらどうであったろうか、ぴたりと悪口をひかえて「政府は粛々と全力で救出に取り組むべき、いまは当事者を非難する時期にあらず」とかしたり顔で云っていたにちがいない。
おりしも、創価学会員である建築士が引き起こした事件が出来した。今度は世間を震撼させるけた違いの詐欺事件である。
b0036803_23285757.jpg案の定というか、公明党の大臣がしきりに云い出した「被害者救済が先決」と。事件の全体像もなにも判明せぬうちから、異例の国家による民間取引の被害救済が先行する。この政党にとっては、「法の下の平等」ということばなんてないに違いない。ご都合主義丸出しである。
もともと親筋の創価学会自体が宗教団体でもなんでもない。カルト利権団体が宗教法人を偽装しているのである。この度の建築偽装なんてたいしたことないのだろう。そういえば、大昔に「創共協定」という大偽装をやらかしたことがある。「政教分離」というミエミエの偽装もお馴染みである。なんだ、偽装の大先輩じゃないか(苦笑)。

◆それにしても、異常なまでの「公的支援」である、ここまでくると資本主義国家とは思えないほどだ(笑)。また、日ごろコイズミさんやタケナカさんご持論の「小さな政府」ともかけはなれている。
巷間伝わるところによれば、創価学会と関係のある企業が偽装事件に関与しているという、いまのところその真偽は分からないが、公明党(=創価学会)の入れ込みようをみると、まだ知りえない背後関係があるのかもしれない。なにせ財務省を黙らせるくらいである。官邸と直接話が通じているのだろうか。
来週14日には、その姉歯鑑定士を証人喚問するという、はっきり云ってもう遅いのである。来週になれば警察に身柄を拘束されているだろう、ただし無事でおればである。どっちにしても国会出頭は実現しない。警察情報を見越したうえで自民党と公明党がオッケーしたのだろう。警察の取調べとなれば、後の情報操作は容易である。おまけに証拠隠滅の時間はもうたっぷりと与えてやっているのである。ビラ配りで仰々しく逮捕される事件があることと比べると、なんという恣意的な捜査だろうか。

◆自民党にしてみれば失点必至の展開のなかで、思わぬオウン・ゴールをもらったようなものである。懸案であった防衛庁の省昇格も落着したし、改憲の道筋もみえた。コイズミさんにすれば、もう改憲は目前で一直線だと思っているに違いない。反戦平和政党であるといっても建前だけで、その実なんの信条もない政党であるから、エサを撒きさえすれば如何ようにでもあしらえる。普段は少々気にさわることをしてもかまうものか、そのうち尻尾をふってくるにちがいない。で、やっぱりその通りだったわけだ。「そうはイカンザキ!」が悪いジョークとしかとれない。とにかく財務省を黙らせる値打ちは十分あったのである。
しかし、小さな政府を標榜する政党と大きな政府志向の政党が連立していること自体、矛盾をいっぱいはらんでいる。野合というが、これも偽装連立政権だろう。そのうち、矛盾の重さに耐えかねて自重で崩壊するにちがいない。

[追記]
14日の証人喚問は各証人毎の分離方式でやるらしい。それでは一同方式と違って、言い逃れが容易になってしまう。自民、公明両党の理事が強行に主張して押し切ったそうだが、真相解明どころか真相隠蔽にやっきになっているようだ。なにをか云わんやである。

[さらに追記]
結局のところ、姉歯元建築士は証人喚問に出頭したので上記予想は大はずれとなった。素人が大見得切って予想を張るのは、やっぱりいけませんな(ペコリ)。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-08 23:35 | 時事
2005年 12月 06日

【DVD】「下町の太陽」 青山ミチと石川進とツイストの時代

◆昨年公開「ハウルの動く城」でヒロインの声を演じた倍賞千恵子、いまさらこんなこと書くのも照れくさいが、こどものころ憧れの女優さんだった。今でこそ病気等あってかだいぶ老けてしまったが、俳優としてほとんどパーフェクトだったように思う。芝居も踊りもそして歌もみんなうまい、この前NHKBSで「男はつらいよ・寅次郎頑張れ」をみたが、さくら役として油ののりきった時期である、いや実に懐かしいこと。
東京は北区滝野川の育ち、父親は都電の運転手、姉弟はたしか4人?いて、妹の美津子は有名であるが、弟も東京六大学野球のスター選手で、かの江川から本塁打を打ったことがあるはず。
当時既に日活の大スターであった吉永小百合に対抗するべく「下町の太陽」として売り出された。その同名映画をみる。

b0036803_234179.jpg◆1963年松竹映画、モノクロ。前の年に倍賞千恵子が歌った「下町の太陽」が大ヒットしたので、そのおこぼれを狙った企画である。
日本映画界得意のいわゆる歌謡映画であり、たいていはクズ映画と決まっているが、監督が新進気鋭(当時)の山田洋次とくればそうはならない。東京下町の若年労働者の姿を描いて、ちょっとひねった青春映画として仕上げている。なにより、映画デビュー間もない頃の倍賞千恵子にお目にかかれるのである。


◆倍賞千恵子は石鹸工場の女工さん、荒川そばの日当たりの悪い住宅密集地すなわち下町(墨田区?)に住んでいる、住民はみなハートウォーミングなひとばかりだ。なかには子どもを亡くして気のふれた老人(東野英治郎)もいるが、みな暖かく見守っている。はっきり云って「警察日記」のパクリであるが、同じ役者というのがミソ(笑)。
家族は5人、祖母と父親そして弟2人だ。母親は病死している。運送会社に勤めているらしい父親の月収は28000円ぐらい、玉子酒が唯一の愉しみである。大学受験を控えた弟だけは食事なども特別待遇である。いい大学に入りさえすれば下町を脱出できる、そういう信仰が根強く生きていた。そのため家族総出で応援しており、勉強の邪魔にならぬよう、みんな声をたてずに静かに暮らしている。末弟はいつも二段ベッドにいる、そんな時代だった。

◆同じ工場の庶務課男性(早川保)と恋仲である。彼氏は内部登用試験に合格して丸の内の本社に勤めるのが夢だ。早く下町を脱出したくてならない。この点、下町が好きだというヒロインと対照的である。
“隅田川を越えると景色が変わるね、ああ早く団地に住みたいなあ、郊外の団地に”
なにしろ、同僚の結婚式で
“倍率200分の1の光ヶ丘団地に当選というご幸運”
という祝辞があったりする時代である。
庶務課長が父親の軍隊時代の部下であるので、そのコネ情報もつかって懸命に勉強しているが、常務にコネがあるライバル同僚(待田京介)もいたりと、けっこうはなしは生臭い。上昇志向といえば聞こえはいいが、実際はかなり俗物根性もあったりする。この辺り、同じ松竹の巨匠監督である小津安二郎に対する当てつけみたいなものも見え隠れするように感じてしまう(笑)。

◆石鹸工場の女工さんはみなブルーカラーの男性工員なんぞは不良視している。サラリーマンと結婚するのが夢である。その夢を適えてマンモス団地に住むかつての同僚宅を訪問するが、新婚生活があまり面白くなさそうである。夫は帰ってくるなりバタンキューの毎日でろくに会話もないらしい。それでも化粧して夫の帰りを待つという旧友のことばに考え込んでしまうヒロイン……。
いっぽう、たまたま同じ京成電車で通勤している鉄工所工員の勝呂誉は、倍賞千恵子が気になってならない。こちらは熱い溶けた鉄が流れるところが好きだという、根っからのブルーカラー。それにしても、勝呂誉の演技は大根すぎと思うしかない(苦笑)。
こうなると、なんなく結末が予想できてしまいそうだ。山田洋次的といえばよいのだろうか、生硬すぎるといえぱそうかもしれない。
そう、あのさくらと博の結婚話に至るその予行演習みたいなものをやっているのである。

♪下町の空に輝く太陽は
 喜びも悲しみも映すガラス窓
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-06 23:17 | 日本映画
2005年 12月 02日

【NHKBS】「喜びも悲しみも幾歳月」 まっとうな人のまっとうな人生

◆♪おいら 岬の灯台守は 妻と二人で~ 沖行く船の
   無事を祈って 灯をかざす 灯をかざす

子供の頃、耳にこびりついた唄のひとつである。年長生はみんな声はりあげて唄っていた。それで、わたしは「おいら岬」という岬が実際にあるんだとずっと思いこんでいたのである(笑)。
現在、海上保安庁の灯台は全国で3300基ほどあるらしい。あたり前ながら、人里離れた不便な場所に立地している。ずっと昔岬めぐりのツアーをすると、たいてい灯台があって、その近くに灯台守の官舎があった。観光でちょっと寄るだけならともかく、実際に住むのはたいへんだろうなと思ったものである。いまは無人化が進んで、有人灯台はほとんどなくなったそうであるが、これまで日本の社会は、このような無名勤労者の実直な仕事に支えられてきたのだろう。なにも六本木ヒルズ族が日本社会を支えているのではない。

b0036803_2354287.jpg◆1957年松竹映画、天台宗に「一隅を照らす」ということばがあるが、まさに「一隅を照らす」人生を送った夫婦の愛情物語。英雄の波乱万丈譚も面白いが、無名の愚直な庶民史にもまた魅かれる。いや、こちらのほうにこそはるかに共鳴するものがある。
全国各地を転々とする灯台守夫婦の悲喜こもごもの人生、一歩間違えるとクサい映画になりかねないテーマであるが、木下恵介監督は何の衒いもなく真正面からとりあげる。北は北海道石狩浜、南は長崎県五島列島の女島、各地の灯台風景もまたすばらしい。

◆昭和7年上海事変発生の年、神奈川県観音崎灯台の所員である佐田啓二は高峰秀子と見合い結婚する。以後日中戦争、太平洋戦争をはさんで、戦後も海上の安全に尽くす人生一筋であるが、子供の死目にも会えない仕事である。
かつての燈台守の生活は厳しい、食糧等物資の補給もままならないし、ご飯は糠くさい。万一の医療不安もある、なにより子供が孤立してしまい教育も心配だ。映画のなかでは娘を燈台守に嫁がせるのはイヤだと公言する灯台長の妻も登場する。
新婚当時の観音崎灯台では、精神に異常をきたした妻を抱えて苦悩する同僚がいる。2年後に赴任地した石狩灯台では、馬橇のなかで病気の妻を亡くす同僚の悲劇を目の当たりにする。そのいっぽうで主人公夫婦は子供2人を授かる、最初の女の子は夫がとりあげてへその緒も切った。その度にバンザイして外にとび出し涙ぐむ佐田啓二、厳しい環境であるからこそ喜びもひとしおだ。

◆夫婦の転勤はつづく、昭和12年女島灯台、昭和16年佐渡島弾崎灯台、昭和20年静岡県御前崎灯台、昭和25年三重県安乗崎灯台、昭和29年香川県男木島灯台、そして昭和30年再び御前崎灯台……、
戦争末期には、米軍の空襲の標的になる。あちこちの灯台で殉死者が出る。金華崎、尻矢崎、犬吠埼、綾里崎……、高峰秀子は夫についもらしてしまう。
“勝ち目のない戦争はもうやめろ、早くやめてほしい”
声高に反戦を唱える映画ではないが、静かなる反戦映画の一面もある。
この間、男木島勤務時に高校生の長男を亡くす不幸もあったが、長女は戦時中の疎開で縁のあった東京の男性と幸せな結婚にこぎつける。御前崎の灯台で海外赴任する娘夫婦の客船を見送る夫婦、霧笛を鳴らして送り出す。船からは警笛が返ってくる。
妻“もうどんな苦労があってもいいわ……”
夫“いや、これからはうんと愉しいことがあるような気がするよ”

◆ラスト、北海道は小樽の日和山灯台へ、霧がたちこめるなか着任する夫婦の後姿だけ映される。もうすっかり年老いている。
いかんいかん、またまた、木下ドラマにしてやられたの思い(涙……)。

♪星を数えて波の音きいて 共に過ごした 幾歳月の
よろこび悲しみ 目に浮かぶ 目に浮かぶ
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-02 23:59 | 日本映画
2005年 12月 02日

「小泉劇場」~バチモン国家への道

◆今年の流行語大賞(といっても民間出版社の宣伝にすぎないが)、「小泉劇場」と「想定内(外)」が選ばれたそうだ。偉大なるイエスマン自称の武部幹事長は表彰式で「小泉オペラまで盛りあげたい」と意気軒昂である。なるほど、たしかに安物のソープ・オペラが似合いかもしれない。
さて、その小泉劇場なるもの、これまで我々の社会に何をもたらしてくれたのか?

b0036803_2258778.jpgまず詐欺に偽装事件のこれまで以上の氾濫である、もうこれみよがしに愚行がのさばる時代になってしまった。「振り込め詐欺」「ワン・クリック詐欺」「フィッシング詐欺」「架空請求詐欺」そしてきわめつけは「耐震強度偽装」だ。おまけとして「頭髪偽装」もあるらしいが、それはまあいい。なかには弁護士、建築士、会計士等キャリアのある人間がしでかす不始末もある。ありとあらゆる詐欺バージョンが満開状態で、それがさらに増えている。おまけにばれても平気で開き直る始末でたちも悪くなった。

◆かつて、実直に生きておればそれでよしという価値観があった。仕事のほうも見習工であれ臨時雇いの安月給であれ、汗水流して一所懸命勤めれば本工になってなんとかなるという夢があった。それが、敗戦国日本の再建と経済成長をもたらした。
今はどうか、たとえ真面目に働いていても、
“厚生保険料もう払えんから、いったん辞めたことにしてくれ”
と、突然雇用主から言い渡されたりする時代だ。「負け組」ならまだしもヘタすりゃ「超負け組」に落とされてしまう。ボジョレ・ヌーボーを飲むどころか発泡酒も呑めなくなるかもしれない、サライを読むどころか、くずかごからスポーツ新聞を拾ってこなければならん、そんな心配が現実になりつつある。いや、国民健保の保険証に顔写真添付となれば、これまで以上の医療難民が発生する時代に既になっている。そんなご時世で少子化を議論しても笑止と言うものである。
それより、こんな時代であれば、うまく立ち回らないと損だ、ルールに書いていなければ何をしてもよいんだということになりかねない。要領かましてあたり前の発想、それが明らかにひどくなっている。もうこの国のかたちが壊れているんじゃないかと思ってしまうほどである。
そして、その責任の第一は政治家にある。

◆コイズミさんになって、政治家の言葉がものすごく軽くなった。強弁、詭弁に開き直りである。
イラクへの自衛隊派遣については、当初の前提(大量破壊兵器の存在)が間違っていたというのに、未だにろくな釈明もないまま、派遣の再延長を決めてしまった。この人の言葉を思いだしてみればよい。詐欺師のそれとたいして変わらないから。
“フセイン大統領が見つかっていないからフセインが存在しなかったと言えますか。大量破壊兵器がないと言えますか”
“どこが非戦闘地域で、どこが戦闘地域か、私に聞かれたってわかるわけがない”
靖国参拝に係る高裁の違憲判断に対しても
”首相の職務として参拝しているのではない。どうして憲法違反なのか理解に苦しむ”
そのあげく100円か500円玉かをポケットからチャリーンである。
この前の衆議院委員会におけるヒューザー小嶋社長の開き直り
“それじゃ不経済設計、コストアップがいいというんですか”
となんと類似していることか。
総理大臣がこんなありさまだから、詐欺や偽装事件が氾濫するのもやんぬるかなである。

◆そして、今度は三位一体改革として義務教育の国庫負担金減らしにとうとう手をつけた。地方交付税で補てんするというが、枠があるなかでなんの確約にもならない。教育は国の礎であるという、少なくとも義務教育に関しては国の責任があるはずだが、それすらも放棄しかけているのではないか。使いもしない空港やがらがらの新幹線、高速道路をたくさん作ったあげく、教育の機会均等までないがしろにしようとしている。おそらく郵政公務員の次は教員が悪者にされるだろう(そして外務官僚などの特権は容認される)。
国民のなかで恣意的に悪者を拵えて政治目標を達成していく手口、それを「小泉劇場」として喝采を送っているが倒錯そのものである。実際は「小泉茶番劇場」じゃないのか。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-02 23:07 | 時事
2005年 12月 01日

学習能力のない巨人フロント

◆サッポロビールのテレビCM、「飲み食いできるCM撮影っていいね」と語るメガネのおばさん(失礼)、一瞬ダレだろう? もしかして中島みゆきかなあと思っていたら、やっぱりそうだった。いや特段他意はありません。人間歳相応、年輪を重ねる良さもあるのですから。

b0036803_2243879.jpg◆さて、もういまさらのはなしかもしれない、プロ野球FA補強で、読売巨人が二枚取りするという。西武から豊田投手、中日からは野口投手と、どちらもベテラン投手だ。はっきりいって、これまでの反省がまるでないと言わざるを得ない(失笑)、いくらなんでも2人共獲得するとはやりすぎ、未だに選手をかき集めることが「補強」だと思い込んでいるようだ。要するに「強度偽装」球団である。いずれ自壊する羽目になるだろうことを、しょうこりもなく続けている。

◆プロ野球選手会の調査による2005年の支配下選手年俸総額データによれば、巨人は38億7千万円で断トツの1位、なにせ2位の中日28億8千万円に約10億円の大差をつけている。年俸リーグならばぶっちぎりの優勝である。それぐらいお金を使いまくって、今年はリーグ5位に沈んだ。ちなみに日本シリーズ優勝のロッテは19億3千万円であるから、その2倍もお金をかけてこの体たらくである。
つまるところ、お金をかけるだけでは強くならない。そんな自明の理が、読売記者上がりが占めるここのフロントには皆目理解できないようだ。新聞記者に経営を論じさせるなとは真によくいったものである。このチームにいちばん必要なのは、野球をよく知るゼネラル・マネジャーだろう。

◆選手をとりまくることでチームが強くなるとは限らない。高額年俸の大物選手が入団すれば、実績の乏しい選手の活躍の場が奪われることになるし、それは若手の成長を阻害することにもつながる。補強は単純な足し算ではない。場合によってはマイナスの掛け算で「補弱」になることもある→そのいい例が江藤+清原+ペタジーニである。
ヤクルトというチーム、巨人とは逆でこれまで主力選手がFAでだいぶ流出している。年俸総額20億6千万円は12球団でも低いほうだし、補強も地味なほうだ、それでいてここ数年のチーム成績は巨人より上位である。要するに経営の差なのだろう、ただ札束で選手をひっぱってくることが球団経営の要諦と思いこんでいる球団と必死で智恵をしぼる球団の差である。

◆おそらく相当焦っているのだろう。すぐに結果が欲しいのだ。視聴率もがた落ちだし、巨人戦中継を縮小するというテレビ局も出てきた。だけど、川上元監督も云うように、性急に結果を求めるべきではないのである。いま必要なのは自前で選手を育成するというあたり前の企業努力である。それが見えさえすれば、ファンは必ずついてくる。
もっとも、プロ野球さらには世の中全般を考えれば、自己チュー球団の自壊はいいことかもしれない。
[PR]

# by chaotzu | 2005-12-01 22:54 | 野球
2005年 11月 30日

【DVD】「ベッカムに恋して」 英国のインド人社会

◆かつて七つの海を越えた大英帝国の遺産ゆえか、国際都市ロンドンではさまざまな人種が街をかっ歩している。とりわけインド系のひとが多い、スーパーや八百屋ではインド人の経営者が目立っている。ところが、そういったインド系の人が実際にイギリスでどんな暮らしをしているのか、これまでほとんど知らなかった。
そんなインド系イギリス人のコミュニティを描いた映画をみる。インド系でも比較的金持ち層の家庭の設定であるかもしれないが、なにかと初物づくしで珍しいことはたしか。

b0036803_22213626.jpg◆2002年イギリス他映画、インド人がつくったイギリスの映画である。タイトルからみる前はちゃらちゃらした子供っぽい内容を想像していたが、なかなかどうしてよく出来た映画で思わぬひろい物だった。しかし、これほどタイトルとギャップのある映画も珍しい(笑)。
イギリスではインド系の人々が独特の地歩を固めているが、この映画のなかの男性はターバンやヒゲにこだわる人とそうでないひとに二極化しているようだし、女性も民族衣装派と西洋衣装派に別れている。そして、若者は公園でサッカー遊びに興じたり、あるいはカーセックスに興味を抱いたりしている、要するに白人の若者とあまり変わらない。なんとなく、これからの多民族社会のあり方について考えさせられる。娯楽性もしっかりあって、幅広い年齢層で愉しめるノリのいい映画である。

◆映画の舞台はロンドンの西部郊外ハウンズロウ、ヒースロー空港の近くである。インド系住民のコミュニテイがあるのだろうか。
主人公はサッカーの上手な少女ジェスミンダ、略してジェス。自分の部屋にデビッド・ベッカムの坊主頭写真を飾っており、ベッカムといっしょにプレーしてゴールを決めることを夢想している。ところが、両親はインド人の慣習伝統を守ることにうるさい。女の子が肌をさらすような格好などとんでもない。いい大学に入って弁護士になってほしい。もちろん結婚相手はインド人だ。白人黒人の相手はだめ、ましてイスラムなんかとんでもない。おまけに、かつてケニアでクリケットの名投手だった父親はイギリス人のチームに受け入れてもらえなかった。娘には同じ轍を踏ませたくない。まあ、そんな状況あれやこれやがあって、両親には内緒でサッカーチームに入っているのである。

◆試合中、相手選手から「パキ」と云われて激昂する。ラフ・プレーよりもパキスタン人呼ばわりされたほうが悔しいのだ。それほどイスラムへの反発はものすごいものがある。そのいっぽうで、ジェスが恋心を寄せるのはアイルランド人の青年監督である。女子チームの監督就任にあたって、契約で選手との恋愛禁止条項があるらしく普段はそっけないが、インド人のジェスには時々優しいときがある。これもアイルランド人という設定がミソなんだろう。
このほか、ジェスの幼なじみの男の子はホモで、ベッカムを本気で好きだと告白したりする。インド系の若者社会もずいぶん変わりつつあるようだ。

◆ふつうのイギリス人家庭も登場する。ジェスのチームメイトであるジュールズ一家、母親は娘が男の子に興味をもたない様子が気になってならない。もしかしてレスビアンだろうかと勝手に悩んだりしている(笑)。いろいろ男の気をひくファッションをアドバイスしたり、胸を大きくみせる小道具を指南したりするが、娘はサッカーに夢中で聞く耳もたない。たまりかねて云う。
“スパイスガールズで男がいないのは、スポーティ・スパイスだけだよ”
こんなことまで云う母親ってありか(笑)。

◆ラストはお約束の決勝戦、ところがあいにく姉の結婚式とぶつかってしまった。さあどうする。インド人社会の結婚式の大いなる盛り上がりとサッカー試合のクライマックス・シーンが、交互にリンクしつつ映し出される。いやなかなか達者なもんでありました。
[PR]

# by chaotzu | 2005-11-30 22:34 | 外国映画
2005年 11月 29日

【DVD】 「「ふくろう」 恐れ入りました91歳監督の実験作

◆舞台劇の映画化あるいは映画の舞台化という例は多々あるが、舞台劇の様式そのまんまを映画にもってきたという、これまで例のない実験的作品である。場面はある開拓農家の囲炉裏端でほとんど固定しており、登場人物も前半はずっと2~3人である。舞台と違うのは、俳優のアップがあることぐらいか。低予算を逆手にとったやり方といえるかもしれない。
その点では近代映画協会の起死回生作品「裸の島」に通じるものがある。

b0036803_23281674.jpg◆2003年日本映画(近代映画協会)、今年93歳になる新藤兼人監督による、現時点での最新作である。脚本も書いているが、なにより、その若々しい感性に驚いてしまう、歳をとるとともに、大胆かつ過激になっていくようだ。本作品では、伊藤歩のオール・ヌード、しかも無修正~が突然出てきてギョッとしたりする。90歳を超えてエロスの極致にも挑戦しているみたいだ(笑)。つくづく人間は年齢ではないんだと思い知る。
新藤監督自身の人生も波乱万丈であるが、経済的成功を度外視して、独立プロで好きな作品づくりに打ち込んできたことがストレスの発散になって、長生きをもたらしているのだろうか。そして、女性への興味が旺盛なことも元気の秘密なんだろうな、そう思わずにはいられない(笑)。

◆東北地方のある辺鄙な開拓村、廃村寸前で住んでいるのは大竹しのぶと伊藤歩母娘の二人だけ。最初に登場する風体がすごい、汚れきった身体にボロボロの服、おまけに腹ペコで息も絶え絶えの有様である。唇も干からびている。木の根っこをかじって生きのびるのも嫌になったふたりの生存計画、それがなんとも凄まじい。
葬式の黒白幕と開拓団の赤い旗を裁断して、古ミシンで衣装づくりをはじめる。そして行水で体の汚れを落とし、絵の具で間に合わせの化粧をして、さあ作戦開始……。

◆♪泣きなさい~、笑いなさい~
作戦が「順調」に進むとともに、食事がランクアップしていく様子がなんとも可笑しい。
うな丼+カレーライス+コカコーラ→まぐろさしみ+ビール→手巻き寿司→すきやき(笑)
そして、電気が復活、水道も復活する。シャワーにありつく母娘は嬉しそうであるが、たった一軒のためにどれだけの手間ひまかけて送電や送水をしているか、係員から言われたりしている。
これは、お国の政策で満州に新天地を求めた農民が夢敗れて命からがら引揚したものの、今度は国内で棄民扱いされる悲劇に、その子孫が復讐するはなしである。民話調かつユーモラスに展開して合間合間にふくろうが登場、ポーポーッと鳴く。

◆なんといっても、大竹しのぶである。撮影時45歳、目じりや口元のシワは隠せないが、よほどの自信がないと出来ないだろう。手作りの黒白ワンピースにはちゃんとスリットがあって、ときどき下着をみせたりする。きわどいセリフもズバズバ、それでも艶かしい。
こちらも恐れ入って、「二代目杉村春子!」決定というしかない。
[PR]

# by chaotzu | 2005-11-29 23:33 | 日本映画
2005年 11月 29日

筋者(すじもん)とペテン師がやってきた

◆良識の府たる国会議事堂に、これまでやくざまがいの人間が足を踏み入れたことがあっただろうか。もちろん、見学者と国会議員は別としてである(笑)。
本日開催された衆議院国土交通委員会、注目の強度偽装建物問題の参考人招致があった。
質疑の模様はニュース等で詳報されるだろうから脇におくとして、やっぱりキャラが際立つのはアノひと、ヒューザーの小嶋社長(52歳)である。6人の参考人の真ん中に座り込んだこのひと、顔つきといい目つきといい、失礼ながら暴力団員そっくりの雰囲気だ。

b0036803_2048979.jpg◆とにかく態度が悪いのひと言。議員に公表隠蔽疑惑について追及されると
国交省もいい加減にしてほしい! まったく
と、怒気をこめた返答をしたり、
イーホームズの社長が回答中にニヤニヤ笑って、突然後ろから
なに云ってんだよ、バカヤロー!
と罵声を浴びせたりしている。信じられない光景である。これまで、国会に呼ばれた参考人がこんな風に不規則発言を注意されるのは、ちょっと記憶にない(議員ならいっぱいあるが)。
まあ、切れやすいひとだなあの印象を受けた。猫撫で声と怒声を使い分けるのは暴力団員のやり口であるが、それにそっくりと言わざるを得ない。会社でもこんな調子でふるまっていたとすれば、ちょっとした恐怖経営ではなかったか。いずれ退職者等から内部告発されてボロボロになるかもしれないのに、それを意に介さない神経はちょっと信じ難いものがある。
この社長が宮城県古川市の高校を卒業して上京以来現在の「成功」に至るまで、いったいどんな仕事に就いてきたのか、なかには裏街道的な人生もあったのではないか、思わずそんなことまで想像してしまうほどだ。
しかし、こんな人間を中央省庁への「陳情」に案内して、のこのこ立ち会う伊藤公介なる代議士、いったい何考えていたんだろう。将来の有望資金源とみていたのか、脇が甘いというよりは欲ボケとしか思えない。

◆ワタシ的にはっきり目に映ったことは、このコワモテ社長がなんとしてでも、自分個人への刑事罰や民事上の損害請求を免れたいと画策しているそのさまである。何度も「罪はないが、売主としての瑕疵担保責任は認める」「そのための責任をとる」と云っているが、そんなものは法人を潰してしまえば、事実上免責同然になってしまうことである。いまはそのための環境整備を意図しているのだろうか。
つまり、あれこれ頑張ったものの、銀行にもそっぽを向かれました、公的資金の導入も無理でした、刀尽き矢折れました、だからもうカンベンしてください~ともっていきたいのじゃなかろうかということである。

◆事実上、法人としてのヒューザーは事業活動を停止している。木村建設は既に破産意志を表明し、イーホームズも先はみえている。ここまできたら、法人の資産はもとより事件に関与した個人の私財を仮差押等して、マンションの購入者にどれだけ配当できるか、それが先行きの焦点になるだろう。民事の弁護士はそのために知恵をしぼるべきだし、役所や金融機関もそれに協力すべきだ。そうでないと、この世に社会正義が全くないことになってしまう。
もっとも、本来であれば、自発的に私財による補てん意志を表明するのが、まっとうな経営者というものだろう。それほど、みんなたちが悪いし、自己の正当化は目に余るものがある。
木村建設コンビ(社長と元東京支店長)もなかなか面妖である。社長は「知らぬ存ぜぬ」の一点張り、そして元東京支店長なる篠塚某は「鉄筋減量を指示したかも知れないが、法令の範囲内で云ったこと」で言い逃れしようとしている。「○○せよと云ったかもしれないが、法令の範囲内で…」云々、なかなか便利な表現である、おまけにキックバックを「私の営業経費」と言い換える。世間ではそれをリベートというのである。

◆それにしても、事件が発覚しなければ、先の三社とも株式公開して、莫大な創業者利益等を得ていたことだろう。そうなると大がかりな証券詐欺になる。それだけは寸前で食い止めたことになる。
司直による事実解明を強く望む、なによりそれが再発防止策につながることだ。
[PR]

# by chaotzu | 2005-11-29 21:10 | 時事